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「ちょうどいい」が、ない人生 — 標準サイズにも、世間の基準にも

私は、日本人女性の平均身長をだいぶ下回る、いわゆる「低身長」「小柄さん」です。
身長だけならミニモニに加入できるサイズです。
(ピンとくる人、きっと同じ青春時代を過ごした仲間です)

なので服を買うとき、サイズ展開があるとほっとします。

S・M・L、号数、丈のお直し。
完璧じゃなくても、選べる余地がある。

でも、ファッション以外のものになると、急に話が変わってくる。

椅子・テーブル・バッグ・靴・棚
暮らしの道具のほとんどが、なぜか「どこか合わない」。

足が床に届かない椅子。
肘を置くと肩が上がるテーブル。
肩からするする落ちるバッグの紐。
背伸びしても届かない、棚のいちばん上。

ずっと、「私の身体のせいか、不便だな」と思ってきました。
背が低いから。標準より小さいから。
だから合わないのは、しょうがない、、、と。

でも最近、ふと立ち止まったんです。
これは本当に、私の問題なんだろうか?

今日は、その「ちょうどいいがない」という感覚を、
できるだけ今回も感情を抜いて、ロジカルに分解してみようと思います。
(最近ロジカルシリーズ多いですが、私自身はどっぷり文系です、、)

「合わない」を、ずっと自分のせいにしてきた

困りごとを、ちょっと具体的に並べてみます。

  • ダイニングの椅子に座ると、つま先立ちになる

  • カフェのカウンター席は、ほぼ毎回足がぶらぶらする

  • キッチンの吊り戸棚は、上段がはじめから「ないもの」として暮らしている

  • 肩掛けのバッグは、気づくと腕にずり落ちている

ひとつひとつは、些細なことです。
「まあ、そういうもんよね」で流せてしまう。

でも、流し続けてきたぶん、心のどこかにずっと小さな諦めが積もっていた気がします。

そしてここで、もうひとつの癖が顔を出します。

以前、自分のOSを見直したときに見つけた「贅沢な悩みフィルター」です。
(その話はこちらに書きました ☟)

「足が浮くくらい、別にええやん」
「世の中にはもっと大変な人がいる」
「これくらいで困ってるなんて、わがままかな」

そうやって、自分の違和感を小さく見積もって、なかったことにする。

でも、これって結局は自分の感覚を一次情報として扱えていなかっただけなんですよね。

合わないという事実は、ちゃんとそこにある。
それを「わがまま」というラベルで上書きして、放置していただけでした。

"わがまま"じゃなく、"標準設計"の問題

ここで少し、家具や道具がどう作られているかを調べてみたところ
わりとはっきりした答えがありました。

家具や暮らしの道具は、人間工学という分野をもとに設計されているそうです。
日本だと、国の研究機関(産業技術総合研究所)が、人体の217カ所もの寸法を計測してデータにしています。

ものづくりは、そのデータの「平均値」を基準に進められます。

ここまでは合理的だなと思いました。
不特定多数が使うものは、平均に合わせるしかない。

でも、続きを読んで、「あ、、」と思ったんです。

その平均値は、計測した人たちのうち
いちばん大きい側と小さい側の、それぞれ5%を除外して算出されているそうなんです。(トリム平均=調整平均という手法)

つまり、端っこにいる人は
はじめから設計の対象に入っていない。

平均から大きく外れた身体には、平均で作られた既製品は構造的に合わない。
(自分の身長が外れ値かどうかは定かではありませんが)私の努力とも我慢とも、まったく関係のない話でした。

わかりやすい例がキッチン。

標準的なキッチンの高さは、男女の平均から割り出されています。
だから身長147cmの人だと、天板が高すぎる。
本当にその人に合う高さを出すには、その人の肘の高さを実際に測って、そこから逆算するしかないそうです。

実際に実家のキッチンは、私と身長がほぼ一緒の母のサイズに合わせて設計されているので、標準より10cmぐらい低いみたいです。
(たまに大谷翔平レベルの高身長な親戚が来たときには、腰がとってもつらそうです笑)

既製品が合わないのは、その人がおかしいからじゃない。
ただ、平均という前提にその人が含まれていなかっただけ。

そして、ここで最初の「服」の話に戻ります。

服は身体に直接合わせる必要があるから、サイズが細かく分かれている。
でも家具のように、みんなで共有するものは平均値で作るしかない。

服はどうにかしっくりきて、服以外はことごとく合わなかった理由、、
納得です。

主語が「私」→「設計の前提」に移った瞬間、
長いこと積もっていた小さな諦めから、罪悪感の部分だけがスッと抜けていきました。

合わないのは、私の欠陥じゃなかったー!(´;ω;`)
ただ、設計が私を含んでいなかっただけだったんですね。

「私の"ちょうどいい"」を、自分で定義しはじめた

とはいえ、構造のせいだとわかっても、椅子の足が床に届くわけではありません。笑

そこで最近、「合うものを探す」こと自体のやり方を、少し変えてみました。

①探す基準を入れ替えた

これまでは、レビューの数や「売れ筋」をなんとなく最初の入口にしていました。
でも今は、いちばん最初の関門を「自分の寸法・好みに合うか」に変えました。

人気かどうかは、そのあと。
順番を変えただけで、選ぶときの迷いがかなり減りました。

②"合わない前提"で選ぶ

世の中の既製品は、私にぴったりではない。
それを最初から織り込んでおく。

だから、高さを調整できるか、別のもので補えるか、まで含めて見るようになりました。
「完璧に合うもの」を探して疲れるより、「調整して合わせられるもの」を選ぶほうが、ずっと早かったです。

③合ったものを記録する

やっと出会えた「ちょうどいい」を、メモに残すようにしました。

サイズ、ブランド、寸法。
次に同じものを探すとき、また一から探し直す消耗を、もうしたくないので。

これは、自分専用の「合うものリスト」を、少しずつ育てている感覚に近いです。

やってみて思ったのは、
合うものは、探して偶然出会うより、基準を決めて選びにいくほうが、結局ずっと早い!ということでした。

そしてこれは、たぶんサイズの話だけじゃないとも思っています。

好みも、心地よさも、働き方も。
「世間でちょうどいいとされているもの」が
自分にちょうどいいとは限らない。

標準に合わせて諦めるか、自分の基準を決めて選びにいくか。

その分かれ道は、椅子の高さも、暮らしも、生き方も、案外おなじ構造なのかもしれません。

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