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公務員生活、一度だけ休職を考えた時のこと

来年の3月で29年間の公務員生活にピリオドを打ち、勧奨退職します。

このnoteをはじめたきっかけとして、

・早期退職の日を迎えるまでの心境って、どんな感じなんだろう

・公務員を早期退職した人って、その後どうしているんだろう

など、なかなかリアルで見たり聞いたりできない情報を、noteで知ることができて、それがとても心の支えになったので、自分も同じように退職までの日々を綴っていきたいと思いました。


退職を決意するまでの過程って、本当に人それぞれですよね。

皆さんのnoteを拝見すると、日ごろから組織や働き方にモヤモヤした気持ちがあって、それが段々と自分の中で大きくなって……って方は多いように思いました。

このモヤモヤから、心が折れ、心が病み、退職や休職に追い込まれる人は少なくないと思います。

早期退職する人って、これまで自分の周りを見ても、

「もう次の就職先が決まっている」
「これからは親の介護に専念する」

など、スッキリした顔をして去っていく人多いです。

円満に早期退職して、次のステージへ行くって感じです。

でも、実際はそのスッキリした表情になるまでには、沢山の苦悩や葛藤があったんじゃないかな、と今の私なら思います。


そんな私も、これまで一度だけ「心が病む」レベルになったことがありました。

その時は、FIREとか考える思考もなく、真剣に休職を考えました。

以前、逃げても逃げても戻されるように配属された、バックヤード業務のことを書きましたが、休職を考えたのは、その時期です。↓↓

この記事のとおり、私は元々、窓口のバックヤード業務にかなり苦手意識を持っていました。

にもかかわらず、結構な年数(10年以上)をバックヤード業務に費やしていて、2度ほど管理部門へ逃がしてもらえたものの、3度目のバックヤード業務へ出戻りとなった時のこと。

ミソフォニアの症状が悪化し、窓口のザワザワ音に心身が拒否反応を起こすようになった。

ミソフォニアについては、こちら↓↓

公務員あるあるですが、自分のミスではなくても、

「窓口スタッフの接遇に関する苦情」
「予約の取りにくさに関する苦情」
「診察や会計の待ち時間に関する苦情」
「国で決まった診療報酬に関する苦情」

など、予期なく患者さんからお叱りを受けることは、ビビリな私には有り難くない業務でした。

患者さんの不満は、よく分かります。

ただ、激昂している相手が落ち着くまで訴えを聞き、納得してもらうまで対応する。

それは、ミソフォニアが悪化するきっかけとなりました。


バックヤード業務とは別の、2つの問題

バックヤード業務は、3度目の配属当初から自分にとって鬼門であることは分かっていました。

とにかく、1年間何とかやり切って、異動したいと思っていました。

しかし、実際にその年度が始まると、別の理由で「1年もたない」と思うようになりました。

理由は2つありました。

「土曜日出勤」「部下との関係」の2つです。


土曜出勤、子の預け先問題

バックヤード業務の職員は、2週間に一度の土曜出勤がありました。

AグループとBグループの2つに分かれ、各グループ交替で毎週土曜日をまわします。

管理部門の場合は月に1回の出勤だったり、土曜日は年休にする人も多くて、割と自由です。

けれど、バックヤード業務の場合は窓口がある限り、そうはいきません。

育休復帰後、土曜出勤の時は子供を保育園に預けていました。

小学生になってからは、土曜日も開所している放課後デイサービスにお願いしていました。

当時は夫もフルタイム勤務で、土曜出勤があったので、子供にも預け先にも申し訳ないと思いながらも、お願いしていました。

しかし、この3度目のバックヤード業務となった時、子供は中学生だったのですが、一時期、電車に乗れなくなったことがありました。

放課後デイサービスの土曜日プログラムは「電車でのお出かけ」がメインだったため、

「子供を土曜に放デイに預けられない」

という問題が発生しました。


電車が好きすぎて、パニックになった時期

元々は電車好きな息子ですが、好きが高じて脳内が過剰に興奮するのか、電車に乗ろうとするとパニックを起こすようになったんです。

通院などで、どうしても電車に乗らないといけない時でも、パニックになってしまう。

ホームで大泣きし、ひっくり返る。

ホーム上でひっくり返るのは危険だし、周囲にも迷惑なため、無理には乗らず、自家用車やタクシーで大回りして目的地まで行くようにしていました。

それでも本人は電車が好きで、度々YouTubeやDVDを見ていました。

ただ、見ていると段々興奮してきて、泣き叫んでしまう。

てんかんの心配もあるので、動画は1時間見たら必ず10分休む、とルールを決めました。

その後、「隣の駅まで行く」「二つ隣の駅まで行く」と徐々に距離を伸ばして、スモールステップを重ね、かろうじて再び電車に乗れるようになりました。

今思えば、思春期に入った時期ということで、脳内信号に何らかの変化があったのかもしれません。

ただ、私がバックヤード業務に戻った時期は、まだ子供も「リハビリ中」のような状況で、とても「安全に電車を楽しむ」という段階ではありませんでした。

放課後デイサービスの土曜日プログラム=電車でのお出かけ、これに参加させることが、とても不安でした。

また状況が戻って、泣き叫んでホームで寝っ転がったりしたら……と考えると、とても土曜日に子供を放デイにお願いする気になれませんでした。

ちょうどその時期は、夫はパート生活になり、土曜日に夫に子供の対応をお願いできる日もありました。

ただ、2週間に一度、必ずある土曜日出勤。

私はAグループで、再任用の職員とペアを組んでいました。

この再任用さんも、ご家族の関係で、毎回の土曜出勤が難しかったため、係長の私が土曜日を休むことはできませんでした。

このため、土曜日の電車お出かけの行事に子供が参加せざるを得ない時、私は放デイの皆さんと一緒に行きの電車に同乗して、子供を見守りました。

目的地の駅まで到着したら、あとは放デイのスタッフさんに任せ、そのまま出勤、ということを何度もやりました。

ちなみに、帰りの電車では不思議と子供はいつも落ち着いていて、私は同乗しなくて大丈夫でした。

やはり、初めの乗車時に神経が張り詰めてしまい、興奮するんでしょうね。


元々、私にはこういった事情があるので、土曜日出勤はできないことを伝えていました。

なのに、土曜日出勤が必須のバックヤード業務に、強制的に戻された。

・息子
・夫
・放デイの先生たち

みんなに負担を強いて、迷惑をかけてしまっている。

そして私自身がミソフォニアの症状がある中、仕方なくやっているバックヤード業務。

誰に何のメリットもない。

そう考えると、怒りでメラメラしてきました。

何でこんなことまでして、土曜日出勤しないといけないのか。

それもこれも、私がバックヤード業務に戻されたからだ。

もう次年度は絶対に異動する。

それが叶わないなら、年休使いまくって休んでやる……!

その時、私の脳裏には「休職」という文字が浮かびました。

そして、トドメとなった「部下との関係」。

実はこれが一番の問題だったんです。

これについては、次に続きます。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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