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平均的ではない子【再登校までの様子①母の焦り】

3年生終わりからの不登校、

きっかけは、1年生から度重なった
通学班でのトラブルでした。

(いつか書くかもしれませんが、
市の機関から、人権救済申し立ての発意がされました。その辺りの事実の整理も、だいぶエネルギー使いました💦)


当初は、背中を押してみたり、
休めば良いよーと理解を示してみたり、

行ってみたらいいのに‼︎と
イライラしたり。。。

こちら(親)も混乱気味で、

行けそうな科目を見て、
時間を確認して、
子供の様子を見ながら促して、送迎。


本当に無理をさせていたと思うし、

学校にこだわらない‼︎と
頭で思っているのに、

心からそう思えていないような
エンジンをふかす割に
どうにも進まないみたいな

なんともエネルギー効率の悪い日々を送っていました。

初期は特に、
やらねばと思うことがたくさんで

全てが自分次第な気がしていて、

母が休んだら、全てが詰む!!と思って

何かしら調べては問い合わせ。
ずっと電話していた気がします。

息子ファーストと思いつつも、
だいぶ自己満足な動きをしてましたね。

子供のためと言いながら
立ち止まることが怖くて、

医療、福祉、教育、生活…

全方位にできる限り、
神経を張り巡らせてました。

周辺の不登校支援をはじめ、

教育委員会の支援状況、
市内のフリースクール、
個別指導塾などは調べ尽くしましたし、

文科省の取り組みや
教育関係の法律までカバーして、

もはや仕事にできそうなレベルです。

やりすぎ。

ここら辺はもしかしたら、
息子も持ってる
『過集中』があるのかもですね。
(どう考えても、母はギフ要素ないですが)

その中で、息子が
平均的ではないこともわかりました。
(詳細は、以前のnoteみてください🙇‍♀️)

そうなるまで、
ちょっと変わった子だなくらいで、
気づかなかったんですよね。。
情けない限りです。

本人は、周りとの違いに戸惑いながら
過剰適応をしていたんでしょうね。
本当に頑張っていたんだと思います。

不登校になってすぐ、
息子は人が変わったように、
癇癪を起こしたり、
自分を引っ掻いたり。

生まれてから、
一度もそんなことなかったのに
かなり戸惑いました。

(え?これがあの、癇癪ってやつ?ってググりました。それくらい縁がなかったんです)

夜は寝つけない、
朝も起きられない、食欲もない。

弟にもきつくあたり、
暴れん坊状態。

習い事も、全部辞めました。

ただ、外に出ることは
そこまで嫌がらなかったので、
(いや、初めは無理させてたかも。。。)

不登校始まりから3ヶ月で出会った
フリースクールAに週3で通い始め
1年ほどお世話になりました。


パソコンを触ることも好きだったので
PCを使うフリースクールBにも通うようになりました。

そんなこんな、
フリースクールの送迎に追われていたのが、
だんだん電車で自分で通うようになって、

学校には下校時間後にプリントをもらいに行って、先生と雑談する生活に。

なんだか頼もしさも感じるほどになっていきました。


この頃には
基本的には本人が何か求めた時に
用意することにして、

先回りで口を出すことは、
意識してやめていました。

ですが、時折訪れる、
波のようなものがあって

ふと、
『勉強何もしてないのはどうなの?』と、
焦りが出ることがありました。

息子からしたら、
いい迷惑だったと思いますが、

こんこんと、
『学校行かなくてもいいけれど、
学習は大事なのだよ』と
訴える日々もありました。

(そんなことわかってたと思います。
ほんと、口出ししすぎですね。。)

そう言った中で、
出席扱いになるICT教材を見つけ
学校に提案をして、利用するようになりました。

めんどくさそうではありましたが、
勉強しない自分はダメだ
と思っている様子もあったのと、

社会や理科は好きだったので、
数ヶ月で6年生までの学習は一通り受けてしまいました。


医療面のケアでいうと、
これも面倒くさそうではありましたが、
一年半の待機期間を経て
月一の心理カウンセリングに通うように。

1番ひどかった初期に
繋げてあげたかったですが、

住んでいる地域の
児童精神科の枠は非常に少なく、

遠くまで通うことは、
現実的でなかったので
時間がかかってしまいました。





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