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​背番号5 イ・ヒョンジュン選手が長崎に残したもの、そして夢に描いたNBAの舞台へ

8月15日 イ選手は日韓親善試合欠場

​2026年8月、NBAチームからのミニキャンプ招請を受け、15、16日の日韓代表・強化練習試合(有明アリーナ)の欠場を決断して、単身アメリカへと渡ったイ・ヒョンジュン(李 賢重)選手の報を聞いた時、ヴェルカ ブースターの胸をよぎったのは、誇らしさと一抹の切なさだったのではないでしょうか。​
「長崎で再びその勇姿を見ることは、もう無いのかもしれない。」

日韓親善試合の開催される8月15日は、81年前、長崎への原爆投下から6日後、第二世界大戦(大東亜戦争)で日本が降伏した日です。
長崎などへの空爆をはじめ約300万人の日本人が犠牲になりました。昭和天皇による玉音放送(ラジオ)があり、大東亜戦争が終わったことが国民に伝えられた日(日本における終戦の日)です。降伏文書に調印したのは、9月2日(米国などの戦勝記念日)。それまで、35年間、韓国は、日本の領土でした。
広島の知人は、被爆二世でした。

奇跡の夢の時間‼

201cmの長身から放たれる美しく正確な3ポイントシュート、コート上のスペースを瞬時に見抜く高いバスケットボールIQ、そして何より観客を夢中にさせる闘志、爆発力。私は彼のやさしい笑顔が好きです。

2025-26シーズン、彼が長崎ヴェルカにもたらしたモノは、単なる勝ち星(47勝13敗)やクラブ史上初のBリーグ チャンピオンシップ優勝、そしてCS MVPという華々しいタイトルだけではありません。

ハイスピード&ハードを極限まで追求する長崎のスタイルと彼の才能が見事に融合し、真新しいハピネスアリーナを歓喜の渦に包んだあの日々は、一縷の望みが消えても、ファンにとっても忘れがたい奇跡のような夢の時間でした。僅か創部5年目。

挑戦、挑戦、挑戦‼

​NCAAの名門デイビッドソン大学で「50-40-90」を達成した天才シューターは、怪我という挫折を経てもなお、諦めることなく愚直に前を向き続け挑戦してきました。

Gリーグ、オーストラリアNBL、大阪エヴェッサ、そして長崎へ。どんな環境でも自身の役割を果たしながら、毎夏、ラスベガスのサマーリーグへと足を運び、NBAへの扉を叩き続けました。

二つのNBAチームからのミニキャンプ招請

​そして2026年夏。
スパーズの一員として魅せた22得点の活躍は、ペリカンズセルティックスといったNBA強豪チームのスカウト陣の心を動かしました。

ツーウェイ契約枠を賭けた今回のミニキャンプ招待は、彼が積み上げてきた努力が「世界標準」として認められた何よりの証でしょう。
両チームともに、まだツーウェイ契約枠は残っていると言われています。

​もし彼がこのままNBAの契約を掴み取れば、それは長崎を去ること。
しかし、それは「寂しさ」であると同時に、ヴェルカのホームアリーナで、長崎の人々が目撃してきた背番号5の華麗で正確なプレーが、紛れもなく「世界最高峰へと続く本物だった」と証明される瞬間でもあります。
50%に迫る3ポイントシュート成功率や、CSファイナルゲーム3で魅せた驚異のフリースロー連続成功。私の瞼にも焼き付いています。

​贈る言葉

たとえ戦いの場が海の向こう側に移ろうとも、あるいは彼のキャリアの物語が巡り巡って、再び日本の地に帰着することがあろうとも、彼がハピネスアリーナのコート上で見せてくれたあの熱い情熱と美しいアーチを描く3ポイントシュート、そしてやさしい笑顔は、ずっと長崎ブースターの記憶にきっと刻まれ続けます。

​夢の扉を開け放とうとしている25歳のアジアNo.1ウィングに、いま長崎から贈る言葉は一つしかないでしょう。

​「世界の頂点を掴み取って、HJ」

長崎ハピネスアリーナ

韓国人二人目のNBAプレイヤーに

韓国初のNBAプレーヤーは、2004年にNBAドラフトでポートランド・トレイルブレイザーズから指名され、2005年にデビューした221cmのセンター、ハ・スンジン(河昇鎭)選手がいます。  圧倒的なサイズを武器にインサイドで勝負する伝統的なビッグマンでした。

​イ・ヒョンジュン選手がNBAの本契約や、ツーウェイ契約を勝ち取ってNBAのコートに立てば、「韓国人として史上2人目」のNBAプレーヤーとなります。
大型センター中心だった時代から一転し、アウトサイドシュートと機動力が重視される現代NBAにおいて、Bリーグ アジア枠から新たなパイオニアが生まれるか、まさにBリーグの歴史の節目にも立っています。 

(大艦巨砲主義(終戦の直前、戦艦大和の悲劇の沖縄戦特攻作戦では3056人が亡くなられた)から空母、長距離ミサイル(原子力潜水艦発射)主義へと変わったように、戦い方は変わった。)

イ・ヒョンジュン選手は、NBAミニキャンプの日程が終了する8月20日、レバノンに移動して韓国代表チームに合流する予定です。
以後、大切なFIBAワールドカップ アジア地区予選ウィンドウ4と、愛知·名古屋アジア大会の韓国代表に加わります。再び、勇姿を9月の名古屋で見ることが出来るはずです。長崎出身のツーウェイ契約プレヤーとして。

お読み頂き誠にありがとうございます。
誰も(日本のマスコミは、河村勇樹選手の(空きの無い)エキシビット10の契約のみ報道)言及しないので、急遽noteしました。
頑張れ、イ・ヒョンジュン選手。
国内メディアに無視されても、私はずっと見ています。

​これからもバスケ観戦がちょっと楽しくなる独自の視点や裏側を発信していきます。

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参考 FIBAワールドカップ予選

2026年8月から2027年3月にかけて行われる、FIBA男子バスケットボールワールドカップ2027 アジア地区予選window4のスケジュール(日本時間)は以下の通りです。
第1戦(アウェー): 2026年8月27日 2:00 日本 vs サウジアラビア
第2戦(ホーム): 2026年8月31日 19:10 日本 vs カタール(トヨタアリーナ東京)

以降の試合:
11月にレバノン・カタールと対戦
2027年2月・3月にサウジアラビア・レバノンと対戦
共にNBA期間中の為、八村塁選手は参戦出来ません。

参考note


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