唐辛子地蔵ー密蔵院 (田園調布特別出張所) #443
※本記事は
Otapedia 公式note(https://note.com/fine_rat5784)のみで
公開しています。
無断転載・改変・商用利用を禁じます。
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※史料に基づき記述していますが、
必要に応じて
考察が入る場合があります。
唐辛子地蔵略歴
建立年度:不明
元は
旧中原街道沿いの
東光院にあったとされます。
この唐辛子地蔵は
背の高かったことから
将軍家がこの街道を行き来する際
高い所から見下ろすのは
失礼であろうと考えられ、
付近の豪農
野村家の墓地へと移された。
という説があります。
一方で
場所は不明ですが
土に埋めて
石を置き印をつけておいた
とも伝えられています。
移設年度:不明
移設経緯:不明
現在は
少し離れた
密蔵院に安置されています。

撮影:かえる11号

撮影:かえる11号
唐辛子地蔵とは
咳や喉の病気平癒に
御利益があるとされる
お地蔵さまです。
具合の悪い時に
収められた唐辛子を持ち帰ると
具合がよくなったとされ、
治ったら
唐辛子をお供えするという
習わしが伝えられています。
野村家
現在の田園調布付近の豪農として
江戸時代前期には
この地に土着していたと
考えられます。
1649年 (慶安二年) には
密蔵院に入檀した記録が
残っています。
現在の唐辛子地蔵
野村家が代々この地蔵を
お守りしています。

撮影:かえる11号
大田区未登録の史跡
この唐辛子地蔵は、
大田区の文化財には
登録されていない
史跡です。
この他にも
大田区の文化財には
登録されていない史跡が
区内のところどころに存在します。
おわりに
長い年月を経て
現在まで無事に
地域の人に守られてきた
唐辛子地蔵。
Otapediaは、
唐辛子地蔵を
「大田区未顕彰の地域遺産」
として記録します。
大田区の記憶を呼び起こす
「Otapedia」の活動
私たちは
その“名を失いかけたものたち”に、
もう一度まなざしを向け、
記憶の岸辺に呼び戻す
営みです。
彼らの活動や
痕跡は消えても、
地域に遺した軌跡を
未来へと伝えていきます。
これらの呼称は
「Otapedia独自の呼称」であり
「大田区公式の認定ではありません」。

出典
1.『密蔵院』密蔵院
2.『健康!大田区まち歩き』ハーツ&マインズ
3. 唐辛子地蔵についての聞き取り
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