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王者の挑戦~俺が青学を勝たせる~【箱根駅伝[往路]01.02】

01|4年目、最後の箱根駅伝の朝

2026年1月2日
ついに、4年目で最後の箱根駅伝が始まりました。

一昨年は10区の給水、去年は荷物車を担当し、そして今年は――
飯田翔大が付き添いに選んでくれて、2区の付き添いを担当しました。

9時頃のスタートに向けて、惜しくも補欠にまわった上野山拳士朗と二人で飯田をサポートしました。

1区の様子を自分のスマホで見ながら、
「飯田に、なんて声をかければいいんだろう」と、正直なところ迷っていました。

それでもスタート前、最後に一言だけ伝えました。
「この1年間、飯田をサポートできて楽しかった!そして、俺を付き添いに選んでくれてありがとう!」

自分が見てきた中で1番緊張している様子の飯田に、その言葉がどこまで届いたかは分かりません。
それでも、芦ノ湖へ向かう車内で彼の走りを観ていて、ただただ、胸が熱くなりました。

権太坂からペースを上げ、
飯田は1時間06分29秒の好記録。
16位から11位へ押し上げる走りでした。

冷静で、そして熱い。
この走りが、青学の往路優勝への流れを作ったと、心から思います。



02|往路優勝の流れをつないだ走り

芦ノ湖へ向かう車内では、
3区・宇田川、4区・平松の走りをスマホで見ていました。

中でも、4区・平松享祐の走りには、強く心を打たれました。

箱根前最後の全体ミーティングで出走メンバーが発表された際、一度は名前が呼ばれず、悔しさを滲ませていた姿を覚えています。
正直、泣きそうにも見えました。

それでも、箱根駅伝2日前に変更での出走。
今回が、平松にとって箱根駅伝初出走でした。

そんな背景を微塵も感じさせない走りで、区間3位。
8位から5位へ押し上げてくれました。

前日に平松の部屋を訪れ、
「明日、自分(平松)のために走ればいいよ!頑張れ」と伝えた時、
「任せてください!4年生と一緒に勝ちますよ~笑」
と元気よく返してくれたことを思い出しました。

まさに、今年の4年生が掲げた

『王者の挑戦〜俺が青学を勝たせる〜』

その想いを体現する走りだったと思います。

往路優勝の『影のMVP』は、間違いなく平松だと思っています。
本当に、ありがとう。



03|芦ノ湖で見た『シン・山の神』

芦ノ湖に到着し、大型ビジョンで5区を見つめました。
今年の主将でありエース、黒田朝日

一体誰が『青学5区黒田朝日』を予想したでしょうか?
全体ミーティングで、監督が

「この区間配置でいきます。
駅伝はね~…ワクワクした方がいいからね?」

と、この言葉を最後にミーティングを終えました。この区間配置を事前に知っていた私にとって、トップの中央大学とは3分25秒差、5位で襷を受け取った朝日をみて、ワクワクしました。

「朝日ならやってくれる」と信じていましたが、
それでも、さすがに

『神』

すぎました。

次々と前を抜いていき、気づけば2位。
周りのみんなと
「もしここに1位で戻ってきたら、どうする?」
「さすがに人じゃないよな笑」

なんて話していました。

そんな中、
直線でトップを走る早稲田大学をとらえ始める朝日の姿が映し出され、手の震えが止まらず、泣きそうになりました。

残り1.5kmで先頭へ。
そのまま18秒差をつけ、

往路新記録・5時間18分08秒で3年連続往路優勝

朝日のタイムは、
区間記録を1分55秒更新する1時間07分16秒。

ゴール後、男子マネージャーの白石と手を握る朝日

ゴール後、テントでみんなと喜び合い、
その後、ステージで監督とともにインタビュー。
朝日は、
「声を大にして言います!僕が『シン・山の神』です!」
と宣言しました。

本当に、その通りだと思いました。
この記録は、一体いつ破られるのでしょうか。



04|支え続けてくれた人たちと、明日へ

報告会を終え、宿舎へ向かう車内で、朝日と色々な話をしました。

さっきまであんな走りしてたとは思えないぐらい、爽やかな朝日との写真📸朝日ファンの皆さん、これがマネージャーの力と特権というものです笑

「往路ゴールに黒田朝日像を建てた方がいい笑」

「然(弟)との給水した後、そのまま朝日と然が交代して走ってんじゃないかって思うくらい、最後まで動いてたな笑」

そんな冗談も交えながら。

朝日と同じ代で良かった。
特にこの1年間、朝日のおかげで、たくさんの経験をさせてもらいました。
本当に感動しました。ありがとう。

そして、往路ではひとつ裏話を紹介します。
2区・飯田の付き添いでユニフォーム類を準備していた時、ふと目に留まった、ひとつのリストバンド。

黒地に、七つの星。
星座のように配置された「七」を見て、
一瞬で『皆渡星七のことだ』と感じました。

後で知ったのですが、
このリストバンドをデザインしたのは、
大人スタッフの田幸寛史さんでした。

『最後、箱根に向けてチームが一つになってほしい』
そんな想いで、作られたものだったそうです。

監督だけでなく、
スタッフにも、仲間にも、
本当に恵まれた1年だったと、改めて感じました。

――1月3日復路へ、続く

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