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夏空の下で抱く違和感――データから辿る「善意と見栄」の考察【上】

重要:
本記事は、掲載情報には細心の注意を払い、継続的に調査を行っておりますが、当該情報の正確性および完全性を保証または約束するものではなく、今後、予告なしに内容を修正または廃止する場合があります。

 

この記事【上・下】で伝えたいこと


・・・暑い。


もはや毎年のことになりましたが、ひと昔前にはあり得なかった40℃超えの最高気温も、ニューノーマルとして、気象予報でも広く認知されるようになっているように思います。

少なくとも、私が子供の頃には記憶にない気温が、毎日襲ってきます。


今、実際に肌身で感じとっている
「地球温暖化」は何が原因か。


この原因をめぐる説明はいくつもあります。

この手の話を始めると、地球温暖化について、人為的要因説や自然要因説の妥当性を争おうとされる方がいらっしゃるのですが、私はどれが正しく、どれが間違っているかといった議論をするつもりはありません。

ただ、いずれの研究も、一朝一夕で解決できる現象だとはしておらず、少なくとも、私たちは今年や来年、再来年どころか、20~30年先も酷なほど暑い夏を受け入れざるを得ないという認識では一致しているかと思います。
 
この共通点を踏まえ、本記事では、人為的な要因の中でも、温室効果ガスの排出・吸収量の現在地点に焦点を当て、これを所与とした場合の課題について、前向きに整理していきたいと思っています。

その上で、まず結論から言うと、

暑くなっていく気候に対して、
私たちは何もしてこなかったわけではありません。
 
むしろ問題は、
今、何をしているのか、
その効果がいつ現れるのか。
 
そして、何かをしている企業が
どこまで責任をもって語っているのか。
 
それを
私たちが十分に見てこなかったことにあります。
 
温暖化をどう緩和していくか、
激甚化する災害にどう適応するか。
 
私たちの今と未来は
どうなるのか。
それは日本経済を象徴する
上場企業の発信で見ることができます。
 
それを前提とすれば、
今後、私たちは何を見るべきか。


これがお伝えしたいことです。

排出量は減っているのに気温は上がり続けるという時間軸のズレ。

同じ「実質ゼロ」でも中身が揃っていないという定義のズレ。

そして任意開示から法定開示へ移ることで企業の説明責任が変わるという制度のズレ。

この3つを俯瞰しながら、結局、私たちが企業の何を見るべきなのかを考えていきます。 




温暖化に関する日本の現状

 
2020年10月26日、第203回国会の所信表明演説で、菅義偉内閣総理大臣(当時)はこう述べています[2]。

 

……二〇五〇年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち二〇五〇年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す……

この号令の下、日本国民は、個人や企業の活動を通じて、この目標に直接的・間接的に貢献していくことになりました。

ちなみに、環境省が公表した2024年度の我が国の温室効果ガス排出量及び吸収量によると、日本の温室効果ガス排出量は、森林などによる吸収量を差し引いた後の値で、約9億9,400万トンだそうです[1]。

年間の温室効果ガスの排出量が10億トンを下回ったのは、この統計で初めてのことです。

前年度比で1.9%、2013年度比で28.7%の減少になります(2024年度は、2024年4月から2025年3月までを指します)[1]。

あまり実感はないかもしれませんが、私たちは大なり小なり温室効果ガス削減の成果を上げているのです。


ところが、気温は上昇し続けているのです。


気象庁によると、日本の年平均気温の基準値(1991〜2020年の30年平均)からの差は、2013年が+0.04℃、2024年が+1.48℃、2025年が+1.23℃でした。

1898年の統計開始以降、最も年平均気温が高い上位3か年は、2024年・2023年・2025年です。

長期の傾向としては、100年あたり1.44℃の割合で上昇しているそうです[14]。


【図: 排出は減っている。気温は上がっている。】
——日本の温室効果ガス排出・吸収量(2024年度 約9億9,400万トン/2013年度比28.7%減)[1]と、日本の年平均気温の基準値からの差(2013年 +0.04℃/2024年 +1.48℃/2025年 +1.23℃)[14]の並置


温室効果ガス削減は進めている。
しかし、温暖化も進んでいる。
  
・・・なぜ? 


ここで重要なのは、「削減が無意味だった」ということではありません。

排出量の削減は、これから大気中に積み上がる量を減らす行為です。
一方で、すでに大気中に積み上がった温室効果ガスは、すぐには消えません。

だから、削減が進んでいることと、気温上昇が続くことは、矛盾しているように見えて、同時に起こり得るのです。

その理由を探ろうとすると、削減の努力そのものではなく、温室効果ガスというものの性質に行き着きます。
 


温室効果ガスと二酸化炭素(CO₂)の誤解


一般的に温暖化対策・脱炭素などと聞くと・・・
 
CO₂が温暖化の敵であり、目標年までに自社排出量を減らす。
 
といったような議論がされがちです。

 
・・・ここでいったん立ち止まって考えてもらいたいことがあります。
 

まず、この後で使う言葉のルールを決めておきます。
温室効果ガスの排出量から吸収量や除去量を差し引き、差し引き後の排出をゼロにする考え方を、本記事ではまとめて「実質ゼロ」と呼びます。
科学系の資料では、同じ考え方が「正味ゼロ」と書かれることもあります。
「実質ゼロ」と「正味ゼロ」は、いずれも英語の「Net Zero」をどう訳すかの違いです。

厳密な文脈では使い分けが必要になる場合もありますが、本記事では読者の混乱を避けるため、原典で「正味ゼロ」とされている場合も含めて、原則として「実質ゼロ」と表記します。

―――

いま日本国や日本の上場企業が掲げている「実質ゼロ」とは、何を実質ゼロにしようとしているのでしょうか。

そもそもCO₂は温室効果ガスの一つですが、実質ゼロにしようとしているのは、CO₂なのか、温室効果ガス全部なのか、あるいは温室効果ガスの一部なのか。


実は、この違いで、話がまるっきり変わります。


CO₂の排出量を実質ゼロにする話と、温室効果ガス全体を実質ゼロにする話は、難易度も変われば、結果も全くの別物になります。 

前提ですが、CO₂を含む温室効果ガスとは、1年経てば帳消しになるという性質のものではありません。

何かに吸収されたり、分解されたりなどしない限り、大気中の総量は積み上がり続け、濃度が高まっていきます。

今の地球は、排出量が吸収量を大きく上回っています。
そして、大気中の温室効果ガス濃度が高まっているから、気温が高くなっているという仕組みなのです。

次に、温室効果ガスの大気中での寿命というものがあります。

この寿命(排出後の滞留時間)とは、主に化学反応によって別の物質に変化する(自然分解)か、海や陸(植物・土壌など)に吸収されて大気中から取り除かれるまでにかかる平均的な時間を指します。

当然、温室効果ガスは、その種類によって大気に残る時間が違います。

数年で消えていくものもあれば、数千年のあいだ残り続けるものもあります。

また、二酸化炭素(CO₂)は少し事情が異なり、単一の寿命を持たないと言われます。

排出された分は海洋や陸域に取り込まれながら減っていきますが、その一部は数千年以上にわたって大気に残り続けるとされています。

つまり・・・?

1年間に排出される全ての温室効果ガスが実質ゼロになった場合、短命の温室効果ガスのメタン(CH₄)・代替フロン類(HFCs)・一酸化二窒素(N₂O)から順に、大気中に残る累積の温室効果ガスは徐々に減少していくことになりますが、大半が10年以上かかると言われています。

また、長寿命のCO₂やパーフルオロカーボン類(PFCs)・六フッ化硫黄(SF₆)・三フッ化水素(NF₃)は、寿命を迎えるまでに、短いものでも数百年、長いものでは数万年先となっているため、一度大気に放出されると実質的に自然消滅しないようなものなのです。

ですから、放っておいても減らないCO₂を削減すべきだということはよく理解できます。

ですが、だからといって、CO₂だけ削減すればいいかというとそういうわけではありません。

ここで混同してはいけないのは、「CO₂を実質ゼロにすること」と「温室効果ガス全体を実質ゼロにすること」です。

この2つは似た言葉でありながら、気温への含意が違います。

CO₂の実質排出をゼロにすることは、CO₂による追加的な気温上昇を安定させるための条件として整理されています。

一方で、温室効果ガス全体の実質ゼロに到達し、それを維持できた場合には、ピーク後に気温が低下すると見込まれる、とされています[5]。

そう考えると、温室効果ガス全体の実質ゼロに到達したとしても、そこから直ちに気温が下がるわけではありません。

大気中に残る温室効果ガスの濃度が、寿命や吸収の働きによって少しずつ低下していき、その結果として、数十年から数百年という長いサイクルで気温低下が見えてくるかもしれない。

そういう途方もなく長い時間軸の話なのです。

ですから、2050年に「CO₂の実質ゼロ達成」という大号令の下、実際に目標を達成したとしても、それは単年度のCO₂排出と吸収の帳尻が合う状態に到達した、というだけです。

それだけでは温暖化が高止まりするかもしれない、というだけで、気温も、ほぼ横ばいで推移することになります。

私たちにとって都合の良い水準まで、気温が下がり始めるということではないのです [5]。


え、ちょっと待って。
では、日本国が目標とする2050年の実質ゼロ、
つまりカーボンニュートラルは、
気温を下げる目標ではないの?

 


ご安心ください。それを目指した目標です。

日本の2050年カーボンニュートラルは、CO₂だけではなく、温室効果ガスの排出を「全体として」ゼロにする、という目標になっています[2]。

ただし、残念ながら、2050年には気温が下がるという理論の目標ではないのです。

理由は、さきほどのとおりで、仮に日本を含め地球上のすべての国が実質ゼロを達成したとしても、その年の排出と吸収の帳尻が合うという意味であって、それまでに積み上がった分がすぐに消えていくという意味ではありません。

これまで積み上がった温室効果ガスの純減は、大気中の温室効果ガスの寿命を待つことになり、数十年から数百年という単位の時間がかかるのです。

一般的に語られているこの説を所与とすると、私たちが「暑い」と感じているこの暑熱の持続性は、今生きている私たちの時間軸とは別の次元にあると思った方がいいかもしれません。

なお、温暖化の要因については、温室効果ガス以外の要因を挙げる説明もあります。

繰り返しになりますが、私は、何が正しいかの是非を論争するつもりはありません。

ただ、どの説明を採るとしても、温室効果ガスの削減をやめていいということにはなりません。

温室効果ガスが、私たちの生活や命に影響を及ぼし得る温暖化の重要なリスク要素であるならば、それを持続的な方法で低減することを否定すべきではありません。

温室効果ガスが「ゼロ」の世界。
それを目指す「削減目標」に迫りましょう。 


カーボンニュートラル ≠ ネットゼロ

そもそも、日本国が目標にしている『カーボンニュートラル』って何でしょうか?

『ネットゼロ』と何が違うのでしょうか?

温暖化を語るうえで、ここが重要な分かれ目になるのですが、実はこの違いを認識されている方はあまり多くないと思います。


「温室効果ガス排出目標」という意味では
同じカテゴリですが、
定義は大きく異なります。


違いを一言でいえば、カーボンニュートラルは比較的広く使える「相殺を含む実質ゼロ」の考え方であり、ネットゼロは、バリューチェーン全体で深い削減を行い、残る排出だけを永続的な除去で中和する、より厳格な目標の考え方です。

つまり、同じ「実質ゼロ」でも、何をどこまで減らし、何で埋めるのか違うのです。

カーボンニュートラル(Carbon Neutral):
温室効果ガスの排出量から、植林や森林管理などによる吸収量を差し引いて、合計を実質的にゼロにすることとされています[4]。
実際には、ここに他所での削減量(カーボン・クレジット等)による相殺(オフセット)まで含めて使われることが多くあります。オフセットを含める目標は私が見てきた使われ方であって、環境省などの公的機関が定義するものとしては確認できていないことに留意が必要です。

ネットゼロ(Net Zero):
法令や公的機関が定める統一的な定義としての「ネットゼロ」は、私の確認した限りでは見当たりません。一方で、民間イニシアチブであるSBTi(Science Based Targets initiative)が発行する『Corporate Net-Zero Standard』(Version 1.3.1)で示される定義は、企業の目標設定において広く参照されています[3]。
以下は、SBTiの定義に沿った説明です。
対象組織のバリューチェーン全体で温室効果ガスの排出量を、1.5℃目標に整合する水準まで絶対量として削減し、どうしても削減できない残りの排出だけを、大気中からの永続的な炭素除去によって中和する状態[3]。

『カーボンニュートラル』と『ネットゼロ』の共通点は、どちらも、大気中への温室効果ガスの排出量を実質ゼロにすることを目指すところにあります。
そして「自分で減らすこと」と「残りを吸収・除去で補うこと(≒相殺)」を組み合わせる、という構造も同じです。

しかし、3つの大きな違いがあります。 

1つ目は、相殺の認識方法です。
カーボンニュートラルには、最終的な相殺を行う前に達成すべき絶対的な削減率について、世界共通の厳格な下限がありません。
ネットゼロは、科学的根拠に基づいて、基準年から90%以上を自力で深く削減することが、達成の前提条件で、相殺するとしても最大10%に限定されます[3]。
 
2つ目は、対象となる範囲です。
カーボンニュートラルは、企業活動全体だけでなく、自社の直接排出のみや、特定の製品、特定のイベントなど、範囲を限定して宣言することができます。
ネットゼロでは、バリューチェーン全体を対象に含めることが条件になります。
 
3つ目は、削減しきれずに残った排出量をどうするか、です。
カーボンニュートラルでは、他所での排出回避に由来するカーボン・クレジットなどを用いた相殺が、広く行われています。
ネットゼロでは、削減しきれずに残った最後の排出に対してだけ、大気中の二酸化炭素を直接回収して貯留する技術や、植林などによる物理的な炭素除去だけが、中和の手段として認められます。

同じ「実質ゼロ」という、目標を表すキーワードでも、どこまで自分で減らすか、どこまでの範囲を数えるか、残りをどう埋めるか、こうした点で、この2つは別物なのです。

『カーボンニュートラル』は、定義の多くを目標設定者の意思に委ねています。『ネットゼロ』にも委ねられる部分はありますが、こちらは相対的に厳格です。

でも、このような『混沌』とした温室効果ガス削減目標で、はたして温暖化は止められるのでしょうか。
 


目標が統一されていない、ということ。

少しややこしい話ですが、これも「温室効果ガス削減は進めているのに、温暖化が進む」ことを考えるうえで外せないので、お話ししておきます。

たとえば、Aという企業とBという企業が、それぞれ異なる基準年を起点に、異なる削減率の目標を掲げていたとします(実在する企業の話ではありません)。

Aは「2013年比で2050年までにカーボンニュートラルを達成します!
Bは「2007年比で2050年までにネットゼロを目指します!

このように。

これは、温暖化に対する企業としての善意のスタンスを表明して、体裁を保つためには効果的かもしれません。

しかし、これらには、いくつかの論点があります。

1つ目は、基準年です。
Aは2013年比、Bは2007年比を起点にしています。起点が違えば、同じ「50%削減」という言葉でも、実際に削減される量は違います。

2つ目は、範囲です。
どこまでを自社の排出として数えるかが違えば、削減率を計算するときの分母そのものが違ってきます。

3つ目は、埋め方です。
残った排出を、自分でさらに減らすのか、それとも他所から購入したもので相殺するのか。同じ「実質ゼロ」でも、ここで何を選ぶかによって中身が変わります。


基準年も、範囲も、埋め方も揃っていない。


だから、
「ゼロ」って、なに?

という話になります。


削減そのものに意味がないと言いたいわけではありません。
でも、基準がバラバラである以上、「実質ゼロ」の概念は一意に成立しないのです。
 


では、温室効果ガス削減の意味って、何なの?



どれほど大変な目標を設定して、実際に行動を起こしても、夏が涼しくなるのは、果てしなく先になる、という話は先ほど説明した通りです。

今の気温がこれ以上高まると困る、あるいは自分が生きているうちに夏の気温が下がってほしいと思って、一生懸命、生活を我慢して温室効果ガス削減に取り組んでおられる方がいらっしゃれば、ご年齢にもよりますが、その願いは、かなわない可能性が高いかもしれません。

では、何のために削減するのかで言えば、おそらく次世代~次々々世代の人々が生きる時代の気温に貢献するという話なのだろうと思います。


それじゃあ、やる意味ないのか・・・


いえ、「地球温暖化」という一点だけで見れば、温室効果ガス削減が今を生きる私たちに直接もたらす恩恵は、実感しにくいかもしれません。

けれども、削減に向けた技術や産業の転換は、別の面で私たちに恩恵をもたらすことがあります。

たとえば、「温室効果ガス削減」の結果、原料産地が限定されるガソリンではなく、どこでも産出できる合成燃料を安定的かつ安価に生産できるようになったら、他国間の戦争によって原油価格が高騰しても、私たちが日常的に使う車の給油で困ることがなくなるかもしれません。

プラスチックの原料も同じです。いま使われているポリプロピレンやポリエチレンが、植物などから作れるPHA(ポリヒドロキシアルカン酸)に、ペットボトルなどのPETやポリスチレンがPLA(ポリ乳酸)に置き換われば、同じ理屈で、石油への依存を減らせることになります。

今言及したのはほんの一例で
まだまだ、あります。

人工構造タンパク質、産業用ヒートポンプ、全固体電池、ナトリウム電池、グリーンスチール・・・

つまり、地球温暖化への対応は、遠い未来の気温だけの話ではありません。

有限な資源に依存し続ける社会から、循環可能な技術と産業へ移っていく話でもあります。

だからこそ、温室効果ガス削減の意味は、気温のグラフだけでは測れない価値があるのです。

エネルギー資源に乏しい国に住む私たちにとっては、産業の競争力や暮らしの安定にもつながる、かなり現実的なテーマなのです。

つまり、ここで見たいのは「気温を下げるためだけの我慢」ではなく、暑くなる世界を前提に、社会の脆弱性を減らし、産業と生活の選択肢を増やす取り組みです。


災い転じて福となす


それぞれ、まだ実用化・普及までには時間がかかると思いますが、着実に開発は進んでいます。気温が下がるより先、つまり私たちが生きているうちに恩恵を受けられる可能性があります。

純粋な「地球温暖化への対応」というよりは、私たちの身になる「循環経済」が結果として、「地球温暖化への対応」になる――

温暖化という現実に苦悩するだけでも、善意の目標を掲げて遠い未来に見栄を張るだけでも、何も始まりません。

必要なのは、温暖化から何を学び、どの技術を育て、企業がどのような責任ある説明をしているのかを、具体的に見ていくことではないでしょうか。
 


温暖化に対する日本と世界のズレ

 

今、世界では温室効果ガス削減それ自体に異論があるわけではありませんが、さまざまな問題が起きています。

近年、脱炭素やカーボンニュートラルなどとうたう表示や広告に対して、欧米では裁判所の判断や、広告の自主規制機関の裁定が相次いでいます(いずれも消費者に向けた広告についての判断です。具体的な事例は本記事の【下】で扱います)。

一方で、日本はというと、温暖化への懸念に対して、ふんわりとした意気込みや、具体性の乏しい温室効果ガス削減情報がまだ多いように感じます。

確かに、2026年3月31日の「環境表示ガイドライン」改訂により、商品又は役務の取引に直接的な関係のない環境表示(事業活動、イメージ広告、企業姿勢等)も同ガイドラインの適用範囲に含まれるようになりました。

ただし、景品表示法上の規制(行政処分・課徴金等)の対象となるのは、あくまで「商品・役務の取引に関連する表示」に限られます。

純粋な企業イメージ広告は法的処分の対象外(実質的に商品の顧客誘引に繋がると判断された場合は、景品表示法違反に問われる場合あり)で、ましてや温室効果ガス削減目標の表現を規制するものではありません。

誇張や誤解があるとみなされ、「グリーンウォッシング」だと非難されるリスクを恐れ、企業が環境問題や気候変動対策への取り組みを行っているにもかかわらず、その目標や成果をあえて公表せず、隠す・控えめにする行動を「グリーンハッシング」と呼ぶことがあります。

欧米ではそのような緊張感がある一方、日本ではグリーンウォッシング訴訟がまだ起きておらず、現時点で「怪しい」表示が散見されることを踏まえれば、独特の「ゆるさ」がまだ残っているように思います。

これも時間の経過とともに、徐々に厳しくなっていくであろうと思います。
また、念のためですが、広告等の表示の景品表示法と、有価証券報告書の企業開示内閣府令は異なる法令・制度の話であるため、並列で語ることは、本来筋違いです。

ただし、読み手が判断するために必要な情報を、出し手がどこまで具体的に示しているという意味ではどちらにも共通する問題です。

法制度の中にある有価証券報告書で、温室効果ガス削減目標が扱われるようになるのであれば、当然、何を対象に・どこまで・いつまでに・どう減らすのかを説明責任が問われても全くおかしくないのです。
 


私が解析で難儀していること

 
本記事に、日本の企業を責める意図はありません。

むしろ、温暖化対策を本気で進めようとしている企業ほど、自社の目標をどう説明するかに苦労するはずです。

私は、そういった方々のその苦労がどこにあるのかを言語化するために、実際の開示から解明していこうと思っています。

そこで私は現在、SSBJ基準の準拠状況(上場企業の有価証券報告書におけるサステナビリティ開示)を解析するシステムを開発しています。

ひとつの機能として、温暖化という問題に対して、印象や雰囲気ではなく、どの企業が何をどこまで掲げ、具体的に何を目指しているのかを、一社ずつ特定して、データから分析することを目指しています。

注:SSBJ基準をご存じない方はこちらの記事をご覧ください。

 

SSBJ基準に温室効果ガス排出目標を設定しているなら、その内容を開示せよ、という主旨の開示要求(気候関連開示基準 第92項・第97項)[8]があるので、その解析を設計しているのですが、その延長で本記事を書いています。

今年の5月下旬あたりから、暑くなるであろう今夏に向けて、前述の「違和感」をnoteの記事にしようと、開発中のシステムで解析してみようと取り組んでいたわけですが・・・


すごく大変(今も)

 

まず、前提となる知識を簡単に説明します。

SSBJ基準にもとづく開示は、法定開示の中で求められるものですが、時価総額の大きい企業から順次適用される決まりです。

金融庁の枠組みでは、過去5事業年度末の時価総額の平均が3兆円以上の企業が2027年3月期から、1兆円以上が2028年3月期から、5,000億円以上が2029年3月期からとされています[15]。

極論すれば、現時点での温室効果ガス排出目標は、絶対に開示しなくてはならないものではありません。

ただ、TCFDという枠組み[6]に、日本の多くの上場企業が沿った開示を行ってきたこともあり、そこで求められていた温室効果ガス排出目標についても対応し、自主的に目標設定している場合が多くなっています。

実際、主に統合報告書やサステナビリティレポートなど任意の開示物で公表されているケースが多いのですが、法定開示である有価証券報告書上でも、その目標が公表されています。

これは、既に私の解析で確認できております[7]。

TCFDが2023年に役割を終えて、SSBJの大元となっている国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)へ引き継がれていることが背景にあります[6]。
以上のことから、SSBJでも、温室効果ガス排出目標があるなら開示せよ、という構造になっています。

詳しくは、気候関連開示基準 結論の背景(Ⅲ.ⅴ.(c))をご覧ください[8]。

https://www.ssb-j.jp/jp/wp-content/uploads/sites/6/20260313_03.pdf

 

前置きが長くなりましたが、

「温室効果ガス排出目標」
を設定するかどうかも、

決めた中身をどこまでにするかも、
企業の判断に委ねられている[8]
 
この「曖昧さ」が
温室効果ガス目標解析の
難易度を高めていたのです。


『渾沌』とは、本来は分けようのない一つの塊を指します。

温暖化への対応も、本来は、温暖化を緩和すること(温室効果ガスを減らすこと)・高気温に適応すること・技術を育てること、責任をもって説明することなどが一つにつながった論点なのです。

ところが、それを担う企業の開示では、目標の名前、対象範囲、基準年、相殺などの扱いが企業ごとの解釈で異なったり、一部で共通していたりと、複雑に情報が入り混じり、要素ごとに分解して比較できない『混沌』になっているのです。

これが、私が解析で難儀している理由です。

上場企業による地球温暖化への対応も『混沌』そのもの。

何も基準がない状態で『芸術』を評価しているようなもの。


でも、これは任意の開示だから許容されていただけです。

SSBJ基準、つまり法定開示が適用されるようになったら、どう変わるか。
同じ温室効果ガス排出目標を書くとしても、書き方、書く場所だけではありません。

では、書いたことに対する責任は、どう変わるのでしょうか
 


任意から法定へ。

 
ここから先は、これまでの任意開示とは違います。

目標を書くかどうかは企業に委ねられていても、書くのであれば、その中身を説明する責任が生じることになっています。

範囲、期間、対象ガス、スコープ、総量か純量か、オフセットへの依拠。これまで曖昧なまま通ってきた言葉が、法定開示の中で、説明できる言葉に変わるのです。

これによって、私たちは企業が発信した「温室効果ガス排出目標」に関する情報を、任意で書かれたフワッとしたものではなく、法定の開示書類としてキッチリ書かれたものとして、見ることができるようになります。

おそらく、私たちがいま直面する暑熱は、明日も明後日も、来年も再来年も続いていきます。


この厳しい現実に対して、
フワッとした感覚で「看過する」のではなく、
企業がどうしていこうとしているのか、
しっかりと「向き合う」ことができているか。
あるいは
私たち自身が「見つめる」べきか。


それこそが、責任のある開示というもののあるべき姿でしょう。

目標を紙に書いて発表するだけ、まして、目標に向けて頑張っているポーズを示すだけでは結果は出ません。

それは、温室効果ガス排出目標であっても変わりません。

ここまで見てきたとおり、温室効果ガスの実質ゼロという目標を2050年までに達成しても、それが直ちに、この先数十年のうちに気温を下げることにはなりません。


では、なぜ、温室効果ガス削減に取り組むのか。
それを改めて考え直すべきではないでしょうか。


今はまだ任意です。

しかし、来年からは法定開示の世界に入っていきます。

地球温暖化に関する企業開示は、意気込み表明から、目標の説明責任に変わります。

地球温暖化に関する情報はどう変わっていくのか。
今後、私たちは何をどう見るべきなのか。

任意開示の時代には、言葉の曖昧さが見えにくかったかもしれません。しかし、法定開示という潮が引き始めれば、どの企業が何を説明していたのか、あるいは説明していなかったのかが見えてきます。

After all, you only find out who is swimming naked when the tide goes out.
結局のところ、潮が引いて初めて、誰が裸で泳いでいたのかが分かる。(拙訳)

―Warren E. Buffett,
Berkshire Hathaway Inc.,
Chairman's Letter to Shareholders(2001)[12]



【下】に向けた予告

 
【下】では、上場企業が実際にどのような言葉で温室効果ガス排出目標を書いているのかを、私が開発しているシステムで解析します。

自社の排出量だけを対象にしているのか、取引先や販売先まで含めているのか。範囲、期間、残りの埋め方が企業ごとに委ねられているなかで、各社は何を語り、何を語っていないのか。

データに基づいて、その『混沌』の中身を見ていきます。

なお、【下】は気候変動に関する関心と、そのデータの需要を測るため、試験的に一部を有料記事とします。

温暖化と脱炭素の関係、企業の取り組みに関心のある方は、ぜひ購読してください。
 


参照資料:

[1] 環境省・国立環境研究所「2024年度の我が国の温室効果ガス排出量及び吸収量について」2026年4月14日
https://www.env.go.jp/press/press_04043.html (参照: 2026-08-06)
※2024年度は2024年4月から2025年3月まで。
 
[2] 菅義偉内閣総理大臣「第203回国会における所信表明演説」2020年10月26日、首相官邸
国立国会図書館インターネット資料収集保存事業(WARP)2022年4月1日時点保存版
https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/12251721/www.kantei.go.jp/jp/99_suga/statement/2020/1026shoshinhyomei.html (参照: 2026-08-06)
※本文の引用は抜粋です(前後の省略を「……」で示しています)。原文の年の表記は漢数字。
 
[3] Science Based Targets initiative, "The Corporate Net-Zero Standard" Version 1.3.1
https://sciencebasedtargets.org/corporate-net-zero (参照: 2026-08-06)
※本文の記述は同基準の要約です。SBTiは民間のイニシアチブであり、法令上の定義ではない。
※Version 2.0が公表されていますが、Version 1.3.1は2028年1月31日まで目標設定に利用できるとされる。
 
[4] 環境省「脱炭素ポータル|カーボンニュートラルとは」
https://ondankataisaku.env.go.jp/carbon_neutral/about/ (参照: 2026-08-06)
※本文の記述は同ページの説明の要旨であり、原文の引用ではない。
 
[5] IPCC (2021). "Climate Change 2021: The Physical Science Basis." Contribution of Working Group I
to the Sixth Assessment Report of the IPCC. Summary for Policymakers, D.1.8
https://www.ipcc.ch/report/ar6/wg1/downloads/report/IPCC_AR6_WGI_SPM.pdf (参照: 2026-08-06)
※本文の記述は当方による要旨。日本語訳は拙訳。
 
[6] IFRS Foundation, "IFRS Foundation welcomes culmination of TCFD work and transfer of TCFD
monitoring responsibilities to ISSB from 2024" 2023年7月
https://www.ifrs.org/news-and-events/news/2023/07/foundation-welcomes-tcfd-responsibilities-from-2024/ (参照: 2026-08-06)
 
[7] 自主解析(2026年)。プライム市場上場企業の有価証券報告書を対象とした当方の集計。
 
[8] サステナビリティ基準委員会(SSBJ)サステナビリティ開示テーマ別基準第2号「気候関連開示基準」
(2025年3月5日公表、2026年3月13日改正)第92項・第97項・第98項・第99項、結論の背景BC206
(本文の記述は当方による要旨であり、条文の引用ではありません)
https://www.ssb-j.jp/jp/ssbj_standards.html (参照: 2026-08-06)
 
[12] Warren E. Buffett, Berkshire Hathaway Inc., Chairman's Letter to Shareholders(2001)
https://www.berkshirehathaway.com/2001ar/2001letter.html (参照: 2026-08-06)
※日本語訳は拙訳。
 
[14] 気象庁「日本の年平均気温」
https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/temp/an_jpn.html (参照: 2026-08-06)
※基準値は1991〜2020年の30年平均値。長期変化傾向は100年あたり1.44℃。統計開始は1898年。
 
[15] 金融庁 金融審議会「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ報告」2026年1月
https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20260108/02.pdf (参照: 2026-08-06)
※時価総額は、前期末から遡って過去5事業年度の末日における時価総額の平均で算定される

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