見出し画像

①.私が思う『SANAE TOKEN事件から見えた日本の拝金主義』

お金は価値なのか?

第1話 みんな、なぜ川に入ったのか

気づいたら、みんなが川に入っていた…

ちょっと聞いていい?

今年の2月から3月にかけて、SANAE TOKENという仮想通貨が生まれた。

名前だけ聞けば、「よくある話だ」と思うかもしれない。

私も最初はそう思った。

でも——
なぜか頭から離れなかった。

「詐欺じゃないか」でもなく。

「規制すべきだ」でもなく。

もっと静かな、奇妙な引っかかり。

それは——『なぜあんなに早く、あんなに多くの人が動いたのか。』そこだった。

「光るもの」を見たとき、人はどうなるか

ちょっと想像してほしい。

川の底に、光るものが見えた。

まず一人が気づく。

次の人が気づく。

気づいた人が声を上げる。

「あそこに何かある」

そうしたら——
気づいていなかった人も、一斉に川を見る。

声が上がったという事実が、「本当に何かある」という証拠になる。

そして気づいたら、川に入っている人が増えている。

SANAE TOKENで起きたことは、だいたいそういうことだったと思う。

発売から間もなく、評価額は一気に跳ね上がった。

SNS上では「買った」「目指すべき価格がある」という声が広がり、それを見た人がまた動いた。

「みんなが動いている」という事実が、「動く理由」に変わった。

これは「仮想通貨の話」じゃない

ここで少し立ち止まって聞いてほしい。

私はこの話を「仮想通貨の問題」だとは思っていない。

似たことは、いろんな場所で起きている。

SNSの「バズっている投稿」に乗っかる。

売れているから買う。

人気があるから信用する。

これも、川に入る動きだ。

「みんなが向かっている方向」に価値があると感じてしまう——

それは人間として、そんなに不自然なことじゃない。

群れで動くことで生き延びてきた、

長い歴史がある生き物だから。

でも、川はどうなったか

SANAE TOKENの話に戻る。

3月2日、高市早苗首相が声明を出した。

「このトークンについては、私は全く存じ上げません」(高市早苗氏Xより)

その後4時間以内に、評価額は50%以上下落した。(各種仮想通貨トラッカーより)

川の底の光は——
なくなったわけじゃない。

でも、川に入った人の多くは
濡れたまま岸に戻ることになった。

光るものを見て川に入った。

それは間違いなく事実だ。

でも私が気になるのは、そこじゃない。

光るものを見たとき、人はなぜ「これは価値がある」と感じたのか?

その判断の根っこに、何があったのか。

「お金が集まる場所」=「価値がある場所」?

ひとつ、問いを立ててみたい。

あなたは今、「高い値段がついているもの=良いもの」だと感じることはないだろうか。

「売れているもの=正しいもの」と思うことはないだろうか?

「お金が動いているところ=何かがある」と感じることはないだろうか?

私には、ある。

たぶん、正直に言えばあなたにも——
まったくない、とは言い切れないんじゃないかと思う。

これは責めているんじゃない。

でも、この感覚は
いつから、どうやって、
私たちの中に入ってきたんだろう?

SANAE TOKENの川で起きたことは、
その感覚がむき出しになった瞬間だった——
私にはそう見えた。

この話は、もっと古い

SANAE TOKENは、今年2月に生まれた。

でも私には、
この事件が「2026年の話」には見えない。

もっとずっと昔から続いている何かの、最新版に見える。

『お金=価値』という感覚は、いつからこの国に根を張ったのか。

それを次回から、一緒に確かめてみたい。

-----

次回:「なぜ私たちは『お金が集まる場所』を信じるようになったのか」

光るものを見て川に入る。

その動きを止めるのは、難しい。

でも——
川が濁り始めたことに気づく人もいる。

あなたはどうだろう。

この記事は私個人の問題意識と考察です。事実として書いた部分(高市早苗氏の声明・評価額の変動)には確認できる根拠があります。「じゃないか」「と思う」と書いた部分は推測です。

参照:高市早苗氏X(2026年3月2日)/各種仮想通貨トラッカー(Gmgn・DEXTools等)
--------------------
#SANAETOKEN #仮想通貨 #お金とは何か #社会心理 #日本社会 #政治 #日本政治 #拝金主義 #社会問題 #資本主義 #コラム #note政治

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集