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『もちろん、人間でもあります』



漂流図書館を開いて、一か月が経った。

ありがたいことに、最近は館長について尋ねられることもある。
何者なのか、と。
何者なのか。。。。



館長は、人間生活ではライブハウスの店長をしている。
音楽もやっている。
コントラバスという、大きい楽器を弾いている。

普段ここに流れ着く話とは、あまり関係がないように思えるが、「なぜ自分は漂流図書館なんてものを作ったのだろう」と考えてみたら、心当たりがあった。

私は人間生活でもずっと、人や作品がやってきては去っていく場所にいる。
ライブハウスには、その日だけの出演者がやってくる。
その日だけのお客さんがやってくる。
その場所で、その時間にしか鳴らなかった音がある。

演奏が終われば、振動はなくなる。
なのに、確かに何かは残っている。
「あの日のあの曲、よかったな」と何ヶ月も後に思い出したりする。

文字も同じだと思う。
読み終われば、ページを閉じる。
細かい内容は、そのうち忘れてしまう。
それでも、一文だけ頭の中に残ることがある。
ずっとあとになって、何でもない瞬間に浮かんでくることもある。

音も文字も、私は余韻を楽しむものだと思っている。

鳴っているあいだだけが、音楽ではない。
読んでいるあいだだけが、物語ではない。

終わったあとに何が残るのか。
私はたぶん、それが好きなのだと思う。

そう考えると、ライブハウスと漂流図書館は、似ているのかもしれない。

ライブハウスでは、いろんな人がやってきて、音を置いて帰っていく。

漂流図書館には、どこからともなく物語が流れ着く。
本当に流れ着いているのか、館長が書いているのかは、、、、、、
館長自身は、そのあたりは曖昧にしている。

片方は、消えていくものを見送る場所。
片方は、流れ着いたものを拾う場所。

やっていることは違うけど、私はどちらでも、何かが通り過ぎたあとを見ている。

だから、この図書館を作ったのかもしれない。

始めたときには、そんなことは考えていなかった。
ただ、変なものが流れ着く図書館があったら面白いと思っただけだった。

一か月経って、こうしてエッセイを書く機会を頂いて気づいた。

私は、残すことよりも、
残ってしまったものが好きなのかもしれない。

音が止まったあとの静けさ。
本を閉じたあとに残る一文。
誰かが帰ったあとの椅子。
終わったはずなのに、まだ少し、そこにいるもの。

漂流図書館は、そういうものを拾う場所なのかもしれない。

さて。

ちゃんとエッセイになったのかどうかは、よく分からない。
とりあえず、館長は人間生活ではライブハウスの店長をしていて、コントラバスを弾いている。
そして、何かが通り過ぎたあとを眺めるのが、どうやら好きらしい。

もちろん、人間でもあります。


たぶん。



さて、なぜ突然こんなことを書いているのかというと、
『エッセイしりとり』という企画のバトンが、シュウさんから託されました。

シュウさんは、香りの強い野菜を好む、生態が少し変わっている人です。
普段から興味深く観察していましたが、まさかバトンを投げてくださるとは思いませんでした。

渡された文字は「も」。初めてのバトンです。
館長は、非常にビビりました。

シュウさん、ありがとうございます。


マイキーさんという方主催の【エッセイしりとり】というリレー企画らしいです。交流の機会をありがとうございます。

【ルール】
・前走者の表題のお尻から始まる表題(す)
・ハッシュタグ『#エッセイしりとり』をつける
・可能であればバトンを3人にまわす
・どうしても忙しかったらパスでOK
・文字数は 140〜3,000 程度
(シュウさんのページよりコピーさせて頂きました)


そして、次のバトンについて。
漂流図書館はまだ開館して一か月ほどで、館長の交流範囲もそれほど広くなく、
どなたにお渡ししようか、かなり悩みました。


完全なる不意打ちで申し訳ございませんが、

【一人目】
その独特な世界観に圧倒され、初めてお見かけした瞬間から大ファンになった方です。
Ռոշանակ (Roshanak, 𐎼𐎧𐏁𐎴)さん。

【二人目】
「音楽オタク」を名乗り、さまざまなジャンルの音楽について記事を書かれている方です。
ちゃめさん。

【三人目】
現役の高校教師であり、作家でもある方です。
教壇に立ち、物語を書き、そして餃子カレーを愛している。太田みのるさん。



もちろん急なお願いなので、どうか無理はなさらず。
「これはちょっと……」と思ったら、そっと見なかったことにしていただいて構いません。

いきなりのパスになってしまい、すみません。
なお、館長から流れていく次の一文字は、「す」です。

宜しくお願いします。

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