「いつもの迷走神経反射」じゃなかった……!頻脈と高血圧の謎を追う観測
皆さん、自分の身体が明らかな「異常フラグ」を立てているとき、どうやってそのサインを受け止めていますか?
(正直、私はいつも「まあ寝れば治るっしょ」とスルーしがちなタイプです……!)
7月31日の午前11時ごろ。またしても、あの息苦しさがやってきました。
しかも今回は、胸のあたりを内側からギュウッと押されるような圧迫感という、招かれざる新規オプション付き。
前回の胸の痛み↓
「しばらく休めば治るかな」「いつものエラーかな」という楽観的な私がいる一方で、直感が告げていたのです。「あ、これちょっとヤバいかも」と。
そのまま家から車で5分ほどの、評判の良い病院へ直行しました。胸のレントゲン、心電図、血液検査……と、まるで怒涛の伏線回収のような検査のフルコースです。
待合室での時間は、控えめに言って生きた心地がしませんでした。息苦しいし、胸は重いし、脈もなんだか速い。これって全部役満のサインなのでは?(え、これガチで心臓のヤバい病気なんじゃないの……!?)と、最悪のバッドエンドばかりが脳内を駆け巡ります。
しかし、結果は「心臓周辺に目立った異常なし」。
その言葉にひとまず安堵の息を漏らしたのも束の間、先生から告げられたステータスは予想外のものでした。
「酸素の値が少し低くて、脈拍が100超え。血圧もかなり高いですね」
(上の血圧、150だったか180だったか……緊張しすぎて記憶のデータが飛んでます。私のポンコツ!)
ここからが、今日一番考えてみたいポイントなのです。
私はこれまで、自分の体調不良のジャンルを「迷走神経反射(血圧が下がるやつ)」だと思い込んでいました。めまいや気分の悪さといった過去の経験から、完全にそういう物語だと思っていたんです。先生にもそう伝えました。
ところが、今回の私の身体は「頻脈からの高血圧」という、真逆のベクトルに振り切れていました。
これ、すごくないですか?
同じ「苦しい」という出力結果なのに、内部で動いているシステム(構造)は全くの別物だった。これって、ミステリー小説の「叙述トリック」で鮮やかに騙された時と同じ感覚です。私、自分自身の身体のテキストを、完全に「誤読」していたんだ、と。
結局、その日はベッドに寝かされ、1時間ほど水分とブドウ糖の点滴を受けました。
特別な治療をしたわけでもなく、ただ静かに横たわって点滴のポタポタ落ちる雫を見つめていただけ。なのに、100を超えていた脈拍は、終わる頃にはスッと80台の平常運転に落ち着いていました。
原因は、水分不足? 暑さ? それとも無意識の緊張?
結局のところ、なぜ脈が爆速になってしまったのか、その「真の理由(公式設定)」は明かされないまま、症状だけが落ち着いてしまったのです。
重大な病気じゃなくてよかった。でも、原因がわからないという新たなモヤモヤが残された。
じゃあ、ここから私にできることは何か?
それは「観測」と「記録」です。
今後、血圧を測り、脈拍を記録していくこと。どんな条件のときに、この頻脈というイベントが発生するのか。食事のあと? 暑い場所にいたとき? それとも疲労が溜まっている時?
それはまるで、気まぐれな「推し」の出現パターンを熱心に分析するオタクの観察日記のようなものです。脈拍と血圧という数値を記録し続けることで、見えない傾向(構造)がきっと浮かび上がってくるはず。
原因がわからないまま、症状だけが過ぎ去った7月31日。
それでも、「わからない」という現在地をとりあえず受け入れて、自分の生活の輪郭をデータから探っていく。そうやって少しずつ予防できることを探していけばいい。
正解がすぐに出なくても、自分の身体という最強のミステリー作品とじっくり付き合っていく。それでいいんだよ、と今の私は思うのです。
次のお話↓
