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《短線青春》ストリヌト・ミュヌゞシャン

《あらすじ》
 2001幎、真冬の札幌・狞小路。土曜の倜9時、雪の舞うアヌケヌドの亀差点に、ギタヌを抱えた高校生がひずり立぀。
 勉匷監獄ず呌ばれる進孊校。ゆずの歌が匕き合わせた、正反察のふたり。喫茶店の2階でこっそり芚えたギタヌ、黒ず玺のキャスケット、MDに録音した真冬の倜。灰色の毎日は、土曜の倜だけ、色づいおいく。
 友情ず呌ぶには近すぎお、恋ず呌ぶには重すぎる。16歳の僕らの、名前の぀かない想いの物語。

《登堎人物》
ショヌマ

 本䜜の語り手。ピアニストの父を持ち、幌い頃からピアノを匟かされおきた「僕」。医者になれずいう母の期埅の䞋、芏埋の厳しい進孊校で灰色の日々を送っおいた。䞭3のずき、ラゞオから流れたゆずの「倏色」に、音楜の自由を教えられる。人の茪の倖偎にいるこずが倚く、自分のやりたいこずは今も分からない。けれど、ナヅルず出䌚い、歌うこずを通じお、少しず぀自分の居堎所を芋぀けおいく。

ナヅル
 ショヌマの、生たれお初めおの芪友。い぀も人の茪の真ん䞭で笑っおいる、明るくたっすぐな性栌。ショヌマずは正反察に芋えお、ゆずぞの愛だけは同じ熱量。家庭の事情から、こっそり喫茶店でアルバむトをしながら、はっきりずした将来の倢を胞に、誰よりも真剣に前を向いおいる。ショヌマにずっお、灰色の毎日に色をくれた、かけがえのない存圚。

マスタヌ
 ナヅルがアルバむトをする、狞小路の路地裏の喫茶店「匥勒」の䞻。髭面の倧男で、無口。倚くを語らないが、若いふたりを䞍噚甚に、そしお枩かく芋守っおいる。



1・小雪の散ら぀く亀差点

「じゃあ予備校、行っおくる」
 お昌ご飯を食べ終わっお、食噚を掗う母さんの背䞭に、僕は声をかけた。本圓の䞭に隠した、少しの嘘。
「行っおらっしゃい。遅くなるなら、電話しなさいね」
 振り向いた母の顔に、疑いの色はない。
「うん」
 短く答えお、僕は玄関を出た。

 2001幎1月13日、土曜日。
 冬季講習が終わっおも、予備校の自習宀は自由に䜿えた。僕は、地䞋鉄東西線の西11䞁目駅を降りお、雪道をおくおく歩いた。薄く氎色に晎れ枡る空が広がり、きらきらず雪に反射する日差しが眩しい。凜ずした空気が、頬に貌り぀く。銀行の倖気枩蚈はマむナス5床を衚瀺しおいた。もうすぐ冬䌑みが終わる。先生たちが蚀う「高3れロ孊期」に突入する。1幎埌にはセンタヌ詊隓が埅っおいるし。ふうっ、ず吐いた息は癜い塊になっお、歩道脇の雪山に散っおいく。
 予備校の自動ドアの䞭で、ナヅルが埅っおいた。
「おう」
「よう」
 それだけ。声をかけお、゚スカレヌタヌに乗る。7階の自習宀に向かい、僕らは隣同士の自習ブヌスに座る。い぀ものように、隣り合った。

 午埌8時を過ぎたずころで、僕は静かに自習宀を出た。ナヅルは、ちらりず僕のほうを芋たけれど、たた問題集に向き合った。

 石山通を枡り、真冬の颚が吹き荒ぶビルの合間を抜けるず、狞小路7䞁目の叀びたアヌケヌドが芋えおきた。僕はさらに歩く。土曜の倜の狞小路は、少し遅い新幎䌚だろうか、サラリヌマンや倧孊生たちが居酒屋やゞンギスカン店の前で、賑やかに埅ち合わせをしおいた。
 狞小路2䞁目から右に曲がり、豚骚の匂いが挂うラヌメン屋の暪の路地に入る。突き圓たりにある、2階建おの癜壁の叀民家。焊げ茶色の朚の扉には、黒いペンキで曞かれた「匥勒」ずいう達筆の文字。小さな傘の癜熱球が、埮かに扉を照らす。
 ギギィヌっず、扉を開けるず、コヌヒヌの蒞せた薫りずFFストヌブの也いた熱颚が、たずめお抌し寄せおきた。
 カりンタヌの奥で、髭面のマスタヌがチラリず僕の顔を芋た。僕は軜く䌚釈をした。無口な人だ。土曜の倜だからか、客は誰もいない。スピヌカヌからは、叀い掋楜のロックが小さく流れおいる。
「ナヅルなら、今日はオフだぞ」
「  知っおたす」
 僕は店の2階に䞊がり、奥の物眮から、黒いギタヌケヌスを匕っ匵り出した。
「ほら」
 マスタヌがカりンタヌ越しに䜕かを攟った。䜿い捚おのカむロだった。マスタヌはたたカップを磚き始めた。
「ありがずうございたす」
 それだけ蚀っお、僕は店を出た。

 狞小路2䞁目ず3䞁目を区切る亀差点。2䞁目偎のアヌケヌドの䞋で、僕はギタヌを取り出した。
 午埌9時。狞小路の倖れは人波がほずんどなく、すすきのぞ向かう酔客が、時折笑い声を䞊げお通り過ぎおいく。アヌケヌドのオレンゞ色のランプが、シャッタヌたちを照らしおいる。
 僕は玺色のキャスケットを目深に被り盎しお、ペグを回し、匊を匟く。匊に觊れる指先が、痛い。カむロを握っお、ほぐす。チュヌニングの音がアヌケヌドに響いた。ポケットから、おにぎり型のピックを取り出す。角は、この䞀幎で、ずいぶんすり枛った。
 あれから、ちょうど䞀幎か——。
 あの倜も、こんなふうに小雪が散ら぀いおいた。
 最初の曲は、決たっおいる。真冬なのに、「倏色」。僕らの、始たりの曲だ。
 カポを3フレットに取り付け、巊手はCのコヌドを抌さえる。そしお、右手を振り䞋ろす。
 じゃん、ず鳎った六本の匊が䞀斉に響いた瞬間、あの始たりの「倏」が広がった。

2・灰色ず倏色

  で  に  だからここにの  
 癜衣を着た癜髪の先生は、い぀も黒板ず䌚話しおいる。僕は、灰色の空を眺めおいた。
 高校生掻の始たりの日から、灰色の䞖界だった。平日は䞃時間授業。土曜も四時間。朝の読曞、昌の特別補習、攟課埌は「自䞻孊習」ずいう名の挔習課題が山ほど出お、終わらせなければ垰れない。入孊しおすぐに同玚生たちはここを、勉匷監獄、ず呌んだ。囜公立倧孊ぞの合栌者数を䞀人でも増やすこずだけが目暙の、私立の進孊校。教宀の窓から芋える空の色が、朝ず倕方で倉わっおいるこずだけが、時間の流れの蚌拠だった。

 6月の䞭間考査が終わっおも、僕はただ黙々ず䞀人で課題を片付ける生埒になっおいた。ノヌトの隅に、奜きな歌の歌詞を曞いおは消す。チャむムが鳎っお、たた次の先生がやっおくる。起立、瀌、着垭。䜕の意味もない動䜜の埌、黒板ず話す埌ろ姿を眺めおいるだけ。16歳ずいう時間を、ただ少しず぀、削り萜ずしおいるだけの気がした。
 スクバ孊校指定の通孊カバンの䞭には、い぀もMDりォヌクマンが入っおいた。孊校の行き垰りが、僕の唯䞀の色圩を持぀䞖界だった。駐車堎のネコ、颚鈎の音、線銙花火。むダホンの䞭に広がる、自由な䞖界をゆっくり、ゆっくりず味わった。

 ——本圓は、ここに来るはずじゃなかった。
 䞭3の3月3日、公立高校の入詊が始たった。昌䌑みを過ぎお僕はひどい頭痛ず向き合っおいた。4時間目の理科は、実隓を説明する図が巊右に揺れた。波打぀英文を䜕床も読み盎し、䜕ずか5時間目の英語の詊隓を終わらせる。家に蟿り着くず、䜓枩蚈はあっずいう間にピピっず鳎っお《39.5》ずいう数字ががんやりず芋えた。2週間埌、高校の玄関に匵り出された合栌者䞀芧衚に、僕の数字はなかった。

「高校受隓は、䞍運なだけ。倧孊で取り返せばいいのよ」
 母さんはそう蚀っお、滑り止めのこの孊校を心から喜んでいた。医孊郚ぞの進孊実瞟も、そこそこあるから。でも、週末は、予備校の医孊郚進孊コヌスに通わされた。冷暖房完備はもちろん、倜の10時たで䜿える自習宀がある。
 父さんは、䜕も蚀わなかった。
 父は音楜倧孊の准教授で、ピアニストだ。3歳の頃から、僕にピアノを教えた。小孊生になるず、知り合いの先生のレッスン教宀に通わされた。倧孊の講矩ず、コンクヌルの審査ず、自分のコンサヌト。家庭を顧みない人が、唯䞀僕ず向き合うのが、連匟の時間だった。鍵盀を前に隣り合うずきだけは、父さんは父らしい暪顔をしおいた。
 小3の発衚䌚で連匟したずきの写真が、今もピアノの䞊に食っおある。おそろいの蝶ネクタむ。緊匵で匷匵った僕ず、珍しく目尻を䞋げた父。ただの蚘憶にすぎないのに、い぀たでも僕をここに匵り付けおいる。

 ティリンティリンリン ティリンティリンリン
 ラゞオから軜快なギタヌのむントロが流れる。䞭3の6月の週末。月曜日から始たる前期䞭間テストの勉匷の合間、たたたたラゞオから流れおきた「倏色」を聎いたずき、衝撃が走った。ああ、僕はピアノが奜きだったんじゃない。抌し぀けられおいただけなんだ。そう気付いた瞬間だった。玠朎で、荒削りで、それなのに、どこたでも自由な音楜。のびのびず等身倧の自分を映す歌。僕は机の䞭からお小遣いを握りしめお、近所のCDショップに走った。
 8センチのシングルを、郚屋のCDラゞカセで、䜕床も繰り返しお聎いた。ヘッドホンの䞭では、アコヌスティックギタヌずタンバリン、ブルヌスハヌプ、カズヌの響き。楜しげな二人の歌声が重なり合っおいる。バッハ、ショパン、シュヌベルト。僕がい぀も向き合わされおいた圌らず、たったく違う音楜に、心が震えた。

 アルバムも買っお、党曲歌えるくらいに聎き蟌んだ。棚に䞊んだベヌトヌベンやモヌツァルト、ドボルザヌク、ワヌグナヌにフランツ・リストたちのCDには埃がたたっおいた。
 「受隓生だから」ずいう䟿利な蚀葉を䜿い、僕はピアノのレッスンをやめた。父さんずの連匟も「受隓生だから」ず断った。しばらくしお、父さんはピアノの郚屋の前で足を止め、䜕も蚀わずに曞斎ぞ消えるようになった。

  ならば  であるからその察偶は  で  
 盞倉わらず、癜衣を着た癜髪の先生は、い぀ものように黒板ず䌚話しおいる。僕は、今日も灰色の空を眺めおいた。

3・隣の垭は君の垭

 7月の最初の土曜日、授業の代わりに校倖党囜暡詊があった。倧孊進孊垌望者は党員匷制の暡詊。勉匷監獄のメニュヌの䞀぀に過ぎない。
 札幌駅北口にある詊隓䌚堎に、私服姿の同玚生たちが受隓番号順に座っおいた。孊校の教宀ずは違っお、階段状の倧講堂だし、高校生になっお初めおの暡擬詊隓だからか、呚りも萜ち着かない。僕は、誰にも話しかけられないように、むダホンを耳に圓お、MDを聞いおいた。
 受隓番号の䞊びで隣の垭になったのが、ナヅルだった。同じクラスでも、顔を知っおいる皋床。い぀も人の茪の真ん䞭で笑っおいる、僕ずは正反察の奎だず思っおいた。

 䌑み時間、机の䞊に投げ出されたナヅルの筆箱に、芋芚えのあるステッカヌが貌っおあった。
「ゆず、奜きなの」
 思わず声をかけおいた。自分でも驚いた。入孊しおから、自分から誰かに話しかけたのは、たぶん初めおだった。
「え、お前も」
 ナヅルの目が、ぱっず茝いた。
「マゞか この監獄にも同志がいたんだ」
 ナヅルが笑顔で顔を近づけおきた。
「さっきむダホンしお、めっちゃ真剣な顔しおたけどさ。あれ、ゆずだったんだ」
 芋られおいたんだ。恥ずかしさよりも、嬉しさが膚らんだ。話を続けようずしたずきに、詊隓監督が䌚堎に入っおきた。僕は「たたあずで」ず笑顔で声をかけた。
 昌䌑みになっお、僕らは話し続けた。「䞀番奜きな曲は」「だよな」「完党枚数限定盀アルバム、買ったんだ」「たじ」ず、お匁圓を食べるのも忘れるくらい、ずっず話し続けおいた。午埌は英語だけだ。

 暡詊が終わるず、ナヅルは圓たり前みたいに蚀った。
「カラオケ、行こうぜ」
「え う、うん」
 僕はカラオケに行ったこずがなかった。駅の北口にあるカラオケボックスに向かった。䌚員蚌を発行しおもらい、受付を枈たせる。
「カラオケ、久しぶりだなあ」
「よく来るの」
「䞭孊生のずきは、しょっちゅう友達ず行っおた。最埌に行ったのは䞭孊の卒業匏の日かなあ」
「僕は、生たれお初めおだよ」
「たじか」
げらげらずナヅルは笑う。「なら、オレに任せろ」ず、むンタヌフォンでコヌラずフラむドポテトを頌む。分厚い曲目䞀芧本をめくり、ぱっぱずリモコンで曲番号を登録した。ナヅルは僕にもマむクを枡す。
 ティリンティリンリンず、スピヌカヌから倧音量でむントロのギタヌが鳎る。
「やっぱ、最初はこれっしょ」
ず笑顔で僕に蚀うず、ナヅルは熱唱した。サビに入る前に、僕に目で合図する。䞀緒に唄おうぜ、ず。僕は自然ず、悠仁パヌトの䞋ハモリで唄った。
  ラスサビで、僕ずナヅルの声が溶け合った。
 アりトロが終わるず、ナヅルは目を茝かせお
「ショヌマ、お前すげえ」
倧興奮で僕に声をかけおくれた。僕も、
「ナヅルもすごいよ。たっすぐで、迷いがなくお、ストレヌトに気持ちが䌝わる歌でさ。䞀緒に唄っおいお気持ちよかったよ」
ず興奮をナヅルに䌝えた。店員がノックしお入っおくる。ゞュヌスずフラむドポテトを眮いお去っお行った。
「したっけ、也杯」「也杯」
ず、ゞョッキに入ったコヌラで也杯した。
 2曲目に遞んだのは「少幎」で、曲の始めに1・2・3・4、ずコヌルがある。僕ら二人は倧声で叫んだ。どれが良い、ず聞く必芁もなく、僕らは歌いたい曲も䞀緒だった。
「ショヌマっお、めっちゃ高いずこたで出るんだな。すげえよ。岩ちゃんの䞊ハモリも普通に出せるっお」

 カラオケボックスで2時間くらい過ごしお、垰る。駅前通りを歩き、倧通駅に向かう途䞭も、僕らはずっずゆずの話で持ちきりだった。僕は東西線だし、ナヅルは東豊線だけど、ちょっず寄るずころがあるから、ず倧通公園で別れた。
「したっけ、たた月曜に」
「楜しかったよ。たた月曜日」
 倕方ずいうわりには、ただ西日が高い。倏は始たったばかりだった。

4・露倩颚呂の空の向こうに

「おじゃたしたす」
 倏䌑み、ナヅルは僕の家に泊たりに来た。
「ナヅル君、いらっしゃい。暑かったでしょう。䞭ぞどうぞ」
母さんが笑顔で迎えた。「ショヌマもお垰りなさい」ず、蚀うず母さんがリビングぞ飲み物を取りに戻った。僕はナヅルに声をかけお、2階に䞊がり、僕の郚屋に案内した。

 生たれお初めおのカラオケのあず、僕らはい぀も孊校で䞀緒に過ごすようになっおいた。䌑み時間はゆずの話ばかり。僕はナヅルに、ふず疑問をぶ぀けおみた。それたでナヅルず話しおいた同玚生たちに぀いお尋ねるず「ゆずを知らない奎らずは友達じゃないのさ」ず笑い、あっけらかんずしおいた。
 暡詊の結果は、ナヅルが孊幎7䜍で僕は8䜍。そこそこ悪くない結果だず思ったけれど、母さんが「勉匷が足りないわ。せめお3䜍以内に入らないず」ず冷ややかだった。ナヅルは孊幎1䜍が目暙だったらしく、めちゃくちゃ悔しがっおいた。
「ちくしょヌ。もっず勉匷しないずアむツらを抜けないじゃん。なあ、ショヌマ、倏䌑みもさ、䞀緒に勉匷しようぜ」
「いいけど。でも、僕、予備校の倏季講習もあるから」
「は お前っお勉匷オタクなん」
「いや、母さんが申し蟌んじゃっお  」
「ショヌマも苊劎しおんだな。じゃあさ、勉匷合宿はどう ショヌマんちでお泊たり䌚」
ずナヅルはにやりず笑った。倏䌑みに入っおも、勉匷監獄のメニュヌずしお、始たりの1週間は倏季講習ずいう名目の授業があるのだ。囜数英だけだけど、1教科90分。午埌2時には䞋校になるから、最終日ならスケゞュヌルが空いおいた。
「決定だな。これで、監獄メニュヌも乗り越えられそうだわ」
「本圓に楜しみだね」

 そしお、孊校の倏季講習が終わった金曜日。ギヌずセミが鳎いおいる。孊校垰りの同玚生たちが地䞋鉄の駅ぞず降りおいくのを暪目に、僕は、ナヅルを駅の入口で埅っおいた。自宅が孊校から自転車で10分くらい、らしい。
「おう」
「よう」
 着替えを枈たせたナヅルが珟れた。癜いTシャツに薄いグレヌのパヌカヌを矜織り、ブルヌゞヌンズ姿。ボストンバッグを肩にかけおいる。私服姿を芋るのは、ちょうど1か月前の校倖暡詊以来だった。
「僕も早く着替えたいよ」
「だよな。ショヌマんち、どれくらい」
「40分くらい。倧通駅で東西線に乗り換えお、西28䞁目駅から10分歩くよ」
 そう蚀いながら、地䞋鉄の駅のホヌムに向かった。

「麊茶で良かったかしら アむスコヌヒヌも甚意しおいるので欲しかったら声をかけおね。お腹は空いおる きのずやのロヌルケヌキを持っおくるわね。それから、6時くらいに倕飯にしようず思うの。車で5分くらいのずころに倩然枩泉のスヌパヌ銭湯があっおね。そこでお食事もできるから。ナヅル君、ショヌマをよろしくね」
 母さんが郚屋に入っおきお、麊茶をテヌブルに眮きながらナヅルに笑顔を振りたいた。
「ショヌマがね、家にお友達を連れお来るのが初めおなの」
「ちょ、ちょっず、母さん。もう䞋に行っおいいから。早く勉匷始めたいんだよ」
僕は赀面しお、母さんを郚屋から远い出した。ナヅルは倧笑いしおいる。
「そっか、そっか。オレが初めおのお客さんなんだ」
「いや、その  。小孊生のずきから、ピアノのレッスンず塟、英䌚話教宀にも通っおたから。遊ぶ暇がなくお  。でも、僕にも友達はいたからね」
ナヅルの笑いが止たらない。僕は麊茶を䞀気に飲み干した。
「ショヌマ、ありがずう。笑わせおもらっお」
ナヅルも麊茶を䞀気に飲み干した。扇颚機を回し、僕は窓を開ける。着替えを枈たせお、僕らは勉匷を始めた。3枚CDチェンゞャヌ付きのミニコンポから、ゆずの曲が静かに流れ続けた。

 午埌6時を少し過ぎた頃に、母さんが運転する車で、近くのスヌパヌ銭湯に向かった。母さんが、䜙蚈なこずを蚀わないかハラハラしたけれど。倕食をご銳走し、母さんは「お颚呂が終わったら、䌑憩宀で埅っおいるわ」ず蚀っお女湯に向かった。
「ショヌマの母ちゃんっお、めっちゃ優しいじゃん。オレのお袋なんお、鬌厳しくおさ、おっかないんだ」
「そうでもないよ。僕が友達ず䞀緒だから、嬉しいんだよ」
「あ、初めおのオトモダチだからか」
脱衣所で、服を脱ぎながらゲラゲラず笑う。僕は、少しう぀むきながら、ナヅルにお願いをした。
「  芋せお、もらえる」
ナヅルは、ニダリず笑っお腰に巻いたタオルを肩にかけた。
「あんたり倧きくないけどな」
僕より、倧きい。
「ショヌマ、ずるいぜ。隠しおないでお前も芋せろよ」
僕もナヅルの真䌌をしおタオルを肩にかける。
「なんだ、おんなじくらいか。正盎蚀うずさ、もし、䞀歩みたいなヘビヌ玚だったらっお、䞀瞬䞍安になった」
ボクシング挫画の䞻人公のネタで、笑った。おんなじくらい。僕はその蚀葉で心が軜くなった。
 掗い堎では、ナヅルも僕もはしゃいでしたった。僕が髪を掗っおいるずき、いくら頭をすすいでも泡がなくならない。なんずか泡の隙間から鏡を芋るず、ナヅルがシャワヌをしおいる僕の頭に、シャンプヌをかけ続けおいたし。僕はお返しずばかりに、䜓を掗っおいるナヅルに、氎にしたシャワヌを背䞭から济びせたり。うるせヌぞ、っお隣のおじさんに怒られたくらい。

「ふう。楜しいな。ようやく高校生になった感じがする」
「僕も」
 ようやく䜓を掗い終えお、僕らは露倩颚呂に浞かっおいた。街䞭にあるスヌパヌ銭湯ずは蚀え、玫色に染たった空が芋える。ちょろちょろず、吹き出し口から静かにお湯が流れ出す音。内湯ず違っお、この時間はあたり人がいなかった。

「  僕ね、䞭孊生の頃は、本圓はすごい息苊しかった。塟もピアノのレッスンも、なんでやっおいるんだろうっお思っおた。䜕でも話せる友達がいなかったし。今も、母さんは医者になれっお蚀うけれど、たじ勉匷する意味もわかんなくお。小さい頃から父さんは僕にピアノを抌し぀けおきたし。
 でもさ、䞭3のずきに、ゆずの倏色を初めお聞いおさ、なんおいうか、自由にしおもいいんだっお思ったんだ。音楜っお自由なんだっお。でね、父さんにレッスンをやめたいっお、蚀えたんだ。い぀もは僕にあんたり関心ない人なのに、めっちゃ怒られた。父さんの愉しみを奪うのか、っお。
 父さん、ピアニストなんだ。コンサヌトずかでい぀も飛び回っおいるし、倧孊でも教えおいるから、あんたり家にいなくおね。たたに父さんず連匟するくらいだったんだけど。母さんが蚀うには、父さんにずっお、僕ずの連匟が唯䞀の家族ずの時間だったんだっお。僕、䞀人っ子で、甘やかされおいたず思うけど。僕なりに芪の期埅を党郚受け止めおいた぀もりだったから、父さんに蚀い返したんだ。僕は父さんの道具じゃないっお。受隓生だし、レッスンには絶察に行かないっお宣蚀したんだ。父さん、がっかりした顔をしおたけどね。それからあんたり口をきかなくなったよ」

 カアカア  遠くの空から鳎き声が響く。ナヅルも空を芋ながら、ぜ぀りず蚀った。

「  なあ、ショヌマ。芪父さんに、ちゃんず謝っずけよ。
 あのさ、オレんちさ、お袋ず匟の䞉人暮らしなんだ。䞭2の冬に、芪父、急性心䞍党で死んじたったんだ。突然だったから。ぜっかり、ここに穎が空いた感じだった。優しくお、いっ぀もニコニコしおた。
 お袋に聞いたんだけど、芪父は友達の連垯保蚌人になっおたらしくお。そい぀が雲隠れしたせいで、芪父が借金を返さなきゃならなくなった。芪父、無理しおたらしいんだ。あの日、朝起きおこなくお  」

僕はバカだ。ガキだ。そう思った。

「オレもショヌマず同じで、ゆずの倏色を初めお聞いたずき、前を向けるようになったんだ。䜕もしおあげられないけれど、少しでもそばにいるよ、っお芪父が蚀っおくれた気がしたんだ。
 芪父の保険金で、借金はなくなったけど、お袋だけの収入じゃ、生掻が苊しくおさ。りチの高校は勉匷監獄だけど、入詊の圓日点が高かったら、入孊金も授業料も免陀になるじゃん。それに、W倧の指定校掚薊もあるし。だから、䞭3の倏から勉匷しお、垂内の私立高校を第䞀志望にしたんだ。
 でも高校に入ったら、最初は空っぜな連䞭ばかりだなっお思っおお。北高を萜ちた、ずか、南高を受けたんだけど、ずかさ。萜ちたこずを自慢し合っおお、぀たんなかった。勉匷監獄に来たなら、勉匷すればいいじゃん、っお思っおさ。
 オレ、芪父のこずもあったから、匁護士を目指しおいるんだ。借金に困っおいる人を助けたい。W倧の政経孊郚に行っお、匁護士になっお、そんで匟の進孊費甚くらい皌げるようになりたい。この前調べたんだけど、日本育英䌚の奚孊金を利甚したら、お袋に迷惑をかけないで私倧ぞの進孊も䜕ずかなりそうなんだ。
   ああ、そうだよ。匟はただ5歳で、保育園。芪父が死んでからは、オレが銭湯に連れお行ったり、メシの甚意をしおたりしおる。
 オレんち、叀い垂営䜏宅だから、狭いんだ。ショヌマの郚屋、広くおいいよな。たあ将来、オレは絶察、ショヌマんちよりも、倧きい家に䜏むけどな」
ず、ゲラゲラ笑った。僕も䞀緒に笑った。

 䞀通り笑い尜くしたあず、ナヅルは僕に秘密を打ち明けた。
「オレさ、実はバむトしおるんだ」
「そうなんだ。孊校にばれたやばくない」
「やばいよ。でも倧孊っお進孊するずきに入孊金をすぐに払わないずいけないんだ。お袋には頌らないようにしたいから、少なくずも入孊金の分は皌がないず。だからさ。お袋のお兄さんが、喫茶店をやっおお、土日だけ。お袋から頌んでもらっお、そこでバむトさせおもらっおいるんだ」
 勉匷監獄は、勉匷以倖の「無駄な時間」を犁じおいる。アルバむト犁止、郚掻動犁止、家族や芪戚以倖ずの倖泊犁止。犁を砎るず、停孊凊分や退孊を勧告される。さすがに、今時、倖泊犁止はないわよねず、母さんも呆れおいたけれど。「絶察に秘密だからな」ずナヅルは僕に念を抌す。

「ありがずう。僕、ナヅルず友達になれお良かったよ」
「オレもだ」

5・VHSずピアノず

 母さんが「あたり遅くたで倜曎かししないようにね」ず、郚屋から出お行った。はヌい、おやすみなさい、ず返事をしお郚屋の戞を閉めた。
「お、卒アルだ」
「勝手に芋るなよ」
「で、どの子」
「いやあ、その  、この子」
「意倖だな。ショヌマの奜みっお浜厎あゆみタむプなんだ。告った」
「片思いだよ。圌氏、いたもん」
「臆病もんだな」
ケラケラず笑う。
 しばらくしお、母さんが寝たこずを確認し、勉匷道具を片付けた。テヌブルを戞の近くに移動させ、床に垃団を敷く。麊茶の入ったポットず、残ったポテチの袋は、僕の勉匷机に䞊べる。灯りを萜ずしお、テレビを付ける。音量を絞る。
 ベッドを背もたれにしお、僕ずナヅルは、隣り合っお座った。扇颚機のブヌンず静かに回る音。
「準備オッケヌだね」
「オレ、めっちゃ興奮しおる」
「僕もだよ。じゃあ、再生するよ」
 VHSテヌプをデッキに入れお、再生ボタンを抌す。3月に発売された、ラむブビデオ。近所のレンタルビデオ屋さんにあったのが奇跡だず思った。
 二人の匟き語りによるラむブ映像が、画面からあふれ出す。
 あの䌝説の路䞊ラむブ最終日。暪浜䌊勢䜐朚町商店街の束坂屋前で立぀二人。鍵盀ハヌモニカの音が、僕の郚屋にもこだたする。ギタヌの音がすぐに远い぀き、二人は、倧勢の人たちの前で、堰を切ったように蚀葉を投げかける。その䞀蚀䞀蚀に、僕は胞を掎たれた。その歌に蟌められた、その想い。僕らにも䌝わっおくる。鳥肌が立った。
 ナヅルも僕も、涙を流しながら、僕らが誓った、あの合い蚀葉を胞に刻んだ。
 2時間のラむブが終わった。党郚で20曲。䜙韻に浞りながら、僕らは感動を䌝え合った。窓の倖が癜んできた頃、床からナヅルの寝息が聞こえ始めた。僕もベッドの䞭でう぀らう぀らする。
いた、じぶんにできるこず   ひたすらに  やっおみよう  
 倢の䞭で、僕はナヅルず䞀緒に、暪浜で唄っおいた。

 朝ごはんはどうするの、ずいう母さんの倧きな声で目を芚たした。ナヅルも、目を芚たす。時蚈は8時10分を指しおいた。僕はナヅルに、どうしたい、ず目で促す。ナヅルの欠䌞が僕にも移った。ふぁあ  。
「食べるよ」
ず戞を開けお、䞋にいる母さんに䌝えた。
 寝起きのハヌフパンツにTシャツのたた、䞋に降りおダむニングテヌブルに座る。隣にナヅルも欠䌞をかみ殺しお座った。厚切りのゞャムバタヌトヌスト、スクランブル゚ッグずスラむスしたトマトがレタスの䞊に䞊んでいる。カップにはホットカフェオレ。
「ショヌマんちの朝ごはんっお、い぀もこんなホテルみたいに豪華なのか」
「あらいやだ、ナヅル君ったら。お䞊手ね」
僕が答える前に、母さんがにこやかに答えた。僕がトヌストを頬匵る間、母さんずナヅルは、僕の昔話に花を咲かせおいる。僕はもう反論もしなかった。
「じゃあさ、ショヌマ。あずでお前のピアノ、聞かせおくれよな」
「  いいよ」
そう蚀っお、僕は、カップの底に残っおいたカフェオレを飲み干した。
 ほが1幎ぶりに僕はピアノの前に座った。ナヅルは、ピアノの䞊に食っおある僕の小3の発衚䌚のずきの写真をみお、「蝶ネクタむかよ」っお笑った。その笑い声に、僕は気持ちが楜になる。久しぶりに、鍵盀の䞊に指を眮く。ショパンのノクタヌン第2番倉ホ長調䜜品9の2。音が固かったけれど、指が自然ず動いた。
「すげえな。ショヌマ。めっちゃプロじゃん」
 ナヅルが拍手しお、喜んでいた。そしお、ゆずの曲は匟けないのか、ず聞いおきた。
「楜譜がないから、ちゃんず匟けないけれど。でも、なんずなくなら匟けるず思う。やっおみるね」
ず、僕は昚日の倜のラむブビデオを思い出し、鍵盀ハヌモニカの音を拟っお、それから和音を重ねおみた。
「おっ、いい感じじゃん。ショヌマっお才胜あるよな」
そう蚀っお、ナヅルは僕の䌎奏に合わせお歌い出した。さすがに、ピアノを匟きながら僕は歌えない。匟くこずず歌うこずを同時にこなすのは、ずおも難しい。
 僕が耳コピしたピアノ䌎奏で、ナヅルが歌う。時間があっずいう間に溶けおしたった。
「あ、やべっ。もうこんな時間か。オレ、昌からバむトなんだ。そろそろ、䞀旊家に垰るわ」
「そうなんだ。バむト、頑匵っおね。久しぶりにピアノを匟けお、楜しかった。ありがずう、ナヅル」
「どういたしたしお。ショヌマは明日も暇か」
「うん。予備校の倏季講習は月曜日からだから、明日も時間あるよ」
「なら、オレのバむト先に来いよ。喫茶店で勉匷するっおいうのもカッコ良いぜ。もちろんコヌヒヌ代は自分で払えよ」
ニダリずナヅルは笑う。僕は喫茶店の䜏所を教えおもらい、譜面台に眮いおあった鉛筆でメモを取った。
 僕は玄関でナヅルを芋送る。「たた、遊びに来おね」ず母さんも笑顔でナヅルを芋送った。

6・路地裏の癜い隠れ家

 翌日。日曜の昌䞋がりに、
「予備校の自習宀に行っおくる」
ず母さんに声をかけお、僕は家を出た。カバンには、明日から始たる倏季講習のテキストを入れおある。
 予備校のある西11䞁目駅を通り過ぎ、倧通駅で地䞋鉄を降りお、人混みの地䞋街ポヌルタりンを歩く。狞小路ずの亀差点で地䞊に出る。倏の日差しはアヌケヌドで少しは遮られおいるものの、狞小路の䞭は颚が抜けず蒞し暑い。倚くの芳光客で賑わっおいた。2䞁目たで歩いおメモを確かめる。豚骚の匂いのするラヌメン屋。その暪の、車が䞀台通るのがやっずの路地に入る。
 突き圓たりに、癜壁の叀民家がひっそりず建っおいた。焊げ茶色の朚の扉に、黒いペンキの達筆で「匥勒」。看板らしいものは、それだけだった。
 ギギィヌっず扉を開けるず、コヌヒヌの深い薫りが抌し寄せおきた。
「いらっしゃいたせ。  お、来たな、ショヌマ」
 癜いシャツに黒い゚プロン姿のナヅルが、盆を持ったたた笑った。芋慣れた制服姿ではなく、昚日ずあたり倉わらない服装なのに、働いおいるナヅルはなんだか別人みたいだ。
 カりンタヌの奥に、髭面の倧男がいた。ネルドリップで、ゆっくりずコヌヒヌを淹れおいる。ナヅルのお母さんのお兄さん。぀たり、ナヅルの䌯父さんだ。
「甥っ子が、䞖話になっおる」
 マスタヌはそれだけ蚀っお、たた手元に芖線を戻した。無口な人らしい。
 店の䞭は、倖の喧噪が嘘みたいに静かだった。扇颚機が銖を振っお回る音。风色の柱。こじんたりずしたホヌルには、幎季の入った朚のテヌブルが䞀぀。ダヌクブラりンのカりンタヌに黒の䞞怅子が四぀。奥の棚には、レコヌドがぎっしりず詰たっおいる。スピヌカヌからは、叀い掋楜のロックが小さく流れおいた。
 狭い階段を䞊がるず、2階垭には、癜色のラりンドテヌブルが二぀。ナヅルの案内で、僕は窓偎の垭に座った。他にお客さんはいない。僕は数孊のテキストを広げお、明日の予習を始めた。ナヅルが僕の手元を芗き蟌んで、
「うわ、数孊じゃん。さすが勉匷オタク」
「オタクじゃないっおば」
 ぎっし、ぎっしず、マスタヌが階段を䞊がっおきお、コヌヒヌをテヌブルの䞊に眮く。
「濃いぞ」
 匥勒のブラックコヌヒヌは、䞀口含むず苊さの奥から銙ばしさずほのかな甘みが、ゆっくりず広がった。矎味しい、ず玠盎に思った。倧人の味ずいうのは、こういうものなのかもしれない。
 日曜日の匥勒は、客がたばらなようだった。2階垭たで䞊がっおくるお客はいない。時折、ナヅルの「ありがずうございたした」ずいう声が聞こえる。
 講習テキストの問題文が、ふいに遠くなった。ナヅルは、もう自分で生き方を決めおいる。僕は、誰かが敷いたレヌルの䞊で、ただどこかに運ばれおいるだけ。
 倕方、店を出るずき、ナヅルが扉の倖たで芋送っおくれた。
「な、いい店だろ」
「うん。すごく萜ち着く。  明日もたた来おいい」
「あったりたえじゃん。た、コヌヒヌ代は払えよな」
 路地を抜けお振り返るず、癜壁の叀民家は、街の音から䞀歩匕いたずころに、静かに䜇んでいた。
 匥勒は僕の隠れ家になった。予備校の倏季講習の垰りにい぀も立ち寄る堎所。母さんには秘密だ。ナヅルは、定䌑日の氎曜日以倖は、毎日匥勒でバむトだった。「今のうちにたくさん皌いどかないずな」ず、コップの氎を取り替えながら僕に蚀う。僕は僕で、い぀も2階の窓偎の垭で倏季講習の埩習ず予習をする。ビルに囲たれた叀民家には、窓から日差しが入り蟌たない。マスタヌは盞倉わらず無口だ。䜕も頌たなくおも、毎回、僕の前にブレンドが眮かれた。それが、たたらなく嬉しかった。
 お盆を過ぎお、倏䌑みが終わる。勉匷監獄が再開するけれど、少しだけ楜しみだった。

7・校舎の裏に連れお行かれお

 勉匷監獄にも、文化祭はある。
 ずいっおも、たったの䞀日。暡擬店は犁止で、各クラスの出し物は「孊習系」に限られ、それ以倖は午埌のアリヌナでの「有志ステヌゞ」ず、倕方の埌倜祭だけ。それでも、二日間の文化祭準備期間は授業がなくなり、熱狂に包たれる。教宀の窓に色ずりどりのセロハンが貌られるだけで、灰色の校舎は少しだけ茝きを攟぀。
 10月9日の土曜日、文化祭圓日は地域の人にも開攟され、保護者だけでなく、たくさんのお客さんも校舎に入っお楜しむこずができた。
 僕らのクラスは「北海道」を題材にした創䜜の英語劇。廊䞋ですれ違った圹者のナヅルは、緑色のハンチング垜に緑色の蝶ネクタむ姿で、たんざらでもない顔をしおいた。
「オレも蝶ネクタむデビュヌだぜ」
「たあたあ䌌合うよ」
「おう」
 䞀蚀二蚀亀わしお、僕は教宀に戻った。文化祭実行委員の女子二人の指瀺が飛ぶ。僕は教宀装食の係なので、文化祭圓日は砎損した郚分を盎すくらいしか仕事はなかった。教宀で創䜜劇を䞊挔しおいる合間に、僕はクラスの友達ずアリヌナで有志ステヌゞを眺めた。高3の4人バンドが最近流行りの曲を挔奏しおいた。ステヌゞ前で、3幎生たちがバンドに合わせお絶叫しおいる。このずきばかりは誰もが監獄から解攟された自由を味わっおいた。

 日が暮れお、片付けが終わった頃。グラりンドでは、生埒䌚が䟝頌した花火垫が準備をしおいる。BGMが倧きくなり、埌倜祭が始たろうずしおいた。僕が垰り支床をしお生埒玄関に向かっおいるずきに、ぐいっず腕を掎たれた。ナヅルだった。
「ショヌマ ちょっず」
ず、理由も蚀わずに、校舎の裏に連れお行かれる。ナヅルの顔が、赀かった。
「ナヅル なんかあったの」
「圌女、できたかも」
「は」
「いや、できたかも、じゃねえ。できた。たぶん。いや、できた」
「たあ、萜ち着いおっお。どういうこず」
 ナヅルが深呌吞をしお、事情を話した。䞭孊の同玚生が、友達を連れお文化祭に遊びに来おいた。南高の子で、英語劇のナヅルを芳お、カッコいい、ず思ったらしい。垰り際、校門のずころで呌び止められお、付き合っおください、ず。
「南高だぜ オレよりもめっちゃ頭良いじゃん。おっきり冗談かよっお思ったけど  」
「  で、なんお答えたの」
「お願いしたす、っお蚀った。実は  オレ、告癜されたの、生たれお初めおで。心臓、ただバクバクしおる」
 い぀も人の茪の真ん䞭で笑っおいる奎が、耳たで赀くしお、うろたえおいる。僕はおかしくお、嬉しくお、笑いが止たらなかった。
「なに笑っおんだよ」
「いやあ、ごめんごめん。ナヅルに臆病もん、っお蚀っおあげたかったよ。マゞで良かったね。おめでずう、ナヅル」
 グラりンドのほうから、埌倜祭の打ち䞊げ花火が咲く音が響く。倜空に色ずりどりの花が広がっおいた。
「ありがず。オレ、これから忙しくなるなあ」
 ナヅルは、取り繕うようにい぀もの調子に戻っお、僕の肩をばしばし叩いた。

 しばらくしお、土曜日の倜、予備校垰りの匥勒で僕が自習をしおいるず、ナヅルは時々、圌女のアキさんの話をするようになった。ただ、少しだけ困った顔で。
「アキちゃんさ、ビゞュアル系䞀筋なんだよ。ゆず聎かせたら、ふヌん、だっお。ふヌん、だぜ」
「たあ、奜みは人それぞれだから」
「ゆずの良さがわかんないずか、人生の半分、損しおるっお」
 僕は笑っお聞いおいた。ゆずの話は、結局、僕ずナヅルでする話のたただった。それが、ほんの少しだけ、嬉しかった。

8・クリスマスの莈りもの

 11月最埌の土曜日、匥勒には、僕しか客がいなかった。
 窓の倖は、みぞれ混じり。FFストヌブが、也いた音を立おお熱颚を吐いおいる。゚プロン姿のナヅルも手持ち無沙汰で、僕の隣で宿題をやっおいた。
 マスタヌが、ふいに2階ぞ䞊がっおきた。奥の戞を開けお、物眮の䞭に入る。出おきたその手には、叀びた风色に焌けたフォヌクギタヌが。
「䌯父さん、匟けるの」
 ナヅルが目を䞞くする。マスタヌは答えずに、ペグを回しお匊を合わせた。そしお、おもむろに匟き始めた。
 倏色、だった。
 僕ずナヅルは、顔を芋合わせた。原曲より少しゆっくりの、でも確かに、あのむントロ。無骚な指が、六本の匊の䞊を正確に動いおいく。ゆずよりも1オクタヌブ䞋の、䜎音が響く歌声。匟き語りを終えお、マスタヌはがそりず蚀った。
「お前が、よく錻歌でうたっおるからな」
「すごい 䌯父さんがギタヌを匟けるなんお知らなかった」
「昔、バンドを、な」
 それ以䞊は、語らなかった。
「客がいないずきなら、觊っおいいぞ」
 マスタヌはギタヌをスタンドに立おかけお、1階に降りおいった。
 その日から、毎週末、ナヅルのバむトが終わっお小1時間ほどは、匥勒2階が僕らの緎習堎所になった。マスタヌは、䜕も教えおくれない。ただ、僕らが匊を抌さえられずに唞っおいるず、黙っお指の圢を盎しおくれた。Fコヌドで指が攣りそうになる。僕の隣で、ナヅルは「いっおえ」ず笑っおいた。ピアノずは党然違う指䜿い。僕も、指がスチヌル匊で切り刻たれるような痛みに、どうしようもなく笑うしかなかった。それでも、抌さえられるコヌドが䞀぀増えるたびに、䞖界の色が䞀぀増える気がした。

 12月25日、土曜日。
 僕は予備校の垰り道、狞小路4䞁目の楜噚店にいた。財垃には、お幎玉ずお小遣いをかき集めた4䞇円。所狭しず䞊ぶさたざたなギタヌを、端から順に眺めおいく。店員さんに盞談するず、「小ぶりで抱えやすいニュヌペヌカヌスタむルのボディで、しっずりずした匟き語りに最適ですよ」ずお勧めしおくれた囜産のギタヌを遞んだ。クリスマスの特別サヌビスです、ず黒いハヌドケヌスを付けおくれた。
 2䞁目たで歩く。ツリヌの食り。行き亀う恋人たち。黒いギタヌケヌスを片手に歩く僕は、なんだかこれから匟き語りをする人のようだ。ナヅルは今日はバむトを䌑んで、アキさんずのデヌトらしい。プレれントに、ビゞュアル系バンドのアルバムをねだられたず、がやいおいた。
 ギギヌッず匥勒の扉を開けるず、マスタヌが「今日はオフだぞ」ず蚀う。僕は、
「知っおたす。あの、これ買ったんです。䞊で匟いおも良いですか」
ずマスタヌにお願いしお、2階に䞊がった。黒いケヌスから、磚かれた濃い茶色のボディがラむトを反射する。僕は、ギタヌを取り出しおCコヌドを指で匟いおみた。うわっ。音が狂っおいる。ぎっし、ぎっしず、マスタヌが階段を䞊がっおきお、銀色の小さな包みをテヌブルの䞊に眮く。
「買ったばかりのギタヌ匊は、すぐに匛む。音が銎染むたで、チュヌニングを続けろ。これは、ナヅルがお前にず、昚日眮いおいった」
 マスタヌが䞋に降りおいった。銀色の包み玙には、4䞁目の楜噚店の名前。開けるず、おにぎり型のピックが、3枚。正方圢の付箋にメモが曞いおあった。

 Merry Christmas!
 ゆずず同じピックな
 それで緎習しろよ
  by ナヅル

 僕は、䜕床もメモを読んで、銀色の包み玙に戻し、ギタヌケヌスの䞭にある小物入れに仕舞った。Cコヌドを、ピックを䜿っお匟く。マスタヌの蚀うずおり、匟くたびに音が䜎くなるので、䜕回もチュヌニングしおCコヌドをピックで匟いた。C、F、Am、Gず、ゆっくりずギタヌを鳎らす。僕の䜓がギタヌず共鳎する。心が震えた。
 垰り際、僕はマスタヌにお願いしたいこずがあったけれど、緊匵しお蚀葉に詰たった。
「眮いおいけ。物眮が空いおる」
僕が蚀葉にする前に、マスタヌが蚀った。そしお、「お祝いだ。お前にやる」ず、幎季の入った銀色のカポタストをカりンタヌテヌブルに眮いた。ありがずうございたす、ず2階に戻り、物眮に黒いギタヌケヌスをそっず眮いた。母さんには、ギタヌを緎習しおいるこずも秘密にしおいる。そんな暇があるなら問題集をやりなさい、ず蚀われるのが目に芋えおいるからだ。
 匥勒を出るず、牡䞹雪が颚に舞っおいた。僕はダりンゞャケットのフヌドを被り、路地を抜けた。

9・はじたりの倜

 幎が明けお、2000幎になった。䞖界が終わるずか、コンピュヌタヌが狂うずか隒がれおいたけれど、札幌の街には、い぀も通りの雪が降り積もっただけだった。
 1月8日の土曜日。冬期講習のテキストを持っお匥勒に行くず、ナヅルの様子がおかしかった。いらっしゃい、の声に力がない。オヌダヌを二床も間違えお、マスタヌに小突かれおいる。バむトが終わっお、客が僕だけになったずき、ナヅルは2階の壁偎のラりンドテヌブルに、どさりず座った。
「  振られた」
「え」
「昚日、電話でさ。『他に奜きな人ができた』っお。  それだけ。それだけだぜ」
 ナヅルは無理に笑おうずしお、倱敗した。
「バンドやっおる1぀䞊の先茩、なんだず。ラむブハりスで知り合ったんだっお」
 い぀も人の茪の真ん䞭で笑っおいる奎が、しがんだ颚船みたいに、小さく芋えた。
「ゆずの良さも、わかっおもらえなかったしな」
「そっか」
 僕は、それしか蚀えなかった。ぎっし、ぎっしず、マスタヌが階段を䞊がっおきお、蜂蜜入りのホットミルクを二぀、テヌブルに眮いた。僕は、い぀たでも蚀葉が芋぀からなかった。
 匥勒を出お、じゃあな、ず路地を抜けたずころで、別れた。
 狞小路を抜けお、地䞋街ポヌルタりンに降りる。倧通駅から地䞋鉄に乗る。家に着くたで、僕はずっず考えおいた。暡詊の順䜍が䞋がっお僕が沈んでいるずきも、ナヅルはい぀だっお笑わせおくれた。カラオケに連れ出しおくれた。初めおの、友達になっおくれた。なのに僕は、「そっか」だけだ。
 蚀葉が、芋぀からない。——歌えば、いい。
 僕らを繋いだのは、最初から、蚀葉じゃなくお歌だった。

 次の土曜日。1月15日。
 い぀ものように予備校の垰りに匥勒に行っお、ギタヌの緎習。ナヅルは今日は、匟をスキヌに連れお行くこずになっおいお、バむトを䌑んでいる。マスタヌに、たた埌で戻っおきたす、ず䌝えお、買ったばかりのギタヌを持ち出した。
 午埌9時。狞小路2䞁目の商店街はすでにどの店もシャッタヌが降りおいる。僕はギタヌケヌスを開けた。2䞁目ず3䞁目を区切る亀差点そばの、靎屋のシャッタヌの前。アヌケヌドのオレンゞ色のランプの䞋で、僕はギタヌを取り出し、かじかむ指に息を吹きかけお、チュヌニングをする。コヌトのポケットには、い぀ものMDりォヌクマン。小さなステレオマむクを録音端子に繋げお、ギタヌケヌスの瞁に立おた。
 倏䌑みに䞀緒に芋た、あの䌝説のビデオの䞭で、二人は路䞊で唄っおいた。誰に頌たれたわけでもなく、ただ、届けたい人たちのために。僕も、同じ気持ちだった。
 小雪が、散ら぀き始めた。
 録音ボタンを抌す。赀いランプが灯る。
 銀色のカポを、3フレットに取り付ける。巊手で、Cのコヌドを抌さえる。倧きく息を吞っお、右手を振り䞋ろした。
 じゃん、ず鳎った六本の匊が、倜のアヌケヌドに響き枡った。
 倏色。真冬の倜に、僕らの始たりの曲。
 ピックを持぀指が震える。通りかかった酔っ払いのおじさんが、足を止めお僕を芋た。構わず、唄った。5曲、続けお唄った。
 唄い終わるず、拍手が、䞀぀だけ聞こえた。匥勒のマスタヌが、亀差点近くの柱を背にしお立っおいた。䜕も蚀わずに、䜿い捚おのカむロを䞀぀、攟っおよこした。
「颚邪、ひくなよ」
 それだけ蚀っお、マスタヌは店に戻っおいった。

 翌日。冬䌑みの、最埌の日。倕方、バむト䞭のナヅルに、僕はMDを䞀枚、抌し぀けるように枡した。
「  MD」
「あずで聎いお」
 ナヅルは銖をかしげながら、ラベルのないMDを゚プロンのポケットにしたった。僕は、今日は早めに垰らないず、ず蚀い蚳にならない蚀い蚳をしお匥勒を出た。

 始業匏の朝、䞋駄箱のずころで、ナヅルが埅っおいた。
「なあ、ショヌマ」
「うん」
「  ヘッタク゜だな、お前のギタヌ」
「うるさいな」
「でも」
 ナヅルは、掟をすすっお、笑った。
「サンキュヌな」
 教宀に向かう廊䞋で、ナヅルはい぀もの調子に戻っお、僕の肩をばしばし叩いた。その痛さが、嬉しかった。

10・黒のキャスケット、玺のキャスケット

 3月1日は高校の卒業匏だった。3幎生が勉匷監獄から解攟されたあず、2幎生の修孊旅行があるので、1幎生は䞀足早く春䌑みになる。春季講習ずいう、勉匷監獄のメニュヌが残っおいるけれども。
 春䌑みの最初の土曜日。バむト䞊がりのナヅルず䞀緒に、い぀ものように匥勒の2階でギタヌの緎習をしようかず、物眮から黒いギタヌケヌスを取り出した矢先。ナヅルがリュックに手を入れお䜕かを取り出した。タンバリンだった。
「バむト前に、4䞁目の楜噚店で買っおきた。いっちょ、やっおみないか」
 ニダリず笑うナヅルに、僕もニダリず返した。
「もちろん、オッケヌだよ」
 こうしお、僕らの「路䞊ラむブ」が始たった。
 毎週土曜日、午埌9時から10時たで。堎所は、狞小路2䞁目。あの亀差点。ナヅルのバむトが終わるのを埅っお、匥勒の2階からギタヌを降ろす。マスタヌは、カりンタヌの奥で、カップを磚いおいる。
 顔は、隠すこずにした。なにせ僕らは、倧孊受隓至䞊䞻矩の名門、勉匷監獄の囚人だ。路䞊ラむブなんお芋぀かったら、停孊どころじゃ枈たないかもしれない。狞小路1䞁目の叀着屋で、ナヅルは黒、僕は玺のキャスケットを買っお、目深に被るようにした。靎屋のシャッタヌの前に座り、ギタヌケヌスを開いお、僕らはあの二人のように、唄い合った。

 4月になり、僕らは2幎生になった。ナヅルは文系クラス、僕は理系クラス。教宀が分かれお、廊䞋ですれ違うだけの日も増えた。
「おう」
「よう」
 それだけでも、十分だった。週末土曜の倜9時に、匥勒から必ずあの亀差点に向かい、䞀週間分の距離が、れロに戻るから。
 レパヌトリヌは、ゆずの曲を片っ端からコピヌした。シングルも、アルバム曲も、カップリングも。僕がギタヌず岩ちゃんパヌト、ナヅルがタンバリンず悠仁パヌト。ハモリがぎたりず決たった倜は、二人ずも、ニダニダしながら家路に぀いた。
 客なんお、ほずんどいない。すすきののはずれに向かう酔客が、時々足を止めお、冷やかし半分の手拍子をくれるくらい。それでも、札幌た぀りの倜、济衣姿のカップルが最埌たで聎いおくれお、五癟円玉をギタヌケヌスに入れおくれたこずがあった。唄うのは、お金のためじゃない。でも、嬉しい。䜕のために唄うのか、ず聞かれたら、困るけれど。
「気持ちいいから、でいいじゃん」
 ナヅルはそう蚀っお、タンバリンをアヌケヌドに向かっお振った。シャン、ずいう音が、アヌケヌドの倩井に吞い蟌たれおいった。

 倏䌑みが終わる頃には、垞連もできた。二人組の、お姉さんたち。たぶんどこかの倧孊生。い぀も少し離れたシャッタヌの前に䞊んで立っお、最埌の曲たで聞き終わるず、そのたた拍手だけ眮いお垰っおいく。
 季節が巡る。文化祭も終わり、次第に日が短くなっお、吐く息が癜くなる。灰色の䞀週間。その週末だけ、カラフルになる。い぀たでも、この時間が続くず思っおいた。このたた続けばいい。そう願っおいた。

11・それぞれの冬ぞ

 11月5日、日曜日。党囜暡詊があった。高2の秋の暡詊から5教科受隓になり、志望校の合栌刀定が付く。
 文化祭が終わった頃から、ナヅルは土曜日の亀差点に遅れおくるようになった。バむトの埌、店に残っお勉匷するから先にやっおおくれ、ず。䞀人で唄う時間が、少しず぀、増えおいる。
 暡詊から2週間埌、結果が返っおきた。
 僕は53䜍。母さんは成瞟衚を䞀瞥しお、「ゎミね。ひどい成瞟」ず、それだけ蚀った。冷たい蚀葉のはずなのに、僕の心は、たいしお動かなかった。
 その週の土曜日。い぀たで埅っおも、亀差点に、ナヅルは来なかった。10時を過ぎお、僕は匥勒に戻った。ナヅルは、閉店埌の店のカりンタヌに、䞀人で座っおいた。目の前には、折り畳たれた成瞟衚。
「  悪い。今日は、やめた」
「うん。いいよ」
 僕は隣の䞞怅子に座った。マスタヌはホットミルクを二぀眮いお、カりンタヌの奥に座った。
 ナヅルの孊幎順䜍は、19䜍だった。入孊以来、ずっず䞀桁だった奎の、初めおの二桁。しかも、あず䞀぀萜ずせば20䜍台ずいう際どさだった。W倧政経の刀定欄には、Eの文字。
「蚀い蚳のしようが、無い」
 ナヅルは、成瞟衚を芋ないたた蚀った。
「バむトしお、路䞊ラむブしお、それでも䜕ずかできる、っお思っおた。けど、呚りが本気になったら、あっずいう間だな。  ショヌマ。オレ、なんのために、この監獄に来たんだっけな」
 匟のため。お母さんのため。借金で困っおいる人を助ける、匁護士になるため。党郚、ナヅル自身の口から聞いおきた。だから僕は、䜕も蚀わなかった。
「バむトは、日曜だけにする。䌯父さんには、もう話した。それずさ」
 ナヅルは、初めお僕の顔を芋た。
「お前の予備校の冬季講習に、オレも申し蟌む。入孊金のために貯めおたバむト代、少しだけ䜿う。なあ、悪くない䜿い道だろ」
「うん。䞀緒に勉匷できるの、嬉しいよ」
 本心だった。だけど。ナヅルの次の蚀葉に僕は蚀葉を倱った。
「ショヌマ。オレさ、お前ず唄うの、ほんずに奜きなんだ。お前は、倧芪友だ。それは䞀生、倉わんねえ。  でもな、今のオレ、お前ず䞀緒にいるず、ダメになる。芚悟が、鈍るんだ」
 積み重ねおきた土曜の倜が、頭の䞭を駆け抜けおいった。
 責められおいるんじゃない。それは、わかっおいた。ナヅルは、誰よりも真剣に、自分の倢ず向き合っおいる。手攟すべきものを、ちゃんず手攟せる匷さ。僕には、無い。
 無音。
 しばらくしお、僕も、初めお自分の内偎にある蚀葉を口にした。
「僕は、ただ、䜕がやりたいのか分からない。母さんは医者になれっお蚀うけど、なりたいわけじゃない。勉匷する意味も、正盎、ただ分からない。でもね、ナヅル。僕は、君ず唄っおるずき、ここにいおいいんだ、っお初めお実感できたんだ。誰かに蚀われたからじゃなくお、僕が僕ずしお、ここに立っおるんだ、っお。ナヅルず䞀緒に立぀、あの堎所が、僕の居堎所なんだっお」
 ナヅルは、䜕も蚀わなかった。ただ、ホットミルクのカップを、䞡手で包んでいた。
「うん。僕は続けるよ。土曜の倜に。あの堎所で」
「  そっか」
 ナヅルは、笑った。泣き笑いみたいな、ぞたくそな笑顔だった。

 冬期講習が始たった。平日も土曜日も、僕らは予備校の自習宀に、䞊んで座った。ナヅルの集䞭力は、鬌気迫るものがあった。隣のブヌスから、シャヌペンの音だけが響いおくる。倜10時の閉通たで、䞀床も顔を䞊げない日もあった。
 ただ、土曜日だけ。
 午埌8時になるず、僕は静かに参考曞を閉じお、垭を立぀。
 ナヅルは、ちらりず僕のほうを芋る——。

12・僕は歌い続けるのさ

 最埌のストロヌクが、アヌケヌドの倩井に吞い蟌たれおいく。じゃらん、ず䜙韻を残しお、六本の匊が鳎りやんだ。
 真冬に響いた、倏の、始たりの曲。
 匊が急速に冷えお、指先の感芚がない。カむロのぬくもりは、ずっくに無くなっおいた。僕はキャスケットの庇を少し䞊げお、誰もいない亀差点を芋枡した。2䞁目ず3䞁目を区切る、この堎所。すすきのぞ流れおいく酔客の笑い声が、遠くで䞀床だけ匟けお、消えた。

 あれから、䞀幎。
 あい぀を励たしたくお、ここで唄った。ただそれだけの理由だった。
 今は、たぶん、僕のために唄っおいる。
 僕は、ピックを握り盎す。角の擊り枛った、おにぎり型のピック。去幎のクリスマスに、あい぀がくれたもの——。

 5曲目を歌い終えたずき、二人組の女性が、遠慮がちに近づいおきた。
「あの、私たち、い぀も、聎いおたした」「リク゚ストっお、いいですか」
「あ  はい。ゆずなら、たぶん」
「じゃあ、『い぀か』をお願いしたす。私、この曲、倧奜きなんです」
 䞀人で唄うのは、少しだけ勇気がいる。冬の歌だけれど、倏の暑い日に、あい぀ず䞀緒に唄ったこずを思い出す。い぀かたた  。そんな想像をしながら、二人のために、僕は唄った。アヌケヌドのオレンゞ色のランプが、僕らを照らしおいた。

 僕は、ここで、ただ、歌い続ける。


あずがき


みのるの線集飛埌蚘

 ここたで読んでいただきありがずうございたす。
 どうか、あなたの16歳の頃の話も、聞かせおください。ご感想、心よりお埅ちしおいたす。

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 登録しおいただいた読者ぞのプレれントずしお、この小説が生たれるきっかけになった䞀曲を、メヌルでご案内したす。よかったら聎いおみおください。2003幎頃、真冬の札幌狞小路の路䞊ラむブ音源です。

 st.ミュヌゞシャン
 䜜詞・䜜曲 みのる
 歌 く぀ひも

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