日本語と英語で、性格が変わる。これは本当なんです
前に、日本語が上手くなるほど遠回しになって、
はっきり言えなくなった、という話を書きました。
その続きのような話です。
「話す言語によって性格が変わる」。
これ、聞いたことがある人もいると思います。
なんとなく感覚では分かるけど、
本当かな、と思う人もいるかもしれません。
16年、日本語と母国語のあいだで生きてきた僕が、はっきり言います。
本当です。それも、かなり露骨に変わります。
僕の場合、フィリピンの言葉で話しているときの自分は、声が大きくて、感情がすぐ顔に出て、冗談ばかり言っています。身振りも大きい。よく笑うし、思ったことをそのまま口にする。
でも日本語で話しているときの自分は、
もっと静かです。
言葉を選んで、相手の様子を見て、
controlして話す。
丁寧で、慎重で、ちょっと大人しい。
同じ日に、家族とビデオ通話して、
そのあと日本語で仕事の電話をすると、
自分でも「あれ、今スイッチ切り替わったな」と分かるくらい、別人になっています。
最初は、これは自分だけの気のせいかと思っていました。
でも、調べてみたら、ちゃんと研究がありました。
社会言語学者のスーザン・アーヴィン=トリップという人が、サンフランシスコに住む日本人女性たちを対象に実験をしています。
彼女たちに、英語と日本語の両方で同じ質問をしたところ、言語によって答えの内容そのものが変わったそうです。話し方や表情まで変化したと
(出典:NEUT Magazine https://neutmagazine.com/multilingal-speaker-personalities / 英ナビ! https://www.ei-navi.jp/news/707/ )。
同じ人が、同じ質問に、
言語が違うだけで違う答えを出す。
これ、すごくないですか。
なぜこうなるのか。
一つ言われているのは、母国語には感情の重みがたくさん乗っていて、後から覚えた言語はその重みが少ない、ということです。
だから第二言語で話すと、少し身軽になって、大胆になれたり、冷静になれたりする
(出典:EF留学ブログ https://www.efjapan.co.jp/blog/language/power-bilingualism-identity/ )。
僕の場合はちょっと逆で、母国語のときの方が大胆で、日本語のときの方が慎重です。
たぶん、日本語を「きちんとしなきゃいけない言語」として覚えたからだと思います。
日本語には、僕にとって「ちゃんとする」という重みが乗っている。
面白いのは、どっちが本当の自分か、という問いに、もう意味がなくなってきたことです。
昔は、母国語で話す自分が「本当の自分」で、日本語の自分は「よそ行きの自分」だと思っていました。でも16年経った今は、日本語の自分でいる時間の方が長い。どっちも本当の自分だし、どっちも少しずつ違う自分。
言語をもう一つ持つというのは、性格をもう一つ持つことなんだと思います。
もしあなたが今、外国語を勉強しているなら。
単語や文法を覚えているだけに見えて、実はもう一人の自分を作っている最中なのかもしれません。
それって、けっこう面白いことだと思いませんか。
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