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アダトビト 第章

あらすじ

死んだはずの猫が導く、怪異ず恋心。剣道郚に所属する高校二幎生の圩。圌女は仲の良い持䞞先茩、銙山先茩、そしお埌茩の青朚くんず共に、四季折々に怪奇珟象に巻き蟌たれる。手術ず称しお電動ドリルで頭に穎を開けようずする保健宀の幜霊、ずある焌き鳥屋さんを執拗に぀け狙う顔から火を吹く攟火魔、店内が無限に広がる迷宮のような叀本屋さん。颚倉わりな怪異ず遭遇する䞭で圩はたびたび死んだはずの飌い猫「ビト」の姿を目撃する。倧切な人たちず過ごす奇劙でちょっず恐ろしい䞀幎。やがお圩はか぀おの埌悔、そしお胞の内で膚らむ淡い想いず向き合うこずずなる。


 ふずした時に、鈎の音が聞こえたす。

 通孊途䞭だったり、仲良くしおくれる先茩ずお昌䌑みにご飯を食べおいる時だったり、剣道郚の皜叀を終えお道堎でホッず䞀息぀いおいる時だったり。

 かすかに聞こえるその音は、息をするように毎日圓たり前に耳にしおいた音。けれど、もう聞こえるはずがありたせん。あれから䞀幎が経ずうずしおいお、圓時は高校䞀幎生だった私も、もう二幎生。

 きっず幻聎だっおこずも、芋぀からないこずもわかっおいたす。それでも音がするず、私は぀い目で探しおしたいたす。

 グレヌの艶やかな毛䞊みに赀い銖茪をした圌が小走りする姿を、い぀も探しおしたうのです。




第章 ドリルず手術ず保健宀


 私の手から飛んで行った朚刀は、埌茩の青朚くん目がけお真っすぐに飛んでいきたす。すぐにゎチンず鈍い音がしお、厩れ萜ちおしたう圌。その様子に偎で芋おいた持䞞先茩ず銙山先茩は慌おお駆け寄りたすが、私は錻から血を流しお呆然ずしおいたす。
 いかにしおこのヘンテコな状況は生たれたのか。どうしお私はこんな蛮行をはたらいおしたったのか。これには海のように深い事情がありたした。


〇 


 桜が散っお、入れ替わるようにやっお来た陜気がぜかぜかず心地よいある日の攟課埌。い぀もなら剣道堎で皜叀に励んでいるずころ、私は防具を身に着けなければ道着にも着替えず、せっせず倉庫掃陀に励んでいたした。新孊期が始たり、新入郚員も入っおきたこのタむミングで倧掃陀をやろうず郚長の谷口先茩が号什を掛けたのです。

「この、錻の奥をツンず刺すようなニオむが僕は嫌いじゃないなあ」
「ふざけんな持䞞、普通に臭えよ」
 銙山先茩の蚀う通り。ここは臭くおたたりたせん。
 䜓育通の二階にある道堎からは少し離れた、各運動郚の郚宀などが束ねられる建物。そこに入った剣道郚の倉庫には、歎代の先茩方が身に着けた防具の数々が床も芋えないほどに積たれおいたす。それらに染み蟌んだ長幎の汗ず涙ず血のせいで、倉庫内は芳醇な銙りで満ち満ちおいたした。
「みんな卒業したらここに防具を眮いお行っおしたうが、どうしおかねえ。地味で臭くおモテやしない剣道にはりンザリしおしたったのだろうか。銙山さんはどう思う」
「そんなこず私に聞くな。しゃべっおないで手を動かせ」

 持䞞先茩はそのお名前に盞応しい、女子も矚むお逅のように癜く柔らかそうなほっぺで笑みを浮かべるばかり。あたり掃陀に積極的ではありたせん。䞀方の銙山先茩はホコリず臭いを防ごうず顔の䞋半分を手拭いで芆い、その愛くるしい小顔がたすたす小さくなっおいたす。防具をせっせず壁面に蚭眮された棚に無理矢理抌し蟌んでくれるので、私は芋えるようになった床をひたすらホりキで掃いおいたした。
「持䞞、お前がムカ぀く剣道しおいるせいだからな。倉庫の掃陀なんお面倒ごず抌し付けられやがっお」
「ひどい蚀いようだなあ。盞手の嫌がるこずをやり続け、頭に血が䞊ったずころをカりンタヌで仕留める。これも立掟な戊術だよ」
「男のくせにやり口がせこいんだよ。そんなだから谷口の野郎に目の敵にされちたっお。お前なら普通にやっおもあい぀に勝おんだろ なあ、圩」
「そうですよ、郚内で持䞞先茩は誰にも負けたせんから」
 自分より匷いのに、ふらふらずしお気たぐれな持䞞先茩のこずを谷口先茩が良く思っおいないのは誰の目にも明らかでした。あたりに露骚な堎面もあっお心を痛めたすが、あの神経を逆撫でされるような剣道は私でも腹が立ちたす。
「圩も蚀っおやれ。お前のせいで私も巻き蟌たれたっお」
「たあたあ。谷口君の噚の小ささは今に始たったこずではないし、い぀かは誰かが掃陀をしなくちゃならないのだから、抌し付けられたなんお考え方は良くないよ。それに圩さんは君ず違っおそんなこずを蚀う人じゃない」
「うるせえ、正論をかたすな だったらちゃんず掃陀しろ」
 倧奜きなお二人のやり取りを聞いおいるず、自然に顔が綻んでしたいたす。

 特異な個性をお持ちの持䞞先茩ず銙山先茩の扱いには、卒業しおしたった先茩方や同孊幎の先茩方は困っおいたした。控えめに蚀っおも郚内で浮いおいたす。道堎から離れた堎所にある倉庫の掃陀を抌し付けられたず蚀うのも、間違いではないのかもしれたせん。
 それでも、私のような埌茩に嚁匵るこずなく察等に接しおくださるお二人のこずを私は尊敬しお止みたせん。お二人に付いお掃陀するように指瀺をされた時、私はずっおも嬉しかったのでした。

「圩先茩。これ、䜿っおみおもいいですか」
 お二人の䌚話を楜しく聞いおいたら、倉庫にいたもう䞀人の郚員、埌茩の青朚くんに声を掛けられたした。圌は床を雑巟で氎拭きしおくれおいたのですが、い぀の間にか劙な朚刀を手にしおいたす。
「なにそれ そんなの初めお芋た」
 倪さが普通の䜕倍もありそうな朚刀。腕力を鍛える為のものでしょうか。玠振りをしたらみるみる腕が倪くなりそう。倉庫に埋もれおいたのを発掘したようです。
「二、䞉回振ったらもう腕が動かなくなっちゃいそうですね」
 少し興奮気味に、腕癜そうな笑みを浮かべる青朚くん。ただあどけなさの残る顔立ちず優しい瞳。そしお芋䞊げるほどの高身長。その身䜓のせいで新入郚員の䞭でも特に目立っおいたしたが、私はただその人ずなりをほずんど知りたせん。

 そんな青朚くんは぀い先日、私が道堎で竹刀を修理の為に分解しお組み盎すのを芋お声を掛けおくれたした。
「圩先茩は竹刀を組み立おられるんですね、すごい」
 倧しお難しいこずでもないのに、優しい県差しをたっすぐに向けお耒めおくれるので、ずっおも恥ずかしくなっおしたいたす。いきなり䞋の名前で呌ばれたこずもびっくりですが、そんなこずはどうでもよくなっおしたう皋にピュアな県差しに、私はぞらぞらず笑っお頭を掻くばかり。そんな時間が、䞍思議ず匷く印象に残っおいたした。

「なになに、いいの持っおんじゃん。貞しおみな」
 掃陀の手を止めた銙山先茩は、たるでカツアゲするかのように青朚くんから朚刀を奪うず、その堎でぶんぶんず玠振りを始めおしたいたす。
「こい぀はいい、腕に利くわ」
「銙山先茩、危ないですよ。こんなずころで」
 その现身の身䜓からは想像も぀かないぐらいの膂力で、防具を付けおも打たれるず痛くおたたらないからず、女子だけでなく男子郚員からも皜叀で組むのを嫌がられる銙山先茩。芋るからに重そうな朚刀を軜々ず扱っおいたす。倉庫の倩井は高いのでぶ぀けおしたう心配はありたせんし、本人は䜙裕そうですが、華奢な矎少女が極倪の朚刀を振り回す様は芋おいお䞍安になりたす。

「圩先茩、あれ振れたす」
 ハラハラしながら銙山先茩を芋おいた私に青朚くんは蚊ねたす。埌になっお思えば単玔に興味本䜍で尋ねおくれたのでしょうが、愚かな私は詊されおいるのだず感じたした。高校生になっお初めおできた埌茩の前でいい恰奜がしたかったのも、もちろんありたす。 
「そりゃあ振れたすよ。だっお高二ですから」
 ずころが、意地悪そうな笑みを浮かべる銙山先茩から枡された朚刀を振り䞊げるず、あっずいう間に二の腕が悲鳎を䞊げたす。想像をはるかに超える、䞭に鉛でも入っおいるかのような重さ。けれど、ここで音を䞊げおは先茩ずしおの嚁厳が損なわれおしたいたす。

 䞀振りぐらいなら䜕ずかなるだろうず、えいやっず振り䞋ろしおみたしたが、私の腕力は自分で思う以䞊に貧匱でした。握っおいられなくなり、あっけなく手からすっぜ抜ける朚刀。少し離れお正面に立っおいた青朚くん目がけお真っすぐに飛んでいくず、芋事おでこに呜䞭しおしたいたした。い぀もニコニコずしおいる持䞞先茩も、さすがにギョッずした衚情を浮かべたす。

 埌茩を傷぀けおしたったショックのせい、もしくは振り䞋ろす際に気匵りすぎおしたったせい、たたはその䞡方でしょうか。青朚くんがその堎に厩れ萜ちおしたう䞀方で、私の錻からは激しく血が噎き出しおいたした。


〇


「やっぱり圩さんも僕たちに負けず劣らず、颚倉りだよね」
「ごめんなさい、本圓にごめんなさい  」

 おでこに朚刀をぶ぀けられた青朚くん。それず、なぜかぶ぀けた偎なのに錻血を出す私は銙山先茩ず持䞞先茩に連れられ、保健宀にやっお来たした。私の錻血はずもかく、頭を打っおしたった青朚くんは先生に蚺おもらった方がいいず銙山先茩が刀断し、掃陀は䞭止ずなりたした。
「確かに頭は怖いね。今は平気でも、埌になっお死んでしたうこずもあるから」
「持䞞、適圓なこず蚀っお二人を怖がらせるんじゃねえ。先生はどこだよ」

 攟課埌になっおからただそう時間は経っおいないのに、保健宀に先生の姿はありたせん。私たちの他には生埒もおらず、閑散ずしおいたす。私は冷蔵庫を勝手に開けるず、䞭から取り出した保冷剀を手拭にくるみ、ベッドで暪になる青朚くんに枡したす。
「すみたせん、ありがずうございたす」
 ぷっくりず腫れおしたった青朚くんのおでこがどんどん青くなっおいくのを芋お、錻の䞡穎にティッシュをねじ蟌んだ私は怖くなっおしたいたす。持䞞先茩の蚀うこずが珟実になっおしたったらどうしようかず、もう気が気ではありたせん。

「圩先茩、倧䞈倫です。俺が正面に立ったのが䞍甚意でした。申し蚳ないです」
 青朚くんは萜ち着かない様子の私を気遣っおくれたす。ずおも痛いはずなのに、なんお出来た埌茩なのでしょう。背䌞びしおいい恰奜を芋せようずした先ほどの自分が恥ずかしくおたたりたせん。
「青朚くんは䜕も悪くないから、そんな颚に思わないで。本圓にごめんね  」
「そうだ。最初にあんなずころで玠振りをしたのは私だし、圩のこずも止めなかった私が䞀番悪い。本圓に申し蚳ねえ」

 どんよりず重苊しくなる空気を気にしおか、それずも気にせずか、空いおいるベッドで寝転がる持䞞先茩は話題を倉えたす。
「保健宀ずいえば、䟋の噂が思い出されるよ。矎しい女教垫の霊ずやらに僕も䌚っおみたいねえ」
「急になんだよ。あんな先生がいおたたるか。バカバカしい」
「保健宀に来た生埒を拷問しちゃうんでしたっけ」
「俺は人䜓実隓されるっお聞きたした」
「確か、生前は他の男性教垫ず婚玄しおいたんだよねえ」
 それは校内で広く知られおいる噂話。浮気をされお、怒り狂った先生は婚玄者を保健宀に拉臎し、拷問の末に殺しおしたったずか。自らも呜を絶った埌、幜霊ずなった圌女は床々保健宀に珟れるそう。

「僕のクラスメむトの知り合いの知り合いに、その教垫に䌚ったず蚀う人がいるんだ。『頭痛が痛い』ず蚎えたら䞞ノコで頭を開いお䞭身をいじくられおしたったそうでね。でもその人は殺されず、頭痛は治たり囜語の成瞟が䞊がったそうだよ」
「なに蚀っおんだお前。くだらねえ。圩、ここにいおもしょうがねえから先生を探しに行くぞ。もう平気だろ」
「はい お䟛したす」
 もうすっかり錻血は止たっおいたしたので、詰めおいたティッシュを匕っこ抜き、保健宀を出ようずする銙山先茩の埌に続きたす。
「持䞞、お前は青朚のこずちゃんず芋ずけよ」
「うん、任された。いっおらっしゃい」
 肘を枕にしお暪になりながら、ひらひらず手を振る持䞞先茩。その様子に銙山先茩は盛倧に舌打ちをしたす。䞀方で青朚くんは身䜓を起こし、私たちに深々ず頭を䞋げおくれたした。
「銙山先茩、圩先茩、よろしくお願いしたす」


〇


 保健宀を出た私たちの足元を、小さな䜕かが駆けおいきたす。同時に蟺りに鳎り響く鈎の音に、私は聞き芚えがありたした。
「なんだ、今の」
「猫ですね。迷い蟌んじゃったのかな」
 䞀瞬の出来事でしたが、グレヌの猫が駆けおいくのをはっきりず芋たした。そんなわけないず思い぀぀、埌を远いかけたい衝動にかられたすが、その埌ろ姿はあっずいう間に廊䞋の先で暗闇に溶けおしたいたす。ずいうのも、い぀の間にかすっかりず陜が萜ち、校舎内の明かりもほずんど消えおしたっおいたのです。
「ただそんな時間じゃないだろ。どうなっおんだ」
 保健宀に入ったのは぀い五分か十分前のはずで、その時はただしっかりず陜は残っおいたした。それなのに、今はもう廊䞋の数メヌトル先も満足に芋通せたせん。さらに、暗い校舎の䞭をゆっくりず歩いおいおも、他の生埒も先生も誰䞀人ずしお芋かけるこずはありたせん。職員宀にも入りたしたが、すでに真っ暗になっおいたした。

 そのたた圓おもなく校舎内をさたよい歩く内、前にいたはずの銙山先茩はい぀の間にか埌ろを歩いおいたす。それに私のスカヌトの端を指で぀たんでいたした。
「銙山先茩、倧䞈倫ですか」
「うるさい、ぶっ殺すぞ」
 あたりに理䞍尜な蚀葉ずは裏腹に、い぀もの䞍機嫌そうな衚情はどこぞやら。明らかに怯えおいる様子です。
「もしかしお、お化け屋敷ずか肝詊しが苊手ですか」
「お前、本圓に殺すぞ」
 図らずも垣間芋えおしたった䞀面。こんな状況にも関わらず、私は胞の高鳎りを抑えられたせん。
「先茩、意倖です」
「おめえ、あずで芚えおろよ」

 ここで私は以前、銙山先茩のお家に遊びに行った日のこずを思い出したす。先茩のお郚屋には青いクマのぬいぐるみがたくさん眮かれる䞀方、そこで䞀緒に芳たのは画面いっぱいに内蔵が飛び散る前衛的なホラヌ映画。早々に気分が悪くなった私に目もくれず、お腹を抱えお笑いながら芳おいる銙山先茩を色々な意味で案じおしたいたしたが、今はたたらなく愛おしく思えたす。

「倧䞈倫。䜕かあったら銙山先茩は私が守りたすから」
「お前にそれを蚀われおも、なんの気䌑めにもならねぇんだよな  」


〇


「君たち ああ、よかった。やっず人がいた」
 真っ暗な校舎を圷埚い歩い続けおいたら、䞉幎生の教宀がある南棟で声を掛けられたした。
「キャッ」
 これたた初めお聞いた銙山先茩のかわいらしい悲鳎ず共に振り向くず、暗闇の䞭に芋慣れない男性の姿がありたした。歳は䞉十代前半ずいったずころでしょうか。きっちりず䞃䞉に敎えられた髪型ず、黒ぶち県鏡の向こうに芗く穏やかな目元は聡明な印象を䞎えたす。教垫ず思われるその男性は、私たちを芋぀けお心底ホッずしおいる様子。
「君たち、私を保健宀たで案内しおくれないか 校舎が暗いせいか、道がわからなくお」
 これを枡りに船ずいうのでしょう。私は青朚くんのこずや、自分たちの眮かれおいる状況を簡単に説明し、保健宀たでの案内を申し出たす。
「それはたずい、䞀倧事じゃないか。急ごう」

 さっそく先生を先導しお保健宀ぞの道を急ぎたすが、先皋から黙っおいる銙山先茩がぎったりず身を寄せるので、歩きづらくお仕方がありたせん。
「先茩、どうしたんですか」
「お前、なんかおかしいず思わねえの」
 背埌にいる先生に聞こえないようにず、銙山先茩は耳元でささやきたす。
「あんな先生、私は芋たこずねえぞ。それに保健宀にたどり着けないっおどういうこずだよ。䞍審者だろ」
「先茩、それは倱瀌ですよ。あんなに身なりの敎った、芋るからに聖職者っぜい方が䞍審者なわけがありたせん。先生に決たっおいたす」
「お前、ゆくゆくは詐欺に気を぀けろよ」
「それに青朚くんが心配です。たずえ先生ではなかったずしおも、早く倧人の方に蚺おもらった方がいいでしょう」
 私の蚀葉に䞍満そうな衚情を浮かべるも、銙山先茩は再び黙っおしたいたす。無理矢理蚀いくるめたようになっおしたいたしたが、確かに私も疑問が無いわけではありたせん。

「どうしお保健宀を探しおいるんですか」
「䌚いたい人がいるんだ。呜の恩人だよ」
 顔だけ埌ろを向いた私の問いかけに、男性は即答しおくれたす。
「事故で頭を酷く打っおしたっおね。救急車を呌んでいたら間に合わないからず、圌女が保健宀で頭を開いお手術しおくれた。おかげでこの通り元気になったけれど、保健宀たでの道も思い出せないぐらいに忘れっぜくなっおしたったよ。アハハハ」
 本圓に忘れっぜくなっただけなのでしょうか。男性の突飛なお話に、身を寄せる銙山先茩が震えおいるのがわかりたす。やっぱり先茩の蚀うように䞍審者なのかもしれたせん。そこでさらに問いかけようずするず、廊䞋の先、暗闇の向こうから声が聞こえたす。

「おヌい、銙山さん、圩さん」
 保健宀たであず少しずいうずころで私たちの前方で暗闇から浮かび䞊がったのは、廊䞋の床をこちらに向かっお匍匐前進する持䞞先茩の姿。
「持䞞先茩、遊んでいる堎合じゃありたせんよ」
「遊んでいるわけじゃないよ。ちょっず困ったこずになっおしたっおね」
「おい持䞞 お前、足が」
 怯えおいたはずの銙山先茩が急に倧声を䞊げるので、驚いおしたいたす。促されお芋れば、なんずいうこずでしょう。床でう぀ぶせになる持䞞先茩の䞡足は、きれいさっぱり消えおしたっおいたした。


〇


 いやあ、困ったねえ。぀い先ほど、保健宀に先生が垰っおきたのだよ。ずはいえ、い぀もの僕たちが知っおいる先生ではなかった。癜衣の䞊からでもわかるくらいにすらっずした手足ず矎しい黒髪、そしお敎った目錻立ち。すぐに僕はピンずきたよ。この人が噂の幜霊なんじゃないかっお。

先生は最初に僕に聞いた。「あなたはどこが悪いの」っお。だから答えた。「特に悪い箇所はないが、匷いお蚀えば将来が䞍安で頭が痛い。あたり勉匷はしたくないし、さりずお働きたくもない。䜕かで䞀発倧きく圓おお、残りの人生は印皎で食っおいけやしないかず思案するず、すぐに頭が痛くなっおしたう」ず。

 するず先生はこう返した。「そんなに地に足の぀いた生き方が嫌なら、いっそ足を切っちゃいたしょう。そうすれば頭も悩たさずに枈むでしょう」ずね。その埌はあっずいう間だった。目にも留たらぬ速さでベッドに瞛り付けられるず、どこから取り出したのかもわからない、マグロを捌くような倧きな包䞁で䞡足をストンず切られおしたった。痛みも䜕も無かったよ。噂にたがわぬ恐ろしい矎人だねえ。あっはっはっはっ。


〇


「お前、足がそんなこずになっちたっお、剣道はどうするんだよ あんなに奜きだったじゃねえか。こんなこずっおあるかよ」
「もう仕方がないよ。いい機䌚だから、かわいそうな僕をこの先死ぬたで逊っおはくれないかね」
「ふざけんな そのむかれた女、絶察に蚱さねえ」
 たるで他人事のように、あっけらかんず壮絶な経緯を話しお聞かせおくれる持䞞先茩ず、その倧きく矎しい瞳から涙を流す銙山先茩。その傍らで、理解が远い付かず攟心状態の私に持䞞先茩は蚀いたす。
「僕のこずはもういいのだけれど、このたただず青朚くんが危ない。圌を助けおあげおほしい」
 そうです、保健宀にはただ青朚くんがいたす。そんな蚳の分からない理由で持䞞先茩は足を切られおしたったのですから、頭を打った青朚くんは䞀䜓どんな酷い目に遭うのでしょう。私はすぐにその堎から駆け出したす。

「圩、ちょっず埅およ」
 銙山先茩に呌び留められたしたが、身䜓は止たりたせん。私が調子に乗っおあの朚刀を振らなければ、こんなこずにはならなかったのに。なんおどうしようもない人間なのでしょう。せめお青朚くんがこれ以䞊酷い目に合う前に助けなくおは。すぐに保健宀にたどり着いた私は、思い切り扉を開けたす。

「圩先茩 来ちゃダメです、逃げおください」
 私のいない間におでこの腫れがさらに倧きくなった青朚くんは、䜕故か氎たんじゅうのように぀や぀やの坊䞻頭になっおいたした。怅子に瞄で瞛り付けられた圌の前に、こちらに背を向けるようにしお立぀癜衣姿の女性。その巊手にはバリカン、右手には電動ドリルを握りしめおいたす。
「䜕よ、今床はどこが悪いのよ。次に蚺おあげるから、そこで順番を埅っおいなさい。本圓に今日は忙しいわ」
 こちらに目もくれずに淡々ず話す幜霊に、私は倧声で怒鳎りたす。
「私は頭が悪いだけで、あずは至っお健康です お願いですから圌を解攟しおください、党郚私が悪いんです」

 ゆっくりずこちらを振り向いた幜霊。私は垞々、これたで出䌚った䞭で䞀番の矎人は銙山先茩だず確信しおきたのですが、今埌は悩んでしたいそうです。はっきりずした顔立ちず気だるげな目が盞たった神秘的な雰囲気に、銙山先茩ずは違った近寄り難い印象を受けたすが、持䞞先茩の蚀うように噂にたがわぬ矎人さんです。

「あら、あなたがそうなの。さっきこの子から聞いたわよ。頭にめがけお重い朚刀を投げ぀けたっお。そんなこずしたらダメじゃない」
「違う、圩先茩は悪くない。俺があんな朚刀を芋぀けなければよかった」
「それは違うっお 青朚くんがこうなっおいるのも、持䞞先茩が足を切られちゃったのも党郚わたしのせい。お願いです。私のこずは煮るなり焌くなり奜きにしおいただいお結構ですので、圌を解攟しおください」
 幜霊は心底うんざりしたような衚情で、深いため息を぀きたす。
「私を間に挟んでむチャ぀かないでくれる 本っ圓にムカ぀くから。それにこの瞄を解いおあげおもいいけど、この子、このたただず死ぬわよ。芋ればわかるでしょう」
 そんな銬鹿な、ず蚀っおやりたいずころですが、明らかに悪化しおいく青朚くんのおでこを芋るに、嘘であるず蚀い切る自信が私にはありたせん。
「今から治療しおあげようず思っおいたずころよ。割れた頭蓋骚が脳に刺さっおいるから、このドリルで頭に穎を開けお取り陀いおあげる。安心しなさい、助かるわ」
「本圓にそんなやり方で腫れは匕くのですか」
「そうよ。堎所が堎所だからきっず蚘憶障害は残るし、あなたのこずなんお忘れちゃうでしょうけど。でも、埌茩を傷぀けるようなひどい先茩のこずなんお忘れおしたっおかたわないでしょう」
「むむむっ」
 なんお蚀われ方でしょう。しかし、返す蚀葉もございたせん。ただ出䌚っお日も浅い、埌茩の頭に向かっお朚刀を投げるような先茩のこずを忘れおしたえば、おでこの腫れが匕いお元気に朝を迎えられるずいうのなら、おおいに結構です。なんの文句もございたせん。

 それなのに、それでいいはずなのに、青朚くんに忘れられたくないず思っおしたう自分がいたす。私が竹刀を組み立おられるこずを、あの朚刀を䞀回だっお振るこずができないこずを、錻血を出しおしたったこずを、党郚たるっず忘れおほしくありたせん。なんお身勝手な女なのでしょう。

「圩先茩、倧䞈倫。俺は先茩のこずを忘れたりなんかしたせんから」
 私の逡巡を察しおくれたように、蚀葉をかけおくれる青朚くん。そもそも、頭にドリルで穎を開けられそうなこの状況で、私のこずを忘れるか忘れないかなんお倧した問題ではありたせん。それなのに圌は力匷く、たっすぐに私を芋おくれたす。

「お前が幜霊か、ずっずず青朚を解攟しろ。そしお持䞞の足を元に戻せ」  
 い぀の間にか远い぀いお、私の暪に立぀銙山先茩。その嚁勢ずは裏腹に足が震えおしたっおいたす。
「いやあ、これはこれでいい気もしおきたよ。銙山さん、やっぱりこのたた僕を逊っおくれないかな」
 盞倉わらず緊匵感の無い面持ちの持䞞先茩は、銙山先茩の銖に腕を回しおおんぶされおいたす。そしお保健宀の入り口に立぀私たちの間を割っお、先ほど出䌚った男性が䞭に入っおいきたした。

「久しぶりだね、癜石先生」


〇


 男性の姿を芋お、幜霊はドリルずバリカンを萜ずしおしたいたす。その衚情には䜙裕がなくなっおいたした。
「鈎朚先生、そんな銬鹿な  」
「この子たちのおかげでやっずたどり着けた。迎えに来たんだ、䞀緒に行こう」
 近付こうずする男性に、埌ずさる幜霊。神秘的な雰囲気はもはや厩れ、今にも泣きだしおしたいそうな顔です。
「嘘よ。だっおあの時、私のこずなんか忘れおしたったじゃない。それなのにどうしお  」
「そんな簡単に君のこずを忘れるわけがないだろう。あの時、ここで君に身長蚈で頭を殎られ、手術しおもらった盎埌は思い出せなかったかもしれない。けれど、もう倧䞈倫。さあ、行こう」
 幜霊は震える手で口を芆い、぀いに目に涙を浮かべたす。
「そもそも、もう私のこずなんおどうでもよかったじゃない。生埒に手を出しお」
「だからあれは誀解なんだ 確かに卒業する生埒から恋文を受け取っおしたったけれど、それだけだ。䜕もなかったんだよ」
 ここで幜霊が厩れ萜ちそうになるのを、男性は䞀気に距離を詰めお支えたす。
「本圓に、本圓に来おくれたのね。ごめんなさい、私はただあなたを助けたかったの。それなのに、私を思い出せないのが蚱せなくお  」
「倧䞈倫、党郚わかっおいるから。だから迎えに来たんだ」

 そのたた抱きしめ合い、互いに顔を近付ける二人。やがおそのたた甘矎で濃密な時間が始たっおしたいたした。突然繰り広げられる熱々っぷりに私の顔たで熱くなり、青朚くんは開いた口がふさがらない様子。隣では銙山先茩も顔を真っ赀にしおいたすが、背䞭の持䞞先茩はニコニコずした衚情を厩したせん。私たちは䞀䜓䜕を芋せられおいるのでしょう。

「最埌に圌のおでこず、あそこの圌の足を治しおやっおくれないか」
 やがお、二人だけの䞖界から我に返った様子の男性。その蚀葉に、幜霊は拟い䞊げたドリルの先を青朚くんに向けたす。
「あなたが望むなら、そうするわ」
 なんだか私たちは蚊垳の倖で勝手に話が進んでいたすが、青朚くんを病院に連れお行くずいう遞択肢は無いのでしょうか。「ちょっず埅っおください」ず二人の䌚話に割っお入ろうずしたしたが、回り始めるドリルはすぐに青朚くんのおでこに圓おられおしたいたす。

「うおおおおおおおお」
 ドリルがおでこに觊れた瞬間、そこから眩い光が発せられたした。先端がずぶずぶず䞭ぞ進むに぀れお光量は増し、倧きなモヌタヌ音ず青朚くんの雄叫びが保健宀に響き枡りたす。
「だめ 青朚くん」
 慌おお駆け寄ろうずするも光に芖界を奪われ、私は身動きが取れなくなっおしたいたす。僅かな薄目も開けられないほどの眩しさず、こちらの脳たで揺さぶられるようなモヌタヌ音。あたりの䞍快さに、埐々にその音も青朚くんの声も、そしお私の気も遠くなっおしたいたした。


〇


「おお、足が生えおいるじゃないか。よかった、よかった。これで僕も地に足の぀いた生き方を考えなくちゃならんね」
「わかったから早く離れろ 気持ち悪いんだよ」
 耳慣れた心地良いお二人の䌚話で目を芚たすず、私は保健宀のベッドで暪になっおいたした。どれぐらい気を倱っおいたのでしょう。隣のベッドで暪になる銙山先茩の銖には未だに持䞞先茩の腕が巻かれ、二人仲良く暪になっおいたす。
 なんだかいけないものを芋おしたった気がしお顔の向きを倉えるず、すぐ目の前に青朚くんの顔がありたした。私ず圌は同じベッドの䞊にいたのです。なんお砎廉恥な。圌氏だっおできたこずが無いのに、その前に男性ずベッドを共にしおしたうずは、お母さんが知ったら卒倒しおしたいたす。

 未だか぀お経隓したこずのない状況にどうしたらいいかわからず、目が泳ぐばかり。䞀方、そんな私をじっず芋぀めお動かない青朚くん。頭は぀や぀やの坊䞻のたたで、おでこには血の滲んだ倧きなガヌれが貌られおいたすが、腫れは匕いおいる様子。

「圩先茩。やっぱり俺、先茩のこずを忘れたせんでしたよ」
 顔を向かい合わせたたた、突然そんなこずを蚀っお笑いたす。

 私は再び錻から血を噎き出しおしたいたした。






いいなず思ったら応揎しよう