あなたがしていることは「イジメ」です。理不尽な状況に強く抗議し、御丹珍さんを支持します。
今日は、私がnoteで目にしてきたある状況について、
どうしても声を上げたくて、そして、
この胸にある強い義憤を表明するために筆を執りました。
それは、「コメント解放区」の主催者である御丹珍さんが
直面されている、現在の状況についてです。
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目にした、と書きましたが、もはや「見て見ぬふり」ができない理不尽が、あまりにも公然と、そして執拗に行われていると感じています。
御丹珍さんは、今、大変な状況にあります。
結論から申し上げます。
私は、御丹珍さんを全面的に支持します。
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私は現在のこの状況が、心の底から「おかしい」と思っています。
なぜ、これほどまでに分かりやすい構造の理不尽に対して、
多くの人が沈黙し、あるいは加担してしまっているのでしょうか。
私が「おかしい」と感じている点を、具体的に挙げます。
一つは、組織的な犯罪が私たちの周りで繰り返されているにも関わらず、
その事実を直視しようとせずに、あろうことか被害者であるはずの御丹珍さんを批判する方がいること。
ここで起きていることは、単なる「意見の相違」や「すれ違い」などという生易しいものではありません。私には、明確な悪意を持って行われた「犯罪」であり、コミュニティの根幹を揺るがす深刻な「攻撃」に映っています。
その重大性から目をそらし、「どっちもどっち」であるかのような論調にすり替えたり、御丹珍さんの対応の一部だけを切り取って批判したりすることは、まさに攻撃者の思う壺ではないでしょうか。
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二つ目は、その加害者に対して、同調的な態度や擁護するかのごときコメントをする方がいること。
「事情をよく知らないから」「客観的に見て」――。
そういった前置きをしながら、結果的に加害者の側に立ち、その行為を容認するかのような言動をとる。
それは、被害を受けた側をさらに深く傷つける行為です。
「多勢に無勢」という言葉がありますが、今起きているのはまさにそれです。 声高に、あるいは陰湿に攻撃を続ける者たちと、それを遠巻きに眺め、あるいは同調することで、結果的に被害者を孤立させていく。この構図は、あまりにも醜悪です。
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そして三つ目は、これが最も不可解であり、私が憤りを感じる点ですが、かつて御丹珍さんが繋いでくれたはずのクリエイター同士が、今度は御丹珍さんを疎外し、寄り固まっている状況であること――。
この状況を見て、何を思えばよいのでしょうか。
人の繋がりを喜び、温かい交流の場を提供してくれた人に対し、
問題が起きた途端に手のひらを返し、距離を置き、あまつさえ批判の側に回る。
繰り返しになりますが、この状況は本当におかしくありませんか?
あなた達が今、暗黙の裡に、あるいは積極的に行っていること。 それは、御丹珍さんへの紛れもない「イジメ」であると私は断言します。
そして、その行為は、あなた達が意図しているかどうかにかかわらず、加害者側の企みに加担させられている状況そのものです。
「自分は中立だ」「静観しているだけだ」と思っているかもしれません。
しかし、イジメの構造において、「中立」や「静観」は、加害者側への加担と何ら変わりません。
イジメや犯罪に加担している自覚がない方も、おそらく大勢いるのでしょう。 だからこそ、私は今、こうして声を大にして言わなければならないのです。
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どうか、少しだけ立ち止まって、思い返してみてください。
あなたにとって「コメント解放区」とは、どんな場所でしたか?
御丹珍さんとの交流の中で、どんな出会いや経験がありましたか?
なぜ、あれほどコミュニティのために尽力してきた人が、たった今、守られず、一方的な批判の矢面に立たされ続けなければならないのか。
私には、その論理が到底理解できません。
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御丹珍さんは、ご自身の身を挺して、不正を許さないコミュニティの安全化に努めておられます。
「コメント解放区」は、単なるコメント欄の寄せ集めではありません。
そこは、記事を書き、発信するという孤独な作業を続けるクリエイターにとって、思わぬ感想に出会えたり、新たな才能と繋がれたりする、貴重な「広場」でした。 私は、ずっとそう認識しています。
主催者である御丹珍さんは、その「広場」を、どれほどの思いで創り上げ、維持・管理されてきたことでしょうか。
ただ場所を提供するだけではありません。 毎日寄せられるコメントに目を通し、参加者同士の交流に気を配り、不適切な言動があれば注意を促し、時には自らが矢面に立って場を守る。
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それは、私たちが想像する以上に、多大な時間と労力、そして何よりも精神的な負担を伴う、過酷な役割であったはずです。
その献身的な努力と貢献を、私たちはあまりにも当然のものとして享受しすぎていたのではないでしょうか。
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今、noteで活動しているクリエイターの中には、
「御丹珍さんを介して、あの人と知り合えた」
「あの場所があったから、自分の記事が多くの人に読まれた」
「あそこで交わした言葉が、次の創作のヒントになった」
という経験を持つ方も、決して少なくないはずです。
その「恩義」や、温かい交流の記憶、受けた恩恵の数々を、
私たちはこんなにも簡単に忘れてしまってよいのでしょうか。
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感謝の気持ちを忘れるだけでなく、苦境に立たされたその人を、
石もて追うような行為に加担する。 それは、人として、
あまりにも不誠実であり、恥ずべきことだと私は思います。
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私は、このような理不尽な状況を、
これ以上「見過ごすことはできません」。
沈黙は、もはや容認と同じです。
御丹珍さんが受けている現在の仕打ちは、あまりにも不当なものであり、
この不条理な状況、そしてイジメという構造そのものに対して、私は強く、強く抗議します。
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最後にもう一度、はっきりと表明します。
誰が何を言おうと、どのような状況になろうと、
私は、御丹珍さんを断固として、全面的に支持します。
そして、私にできるやり方で、
御丹珍さんを支えていきたいと強く思っています。
この記事を読んでくださった皆様にも、お願いがあります。
どうか、この現状に目を向け、
御丹珍さんへのご協力をいただけますよう、心からお願いします。
*
りか
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