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668グラムで生まれた娘の、どうでもいい報告

「今日、先生の髪型がぺったりしてて変だったよ」

高校3年生の娘は、そんな妙に具体的で、どうにも扱いに困る学校情報をよく持ち帰ってくる。
ほかにも、
「○○ちゃん家、おじいちゃんとお兄ちゃんが喧嘩したらしい」
「倫理のテストが74点」
など、ニュースとしてはかなり弱い。世の中を1ミリも動かさない。でも妙に気になる話ばかり持ってくる。

テレビでは中東情勢みたいな重い速報が流れているのに、我が家では“どうでもいい速報”が並行して流れてくる。あの子が、先生の髪型についてコメントする高校3年生になるなんて、18年前にはちょっと想像できなかった。

娘は668グラムで生まれた。

生まれたときの体重が1,000グラム未満の赤ちゃんを、超低出生体重児というらしい。
「らしい」と書くのは、当時の私はそんな言葉を落ち着いて覚えていられる状態ではなかったからだ。きっと何度も説明は受けた。でも、あのころの記憶は全体的に白い。霧がかかっているというか、ずっと病院の蛍光灯を見ていたあとの視界みたいになっている。
その年の春は、たしか暖かかった。
桃の花や菜の花が色づき始めるころ、娘はこの世に出てきた。ずいぶん小さく、ずいぶん早く、そしてこちらの覚悟が追いつかないタイミングで。

生まれてすぐ、娘はNICUに入った。

透明なガラスケースの中で、いくつもの管につながれながら、それでも娘は妙に明るく見えた。輝いていた、というと少しきれいに言いすぎかもしれない。でも、少なくとも私にはそう見えた。
周りを見れば、同じように小さな赤ちゃんたちが、それぞれの場所で懸命に生きていた。NICUとは、あんなに小さい存在たちが、あんなに大きな仕事をしている場所なのだと、そのとき初めて知った。

NICUの光が強いほど、外に出たあとの不安は濃かった。
希望と不安の天秤が、数秒単位でぐらぐら揺れていた気がする。しかもかなりの頻度で不安側に傾く。こちらとしてはもう少し希望に働いてほしいのだが、天秤にも事情があったのだろう。
超低出生体重児で生まれるというのは、たぶん「大丈夫」と簡単には言えないところから始まる。
もちろん「大丈夫であってほしい」とは思う。

でも、「絶対大丈夫」「心配いらない」と軽々しく言い切れる種類のものでもない。いろいろなリスクがあって、ほかの赤ちゃんたちとは少し違う出来事が起こるかもしれなくて、そのたびに家族で並走していく。そういう時間の始まりだったのだと思う。

娘はNICUで3か月ほど過ごしたあと、無事に退院した。
無事に退院した、と書くとそれでひと区切りついたように聞こえる。もちろん大きな一区切りではあった。けれど現実は、その先もわりと地道だった。
やはり成長はゆっくりだった。
成長曲線は、いわゆる標準のグラフの中にはおさまらない。ずっと下のほうを、小さな×印が遠慮がちに進んでいく。
でも、その×印は低い位置なりに、ちゃんと右肩上がりだった。そこが大事だった。たくさん食べれば急に追いつく、みたいな単純な話でもない。
寝たら翌朝いきなり大きくなるわけでもない。娘は娘の速さで大きくなっていった。

やがて歩き始め、しゃべるようになり、学校にも通えるようになった。
よくしゃべり、よく笑う子になった。
「よくしゃべる」に関しては、ここまで立派に育てなくてもよかったのでは、と思う日もある。
一度スイッチが入ると、学校のこと、友だちのこと、先生のこと、誰がどこで何を言ったかまで、かなり詳細に報告してくれる。
その情報量は、ときにこちらの処理能力を上回る。
でも、考えてみれば私はずっと、この子の声を聞きたかったのだ。

もちろん、ずっと順調だったわけではない。
突発性側弯症になり、脊椎は曲がっている。百日咳にかかって、数か月学校を休んだこともあった。
「ここまで来たからもう安心」と、人生はそういうわかりやすい旗を立ててはくれないらしい。心配ごとは、形を変えながらその都度やってくる。
でも、それでも、である。

娘は歩いた。
しゃべった。
笑った。
学校に通った。
バスケをした。
本人いわく適当に書いた俳句が賞をとった。
先生の髪型がぺったりしていたことを報告した。

親というのは欲深いもので、最初は「明日が来ますように」と願っていたはずなのに、その次は「無事に退院できますように」と願い、その次は「ちゃんと大きくなりますように」と願い、その次は「学校に通えますように」と願い、さらにその先では「できれば元気に楽しく暮らしてほしい」などと、どんどん願いを増やしていく。
昔は、「みんなと同じようにできるだろうか」とよく考えた。
同じように食べられるか、同じように学校へ通えるか。
でも18年たった今は、少し思い方が変わった。

同じであることは、思っていたほど重要ではなかったのかもしれない。
だから、私が娘の成長を感じるのは、大きな節目の日だけではない。学校から帰ってきて、
「今日、先生の髪型がぺったりしてて変だった」
と、どうでもいいことを真顔で報告してくるとき。友だちがどうしたとか、テストが74点だったとか、そんな小さな日常を、当たり前みたいに持ち帰ってくるとき。
その“どうでもよさ”の中に、私は何度も、ここまで来たのだなと思う。18年前、668グラムで生まれた娘は、いま高校3年生だ。
よくしゃべり、よく笑い、ときどきこちらが求めてもいない最新の学校情報を届けてくれる。それがたぶん、娘の成長なのだと思う。

できれば明日もまた、どうでもいい報告を聞かせてほしい。


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