あなたに会う理由は、うさぎだった|第1話 ワイルド先生【全3話完結・短編恋愛小説】
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・動物病院などは、実在するものとは関係ありません。
第1話 ワイルド先生
うさぎのこむぎがごくごくと水を飲む。
「飲みすぎかな~この量は普通?」
一人こむぎを眺めながら呟く。
ネットや本でうさぎの飼い方は勉強した。
でも、こむぎのことは私にしか分からない。
うさぎは、具合が悪いまま一日でも放っておくと、危険な状態になることがある。
水を飲みすぎるのは、腎臓の病気の可能性もあるらしい。不安がどんどん押し寄せる。
やっぱり動物病院へ連れて行こう。
そう思って近くの動物病院へ連絡した。
うさぎを診てくれる動物病院は少ない。
犬や猫は診れても、うさぎなどのエキゾチックアニマルは診れない病院も多い。
やっと見つけた病院も、うさぎを診れるのは院長先生だけで、予約は5日後だと言われた。
5日も待ってはいられない。
途方に暮れていると、予約がいっぱいだった病院から、別の動物病院を紹介してもらえた。
早速紹介してもらった動物病院へ向かった。
そこにいたのはひげをはやしたロン毛の院長先生。
ん~さすが動物を見るだけあってワイルドだな・・・
うちのこむぎは抱っこが嫌いだ。
抱っこしようとするとびゅーんと逃げる。
しかし先生はケージからサッと抱き上げ、いとも簡単に膝に乗せた。
おーさすがワイルド先生。
暴れるこむぎに動じずに触診する。
お転婆こむぎも神妙な顔つきでおとなしくなった。
腎臓疾患を心配していたので、血液検査をしてもらったら、
検査結果は問題なかった。
ただ水が大好きな子だったのだ。
安心してその日は帰った。
「あ~よかった。また何かあったらあの病院へ行こう!」
うさぎは爪も歯も一生伸び続ける。
爪は定期的に切る必要があるし、牧草をちゃんと食べることで歯も削れる。
2か月に1度爪を切りにその動物病院へ行くことにした。
ペットショップでも切れるが、病院に慣れておくのもいいし、先生にはこむぎと仲良くなってもらいたかったのだ。
もし具合いが悪くなったとしても、日頃の様子を知ってくれる先生ならば診断もしやすいだろう。
それからは2か月ごとに、爪切りをしに病院へ行った。
他の病院では診察の際に飼い主は外で待機のところもあるが、ここは飼い主も診察室に入れてくれる。
そして、爪切りの様子も歯のチェックも目の前でしてくれる。
だからとても安心だ。
普段みられないこむぎの様子も見ることができる。
先生は50代後半くらいだろうか。
肩まで伸びたロン毛を無造作に揺らしながら、こむぎを抱き上げた。
そして、暴れて逃げようとするこむぎに優しく語りかける。
「ちょっと爪切らせてね~」
でもこむぎはそう安々と言うことを聞かない。
先生の腕に爪があたり、すこしひっかき傷がついた。
「すいません。」
それでも動じずに爪を切り出した。
「僕はぜんぜん大丈夫ですよ~」
やっと爪切りが終了した。
さっさとケージに戻るこむぎ。
病院に行くときにはケージに入れるのもやっとなのに、帰る時にはすぐ入るのね。
「お世話になりました。」
「はい、また2か月後くらいですかね~」
そう言って微笑んだ先生の周りには、診察室とは思えない、ほんわかとした空気が漂っている。
不思議と、私の心までほどけていくようだった。
そんな楽しい日々を過ごしていたが、こむぎが1歳を迎えるまでに考えなければいけないことがある。
女の子のうさぎは、年齢を重ねると子宮の病気になるリスクが高いらしい。
先生から避妊手術を勧められ、私は数か月さんざん悩んだ。
しかし、長生きしてほしい気持ちで手術を決めた。
手術当日、病院へ着くとこむぎより私の方が緊張していた。
こむぎは本当に手術してもいいと思ってる?
本当は自然のままがいいと思っているかもしれない。
手術中にもしものことがあったらーーと葛藤がとまらない。
不安そうな私に先生は優しく話しかける。
「もし途中でバイタルがおかしかったら、そこで中止するので大丈夫ですよ。」
泣きそうな私を安心させてくれた。
こむぎはきっと頑張ってくれるよね。
先生にお任せして一人さみしく家に帰った。
こむぎのケージを眺めながら、祈るばかりだった。
数時間後、病院からの電話で無事に手術は成功したと報告してくれた。
「あ~よかった。先生ありがとう。こむぎ、よく頑張ったね。」
翌日はこむぎに会える嬉しさでいっぱいだった。
手術後は食欲が落ちると聞いたが、預けたペレットは全部食べたと聞いて笑った。
さすがこむぎ!食欲旺盛で安心した。
先生から手術の報告を受けて手術跡をみたら、とても小さな縫い目で腕の良さを実感した。
この先生には長くお世話になりたいな。
そう思いながらこむぎと家路に着いた。
それからも定期的に爪切りに通った。
その日は珍しく私がケージからこむぎを抱っこして先生に預けると、受け取ろうとした先生の手に少し触れた。
一瞬のことだったけど、温かい感触が手に残った。
え?ちょっとドキッとした?私。
52歳、独身。
ドキッとすることも久しぶりだ。
まさか、動物病院の先生に?
相手はひげを伸ばしたロン毛のワイルド先生だよ。
先生は何も気にせず手際よく爪を切り終えた。
「はい、終わり~また今度ね。」
そう言いながら先生がこちらに視線をむける。
その先生の笑顔が眩しくて、思わず目をそらした。
こむぎの早く帰りたそうな表情を横目に、もう一度先生をちらっと見た。
▼第2話・第3話はこちら
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