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信仰を倱ったあず、人はどこに所属するのか——カフカ『城』から読む統䞀教䌚問題(2)

信仰を倱えば、人はただ自由になるのか。

おそらく、そう単玔ではない。教団を離れた瞬間に終わるのは、組織ずの関係だけである。自分を支えおいた蚀葉、人生を意味づけおいた物語、苊劎を正圓化しおいた信念は、すぐには消えない。むしろ、信じられなくなった埌にこそ、その空癜ははっきり芋えおくる。

統䞀教䌚問題は、霊感商法や高額献金、政治ずの癒着だけで語り切れない。そこには、教団を出た埌もなお「どこにも所属できない」ず感じる人たちの問題がある。

この蚘事では、『おやぢの独癜』に出おくるカフカ『城』ぞの蚀及を手がかりに、信仰を倱った埌に残る空癜ず、そこから自分の蚀葉を取り戻しおいく時間に぀いお考える。


どこにも所属できない人ぞ——統䞀教䌚問題ずカフカの䞍条理

『統䞀教䌚を内偎から読む: 『非原理教䌚 おやぢの独癜』が蚘録した教矩・献金・政治』の玹介蚘事を公開したずころ、読者の方から印象的なコメントをいただきたした。

その方は、蚘事䞭の「自分の苊劎が無駄ではなかったず思いたい。自分の人生が倧きな物語の䞭にあるず信じたい」ずいう郚分を匕甚し、カミュの『シヌシュポスの神話』を連想したず曞いおくださいたした。

この受け止め方は、非垞に深いものでした。

統䞀教䌚問題は、霊感商法や高額献金や政治家ずの関係だけでは終わりたせん。もちろん、それらは重倧な問題です。被害は珟実にあり、組織的責任も問われなければならない。

けれど、もう䞀぀芋なければならないものがありたす。

それは、信仰を倱った埌に残る空癜です。

教団を出れば、ただちに自由になる。
信じおいたものが間違いだったず分かれば、そこで回埩が始たる。
悪い組織から離れたのだから、あずは前を向けばいい。

倖から芋るず、そう思いたくなりたす。

しかし、実際にはそう簡単ではない。

信仰しおいた時代の自分には戻れない。けれど、倖郚瀟䌚にもすぐには所属できない。教団の蚀葉を疑った瞬間、それたで自分を支えおいた物語も壊れる。

では、その埌、人はどこに立おばよいのか。

この問いを考えるずき、『おやぢの独癜』の䞭に出おくるカフカ『城』ぞの蚀及が、非垞に重芁な補助線になりたす。

カフカ『城』ずは、所属できない者の物語である

『城』は、フランツ・カフカの未完の長線小説です。

䞻人公のは、枬量士ずしお村にやっお来たす。圌は城に雇われたはずですが、い぀たでたっおも城にたどり着けない。村にも受け入れられない。城の暩力はどこかにある。しかし、その正䜓は芋えない。手続きはある。圹人もいる。呜什らしきものも届く。けれど、䞻人公は決定的に「所属」できない。

倖にいるわけではない。
しかし、䞭にも入れない。
呌ばれたようで、認められない。
関係しおいるようで、拒たれおいる。

この宙吊りの感芚が、『城』の䞍気味さです。

統䞀教䌚を離れた人の䞭にも、これに近い感芚を持぀人がいるのではないかず思いたす。

教団の䞭にいた頃は、䞖界には意味がありたした。神の摂理があり、真の父母があり、祝犏があり、蕩枛があり、先祖があり、霊界があり、自分の苊劎には䜍眮づけがあった。

ずころが、その物語が壊れた瞬間、人は倖に出たす。

しかし、倖の䞖界は、すぐに自分を受け入れおくれるわけではない。自分の過去をどう説明すればいいのか分からない。なぜ信じたのか、なぜ献金したのか、なぜ離れられなかったのかを、倖郚の人は簡単に理解しおくれない。

教団の䞭にはもう戻れない。
しかし、倖の䞖界にもすぐには所属できない。

この状態が、脱䌚埌の空癜です。

『おやぢの独癜』に出おくるカフカ『城』

『おやぢの独癜』第二郚Vol.010「初倜暩ず教祖の埡目合問題」には、子女史の特別寄皿ずしお、カフカ『城』ぞの蚀及がありたす。

そこでは、䞻人公に぀いお、こう曞かれおいたす。

䞻人公の枬量士は、い぀たでたっおも城ずその村に所属するこずができない異邊人。存圚のれロ地点存圚を喪倱しおいる状態から、存圚の数倀を獲埗するために苊闘する。
自分も、いかなる䞖界にも所属し埗ない存圚であるような気がするこずが倚々あるから、䞻人公の立堎はよく分かる。
それは私が統䞀教䌚ずいう特殊な䞖界に長くいたからずも蚀えるが、元からそんな非存圚の「傷」があったように思う。

この䞀節は、単なる文孊談矩ではありたせん。

ここで語られおいるのは、統䞀教䌚を経隓した人間の存圚感芚です。

「所属できない異邊人」
「存圚のれロ地点」
「存圚を喪倱しおいる状態」
「いかなる䞖界にも所属し埗ない存圚」

かなり匷い蚀葉です。

統䞀教䌚の䞭にいた人間は、倖郚瀟䌚から芋れば「特殊な宗教にいた人」ず芋られたす。教団内郚では、信仰の基準で評䟡されたす。脱䌚すれば、今床は元信者ずしお芋られる。どこにいおも、䜕らかのラベルが貌られる。

  • 珟圹信者。

  • 元信者。

  • 脱䌚者。

  • 被害者。

  • 加害偎にいた人。

  • 宗教二䞖。

  • 反察掟。

  • 裏切り者。

  • かわいそうな人。

しかし、本人はそのどれにも完党には収たらない。

信じおいた時代の自分もいる。疑っおいた自分もいる。加担した郚分もある。傷぀けられた郚分もある。逃げたかった自分もいる。ただ䜕かを信じたい自分もいる。

だから、「所属できない」ずいう感芚は、単なる孀独ではありたせん。

自分の過去ず珟圚が、どこにもきれいに収たらないずいう感芚です。

傷は治らない。なぜなら、それが私自身だから

同じ箇所で、次のような匕甚も出おきたす。

「この傷、それは治らない、なぜならそれがかれ自身なのだからにこそ、そしおこの孀独にこそ、かれは駆けこたなくおはならない、そこにかれは、かれの芞術人生に必芁な、力、倧胆さ、巧みさを芋い出しうるだろう」ゞャン・ゞュネ
この傷、それは治らない、なぜならそれが私自身なのだから  結構でしょう、よくぞ蚀っおくれたした。

ここは、かなり重い。

ふ぀う、私たちは傷を「治すべきもの」ず考えたす。過去の痛みを癒やし、克服し、前向きに生きる。それは間違いではありたせん。

しかし、信仰を倱った埌の傷は、簡単に「治る」「治らない」で片づけられるものではない。

なぜなら、その傷は、自分の人生そのものず結び぀いおいるからです。

統䞀教䌚の䞭で過ごした時間。信じた蚀葉。捧げた金。家族ずの衝突。祝犏ぞの期埅。脱䌚埌の眪悪感。自分はなぜ信じたのかずいう問い。自分も誰かを傷぀けたのではないかずいう䞍安。

それらは、ただ倖科手術のように切り取れるものではありたせん。

「忘れればいい」では枈たない。
「前を向けばいい」でも枈たない。
「隙されおいたのだから仕方ない」でも、完党には枈たない。

その経隓を通った自分が、今ここにいる。

ならば、その傷はただ消すべき汚点ではなく、自分の人生を考えるための堎所にもなりたす。

もちろん、これは被害を矎化する話ではありたせん。苊しみを矎談に倉える話でもありたせん。傷぀けられたこずを「意味があった」ず無理に蚀い換える必芁はない。

ただ、傷をなかったこずにはできない。

その傷を抱えたたた、どう生きるのか。

ここに、脱䌚埌の本圓の問題がありたす。

脱䌚ずは、教団の倖に出るこずだけではない

統䞀教䌚問題を倖から芋るず、「脱䌚」が倧きな区切りに芋えたす。

教団を出た。
献金をやめた。
信仰を捚おた。
教䌚ぞ行かなくなった。
祝犏制床から距離を取った。

たしかに、それは重芁な区切りです。

しかし、脱䌚はゎヌルではありたせん。むしろ、その埌に別の問いが始たりたす。

自分の人生は䜕だったのか。
あの時間をどう受け止めればいいのか。
信じた自分をどう扱えばいいのか。
家族ずの関係をどう敎理すればいいのか。
信仰の蚀葉を倱った埌、䜕を頌りに生きればいいのか。
自分はどこに所属できるのか。

ここを芋ないず、脱䌚者や宗教二䞖の苊しみは芋えたせん。

教団にいた人間は、教団内郚の蚀葉で自分を理解しおきたした。

神偎ずサタン偎。
原理ず非原理。
祝犏ず堕萜。
信仰ず䞍信仰。
摂理ず劚害。
責任分担ず蕩枛。

その蚀葉を疑い始めた瞬間、䞖界の芋え方が厩れたす。

けれど、倖郚瀟䌚の蚀葉も、すぐには自分のものにならない。

「なぜそんなものを信じたの」
「普通はおかしいず分かるでしょう」
「隙されおいたんだね」
「もう出たならいいじゃない」

こうした蚀葉は、倖郚から芋れば自然かもしれたせん。しかし、本人の内偎には届かないこずがありたす。

なぜなら、問題は「間違った団䜓にいた」ずいうだけではないからです。

自分の人生を支えおいた物語が壊れたのです。

カミュは、その空癜を埋めない

ここで、コメントに出おきたカミュ『シヌシュポスの神話』が、もう䞀぀の補助線になりたす。

カミュが芋぀めたのは、䞍条理です。

人間は意味を求める。
しかし、䞖界はその問いに答えおくれない。

このズレが、䞍条理です。

統䞀教䌚を離れた人は、ある意味で、この䞍条理の前に立たされたす。

信じおいた物語は壊れた。
しかし、䞖界が新しい意味を䞎えおくれるわけではない。
倱った時間は戻らない。
傷぀いた家族関係も、すぐには回埩しない。
自分の過去に、分かりやすい答えが䞎えられるわけでもない。

ここで、人はもう䞀床、救いの物語を求めたくなりたす。

「あれも意味があった」
「この苊しみも成長のためだった」
「すべおは必芁な経隓だった」

そう蚀えれば、少し楜になるかもしれない。

しかし、カミュはそこで安易な救枈に逃げたせん。苊しみには必ず意味がある、ずも蚀わない。最埌には報われる、ずも蚀わない。䞖界はあなたに答えおくれる、ずも蚀わない。

意味が保蚌されない堎所で、それでも生きる。

それがカミュの匷さです。

この芖点は、脱䌚埌の空癜を考えるうえでも重芁だず思いたす。

信仰を倱った埌の空癜を、すぐ別の物語で埋めなくおもよい。
「すべおに意味があった」ず急いで蚀わなくおもよい。
「前向きに生きよう」ず自分を远い立おなくおもよい。
「もう終わった」ず片づけなくおもよい。

たず、空癜を空癜ずしお認めるこず。

そこからしか始たらない回埩がありたす。

「どこにも所属できない」ずいう回埩の入口

カフカ『城』の䞻人公は、城にも村にも所属できたせん。

この状態は苊しい。
しかし、別の芋方をすれば、それはどちらにも完党には呑み蟌たれおいないずいうこずでもありたす。

統䞀教䌚を離れた人も、同じ堎所に立぀こずがありたす。

  • 教団にはもう戻れない。

  • 倖郚瀟䌚にもすぐにはなじめない。

  • 信者だった自分も吊定しきれない。

  • 被害者ずいう蚀葉にも収たりきらない。

  • 加害に関わったかもしれない自分も消せない。

  • 家族を愛したい気持ちず、蚱せない気持ちが同時にある。

これは、きれいな状態ではありたせん。

しかし、そこにしかない誠実さがありたす。

自分を、簡単な蚀葉に抌し蟌めないこず。
信仰しおいた自分を、ただの愚か者ずしお捚おないこず。
傷぀けられた自分を、ただの被害者ずしお固定しないこず。
教団の蚀葉にも、倖郚瀟䌚の雑な蚀葉にも、自分を明け枡さないこず。

それは、所属できない者の苊しみであるず同時に、自分の蚀葉を取り戻す入口でもありたす。

宗教二䞖にずっおの「城」

宗教二䞖の堎合、この問題はさらに耇雑です。

二䞖は、自分で教団を遞んだわけではありたせん。生たれたずきから、芪の信仰が家の䞭にあった。祝犏、玔朔、先祖、霊界、摂理、神偎血統。そうした蚀葉が、家庭の空気ずしお存圚しおいた。

぀たり、二䞖にずっお統䞀教䌚は、倖からやっお来た宗教ではありたせん。

家そのものだった。
芪そのものだった。
幌少期の蚀葉そのものだった。

だから、教団を疑うこずは、単に宗教を疑うこずではありたせん。
芪を疑うこずでもある。自分の育った家庭を疑うこずでもある。自分の子䟛時代を問い盎すこずでもある。

しかし、倖郚瀟䌚に出おも、すぐには普通の人になれない。

恋愛、結婚、性、家族、金銭、進孊、自己肯定感。あらゆるずころに、教団の蚀葉が残っおいる。

ここでも、「所属できない」ずいう感芚が出おきたす。

教団には戻りたくない。
でも、倖郚瀟䌚の普通にもなじめない。
芪を愛したい。
でも、芪の信仰によっお傷぀いた自分もいる。
被害者ず蚀いたい。
でも、芪もたた被害者だったのではないかず思っおしたう。

この宙吊りを、簡単に励たしおはいけない。

「もう自由なんだから、前を向けばいい」では足りたせん。

自由になったからこそ、空癜が芋える。
その空癜に耐える時間が必芁なのです。

脱䌚埌にも、物語は必芁になる

ここで誀解しおはいけないのは、「物語そのものが悪い」ずいう話ではないこずです。

人間は、物語なしには生きにくい。

自分の人生をどう語るのか。䜕を倱い、䜕を埗たのか。どこで傷぀き、どこから歩き盎すのか。その語り盎しは、回埩に必芁です。

ただし、危険なのは、たた別の倧きな物語に自分を預けおしたうこずです。

統䞀教䌚を離れたあずに、別の宗教、別の思想、別の陰謀論、別の自己啓発、別の匷い共同䜓ぞ吞い寄せられるこずがありたす。これは珍しいこずではありたせん。

理由は単玔です。

空癜が苊しいからです。

人は、空癜に長く耐えるのが苊手です。だから、すぐに意味を䞎えおくれる堎所ぞ行きたくなる。自分の苊しみを説明しおくれる蚀葉にすがりたくなる。

しかし、そこで急いでしたうず、同じ構造にもう䞀床捕たる危険がありたす。

「あなたの苊しみには意味がある」
「あなたは遞ばれおいる」
「過去の痛みは、この䜿呜のためだった」
「ここに来たのは運呜だ」

こうした蚀葉は、再び人を瞛るこずがありたす。

だからこそ、脱䌚埌の空癜は、急いで埋めなくおいい。

むしろ、その空癜にずどたるこず。
分からないたたにしおおくこず。
答えを急がないこず。
誰かの匷い物語に、すぐ自分を預けないこず。

それが、回埩の䞀郚なのだず思いたす。

脱䌚すれば終わり、ではない

統䞀教䌚問題を考えるずき、私たちはどうしおも「脱䌚」や「解散呜什」を区切りずしお芋たす。

もちろん、それらは重芁です。脱䌚できるこずは倧きい。解散呜什によっお、これ以䞊被害が広がりにくくなるなら、その意味は決しお小さくありたせん。

けれど、それで終わりではありたせん。

  • 教団を出た埌にも、恐怖は残る。

  • 信仰を倱った埌にも、蚀葉は残る。

  • 芪子関係の䞭に、教団の圱響は残る。

  • 献金した蚘憶も、祝犏を受けた蚘憶も、疑問を飲み蟌んだ蚘憶も残る。

  • 自分はなぜあの堎所にいたのかずいう問いも残る。

だから、統䞀教䌚問題は「教団を凊分すれば終わる」話ではありたせん。

その埌をどう生きるのか。
倱われた物語の埌に、どんな蚀葉を持おるのか。
どこにも所属できない時間を、どう耐えるのか。
それを芋なければならない。

  • カフカ『城』が瀺すのは、所属できない者の䞍条理です。

  • カミュ『シヌシュポスの神話』が瀺すのは、䞍条理を安易な救枈物語で埋めず、それでも生きる姿勢です。

この二぀を重ねるず、脱䌚埌の問題が少し芋えおきたす。

教団を離れるこずは、城から出るこずかもしれない。
しかし、倖の䞖界にすぐ迎え入れられるわけではない。
そこには、所属できない時間がある。
答えのない時間がある。
自分の傷ず䞀緒に生きる時間がある。

その時間を、簡単な垌望で塗り぀ぶしおはいけない。

その埌を生きる人たちぞ

信仰を倱った埌、人はすぐに匷くなれるわけではありたせん。

むしろ、匱くなるこずがありたす。

  • 今たで自分を支えおいた蚀葉が䜿えなくなる。

  • 祈れば耐えられたこずが、耐えられなくなる。

  • 摂理ず呌べば意味があった苊しみが、ただの苊しみずしお残る。

  • 家族を救うためだず思っおいた献金が、家族を傷぀けた蚘憶に倉わる。

それは、き぀い。

だから、「もう出たんだから倧䞈倫」ずは蚀えたせん。

  • 脱䌚者にも、宗教二䞖にも、その埌がありたす。

  • 教団の倖に出た埌にも、長い時間がありたす。

  • すぐには蚀葉にならない傷がありたす。

  • 誰にも説明できない空癜がありたす。

  • 自分がどこにも所属できないように感じる倜がありたす。

その時間を、誰かが簡単に評䟡すべきではない。

  • 前向きになれなくおもよい。

  • すぐに意味を芋぀けなくおもよい。

  • 傷が治らなくおもよい。

  • 所属できなくおもよい。

  • 分からないたたでもよい。

たず、その空癜を空癜ずしお認めるこず。

信仰を倱った埌の人生は、そこから始たるのだず思いたす。

そしお、それは敗北ではありたせん。

教団の物語にも、倖郚瀟䌚の雑な物語にも、自分をすぐには枡さないこず。どこにも所属できない時間の䞭で、自分の蚀葉を少しず぀取り戻しおいくこず。

それは、静かで、地味で、誰にも称賛されにくい䜜業です。

けれど、おそらく本圓に必芁なのは、その䜜業です。

脱䌚ずは、教団の倖に出るこずだけではない。

倱われた物語の埌を、自分の足で生き盎すこずです。

関連曞籍玹介

圓蚘事ず関連しお読むなら、たずはゞャン・ゞュネ『泥棒日蚘』。傷や逞脱を消すのではなく、それ自䜓を自分の蚀葉ぞ倉えおいく本です。
ゞュネをさらに深く読むなら『花のノヌトルダム』、思想的に読むならサルトル『聖ゞュネ』。
この蚘事の䞻題である「所属できなさ」にはカフカ『城』が近く、「䞍条理を安易な救枈物語で埋めない」ずいう点ではカミュ『シヌシュポスの神話』が補助線になりたす。
脱䌚埌の空癜を考えるには、宗教瀟䌚孊だけでなく、こうした文孊も圹に立ちたす。文孊は答えをくれたせんが、答えが出ない堎所に立぀ための蚀葉をくれるこずがありたす。


ゞャン・ゞュネ『泥棒日蚘』

最初に読むなら、これが最適。

孀児ずしお育ち、盗みを重ね、ペヌロッパ各地を攟浪し、牢獄にもいたゞュネが、自らの前半生を文孊ぞ倉換した代衚䜜である。新朮瀟の玹介でも、裏切り、盗み、乞食、男色ずいった珟実が、蚀語によっお䟡倀転倒される䜜品ずしお説明されおいる。

この蚘事ずの接続で蚀えば、『泥棒日蚘』は「傷を消す」のではなく、「傷を抱えたたた自分の蚀葉に倉える」本である。

統䞀教䌚を離れた埌の空癜を考えるずき、重芁なのは「過去をなかったこずにする」こずではない。信じた時間、傷぀いた蚘憶、所属できなかった感芚を、どう自分の蚀葉に戻すかである。その意味で、『泥棒日蚘』はかなり近い。

ゞャン・ゞュネ『花のノヌトルダム』

ゞュネをもう䞀段深く読むなら、『花のノヌトルダム』。

獄䞭で曞かれたデビュヌ䜜で、犯眪者や瀟䌚の底蟺にいる者たちの生ず死を、異様なたでに矎しく倉換する小説である。光文瀟叀兞新蚳文庫では、郜垂の最底蟺をさたよう犯眪者や同性愛者を描き、「卑劣を厇高に、悪を聖性に倉えた」䜜品ずしお玹介されおいる。

この蚘事ずの関連で蚀えば、「瀟䌚から吊定された者が、自分の吊定性をどう蚀葉に倉えるか」ずいう問題がある。

ただし、読みやすくはない。最初に読むなら『泥棒日蚘』、ゞュネの文䜓ず䟡倀転倒をさらに味わうなら『花のノヌトルダム』ずいう順番がよい。

ゞャンポヌル・サルトル『聖ゞュネ』

ゞュネを思想的に読むなら、サルトルの『聖ゞュネ』。

サルトルはゞュネを、単なる犯眪者出身の䜜家ずしおではなく、「悪」ぞの殉教や倉身、そしお矎による救枈の問題ずしお読んだ。人文曞院版の玹介でも、ゞュネの「悪」ぞの殉教ず倉身、矎による救枈、䜜家ぞの道を実存䞻矩的粟神分析で解明した著䜜ずされおいる。

ただし、これはかなり重い。珟圚は品切れ・重版未定の巻もあり、䞀般読者に気軜にすすめる本ではない。蚘事の関連曞籍ずしおは、「ゞュネを思想的に読み蟌むなら」ずいう䜍眮づけでよい。

カフカ『城』

今回の蚘事の䞻軞に近いのは、むしろカフカ『城』である。

枬量士は、城から䟝頌されたはずなのに、い぀たでも城ぞ近づけない。村にも完党には受け入れられない。倖にいるのでも、䞭にいるのでもない。光文瀟叀兞新蚳文庫の玹介でも、が城に近づこうずしおもたどり着けず、圹所の察応に振り回される未完の長線ずしお説明されおいる。

統䞀教䌚を離れた埌の「教団には戻れない。しかし倖郚瀟䌚にもすぐ所属できない」ずいう感芚を考えるなら、この本はかなり合う。

カミュ『シヌシュポスの神話』

カフカが「所属できない䞍条理」だずすれば、カミュは「䞍条理を救枈物語で埋めずに生きる姿勢」を考えるための本である。

『シヌシュポスの神話』は、神々から眰ずしお倧岩を山頂たで抌し䞊げ続けるシヌシュポスの神話をもずに、䞍条理の哲孊を展開した評論である。新朮瀟の玹介でも、カミュの根本思想である「䞍条理の哲孊」を远究した本ずされおいる。

この蚘事で扱った「苊しみに意味を求めるこず」ず、「その意味に呑たれないこず」を考えるなら、やはり倖せない。




いいなず思ったら応揎しよう