繋がりの重みを問い直す。沈黙は加担か。
いつもお読みいただきありがとうございます。今日は、恩義に関わる、強い決意を込めた話をさせてください。
【原点と教え】
私はバカなので難しい論理は持ちません。ただ、御丹珍さんに助けていただいた恩義があります。その恩義を忘れたら、人間としての誠実さを失うことになると思っています。
事実、彼は私を庇ってくださったことで、どれだけ多くの方にブロックされ、批判されたか計り知れません。 その献身的な行動と犠牲を、私は決して忘れません。
私がnoteを始めたころ、御丹珍さんから「不在者ファースト」という理念――“読み手がいないところで語る言葉にも、誠実であること”――を教わりました。この教えは、私の執筆姿勢の礎です。
【倫理の崩壊と、私の決意】
今、コミュニティで起きている、特定の個人に対する悪意ある言葉や、根拠のない憶測は、倫理の根幹を揺るがす深刻な問題であると認識しています。
これを単なる「意見の対立」として片付けることはできません。私たちのプラットフォームの信頼と秩序を破壊する行為であり、私たちはその重大性を認識する必要があります。
沈黙は加害を容認することに等しいと気付きました。
苦境に立たされた人を避けながら、他の人と仲良くしたいという行動は、繋がりの重みを軽視し、「利用」と「疎外感」を生む行為だと感じています。
ちなみに、先日、御丹珍さんから告訴に関する話を聞きましたが、詳細までは知らされていません。
【私が強く要求する「行動変容」】
私は、誰かを攻撃するためにこの記事を書くのではありません。むしろ、誰かを守るために、そしてこの場所を守るために「沈黙しない」という選択をしています。
☑️加担行為の即時停止: 根拠のない攻撃的な投稿に「スキ」を押す、引用する、言及するなどの行為は犯罪行為への加担となり得ます。
☑️法的な視点を持つ: 議論ではなく人格攻撃だと感じたときは、「いじめ」ではなく「法的に問題のある行為ではないか」という視点に切り替える。
☑️創作の原点に立ち返る: 他者を貶めるエネルギーを、自分の創作、つまり誰かを思う気持ちから生まれた価値ある活動に注ぐことに戻る。
私たちは「書く」ことを通して自分を表現していく存在です。
noteを始めたきっかけ、伝えたいことは、きっと誰の中にもあるはずです。
誰かを批判するためではなく、誰かを思う気持ちから生まれた創作にこそ、希望があります。
だからこそ、もう一度原点を見つめ直し、情熱を創作へ注ぎたい。
日常を記録したい人、誰かを励ましたい人、物語を紡ぎたい人、真実を伝えたい人。
どんな形であれ、みんなの中には「伝えたい情熱」がある。
その情熱こそが、noteという場所の原動力だと思います。
だからこそ、他者を貶めるよりも、自分の創作にエネルギーを注ぐことに戻りたい。
言葉をぶつけ合うより、
言葉で世界を少しでも良くしていくほうへ。
【最後に】
すべてのユーザー様。私たちは、この場で何が正しく、何が誠実であるかを、それぞれの場所から見つめ続ける責任があります。
noteは、私にとって「心の居場所」です。
ここで出会った人たちと、互いを高め合える空間を信じています。
炎上ではなく対話の火を灯しましょう。
自分に良くしてくれるフォロワーさんたちに迷惑をかけるのが嫌で私は黙ってしまいました。
でも、沈黙では何も守れないと気付きました。
私は御丹珍氏を支持します。
コメントをくださった皆さん、ありがとうございます。
個別のコメントは控えさせていただきます。
御丹珍さんにどんな攻撃をしてきたかが一切語られていません。
どんなことを書かれても最後の一人になっても、私の御丹珍支持は絶対に変わりません。
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