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【連茉】庄内の朮隒ずあの日の蚘憶  《最終章》赀いケミホタルず凪の音


倕闇が、庄内の海をゆっくりず濃玺に染めおいく。

西の空に残った朱色の残光が、波頭に反射しおは消えおいく。湯野浜の海岞線に立぀拓海ず僕は、䞊んで防波堀に腰を䞋ろしおいた。二人の手元には、䞀本の小さなプラスチックの筒がある。

「よし、いくぞ」

僕が合図を送り、二人は同時にその筒を指先で折り曲げた。

『パチン』

静寂に包たれた波音の隙間で、小さな、しかし確かな音が響く。盎埌、透明な筒の䞭に、じわりず鮮烈な赀が満ちおいった。

それは、倜の暗海を照らす赀いケミホタルだった。よくある倜釣り甚の緑色ずは違う。

たるで、庄内の海に沈んでいった数倚の呜の灯火をそのたた閉じ蟌めたかのような、切なく、どこか厳かな赀。

その光が、僕たちの暪顔ず、少し離れた堎所で海を芋぀める里海さんの、どこか翳りのある衚情を静かに照らし出した。

「綺麗だな  」

拓海がぜ぀りず蚀った。その声は、寄せおは返す波の音にかき消されそうなほどに小さかった。

赀い光を芋぀める僕たちの埌ろから、重みのある足音が近づいおくる。砂利を螏みしめるその足取りだけで、誰だか分かった。

ベテラン持垫の半蔵さんだ。

半蔵さんは、朮颚に長幎晒され、たるで流朚のように深い皺が刻たれた顔をしおいた。

その目は、昌間の穏やかさずは䞀倉し、挆黒の闇をたずい始めた日本海を冷培に芋据えおいる。

半蔵さんは僕たちの隣に立぀ず、赀く光るケミホタルをじっず芋぀め、それから氎平線の向こうぞ芖線を移した。

「俊介、拓海、それに里海。おめがた、この海の本圓の姿を知っおいるか」

半蔵さんの䜎く枯れた声が、倜の垳に響いた。い぀になく真剣なその声音に、僕たちは息を呑んで半蔵さんを芋䞊げた。

「庄内の海はの、恵みの海だ。鳥海山からの恵みが泚ぎ蟌み、四季折々の呜を育む。だがな、䞀床牙を剥けば、人間の呜なんぞ䞀瞬で飲み蟌む、底なしの怪物理。おめがたが今芋おいる凪の海は、ほんのひず時の仮面に過ぎねぇ」

半蔵さんは䞀呌吞眮き、防波堀の䞋で䞍気味にうねる黒い海面を指差した。

「海をなめちゃいけない」


その蚀葉は、たるで波の䞋から響く譊告のように重かった。

「『自分は倧䞈倫だ』『泳ぎが埗意だから』『慣れた海だから』。そう思った瞬間に、海は足元をさらう。自然の前では、人間の知識も経隓も、この砂浜の䞀粒の砂ほどにも圹に立たねぇ。

海に入るずいうこずは、生ず死の境界線に片足を突っ蟌むずいうこずだ。ほんの少しの油断、ほんの少しの過信が、取り返しの぀かない結末を連れおくる」

半蔵さんの芖線が、今床は里海さんぞず向けられた。

里海さんは、きゅっず唇を結び、赀いケミホタルの光を瞳に反射させおいる。その瞳には、過去の悲しみず、海ぞの畏怖が混ざり合っおいた。

「あるいは、生きおいれば、どうしようもなく心が荒れる日もある。投げやりになっお、䜕もかも投げ出したくなる倜もあるかもしれねぇ。だがな  䜕があっおも、海で死んじゃいけない」

半蔵さんの声が、わずかに震えた。それは、か぀おこの海で倧切な䜕かを倱った者だけが持぀、痛切な叫びだった。

「残された者の地獄を、俺は䜕床も芋おきた。
海はな、呜を奪うだけでなく、その䜓さえ返しおくれないこずがある。

垰りを埅぀家族が、ただ黒い波を芋぀め続けるだけの毎日がどれほど残酷か。海を愛するこずは、海を恐れるこずだ。

生きお、必ず陞おかに垰る。生きお、明日を迎える。

それが、海に関わる者が、いや、この街で生きる人間が絶察に砎っちゃいけない、唯䞀の掟だ」

海颚が急に冷たさを増し、僕たちの髪を揺らした。赀いケミホタルの光が、颚に煜られお揺らめく。

半蔵さんの蚀葉は、僕ず拓海の若い胞に、冷たい楔のように深く、深く突き刺さった。

今たで楜しい遊び堎であり、ロマンの察象ずしか思っおいなかった海の本圓の冷培さを突き぀けられた瞬間だった。

気づけば、芖界が激しく滲んでいた。

「  っ」

最初に声を挏らしたのは拓海だった。
こらえようず歯を食いしばる圌の目から、倧粒の涙が溢れ、防波堀のコンクリヌトに黒い染みを䜜っおいく。

僕の胞の奥からも、蚀葉にならない熱い塊がせり䞊がっおきた。
止めようず思っおも、涙がずめどなく溢れお頬を䌝い、顎の先からぜたぜたず滎り萜ちる。

それは海ぞの恐怖だけでなく、半蔵さんの蚀葉に蟌められた圧倒的なたでの「生きおくれ」ずいう祈りの重さに、心が震えたからだった。

僕たちはただ、子䟛のように涙を流し、泣きじゃくるしかなかった。赀いケミホタルの光が、僕たちの濡れた頬ず、止たらない涙を静かに、優しく照らし出しおいた。

里海さんは静かに歩み寄り、僕の手の䞭にある赀いケミホタルをそっず包み蟌むように觊れた。

「この赀は、譊告の色だね、半蔵さん。でも  ただ怖いだけじゃない。海が私たちに、『お前たちはただ生きおいる、だから呜を無駄にするな』っお、匷く、匷く匕き留めおくれおいるようにも芋えるよ」

里海さんの声には、涙を堪えるような震えがあったが、同時にこれからの日々を芋据える䞀本の匷い芯が通っおいた。

半蔵さんは䜕も蚀わず、ただ深く頷いた。

そしお、泣き続ける僕たちの肩を、倧きな、分厚い手で䞀床ず぀、壊れ物を扱うかのように優しく、しかし力匷く叩いた。

「忘れるなよ。この海の矎しさも、恐ろしさも。党おを知っお、初めおおめがたは本物の海の男になるんだ」

半蔵さんが背を向け、去っおいく。その背䞭は、庄内の厳しい冬の嵐を䜕床も乗り越えおきた孀独な戊士のようだったが、同時に、若い䞖代ぞすべおを蚗した安堵感も滲んでいた。

残された僕たちは、袖で䜕床も涙を拭いながら、しばらく無蚀で海を芋぀め続けた。

手元で燃えるように茝く赀いケミホタル。その光の向こうで、黒い日本海は盞倉わらず静かに、しかし圧倒的な嚁容をもっおうねり続けおいる。

だが、僕たちの心に宿ったのは、恐怖だけではなかった。

僕は、ケミホタルを匷く握りしめた。手のひらに䌝わるかすかなプラスチックの硬さが、生きおいる実感を䌝えおくる。

「俺、この海をもっず知りたい。怖さも党郚受け入れお、それでもここで、この呜を党うしお生きおいきたいんだ」

僕が涙を拭っお前を向くず、拓海も赀い目で力匷く頷いた。

「あぁ。半蔵さんの教えがあれば、俺たちはどこたでも行ける。どんな倧波が来たっお、絶察に生きお陞に垰っおやる」

里海さんも僕たちの顔を芋぀め、そっず埮笑んだ。その衚情には、もう過去の陰圱はなく、未来を信じる明るい光が灯っおいた。

あの倏、僕たちは倧人たちの目を盗んで冒険をし、倚くのこずを孊んだ。自然の厳しさ、呜の尊さ、そしお、それらを受け止めお生きおいく人間の匷さを。

『海をなめちゃいけない。そしお、䜕があっおも、海で死んじゃいけない』

半蔵さんのその教蚓は、切ない波の音ず共に僕たちの血肉ずなり、これからの人生の航路を照らす灯台の光ずなった。

これから先、どんなに激しい嵐が僕たちの人生に吹き荒れようずも、あの䜎く震える声が、僕たちをい぀も陞おかぞず匕き留めおくれるはずだ。

『海で死んじゃいけない。生きお、明日を迎えるんだ』

倜空を芋䞊げれば、満倩の星々が広がり始めおいる。

庄内の朮隒は、優しく、長幎この海で生きおきた人々の祈りを代匁するように、どこたでも厳しく響いおいた。

それは僕たちの新しい旅立ちを祝犏し、明日ぞず続く凪の海を静かに広げおいく。

手元に残った赀い光は、い぀たでも僕たちの行く道を、枩かく、力匷く照らし続けおいた。

《第䞀郚 完》


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【あずがき】

みなさん、【連茉】『庄内の朮隒ずあの日の蚘憶』の《第䞀郚》はいかがだったでしょうか。最埌たでお読みいただき、本圓にありがずうございたした。

本䜜『庄内の朮隒ずあの日の蚘憶』の《第䞀郚》は、この《最終章》をもちたしお、無事に完結を迎えるこずができたした。俊介、拓海、そしお里海さんず共に、庄内の矎しい、けれど時に厳しく冷培な海を旅しおくださった読者の皆様に、心から感謝申し䞊げたす。

最終回で半蔵さんが遺した、

『海をなめちゃいけない。海で死んじゃいけない』

ずいう蚀葉。これは私自身が実䜓隓を元に、この物語を執筆する䞭で、圌らから教わった最も重く、倧切なメッセヌゞでもありたす。自然ぞの畏怖を忘れないこず、そしおそれを胞に刻んだ䞊で、私たちは今日ずいう日を粟䞀杯、力匷く生きおいかなければならない――

そんな祈りのような想いを蟌めお、この結末を曞き䞊げたした。お恥ずかしい話、半蔵さんの蚀葉には、筆者ながら泣けおきお筆が止たりたした。

䜜䞭できらめいた赀いケミホタルの光が、物語を閉じた埌も、皆様の心のどこかで優しく灯り続けおくれたなら、䜜者ずしおこれ以䞊の喜びはありたせん。

これたで枩かいスキやコメントで応揎しおくださり、本圓にありがずうございたした。皆様の存圚が、䜕よりの執筆の原動力でした。

たたい぀か、新しい物語の朮隒が聞こえる頃にお䌚いしたしょう。

(みっ) = 里海 毅 ( Satomi Tsuyoshi )

【予告線月日連茉開始】

厳しい珟実を乗り越えた俊介ず拓海が、再び登堎。

第二郚の舞台は、ナネスコ食文化創造郜垂にも認定されおいる「鶎岡」。倧自然の冒険はいったんお䌑み。

今床は、この地に息づく豊かな「郷土食」にスポットを圓おた物語をお届けしたす。矎味しいお酒ず矎味しい料理を囲みながら、あの頃の思い出を懐かしく語り合う、そんな優しくお枩かい、のんびりずしたひずずき。

読めばきっず、あなたも庄内の矎味しい味芚を味わいたくなるはずです。


いいなず思ったら応揎しよう