【映画感想文】アイム・スティル・ヒア
1971年、軍事政権下のブラジル、リオデジャネイロで、元国会議員の父親が政府に連行される。その後の家族の姿を描く、『モーターサイクル・ダイアリーズ』や『オン・ザ・ロード』の巨匠ウォルター・サレス監督の新作『アイム・スティル・ヒア』の感想です。
ちょっと、語弊があるかもしれませんがとても良い映画でした(ストーリー的には”良い”というような話ではないので。)。ウォルター・サレス監督作は上に挙げた2本しか観てないのですが、『モーターサイクル・ダイアリーズ』ではチェ・ゲバラを、『オン・ザ・ロード』ではジャック・ケルアックを描いていて(その間に中田秀夫監督の『仄暗い水の底から』をハリウッド・リメイクした『ダーク・ウォーター』もありますが。)、反体制的なイメージがある監督が軍事政権下での暮らしをどう描くのかっていう、どれだけ腐敗した政治を描いてくれるのかっていう、そういう気分で観に行ったんです。なんですけど、まず、心を奪われたのは美しいリオデジャネイロのビーチと、そこで遊ぶ家族の姿でした。
ビーチに泳ぎに行ったり、友達とパーティーしたり、スフレ作ったりして楽しんでいる暮らしが描かれるんです。お父さんが元国会議員なので上流階級ではあるんですが、特に贅沢三昧というわけではない普通の家族。ちゃんと反抗期に入って当時のヒッピー文化にかぶれている長女、思春期の繊細さと危うさを持つ次女、その下にまだ幼い男の子ひとりと女の子ふたり。政治的に抑制されている空気が漂ってはいても楽しんで暮らしている普通の家族。で、この普通の家族という構図が最後まで徹底して描かれるのがこの映画なんです。政府による父親の拉致という(卑劣極まりない)事件(というか国による犯罪行為です。)を発端に皮を一枚づつ剥がされていくように降りかかる理不尽の数々。それに対して家族の母親であるエウニセがどのような行動を取ったか。それを徹底した普通の家族視点で描くんです。
エウニセの行動で最も思想的だったのが、新聞に掲載する為の写真撮影の時、記者は国の横暴と父親の喪失というニュースを悲劇的に伝えたい為に「悲しそうな顔をして」と注文します。が、エウニセは家族に「笑って」と言います。結果、新聞には笑顔の家族写真が載ることになるんですが、ここには、決して被害者にはならないという強い信念と、この状況下でも私たち家族は強く生きているという想い、そして、現政権に対する反骨精神(拉致された父親のルーベンスが現政権に批判的であったということを受け継ぐという意味もあったかもしれません。)みたいなものがないまぜになって、観ていて高揚感と悲しさでおかしな感情になりました(さすがにエンドロールでこの家族写真の実物が映し出されたときは、その本物の力強さに堪えきれず落涙してしまいました。)、ここでもうひとつ思ったのは、映画序盤でビーチで遊んだりしてたときから、ルーベンスとエウニセの夫婦はこの精神性で振舞ってたんではないかってこと。いつか来るこの事態に備えて常に暮らしを優先する。それが政府に対するカウンターだったのではないかと。
で、驚くのは、映画としてこの暮らし以外のところをかなり大胆にオミットしているんですよね。主人公のエウニセさんて、じつは夫のルーベンスさんが拉致された後に大学に入り直し、人権弁護士になり、国連や世界銀行のお偉いさんにまでなった人らしいんです。そこ全カットです。普通の伝記映画なら一番のトピックになるところを全部カットして監督が描いたのは家族の暮らしなんです。
(※そこら辺も含めて当時のブラジルの状況など詳しく書かれているので、気になる方は☟の記事をご覧ください。うまみゃんタイムズ 国家を動かした記憶『アイム・スティル・ヒア』)
で、もうひとつ。この映画、鑑賞後に知って驚くことが多いんですが。この映画の原作は子供たちの中で唯一の男の子のマルセロの回願録を基にしたものなんですけど(本編中にも作家になったマルセロが登場します。)、そのマルセロが映画化に伴って出した条件のひとつが「母が体験した拷問を、映画の中で直接的に再現しないこと」だったらしいんです(そして、その拷問の事実を子供たちは年老いて認知症を患ったエウニセが語るまで聞かされなかったとのこと。)。ここも、本来、映画化する場合にかなり大きなトピックになる部分だと思うんです。その事実を匂わすのみの演出に留めているんですよね。では、監督とマルセロがこの条件で守ろうとしたものはなんだったのかっていうと、それは母親エウニセの尊厳ですよね。人々の暮らしと人としての尊厳(=人権)を守る。この2点がこの映画が(描かなかったことで)描こうとしたことだったんじゃないかと思うんです。そして、それって国が国民に対して当たり前に保障することなんじゃないですかね。
ということで、そういうのをひっくるめて、その全てが映画的に昇華されてるのがやっぱり凄かったんですが、特に各キャラクターの表情を写すカット。それがほんとに多様な感情を孕んでいて、笑ってるカットでもその表情から不安や怒りや反骨など様々な感情が読み取れるんです。なので、終盤のエウニセが老いて認知症になったあとでも、(観客である僕らは)自然とそこに表情を読み取ろうとしていたのかもしれません。なので、話自体はとても酷い話なんですが、それをどう見せるかという誠実さにおいてとても良い映画という感想になりました。
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