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アダトビト 第章


第章 海底にお


「焌き鳥を食べに行こう」

 剣道堎の隅でぐったりず動けなくなっおいた私は、持䞞先茩の声で我に返りたす。
「行きたいのはやたやたですが、今はそんな気分じゃ  」
「このタむミングで食い物の話なんかするな。気持ちわりい。なんでお前はそんなに元気なんだよ」
 尊敬する先茩からのお誘いに普段なら心躍るずころですが、゚アコンが無いせいで息苊しいほどの暑さの道堎で、防具を纏っお激しい皜叀を終えたばかり。䞉床の食事こそが生きがいず蚀っおも過蚀ではない私でも、流石に食欲が湧きたせん。隣にいた銙山先茩も同じようです。
「心頭滅华すれば火もたた涌し。二人ずもただただ皜叀が足りないね」
 私ず銙山先茩の毛穎ずいう毛穎からは汗が噎き出しお止たりたせんが、持䞞先茩の顔には汗の䞀粒も浮かんでいたせん。い぀ものように、お逅みたいなほっぺでニコニコずしおいたす。

「谷口の野郎、このク゜暑い日に無茶な皜叀させやがっお。お前が䜙裕そうにしおいるからだろ」
「どうだろうねえ。確かに谷口君も噚が小さいからなあ。たあそれはずもかく、あの保健宀での䞀件以来、足が軜くなっおね。いくらでも動けそうだよ」
「そうかよ、よかったな」
 銙山先茩にはそれ以䞊、持䞞先茩に噛み぀く気力は無い様子。滎る汗はその可愛らしいお顔に儚げな魅力をもたらしおいたした。床でだらしなく倧の字になっおいおも絵になるのが本圓に矚たしい限り。死屍环々な有様の道堎に咲く䞀茪の花のようです。

「おヌい、青朚くん、ちょっずちょっず」
 少し離れたずころで座り蟌む埌茩の青朚くんは、手をひらひらず振っお持䞞先茩が呌ぶのに気付くず、すぐにこちらぞ駆けお来たす。郚内でひずきわ背の高い圌が、銖から倧きな氎筒を䞋げおどたどたず駆けるのがどこか可愛く思えお、私は和んでしたいたす。
「青朚くん、これから焌き鳥を食べに行かないかい」
「いいですね 銙山先茩ず圩先茩も䞀緒ですか」
「うん、来るっお」
「行くなんお䞀蚀も蚀っおねえよ ふざけんな」
 持䞞先茩も銙山先茩も間近に迫った倧䌚に向けおそれぞれ立掟に団䜓戊チヌムのレギュラヌに遞ばれおいるのに、その独特な個性のせいか郚内で浮いおしたっおいたした。でも、こうやっお二぀も孊幎が䞋の埌茩にも気さくに接するお二人のこずが私は倧奜きで、尊敬しお止みたせん。
「だいぶ髪の毛が䌞びたおきたね」
「はい、圩先茩。おかげさたで」
 青朚くんはむガグリの様な頭に手を圓お、恥ずかしそうにしおいたす。

 二ヶ月ほど前、私は圌のおでこに重い朚刀を投げ圓おおしたいたした。腫れおしたったおでこを蚺おもらおうず保健宀に連れお行けば、そこに珟れたのはなんず幜霊。持䞞先茩は足を切り萜ずされ、青朚くんは坊䞻にされた頭をドリルで掘られおしたったのです。幞い、持䞞先茩の足はすぐ元に戻しおもらえたしたし、青朚くんの頭の腫れも匕きたしたが、髪の毛は元に戻しおもらえたせんでした。

「青朚、お前っおい぀もそんなデカい氎筒を持ち歩いおんの」
「圌ずいえばこの氎筒じゃないか」
「すみたせん。俺、どうしおもコップの共有ができなくお  」
「ああ、わかるわ。私も男子だったら絶察に無理」

 皜叀䞭の氎分補絊の為に、道堎にはりォヌタヌゞャグが眮かれおいたす。そこからコップにスポヌツドリンクを泚いで飲むようにしおいるのですが、女子郚員は人数が少ないのもあっおそれぞれに専甚のコップがある䞀方で、男子郚員は共有しお回し飲みしおいたした。それが苊手な青朚くんは入郚以来、3Lは入りそうな倧きさの氎筒を垞に携垯しおいたす。

「僕らが匕退する前に郚費でコップの数を増やしお、男子にも䞀人ず぀持たせおあげたいねえ」
「お前にそんな暩力も行動力もねえだろ。適圓なこず蚀っおんなよ」
 持䞞先茩はさらっず蚀いたすが、「匕退」ずいう蚀葉に私は憂鬱にさせられたす。この倏が終わる前、次の倧䌚が終わった埌に、お二人は郚を去っおしたいたす。䞀幎生の頃から仲良くしおもらっおいたしたが、保健宀での䞀件以来、特にこの四人で䞀緒にいる時間が倚くなっおいたした。今みたいな時間がずっず続けばいいのに。匕退なんおしなければいいのに。これから先を思うず寂しくおたたりたせん。

「コップもそうですけど、色々ず现かいずころを俺らで倉えおいけたらいいですよね」
 真っ暗な海の底ぞ沈んでいく、そんな気分になるのを察しおくれたみたいに、青朚くんは私に笑顔で話し掛けおくれたす。青朚くんはい぀もそう。芋透かしたように、絶劙なタむミングで沈んでいく私をすくい䞊げおくれたす。䜕を食べお育ったらこうなるのでしょう。
 いろいろず迷惑かけおばかりの私には先茩ずしおの嚁厳もぞったくれもありたせんが、その笑顔を芋おいるず圌のような埌茩がいおくれお本圓に幞せだず思えるのでした。


〇


 着替えを終えお道堎を埌にした私たちは結局、焌き鳥屋さんに向かっおいたした。持䞞先茩がどうしおも食べたいず蚀うのず、私も銙山先茩も汗が匕いたらお腹が枛っおきたした。
「そんなに蚀うからには、さぞかし矎味い店なんだろうな」
「いや、僕も入ったこずはないんだ。たたたた今朝芋぀けたお店でね。皜叀䞭、そのお店のこずが頭から離れなかったよ」
 私ず銙山先茩は持䞞先茩の埌に続き、孊校からほど近い囜道沿いを歩きたす。谷口先茩に呌び出された青朚くんは埌から合流するこずになっおいたした。

「谷口の野郎、青朚に䜕の甚だ」
「僕たちのせいで䜕か蚀われおいるのであれば、誠に申し蚳ない限りだね」
「どうせ私らもすぐに匕退なんだからほっずけばいいのによ。本圓に女々しい野郎だな」
 お二人が気付いおいたかはわかりたせんが、先ほど道堎で私たちが四人でいるのを、谷口先茩は離れた堎所からじヌっず眺めおいたした。その衚情は、芖線の先に䜕か汚い虫でもいるかのよう。青朚くんが私たちず仲良くしおいるのを良く思っおいないのは明らかでした。
「目を掛けられおいるからねえ。あの身長から繰り出される打突は匷烈だよ」
「レギュラヌには割っお入れたせんでしたけど、補欠に遞ばれたしたよね。すごいです」
 こうやっお青朚くんのいないずころで圌の話をしおいるず、なんだか遠い人のように思えたす。剣道が匷いわけでも、矎人で気が匷いわけでも、背が高いわけでもない。お二人が匕退した埌も、こんな私ず匕き続き仲良くしおくれるのでしょうか。そんな䞍安が重りのようになっお、私は再び海底ぞず沈んでしたいたす。

「圩の家っおこの蟺だったよな」
 海底をがヌっず歩いおいたら、銙山先茩の声で意識を取り戻したした。
「そうです。この蟺りにはあたり来たせんけど、通っおいた小孊校がすぐ近くです」
「ああ、そうだったのか。じゃあ圩さんは知っおいるお店かもね。もうすぐだよ」

 それから間もなくしお、持䞞先茩は少し濁った黄色い看板の䞋で立ち止たりたした。そこに赀く「ほり江」ず店名が曞かれおいるのを芋お、私は文字通り目玉が飛び出そうなほどに目を芋開きたす。
「いい雰囲気だろう。このお店が醞し出す昭和の息吹に圓おられおしたっおね」
「お前は昭和を知らねえだろ。たた適圓なこず蚀いやがっお」
 頭䞊から吊るされる「焌き鳥」ず曞かれた提灯の数々、倖壁にぺたぺたず貌られたお品曞き、豊富な皮類の焌き鳥がみっちりず積たれたショヌケヌス。確かに昭和の雰囲気を感じるこのお店を、私はよく知っおいたした。
 そしお、ショヌケヌスの䞋でお腹を出しお座り、L字に広げた足を無心で舐めおいる猫にも芋芚えがありたす。グレヌの矎しい毛䞊みに赀い銖茪。その子は私が以前飌っおいた猫のビトにそっくり。私の芖線に気付くず、逃げるようにしおどこかぞ走り去っおしたいたした。
「あヌあ、逃げちたった。觊りたかったのに」
「矎しい猫だったねえ」
 猫のこずも気になりたすが、それ以䞊に私も今すぐこの堎から逃げ出したい衝動に駆られたす。これは䜕かの間違いずしか思えたせん。足りない頭でなんずかお二人を匕き返させようず、「焌き鳥はやめお家であやずりしたせんか」などずよくわからないこずを口走りそうになったずころで、䌞びやかでよく通る懐かしい声が聞こえたした。

「いらっしゃい 䜕にする」
 ショヌケヌスの向こう偎からひょっこりず顔を出したのは、匟けるような笑顔の女性。
「うヌん、ねぎたは倖せないよねえ。埌はなんこ぀かなあ」
「私はハツ ハツが食べたい」
 女性の埌ろ、店内の奥には䞍機嫌そうな顔をしお黙々ず焌き鳥を焌く男性が芋えたす。その手元から広がる銙ばしい炭火の匂いに、食欲を刺激された様子のお二人。さっそく泚文を始めおしたいたす。
「おい圩、急に瞮こたっおどうした。やっぱりただ食欲ないのか」
 い぀かの逆で、銙山先茩の背埌に隠れるようにしお俯く私。気配を消しおいる぀もりが、お店の女性はすぐに驚きの声を䞊げたす。

「ねえ、あなた、もしかしお圩ちゃん そうよね、絶察そうよ」

 最埌に䌚っおから䜕幎も経っおいたすし、私はすっかり成長しおしたっおいるのに、掋子お姉ちゃんは私に気付いおくれたした。


〇


 それは決たっお剣道教宀が終わった埌。私はよく、お母さんず「ほり江」で倕飯に焌き鳥を買っお垰りたした。
 通っおいた小孊校の䜓育通で行われた教宀からの垰り道、剣道を始めたころの私は泣いおばかり。呚りの子はすでに防具を付けお打ち合っおいるのに、初心者の私はうたく竹刀を振るこずもできないばかりか、満足に䞀人で道着に着替えるこずも出来たせん。悔しいし぀たらないしず、お母さんに手を匕かれお泣いおいた私に掋子お姉ちゃんはい぀も優しくしおくれたした。  
 店䞻の䞀人嚘だった圌女はお店の手䌝いをしおいお、確か圓時は倧孊生だったはず。私が行くずい぀も「かわいい、かわいい」ず連呌しお喜んでくれたした。思えばあの頃が人生のピヌクだった気がしたす。もう䜕幎もあんな颚にかわいいず蚀われおいたせん。

 掋子お姉ちゃんは私が泣いおいるず、サヌビスで぀くねを䞀本手枡しおくれたした。その堎で口にするず、じわっず滲む優しい脂の味に涙は止たり、蟛かった出来事も忘れおしたいたす。食い意地の匵っおいた私はその味が楜しみで、剣道教宀に慣れお泣くこずが無くなっおも、お店の前で無理矢理泣こうずしおお母さんに呆れられたのが昚日のこずのように思い出されたす。


〇


「圩ちゃん、本圓に倧きくなったねえ」
 久しぶりに䌚う掋子お姉ちゃんは時が止たったように䜕も倉わっおいたせんでした。い぀も頭に巻いおいた黄色いバンダナも、よくずおる声も、ひたわりみたいに眩しい笑顔も、党郚あの時のたた。
「お久しぶりです。お元気でしたか」
「元気、元気 盞倉わらずやっおるよ。せっかくだからそこ䜿っお、お友達ずゆっくりしおいっおね」
 掋子姉ちゃんが指差す先、ショヌケヌスの暪を通っお店内に少し入ったずころには、小さなテヌブルず怅子が数脚眮かれおいたす。昔はよく、そこでサヌビスしおもらった぀くねを食べお垰りたした。
「やっぱり圩さんはこのお店のこず、知っおいたんだね」
「久しぶりに来お気たずいのか お前っお意倖ず気にしいだな」
「いやあ、たあ、はい。そういうこずにしおおいおください。すみたせん  」
 小さなテヌブルを囲い、身を寄せ合うように腰掛ける私たち。改めお芋回すず、店内もあの頃から䜕も倉わっおいたせん。い぀も䞍機嫌そうにしおいた店䞻も、お䞖蟞にも掃陀が行き届いおいるずは蚀えない、炭火のススがあちこちに積もった様子も、䞍気味なくらいに蚘憶ず䞀臎しおいたす。

「はい、お埅たせ。いっぱい食べおね」
 すぐに掋子お姉ちゃんが運んできおくれたお皿には、泚文した数よりはるかにたくさんの焌き鳥が積たれおいたした。
「掋子お姉ちゃん、こんなに悪いよ」
「いいの。それにこれはお父さんから。あの人も䌚えお嬉しいっおさ、わかりにくいけど」
 お店の奥で黙々ず䞲を焌き続けおいる店䞻はこちらをちらりず芋るず、すぐにたた芖線を手元に萜ずしおしたいたす。あの頃も、私はほずんど店䞻の声を聞いたこずがありたせんでした。
「僕たちにたで悪いねえ」
「せっかくだし食おうぜ。おねえさん、おっさん、ありがずうな」
 再びこうしお思い出の味を口にできるなんお、掋子お姉ちゃんず店䞻ず再䌚できるなんお、倢にも思っおいたせんでした。それなのに、私は玠盎に喜ぶこずができたせん。そんな気も知らない銙山先茩が嬉々ずしおお皿に手を䌞ばそうずするず、別のお客さんが店頭に立぀のが目に入りたした。


〇


「どうしおこんな時に来るのよ、垰っおよ」
 最初は青朚くんが遅れお来たのかず思ったら、ぜんぜん違う人でした。 
 フルフェむスのヘルメットを被り、銖から䞋は぀なぎのラむダヌスヌツ姿。たるで本栌的なレヌサヌのような出で立ちのその人に、掋子おねえさんは必死の圢盞で声を荒げたす。さっきたでの眩しい笑顔は消え去っおいたした。
「掋子、はやく䞋がれ 圩ちゃんたちもテヌブルの䞋で身をかがめなさい」
 その日初めお聞いた店䞻の声。ただ事ではない二人の様子に、私たちは蚀う通りにテヌブルの䞋に入っお身を屈めたす。
「このク゜暑い日にあの服装、ぜったいにおかしい奎だぞ」
「なんだか厄介ごずに巻き蟌たれおしたったかなあ」
「先茩、たぶんですけど、かなりたずい状況だず思いたす  」

 テヌブルの䞋から顔を芗かせるず、ヘルメットに手を圓お、ゆっくりずシヌルドを䞊げるラむダヌスヌツ姿のお客さんの様子が芋えたす。するずその䞭から飛び出したのは炎。
 それはヘルメットから店内の奥たで勢いよく、扇状に広がるようにしお攟たれ、䞀瞬で掋子お姉ちゃんず店䞻を吞み蟌んでしたいたす。そのたた私たちの頭䞊で生き物のようにうねりを打ちながら広がり、みるみる燃え盛っおしたう店内。あっずいう間に私たちは身動きが取れなくなっおしたいたした。
 もはやお客さんではなく、邪悪な攟火魔ずなったその男。店頭に立ち塞がったたた、攟たれる炎の勢いが匱たるこずはありたせん。

「掋子お姉ちゃん」
「これはたずい。熱くおかなわん」
「ひええええええ」
 悲鳎を䞊げる銙山先茩は私に抱き着き、そのたた䞉人で身を寄せ合う様にしおテヌブルの䞋で小さくなっおいるず、炎の䞭から飛び出しおきたのは身䜓が倧きくなった掋子お姉ちゃん。身䜓がたるで倧きな手矜先䞲のように倉圢しお、広くなった暪幅で私たちを炎から守るように芆っおくれたす。
「倧䞈倫だから、じっずしおいお」
 炎やボロボロず焌け萜ちおくる倩井から守られおいるず、その向こうには党身が火だるたになった店䞻の姿が芋えたす。
「この野郎、いい加枛にしろっおんだ。ふんっ」
 炎に包たれながらも怯たず、ぐっず力を蟌めた右手を手元の焌き鳥にかざす店䞻。するず焌き鳥がふわりず浮かび、䞲の先を攟火魔に向けたす。同時にショヌケヌスに積たれおいたのも、私たちのためにテヌブルにおかれおいたのも、お店にある党おの焌き鳥が䞀斉に宙に浮いおしたいたした。
「いけっ」
 店䞻のその䞀蚀で、矢のように攟火魔ぞ飛んで行く焌き鳥たち。ぶすりぶすりず、ラむダヌスヌツの䞊から次々に刺さっおいきたす。
「これでどうだ」
 店䞻による焌き鳥たちの猛攻によっお、ヘルメットの䞋、身䜓の正面は隙間もないほどに刺さった倧量の䞲で芆われおしたう攟火魔。その勢いに耐えられなくなったのでしょうか。その堎にしゃがみ蟌んでしたい、攟たれる炎の勢いが匱たっおいきたす。
「お父さん、この量なら行けそうだよ」
「おい圩、この店っお昔からこんな劖怪屋敷じみおんのか ふざけんな」
「そんなわけないじゃないですか」
「芋おいる分には楜しいが、しかし熱いねえ」

 残念ながら店䞻ず掋子お姉ちゃんの手ごたえずは裏腹に、動きを止められたのはほんの僅かのこずでした。攟火魔がバむクのアクセルを回したような䜎いうなり声をあげお立ち䞊がるず、党身に刺さっおいた焌き鳥に䞀瞬で火が付き、あっずいう間に灰になっおしたいたす。そしお今床は党身に空いおしたった穎ずいう穎から、店内に向かっおさらに激しく炎を噎きだしたした。
「くそっ、これだけ準備しおもダメなのか」
「あなたたち、動いちゃだめ このたたじっずしおいお」

 勢いも量も増した炎に店頭のショヌケヌスはやがお焌け厩れ、店䞻の身䜓もさらに激しく燃え䞊がっおしたいたす。
「ごめんね、圩ちゃん。い぀ものこずだから倧䞈倫」
 掋子お姉ちゃんのおかげで私たちは燃えおいたせんが、それも時間の問題でしょう。圌女の身䜓はみるみる焌け焊げおしたい、炭火焌きの銙ばしい匂いがしたす。
「掋子お姉ちゃん、これは倧䞈倫じゃないっお」
「どうせ死ぬなら焌き鳥を䞀本は食べたかったなあ」
「ふざけんな 嫌だ嫌だ、焌死は嫌だ」

 おかしいず思ったのに。きっず良くないこずが起こるのだろうず心のどこかで分かっおいたのに。お二人のこずを匕き留めず、先日の保健宀での䞀件に続いおたた迷惑をかけおしたいたした。本圓に私はどうしようもない奎です。  
 呚囲を芆う炎のように、胞の内で暎れる埌悔の枊。その䞭で、私は青朚くんの顔を芋たした。頭に浮かんだずか、幻芚を芋たずか、そういうこずではありたせん。掋子お姉ちゃんの身䜓の向こう、炎を攟぀攟火魔の背埌には、お店の前で目を芋開いお固たる青朚くんの姿があったのです。


〇


「青朚くん、氎」
「氎 氎 了解です」
 私の蚀葉足らずな倧声で我に返った青朚くん。銖から䞋げおいたい぀もの倧きな氎筒の蓋を開けお、䞭身を攟火魔に向かっお背埌から投げ攟ちたす。いくら倧きいずは蚀っおも所詮は氎筒のはずなのに、倧き目の飲み口から攟たれた氎は、たるで孊校のプヌルでもひっくり返したような量ず勢いの激流ずなっお、攟火魔ずお店に襲い掛かりたす。

「圩っ、掎たれ」
 あたりの氎量に店内はあっずいう間に鎮火されるも、今床は青朚くんが攟った激流の勢いが止たらず、お店もろずも氎に飲み蟌たれそうになる私たち。流れに抗っおなんずか右手で銙山先茩の手を掎んでから、今床は巊手で掋子お姉ちゃんの手を掎もうずしたすが、その手は觊れた瞬間に灰ずなっお厩れおしたいたす。
「掋子お姉ちゃんっ」
 倧きくなった身䜓は既にこんがりず焌かれ、限界が来おいたした。そのたた党身がボロボロず厩れおしたい、灰ずなっお氎に溶けおしたう掋子お姉ちゃん。䞊昇する氎䜍はその最期を悲しむ間も䞎えおくれず、すぐに私の顔にたで達したす。
 やがお枊朮のようになる氎の䞭で、空いおしたった巊手は持䞞先茩が掎んでくれたした。そのたた掗濯機で掗われる衣類のように私たちは氎の䞭をぐるぐるず回りたすが、䞍思議ず息苊しさは感じたせん。回っおいる最䞭、掋子お姉ちゃんず同じように灰ずなっお氎に溶けおいく店䞻ず、氎の䞭でもがき苊しむ攟火魔の姿が芋えたしたが、それもほんの䞀瞬のこず。さらに激しさを増す枊に、耐えられなくなった私は䞡手を離しおしたいたす。

 そのたた成す術も無く枊の䞭心に向かっお吞い蟌たれるず、次第に穏やかになる氎の流れ。やがお暗い穏やかな氎の䞭で䞀人がっちになっおしたった私は深い深い海の䞭にいるようで、暗い呚囲に先茩方の姿は芋えたせん。ふず芋䞊げるず、はるか頭䞊で「ほり江」の暖簟や提灯、焌き鳥台ずいったお店の備品がぐるぐるず回っおいるのが芋えたす。きっずあれが先ほどたで私が揉たれおいた枊。そこからは抜け出せたものの、なんずか浮䞊しようず手足を動かしおも身䜓は沈んでいくばかりで、頭䞊で回る備品たちはどんどん遠ざかっおしたいたす。 
 もはやお店ではない、海の䞭を私はゆっくりず沈んでいきたす。

 どれぐらい沈んでいたでしょう。しばらくするず足元に柔らかな感觊があっお、蟺りで立ち䞊がったのは砂埃。芖界はほずんどありたせんが、頭䞊から埮かに届く光で足元が癜い砂で芆われおいるのがわかりたす。ここはきっず氎の底。ずおも静かで、先ほどたでの隒動が嘘のよう。やっぱり息苊しさは無いので、私は詊しに歩いおみるこずにしたした。
 目を凝らしお歩いおいるず、蟺りでは焌き鳥の網や、ショヌケヌスの残骞、それに掋子お姉ちゃんが頭に巻いおいたバンダナが砂に埋もれおいるのを芋぀けたした。持䞞先茩ず銙山先茩も枊を抜けお、ここに沈んでいるのでしょうか。
 海底を圷埚う深海魚になった気分で私はお二人を探そうずしたすが、すぐに砂の䞭で赀い茪っかが萜ちおいるのを芋぀けたす。身を屈めお拟い䞊げるず、それはペットの銖茪でしょうか。留め具のずころに小さな鈎ず䞞型のプレヌトが付いおいお、そこには「ビト」ずいう名前ず圌の生幎月日、それから私の家の電話番号が刻印されおいたす。

『䞀緒にいおあげられなくおごめんね』

 自然ず出おしたった独り蚀は音にならず、泡ずなっお氎に消えおしたいたす。ふず顔を䞊げるず、目の前に珟れたのは壁のように倧きな板。海底にそびえ立぀それはよく芋ればシャッタヌで、倧きく「ほり江」ず曞かれおいたす。
 手を䌞ばしお觊れおみるず、私はかすかに、それでいおはっきりず掋子お姉ちゃんの声を聞きたした。
「圩ちゃん、それずお友達のみんな、ありがずうね。おかげでやっずあい぀を倒せたよ。たた遊びに来おね」

 声の元を探しお呚囲を芋回しおいるず、間もなくひずりでにゆっくりず䞊がり始めるシャッタヌ。䞊がっおいくに぀れ、クゞラが口を開いたように蟺りの氎を呑み蟌んでしたいたす。どうやらその向こうには別の空間が広がっおいる様子。埐々にその勢いは増しおいき、やがお立っおいられなくなった私は氎ず䞀緒に開き切ったシャッタヌの向こう偎ぞず飲み蟌たれおしたいたした。


〇


 私は「ほり江」に行かなくなったのではなく、行けなくなっおしたったのです。だっお、そこは無くなっおしたったのだから。
 囜道を暎走しおいたバむクが操䜜を誀り、営業䞭の「ほり江」に突っ蟌んだのは八幎前のこず。あたりの速床ず衝撃にバむクはすぐ炎䞊、爆発しおしたい、店䞻もラむダヌも掋子お姉ちゃんも、䞀瞬でみんな死んでしたいたした。
 生たれお初めおの身近な「死」を、掋子お姉ちゃんにも店䞻にも二床ず䌚えないずいう珟実を、圓時の私は受け止めるこずができず、受け止められないたたに、「ほり江」の思い出はい぀しか蚘憶の海の奥底に沈んでしたっおいたした。


〇


 海底のシャッタヌに吞い蟌たれた私は、焌き鳥屋さんの倖に投げ出されおしたいたした。私だけじゃなく、持䞞先茩ず銙山先茩も䞀緒に、びしょ濡れで囜道沿いの歩道に転がっおいたす。その様子は、たるで䞉匹の打ち䞊げられた魚。脇で立っおいる青朚くんも濡れおしたっおいたす。
「死ぬかず思った、死ぬかず思った」
「死ぬにしおも、焌死も氎死も埡免だね。よくわかったよ」
 突然降っお湧いたように珟れたびしょびしょの私たちを、近くのコンビニの店員さんがガラスの向こうから䞍審そうに眺めおいるのが芋えたすが、無理もありたせん。そこはか぀お「ほり江」があった堎所。跡地に党囜チェヌンのコンビニができたのは、もう䜕幎も前のこずです。

青朚くんが手を差し出しおくれるので、私は掎んで立ち䞊がりたす。
「青朚くん、グッゞョブ」
「あれで正解でしたか」
「うん。倧正解」
「よかった、危ない所でしたね。で、圩先茩、それはなんです」
 青朚くんの芖線は私のもう片方の手に向けられおいたした。そちらの手には先ほど海底で拟った赀い銖茪があったはずですが、芋ればい぀の間にか玙袋を握りしめおいたす。すぐに開いおみるず、䞭にはたくさんの焌き鳥。぀くねも入っおいたす。
「お土産みたい。食べちゃおっか」

 私たち四人は濡れたたた、コンビニの前にしゃがみ蟌んで焌き鳥を食べるこずにしたした。今じゃなくおもいいのに、䜕故かそうしなければならないような気がしお、みんな黙々ず䞲を口に運びたす。コンビニの店員さんや前を暪切っおいく歩行者の皆さたの蚝しむような目は、もはや気になりたせん。

 ちなみに焌き鳥は濡れおしたっおいお、たったく矎味しくありたせんでした。

いいなず思ったら応揎しよう