大田区初の寄席ー高砂亭開館【9月10日 今日は何の日】(蒲田東特別出張所) #447
※本記事は
Otapedia 公式note(https://note.com/fine_rat5784)のみで
公開しています。
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※史料に基づき記述していますが、
必要に応じて
考察が入る場合があります。
高砂亭
1926年 (大正15年) 9月10日
ちょうど100年前の今日、
大田区初の寄席
「高砂亭」が
生方サク氏によって開館しました。
蒲田の寄席文化
その後
1927年 (昭和2年) 9月15日
「梅宮館」が二宮しやう氏
1930年 (昭和5年) 12月24日
「蒲田館」が小島富次郎氏
(後の蒲田町長)
によって開館されました。
蒲田の演芸史
1920年 (大正9年) 6月
松竹キネマ蒲田撮影所が
正式開業されてから
映画館が数多く建ち
蒲田は映画のイメージが
強いかもしれませんが
映画以外にも演芸の文化が
早い時期から根付いていたようです。
演芸場の終焉
いつ頃まで存在したのかは
はっきりしていません。
当時の客たちは
噺家のネタを
腹を抱えて笑っていたのでしょうか。
現代に息づく寄席の灯火
「蒲田 楽落亭」は、
2018年 (平成30年) 4月に開館し、
客席数25と非常に小規模ながら、
落語を間近で楽しめる空間として
親しまれています。
(西蒲田7‐5‐13 森ビル)
今も続く大田区の寄席文化
「蒲田 楽落亭」のほかにも
大田区民プラザでは
(大田区下丸子3‐1‐3)
文化振興の一環として
「下丸子ひるま寄席」や
「下丸子らくご倶楽部」などの
落語会が開催されています。
このように大田区では、
今も落語を楽しむ文化が
受け継がれています。
https://www.ota-bunka.or.jp/event/broadcast/online/enjoy_entertainment
おわりに
Otapediaは、
高砂亭を
「大田区初」
の演芸場として
高砂亭
梅宮館
蒲田館を
「大田区無名の呼称」
「大田区未顕彰の地域遺産」
として記録します。
大田区の記憶を呼び起こす
「Otapedia」の活動
私たちは
その“名を失いかけたものたち”に、
もう一度まなざしを向け、
記憶の岸辺に呼び戻す
営みです。
彼らの活動や
痕跡は消えても、
地域に遺した軌跡を
未来へと伝えていきます。
これらの呼称は
「Otapedia独自の呼称」であり
「大田区公式の認定ではありません」。

出典
1.『蒲田町史』
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