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短編小説|ようこそ、性格町へ

その街の区画は、まるで誰かの、静かなため息の地図のようだった。


高い空からゆっくりと見下ろすと、街は夕暮れの底に、ひっそりと丸くなって沈んでいる。


朝の光はいつも柔らかく、そして夕方になると、住人たちの影がどこまでも細長く伸びる。


そういう街だった。


すこし風が吹いて、街灯のあかりが、琥珀色に滲む。


十歳になる"とおる"が、中央通りの石畳を一人で歩いていた。


ズボンのポケットには、いつも小さな銀の鍵。
どこの扉のものかもわからず、指先でそっと触れても、カチリとも音が鳴らない。


街には、たくさんの住民・家族が、窓辺から山羊のミルクを温める湯気を立てて、暮らしている。


その街の中でも、十六人のひときわ個性的な住人たちがいた。


パン屋の窓から漂う、焼き損じた小麦の切ない匂い。"さみしがり屋"の店主が、誰も来ない店の奥で、白い小麦粉にまみれながら、パンの生地を何度も何度も、捏ね直している。


その前を、クリーニングの大きな袋を抱えた"がんばり屋"の屈強な男が、額の汗を拭いながら、全力でダッシュしていく。


案内所の薄暗い窓口。頑なに腕を組んで、フンとそっぽを向く"わからず屋"のおやじ。


そのすぐ隣の図書館では、大きな絵本の影に隠れるようにして、"こわがり屋"の華奢な少女が静かに縮こまっていた。


「ねえねえ、とおる、遊ぼうよ」


"あまえたがり屋"の五歳児が、足元から不意に上着の裾を引っ張る。どうやら迷子のようだ。


とおるがその小さな頭をなでてあげると、大きな郵便カバンを揺らした"しりたがり屋"の少年が、街の秘密を追いかけるように、自転車で勢いよく通り過ぎていく。


日替わりの露店。その日の気分で並べた空っぽの箱を、黙々と磨く"きぶん屋"のおばあさん。


その向かいのアンティークショップでは、丸眼鏡をかけた"ひにく屋"の老人が、古い椅子の奥深くに体を沈め、すました顔で通りを眺めていた。


「とおる、こんな時間までどこへ行っていたんだい」


市庁舎の重い扉から顔を出したのは、町長だった。不器用な手つきで淹れた珈琲の湯気越しに、優しく小言を諭す。


「早く戻って、温かい山羊のミルクを飲みなさい」


口うるさく言う町長の言葉を、とおるは静かにすり抜けた。街の中央にある一番高い坂道を、一歩ずつ登っていく。


高級仕立て屋の大きな鏡の前。自分の作った上着の襟を、すました顔でいつまでも直している"うぬぼれ屋"の高慢な女性。


広場では、八歳の"うれしがり屋"の女の子。小さなカゴの花を大切そうに抱え、褒められると、舞い上がってその日一番の綺麗な花を差し出す。


その横を、派手なビラを配る"めだちたがり屋"の若者のトランペットの音が、遠くで小さく鳴り響いていた。


時計台のテラス。真鍮の望遠鏡を覗きながら、今夜の気圧のゆらぎを黒い手帳に淡々と書き留めている"りくつ屋"のおじさん。


「今夜の湿度は、君の涙の成分と同じだよ、とおる」


"りくつ屋"はそう言ったが、とおるは立ち止まらなかった。


美術学校の窓辺。誰かの視線に気づいて、大きいつばの帽子でそっと顔を隠す"はずかしがり屋"のお姉さんが見えた。


街の公園のベンチ。緑色の帽子をかぶった"のんびり屋"の管理人が、夕方の長い影が地面にしみ込んでいくのを、瞬きもせずに眺めていた。


その周辺には、"めんどうくさがり屋"の青年が、寝転がったまま静かに寝返りをうっている。


通りを歩けば歩くほど、街の輪郭が、住人たちの細長く伸びた影となって、とおるの靴の下を横切っていく。


路地裏の深い闇の奥。外套の襟を立てて、じっと息を潜めている気配。街の一番のトゲと呼ばれる、"あたり屋"の不穏な気配が漂っている。


街全体が、一つの巨大な、静かに動くまるで心臓のようだった。


やがて、丘の上の古い木の扉の前。
とおるは、それを小さく叩いた。


鍵の開く音がして、氷のように透き通った目をした"性格屋"が、「やあ」と言って、静かにとおるを迎え入れた。


机の上には、ただ一本の蝋燭と、二つの白い湯呑み。


"性格屋"は何も尋ねない。ただ、温かい薄荷の香りのするお茶をとおるの前に置き、自らも静かに隣へ腰掛けた。


不思議なことに、この庵の窓から外を見ると、街には訪れないはずの、本当の夜の、美しい星空が広がっているのだった。


「この町の人たちは、個性的だね」


とおるは、湯呑みの温かさを手のひらで受け止めながら、ぽつりと言った。


「みんな、自分らしく生きているのさ」


"性格屋"は、ちいさく湯気を揺らし、窓越しに銀河の河原を見つめながら、静かに続けた。


「自分の輪郭を、少しずつ、確かめながらね」


とおるは黙って、お茶をすすった。喉の奥があたたかいけれど、でもどかかひんやりとした。


遠くの時計台の鐘。
ごーんと響く、”夕寝”の合図。


街の住人たちは、窓辺でお鍋をカタカタと鳴らし、澄ました山羊のミルクを飲む。


そして、それぞれの場所で、スヤスヤと静かな眠りにつく。


窓の外では、街の住人たちの長い影がすっかり夜の闇に溶け、ただ、銀河の河原のような美しい星空が、性格町を静かに見守っていた。





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