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当世EV気質 最新EVで700kmのグルメ旅をしてみた

 今回のテーマは「当世書生気質」ならぬ「当世EV気質」である。

 言うまでもなく坪内逍遥の小説タイトルのパロディだが、別に明治文学論を始めようというわけではない。書きたいのは、いまどきのEVがどこまで来たのか、という話である。しかも実のところ今回の旅の主役は、EVではなく、1.2kgの蕎麦とジビエだった。だが、それこそが進歩なのだ。


 ここ数年、筆者はEVについてずいぶん書いてきた。EVは万能ではない。日本の住宅事情を考えれば、誰にでも勧められるものではない。自宅や職場で長時間占有できる充電環境、いわゆる基礎充電を持てない人にとって、現状のEVはまだまだ面倒の多い商品である。

 一方で、日本メーカーは別にEVをサボっていたわけではなく、粛々と商品を磨き続けてきた。その説明は2020年~2021年頃は全く耳を貸してもらえなかったが、その後EV推進派各社の経営的躓きが明白になり、今ではむしろ新型のEVは、当時「後ろ向きだ」と謗られながら、着実に一歩一歩を積み重ねてきたメーカーから発表されている。その結果、ようやく普通の人が買えそうな価格帯に、一充電航続距離700km級のEVが現れ始めた。

 筆者は以前それを「700kmクラブ」と書いた(こちら)。日産リーフ、トヨタbZ4X、スバル・ソルテラあたりがその代表であり、カタログ上とはいえ700kmを超える航続距離が見えてきたことで、EVは初めて、古典的なクルマが持っていた「移動の自由」に届き始めたのではないか、という話である。

 もっとも、カタログ値と実際の旅は違う。WLTCで700km走るからといって、何も考えずに700km走れるわけではない。エアコンを使えば電費は落ちるし、高速道路を80km/h以上で走れば電池の減りは早まる。120km/h区間ができた昨今、電費を考えて速度を決めるクレバーさも求められる。山岳路の登りでは露骨に電気を食う。冬は冬でまた条件が悪い。

 EVについて語る時、カタログスペックだけで礼賛するのも、逆に昔の不便な経験だけを根拠に全否定するのも、どちらもあまり誠実ではない。ならば実際に旅をしてみるしかない。

 とその前に一応クルマのスペックをおさらいする。bZ4XツーリングのFFで最も航続距離の長いZグレード(575万円)は1充電航続距離734km。AWDモデル(640万円)は同じく690km。今回リアルな旅で、高速と山岳路をエコランなしで常識的に走った感じでは、そのカタログ値に対しては概ね6割程度だった。詳細はこの先で具体的に記載する。

 さて、EVの場合メーカーの希望小売価格だけでは、購入価格がわからない。高額な補助金を加味してどうなるのかがポイントだ。ただし、各自治体によって補助金制度が違い、さらに充電器の設置などの補助金や、東京都には別途の住居側の設備による上乗せ項目の有無など条件分岐だらけで一概には言えない。なので基礎的なモデルケースでの計算しかできないが、仮にクルマに関する部分だけ、かつ東京都在住で主要な補助金がフルで出たとすると、国から130万円、東京都から60万円で合計190万円。AWDモデルは640万円なので、補助金を差し引くと450万円。FFならこれが385万円になる。

「700kmクラブ」のEVで700kmのツーリングへ

 ということで、今回はトヨタの「bZ4Xツーリング(AWD)」を借り出し、友人Kをにわかカメラマンに仕立てて、東京から佐久、白樺湖、下伊那郡売木村、浜松、静岡を経て東京へ戻るロングツーリングに出た。1泊2日でこのくらい走れれば、長旅も概ねこなせると言う距離である。18日の朝、千代田区九段のトヨタの車両貸出所でbZ4Xツーリングを借り出して、首都高から関越道へ入り、練馬から佐久まで走る。昼は佐久で蕎麦を食い、そこから白樺湖を経て諏訪から中央道に入り、飯田山本で降りて売木村へ。1泊した翌朝は茶臼山から設楽、長篠方面を抜けて浜松いなさ北から高速に乗り、浜松SAで充電。その後、静岡で昼を食べた後、ホテルのラウンジで一服し、新静岡から東京へ戻る。

 要するに、レジャーとしてかなり普通に起こりうる、しかしEVにとっては決して楽勝とは言えない旅程である。ちなみに、帰着後に驚いたのが今回の旅程の総走行距離がぴったり700kmであったこと。1kmの狂いもなくぴったりだ。700kmクラブの検証に相応しい距離になったものである。もちろんこれをジャスト700kmにすることは狙っていなかったし、狙ってもできない。ただの偶然である。

ツーリングを運転して関越道で北上中の筆者(写真:甲田岳生)トップの写真は筆者撮影

 今回の試乗車bZ4Xツーリングは、bZ4Xとソルテラに追加されたワゴンボディ系のバリエーションで、スバル版は「トレイルシーカー」と名乗る。

 このトレイルシーカーの造形はなかなか良い。これまでのEVには、どうも「未来の乗り物である以上、従来のクルマのデザインと明確に異なる新しさがなくてはならない」という強迫観念があった。フロントグリルレスを過剰に主張したり、空力のためと言いながら妙にヌメッとした形になったり、インテリアも「ほら、エンジン車とは違うでしょう」と言わんばかりに操作系を変えたりする。そういうものを見るたびに、筆者は少しうんざりしていた。

デザインの進歩と物理法則の制約

 ユーザーが欲しいのは未来の見せ物ではなく、今日すぐ実用的に使えるクルマである。荷物が積めて、遠出ができて、雨の日も雪の日も普通に使えて、犬やキャンプ道具やスーツケースを積み、家族や友人と出かけられるクルマである。その意味で、bZ4Xツーリングやトレイルシーカーは、ようやく「初めにクルマありき」の場所へ戻ってきたように見える。まずワゴンがあり、そこにEVのパワートレインが載っている。EVに乗るためにクルマを選ぶのではなく、「こういうクルマが欲しい」と思った時、そのパワートレインの選択肢としてEVもある。マルチパスウェイとは本来そういうことではないのか。デザイン面では特にフロントフェイスの造形の普通さにおいてトレイルシーカーの一歩リードというところだろう。

トレイルシーカーのグリルは普通のクルマ感があってとても良い。マルチパスウェイ時代のEVの代表的作品だと言える(写真:筆者)
多少のSUVテイストはあれど、かなりワゴンらしいリヤ造形のトレイルシーカー(写真:筆者)
トレイルシーカーのラゲッジスペース(写真:筆者)
一方でbZ4Xツーリングのフロントフェイスはやっぱり少し未来的。デザイン的には悪くないと思うが、「普通のデザインなのに開けてみたらパワトレはEV」という感じからはちょっと遠い(写真:筆者)
サービスエリアでたまたま一緒になったツーリングじゃないほうのbZ4X、リヤの造形の差がよくわかる(写真:筆者)
サイドビューはスバルもトヨタもほぼ同じワゴン系の処理。床下バッテリーの厚みを見せにくいよう、ロッカー部が目立たぬ処理に加えドア下にキャラクターラインを引いて面を分割して見せる(写真:筆者)

 ただし現状では、「ついにEVは普通のクルマになった。めでたしめでたし」とまとめるわけにはいかない。物理レイヤーの制約はやっぱり残っている。

 EVは床下に大きなバッテリーを積む。人を座らせるために必要な高さは変わらないので、従来の自動車パッケージを見慣れた目には、サイドシルからルーフまでの高さが間延びして見える。何も対策をしないとどうしてもドアが厚ぼったくなる。外から見たルーフの高さから、上下に広々したキャビンを期待して乗り込むと、床板は思ったより高い。乗降時には意外に脚を持ち上げる必要がある。これは今のところ床下バッテリーレイアウトのEVが抱える宿命であり、各社が今後そのパズルをどう解くかがデザインとパッケージングの課題になる。

 さらに電池があるから当たり前とは言え、車両重量も重い。bZ4Xツーリングはきれいな路面を走っている限り、すこぶる乗り心地が良い。EVらしい滑らかなトルクフィールもあり、ハンドリングもかなり良好で、実際よく曲がる。しかし一度路面が荒れて大きな入力が入ると、突き上げには覿面に重さの弊害が出る。ばねが硬いから突き上げに弱い。柔らかくすると車重が支えられないのだ。

 だから乗り心地には、普段は極めて紳士的なのに、突然どすんとくるようなギャップがある。ある種の二重人格である。これは現在のところEVの普遍的な課題となっている。この突き上げを除くと、良くも悪くも「重たいクルマを操っている実感」が薄く、絶対的な重量のヤバさを積極的には教えてくれない。

 「バッテリーが床下にあるから重心が低いのだ」と強弁する向きもあるが、重心の低さが質量とそれに伴う慣性を消してくれるという物理法則はない。けれどもドライバーはその重さを重心の低さのせいで感じにくい。だからこそドライバーは、何かあった時に牙を剥く車両重量を、感覚ではなく知性で管理しなくてはならない。ここを忘れて「EVは低重心だから安全でよく曲がる」とだけ言うのは危ない。端的に言えば、慣性質量が大きい物体は、滑ったらエネルギーが大きい分止めるのが難しい。重いクルマを操る時は常にそれに対する意識がいると筆者は思う。

暴挙、ランチは1.2kgの蕎麦

 さて旅である。18日の朝は食べずに出た。後述するが昼飯がヤバいことを織り込んでいるからだ。首都高から関越へ入り、佐久まで一気に走る。まずは有名な蕎麦屋「草笛」である。

今回は外観の写真を撮り忘れたので、2021年7月に撮った「草笛」の写真(写真:筆者)

 佐久まで来たら草笛を食べたい。筆者はそこで大盛り蕎麦を頼んだ。店員さんに「ウチの大盛りは1.2kgありますが大丈夫ですか」と確認され、「5年前は食べられました」と答えたら、「だったら大丈夫ね」と言われた。

 今にして思えば、この会話のどこにも「最後まで美味しく食べられるか」という条件は含まれていない。完食能力だけが問われ、実際に完食はした。だから店員さんの判定は正しかった。ただし、流石にこれは今回限りで引退である。若い頃の大食いは最後の一口まで幸福が続くが、年齢を重ねると、途中までは最高でも、残り3分の1から「戦い」になる。

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