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王者の挑戦~俺が青学を勝たせる~【箱根駅伝[復路]01.03】

――1月2日の続きです

05|前日の続き、眠れない復路の朝

前日の往路優勝から一夜明け、1月3日の朝を迎えました。
目が覚めたのは、まだ外が暗い午前3時。

前日(往路:1月2日)、往路優勝したことに実感がわかず、なかなか寝付くことができませんでした。

この日(復路)の私の役割は、競技者係バスに乗車、いわゆる「荷物車」でした。
前の走者が走り終えたあとに着替える荷物を預かり、競技者係のバスに乗って次の中継所へ先回りする役目です。

荷物車へ向かう前、主務の德澄遼仁と一緒に、手の甲にマジックで「☆7」を描きました。

りょうと(左:德澄)肌の色白くね??
いや、自分が黒すぎんのか??💦

「ゴールの大手町で会おう」
「星七も一緒に大手町で一番にゴールしよう」


その約束を胸に、1月3日の復路が始まりました。


06|「4年生のことが好きだ」と語る君
6区を走ったのは、1年生の石川浩輝でした。

石川は、12月の青山キャンパスでの箱根駅伝壮行会で、

「4年生のことが好きで、箱根駅伝はそんな先輩方と優勝したいです」

と話していました。

箱根駅伝壮行会での一枚

その言葉を聞いたとき、素直に「可愛いな」と思ったし、私たち4年も石川をはじめ、後輩のことを好きだと声を大にして言いたいと思いました。

当日のスタート前までの石川は、いかにも石川らしい、ほわほわとした雰囲気でした。

「7区の付き添いが(白石)将隆さんで、僕がゴールしたら抱っこしてくれるって言ってくれてるんですよ〜」

と、どこか嬉しそうに話していたのも印象的でした。

1年生でこんな6区という区間を任されているのに、こんなほわほわした空気感で大丈夫か?!
って少し思いましたが、杞憂でした笑

1月3日8時。いざ走り出すと、その印象は一変しました。
石川は、区間3位となる57分15秒。
1年生歴代1位、そして歴代4位という素晴らしいタイムで箱根の山を駆け抜けました。

その走りを見て、
頼もしいな、と同時に、やっぱり可愛い1年生だなと感じました。
この大舞台で、臆することなく結果を出す姿は、本当に見事でした。

ありがとう!!

5区から6区へ


後日談になりますが、8日の青山キャンパスでの優勝報告会前に石川が私に
「松下さーん!松下さんのnoteの復路編、いつ出しますか〜?楽しみです〜」
と言ってくれました☺️

さらには報告会中に、たくさんの報道カメラ陣に混ざってセンターでカメラを構える私の姿を見つけると

優勝報告会での一枚✨️

上の写真の通り、笑顔で私の方をみつめてくれました!
可愛い後輩です♡



07|8区・塩出翔太の覚悟


8区を走った塩出翔太は、この区間を走るのが3回目でした。

区間発表のミーティングでは、

「区間新を出して、自分と青学の名前をこの区間に残します」

そう宣言していました。

そして、この区間での給水は、元々は鳥井が担当予定でしたが、前日、主務の德澄からマネージャーのグループLINEに
「8区給水 荒巻」
と連絡が入りました。

これを知ったのは、当日の朝3時。
元々1区を走る予定だったまきが、翔太に給水を出すことになったのです。

荷物車の中で、スマホ越しに2人の様子を見ていて、本当にかっこいいなと思いました。

給水後のグータッチは、胸にくるものがありました。

そして翔太の結果は、1時間03分45秒。
区間新記録でした!

スマホで区間賞が決まった姿を見た数分後、
同期のグループLINEに、翔太から
「やったぞー!」とメッセージが届きました。





08|9区・佐藤有一という存在

9区を走った佐藤有一は、
この1年間、寮長として寮の生活の中心をまとめてくれました。

厳しいことも言うけれど、
基本的には後輩から慕われる(「いじられる」の方が正しいか笑)存在で、
この1年間、みんなが楽しく気持ちよく寮生活を送れたと思います。

有一は毎朝の朝練習で、必ず明るく挨拶を返してくれる姿が印象に残っています。

ある朝練習の時、
「1周目で挨拶してなかった〜、おはよう!」
そう言いながら、警備している私の前を走っていった姿。

あの瞬間、
「こういうマネージャーもチームの一員だと思ってくれている選手のためにも、もう一度頑張ろう」
そう思わせてくれました。

当日、アップしている有一のもとへ行くと、
「やばい!動き良すぎて止まれない!」
といいながら、有一に声をかけようとしている私の前を笑いながら通り過ぎていきました。

「4年間ありがとう!最後、頑張ろう!」
そう伝え、有一と握手をして荷物車へ戻りました。

結果は、1時間07分38秒。
歴代3位の好タイムでした。

(裏話ですが、走る直前まで有一のスマホを付き添いや有一、みんなで探しました。

また、荷物車にはテレビがなく、実況音声だけの中で、
有一が襷を渡した直後の「きちぃ~!!」という声が車内に響き、少しだけクスッと笑いが起きました。)

8日の優勝報告会での一枚




09-1|涙の理由と、共に戦った一年
最後、10区を走った折田壮太とは、同じ学部ということ、そして彼が去年故障していた時期の練習の時に話したこときっかけで、少しずつ距離が近くなっていきました。

そして、今年の夏合宿では一緒に写真を撮ることもあり、気づけば自然と距離が縮まっていた存在です。


そんな折田とのやり取りで、今でもいちばん印象に残っているのが、第109回日本陸上競技選手権大会で予選通過が叶わなかったあとのことです。

レース後の夜、私が
「今年の駅伝でのリベンジ、期待してます」
とLINEを送ると、折田からは次のような返信がきました。

「お疲れ様です。
たくさんのサポートありがとうございました。
マネージャーさんのサポート無くして出られるものではないことを重々承知しております。
そんななかで悔しい結果でした。
共に戦っていただきありがとうございました。
駅伝では自分も、みんなも喜ばせられるよう頑張ります。

このメッセージから、折田がどれだけ周囲への感謝と責任を背負って競技に向き合っているのかが伝わってきました。

そして迎えた今回の箱根駅伝。
ゴール前、折田が何度も涙を拭う姿が目に入りました。
ゴール後も、折田が涙する姿は、今年1年間背負ってきたプレッシャーや、ようやく辿り着いた安堵の大きさを物語っているように感じました。

1年間、本当にありがとう。
そして、ここから始まる連覇に向けて、また頑張ってほしいです。

8日の優勝報告会での一枚


09-2|ゴールエリアという一生の景色
折田がゴールする数分前、
ゴールエリアに入らせてもらいました。

監督や1〜9区の選手、登録メンバー、
主務の德澄、男子マネージャーの阿戸、白石とともに、折田を待ちました。

待っている間、
「おつかれー!」「やったね!」
そんな言葉が飛び交う中、
自分はこの瞬間でしか味わえない景色を、
スマホに収めていました。

折田が見えた瞬間、
「壮太コール」が自然と起こり、

「折田はどんなポーズでゴールするのだろう?」と思いながらゴールエリアから見ていると、

右手で3、左手で4を示してゴール。

あとに聞くと、

「右手が3連覇の『3』、左手が4連覇に続くようにと願いを込めて『4』。またその合計が皆渡星七の『7』になるように」

と折田は説明してくれ、ゴールの瞬間に皆渡星七も一緒に輝いたんだなと感じました。


大会新記録、10時間37分34秒での総合優勝。
復路新記録も達成し、
史上初の同一チーム2度目の3連覇
となりました。


09-3|黒田朝日を胴上げしたい

折田がゴールテープを切ったあと、
折田、そして德澄が3回宙を舞いました。

監督も、

「『9度目の総合優勝』だから、9回(胴上げ)だぞ!」

と言って、9回宙を舞いました。

監督の胴上げ
ラスト9回目上げた時の一枚

ゴールエリアは、喜びと歓声に包まれていました。

その中で、私にとって特別に嬉しかったのが、
黒田朝日の胴上げでした。

出雲駅伝を7位で終えたあとの学生ミーティングのことです。
十数年ぶりの7位というさんざんな結果に、私たち4年生全員が強い危機感を持ち、

「学生だけでもミーティングをしよう」
「今、このタイミングで一度、チームの雰囲気を締め直そう」

そんな思いで始まった学生ミーティングでした。

そこでは、4年生一人ひとりが町田寮の食堂で3年生以下の前に立ち、それぞれの言葉で箱根駅伝にむけての想いを語りました。

そして最後に話したのが、主将・黒田朝日でした。

「それぞれにチャンスが与えられていて、個人個人で役割がある。

今年のキャプテンに自分を選んだこと、
そしてそれを了承したなら、最後までちゃんとついてきてほしい。

駅伝は、俺ひとりで勝てるものじゃない。

『俺を、ひとりにしないでほしい。』」


この言葉が、チームの空気を変えた瞬間だったと、今でも強く感じています。

そのミーティング以降、

『箱根駅伝では、朝日を胴上げしてあげたい』

そんな想いが、自分の中でどんどん強くなっていきました。

そして今回。
折田をゴールで迎えた朝日は、涙を流していました。


出雲駅伝、全日本大学駅伝と、
チームのために走り続けてきたにも関わらず、
優勝には届かなかった悔しさ。
主将として背負ってきたものは、私には計り知れないものだったと思います。

だからこそ、今回は違いました。
全員で箱根駅伝に挑み、
誰ひとりとして朝日をひとりにすることなく、
ゴールで、朝日を胴上げすることができました。

あの瞬間を迎えられたことが、
心の底から、本当に幸せでした。

朝日の胴上げ
みんないい顔してます✨

※監督と朝日の胴上げの写真を見比べると、胴上げの高さがこんなにも違うのかと、noteに(写真を)編集しながらびっくりしました笑



10|「一体感」という答え

胴上げ後、箱根路に一礼をし、選手たちは取材と記者会見へむかいました。

そして私は選手の付き添いとして、初めて優勝記者会見の場に行き、その様子を端っこで見ていました。

その中で監督が語った言葉で印象に残っていることがあります。

それは、ある記者からの
「『10000mやハーフマラソンの平均タイムと箱根駅伝には相関関係がある』と謳う原監督だが、
今回、他大学に(10000mやハーフの平均タイムが)負けていたり、変わらないぐらいだが、それでも青学が箱根駅伝を優勝した要因とは何ですか?」
という質問に対しての返答です。

監督が
「学生連合がひとつの例ですな。
なぜ(ハーフや10000mの記録がいい選手でチームを作るのに、学生連合は)上位に来ないのか。それは『一体感』ですよ。

そういう点で、選手として我が大学の門を叩き、入部してくれた者が、途中から違った形の『マネージャー』という立場となって選手たちをかげで支えてくれた彼らのおかげがある。

特に今年は主務德澄を始めとする4年のマネージャーには感謝しています。」

その瞬間、この1年間、やってきて良かったと心から思いました。

この言葉は他の同期のマネージャー全員に、生で聴いて欲しかったです!(私がその場で聴いてよかったのでしょうか?😭)

町田寮での慰労会でも、
「マネージャーが強いチームは箱根も強い」
そう言って、私たち4年のマネージャーひとりひとりの名前を呼んでいただきました。

4年マネージャー
好き💓すぎて🫶『滅』🤞
記者会見の場で、たくさんのカメラに並んで
私も自分のスマホで一枚撮りました




11|裏話として、どうしても残しておきたいこと

ここからは、少し裏話です。

ゴールエリアで撮った写真の中で、
嬉しかったのは、荒巻朋熙(まき)とのツーショットでした。

同じ学部で、
気づけばずっと自分がまきの後ろをベタベタついていた4年間。
この1年間、まきは4年生として、
そして皆渡星七の分までという想いを背負い、
身体が万全でない中でも工夫しながら箱根駅伝にむけて走る姿を目にしていました。

それでも、体調不良で出走が叶わなかった。
その悔しさは、自分はわかってあげたくても、わからないぐらい悔しいのでしょう。

それでも、
まきと一緒に4年間頑張れたことは、
これから先の人生でも、きっと忘れません。

そして、4年の男子マネージャー4人でも写真を撮りました。

立場も性格もバラバラだったけれど、この4人だったからこそ、今回の箱根駅伝優勝につながったのだと思います。

最後に、箱根駅伝前日、同期の女子マネージャーの2人から

「これ!4年生みんなにお年玉!」

と、渡された星が7つ輪になった手作りストラップ。

私はそれをスマホケースにつけ、
1月2日、3日を共に過ごしました(まきとツーショットを撮っている写真にもストラップがしっかりうつってます)。

女マネにこの写真送ったら
「ちょいギャルを感じる笑」って言われました😅


夏合宿前にもらったミサンガも、この半年間一緒に頑張ってきて、今大会でも付けたままゴールへ入りました。

きつい時、辛いなと思った時、このミサンガがあったから頑張れました!
ありがとう!

箱根駅伝3連覇という願いが叶いましたが、なかなかこのミサンガ、ちぎれる気配ありません笑

次の願いは何にしようかな?


11|輝け大作戦の結末

この1月2日、3日は、監督の掲げた

「輝け大作戦」


にふさわしい大会だったと思います。

輝いたのは選手だけではありません。
監督、スタッフ、マネージャー、そして沿道やSNS、青学駅伝アプリから応援してくださったすべての方々。

全員が、それぞれの立場で輝いた2日間でした。
箱根路を走ることはできなかったけれど、
それでも自分は、このチームの一員として、確かに箱根にいました。


さいごに
箱根駅伝に向けて、この1年間、できることを必死に積み重ねてきました。

日々の練習、選手のそばでのサポート、そして1月2日、3日の全力応援。

そして、

「王者の挑戦〜俺が青学を勝たせる〜」

今大会、何度この今年のチームスローガンが実況で口にされたでしょうか。

今年1年間、このチームスローガンを選手もスタッフもマネージャーも、何度も口にし続けてきました。

それをただの言葉にせず、日々の練習やレースの中で、本当に体現し続けてきたかどうか。

その積み重ねこそが、他大学との大きな違いだったのではないかと、今は強く感じています。

2区を走った飯田も、急遽4区出走となった平松も、そして4年生の朝日、宇田川、翔太、有一。
もちろん、まき(荒巻)や神田、石原、ふうき、りょうと、阿戸、まさ(白石)、りんちゃん、あすかちゃん。

3年以下の選手やマネージャー、スタッフを含め、
この箱根駅伝に関わったすべての人が、

「俺が青学を勝たせる」

というスローガンを胸に、今回の箱根駅伝に臨んでいたのだと思います。

だからこそ、あの走りがあり、あの一体感があり、そして、今回の10時間37分34秒という結果にたどり着けたのではないでしょうか。

この私のnoteも、終わりが近づいてきました。
ここまで続けてこられたのは、日々声をかけてくださる方、読んでくださる方、そして何より、そばで頑張る仲間たちの存在があったからです。
本当にありがとうございます。

残りの投稿は、その日の出来事だけでなく、
ここに至るまでの時間や、みんなとの思い出を、
感謝の気持ちとともに、大切に残していこうと思います。

改めて、箱根駅伝3連覇できたこと、それを成し遂げることができた代で幸せでした!
ありがとうございました!

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