山行日記「表銀座縦走~すれ違う人たち~」Epi5 得体の知れない分泌液
槍ヶ岳山荘で朝を迎えた。
昨日槍ヶ岳の山頂である穂先を制覇したので、今日は上高地に下山するだけだ。
朝食前に、日の出を見に外に出た。雲は少しあるが、晴天と言っていいだろう。
但し、明け方の強風はかなり寒い。ダウンジャケットを持ってきた自分の判断に拍手を送ろう。
少し明るくなってきた。山荘前からは東側に槍ヶ岳がドーンと居座っているため、日の出そのものを見ることはできない。
南側に突き出た箇所に少し移動してみた。
すると、槍ヶ岳の右肩のあたりから朝陽が顔を出してきた。
このほんの少しの移動で見ることができたのだ。
槍ヶ岳にちぎれちぎれの雲が散っている中、朝陽の赤に染まる。とても幻想的な景色だった。
隣にいたおじさんと、「めちゃくちゃきれいですね。ここからしか見れませんよ。良かったですね」と会話を交わした。
しばらくそのまま朝陽に染まり色を変えていく槍ヶ岳を見つめていた。
ふと正面をみると遠く雲海の先に富士山が見えた。
「この槍ヶ岳からみる富士山も最高じゃないですか」とお互いに讃えていると、少し興奮気味に上下ダウンを着込んだ若い山ガールが話しかけてきた。
「二週間前に富士山の頂上からこの槍ヶ岳が見えたんです!最高でした!」と報告してくれた。確かにここから富士山が見えるんだから、逆も然りだろう。
「ってことは、富士山でも槍ヶ岳でも天気が良かったってことだね。君は登山では最上級に好かれる晴れ女だね」と褒めてあげた。

そこから、朝食を食べ準備を整える。
今日は上高地からバスで帰る予定だ。15時発の便を予約しているので、時間制限がある。
そして間に合うように、温泉に入らなければならない。
これが今日の必達すべきミッションだ。三日間の汗をきれいさっぱり洗い流さなければならない。よし急ごう。
軽快に下りを歩いていく。
雲が流れ快晴になった。
直ぐに暖かいを通り越して暑くなる。
そんな中登ってくる登山者も多い。
槍ヶ岳を制覇した気分の良さと下山するだけの気楽さから、優しい気持ちで丁寧に挨拶していく。
「おはようございます。天気がよくて、最高ですね。お気をつけて」と声をかけていく。
1時間程度経過すると、すれ違う人はかなり暑そうだ。
「お天気なのは良いけど、暑いですね」と声をかけると、全身汗まみれのお兄さんが「そう思って早めに出てきたんだけどね、きついです」
「まだ、けっこう登りますからね。お気をつけて」
「ありがとう。がんばります」とハアハア言いながら応えてくれた。
もうこの辺から、下りもなだらかになる。
ゴールの上高地までは、梓川のせせらぎを聞きながら、登山というより、ハイキングのようなコースをひたすら歩いていく。
ペースを上げて先行者をほとんど追い抜きながらいいペースで下山した。
営業中の日帰り温泉は事前に確認済みだ。
ちょうど正午から入れるホテルの温泉に、5分前に到着した。
べとつく髪にはシャンプー2回攻撃だ。
少し多過ぎじゃないかという程のボディシャンプーで特に足の指の間は念入りに洗い、そして山歩き三日間で全身に染み付いたおじさんの得体の知れない分泌液を全て洗い流してから温泉に浸かる。
思わず「ああー」っと声が漏れる。
1時間ほどゆっくりと身体をほぐし、露天で十分に涼んだのち上がった。
売店で缶ビールのロング缶を買い、外のベンチに向かう。
快晴の空から照り付ける日差しが眩しい。
日陰になっているベンチは年配のご夫婦と相席になってしまう場所しかなかった。
失礼しますと挨拶し、テーブルを挟んだ向かい側に座った。
ご夫婦は付近を散策してちょっと休憩しようか、という雰囲気で上品に水筒の飲み物を蓋のコップに注ぎ交替で飲んで、お菓子を食べていた。
そこに真昼間からロング缶を一気に飲み干す、濡れた手拭いを首にかけたおじさんの登場で、ハイソな感じを壊して申し訳ない気分になったが、これこそ温泉後の醍醐味だ。勘弁してもらいたい。
そして、バスターミナルに向かってゆっくりと汗をかかないように歩いていく。
二階のレストランで食事しようかなと、メニューを見ると岩魚の塩焼き定食は2200円だった。上高地のこの場所では妥当だと思うが、持ち前のケチが顔を出し、腰が引ける。
槍ヶ岳山荘の生ビール1200円は何の躊躇もなく買えるのに、やっぱり高いよなと思う。
持参してきたコンビニで買ったクルミパンがまだ残っていたので、一階の売店でハイボールを買って、ベンチで簡単な昼食にした。
そして、バスの時間までインフォメーションセンターにある北アルプスの立体模型図でも眺めていようと、中に入ったのだった。
