短編小説|分からず屋の案内人
ここは、性格町。
個性豊かな十六人の住人が織り成す物語。
すこし風が吹いて、琥珀色の街灯が灯る時間。
街の骨組みに、夕暮れの桔梗色がじんわりとしみ込んでいく。
中央通りの一番目立つ場所、賑やかな雑踏の真ん中から聞こえる、大きな、けれどどこか愛嬌のある怒鳴り声。
十歳になる"とおる"が、その声に導かれるように、古びた木の看板が目印の街の案内所へと近づいた。
パタパタと威勢よく新聞をめくる音が響く。
壁一面に貼られた手書きの古い地図や、街の隅々まで知り尽くしたお土産の数々に囲まれて、簡易な椅子に深く腰掛け、ふんぞりかえって新聞を広げる"わからず屋"のおやじ。
とおるの足音に気づくと、新聞の端からぎろりと睨みつけ、不満げに大きな声で吐き捨てた。
「なんだ、お前か! 今はそれどころじゃないんだ! 旅人たちは、いっこうに俺の言うことを聞こうとしない!」
苛立たしげに、新聞をバサリと折りたたんで机に叩きつける。
「この街の北の裏通りには、夕日に染まる古いレンガ壁と、一番美味しい蜜柑の木がある隠しスポットがあるっていうのに、誰もそっちへ行こうとしない。観光雑誌ばかり見て、勝手な方向ばかり歩いていきやがって……!」
止まることを知らない愚痴が、次から次へと溢れ出てくる。
とおるは、その熱すぎる勢いに圧倒されながらも、まっすぐに見つめた。
「どうして、みんなが行きたい場所をそのまま教えてあげないの?」
とおるの、素朴な問いに、おやじの手がぴたりと止まる。
目の前の新聞をぎゅっと握りしめ、一瞬恥ずかしそうな表情を見せるも、すぐに顎をしゃくって強がってみせた。
「馬鹿を言うな!この街のことにいちばん詳しいのはこの俺だ!俺の言う通りに観光すればいいんだ!」
頑なな目で、とおるの顔をじっとにらみつける。
そのとき、足早にやってきたのは、大きな地図を広げた、少し困った様子の旅人。
「おい、おやじ! この近くで、地元の人しか知らないような、おすすめの場所はないか?」
さっきまで不機嫌に怒っていたおやじの顔に、パッと誇らしげな光が灯る。
「ふん、やっとまともな奴がきやがったな! いいか、一番のおすすめはここだ! あの古い坂道を登りきった場所から見える景色こそが、この街で一番素晴らしいんだ!」
おやじは弾かれたように立ち上がり、手書きの地図を夢中で指し示した。とおるはその様子を見届けながら、店を後にした。
遠くの軒先では、大きな荷物に隠れるようにして、ぶるぶるとおびえる"こわがり屋"のお姉さんの姿が。
とおるは一人、丘への坂道を登っていった。
そのすぐ横を、大きな足音を立てて、ゆっくりと歩いていく"のんびり屋"の青年。
ズボンのポケットの銀の鍵に、そっと触れる。
やはり、カチリとも鳴らない、不思議な鍵。
一番高い場所にある、古い木の扉を小さく叩いた。
鍵のあく音がして、氷のように透き通った目をした"性格屋"が、「やあ」と言って、とおるを迎え入れた。
机の上には、一本の蝋燭と、二つの白い湯呑み。
"性格屋"は、温かい薄荷の香りのするお茶をとおるの前に置き、自らも隣へ腰掛けた。
庵の窓の外には、街には訪れないはずの、本当の夜の美しい星空。
「わからず屋のおじさん、誰の言うことも聞かないですごく怒っていたんだ。あんなに自分のオススメばかり押し付けなくてもいいのに」
とおるは、湯呑みの温かさを手のひらで受け止めながら、ぽつりと言った。
"性格屋"は、ちいさく湯気を揺らし、窓の外の、夜に溶けていく銀河の河原を見つめた。
「とおる、わからず屋はね」
その声は、夜の風のようにひんやりとしていた。
「この街をいちばん愛しているのは自分だって、譲ることができないのさ」
とおるは黙って、お茶をすすった。
「でもね……他人の意見にも耳を傾けられるようになった時、もっとすてきなガイドブックが作れるようになるんだよ」
喉の奥があたたかく、けれど、どこかひんやりとした。
遠くの時計台の鐘。街に響く、夕寝の合図。
街の住人たちは、窓辺でお鍋をカタカタと鳴らし、あたたかい山羊のミルクを飲む。
案内所の片隅でも、ようやく文句を言い終えたおやじが、椅子に深く腰掛けながら温かいミルクを口に運んでいた。
それぞれの場所で、住人たちはスヤスヤと眠りにつく。
窓の外では、彼らの長い影がすっかり夜の闇に溶け、ただ、銀河の河原のような美しい星空が、性格町を見守っていた。
いいなと思ったら応援しよう!
ご拝読ありがとうございました。よろしければご支援いただけるとうれしいです。