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完結作は、資産である。──『シグルイ』が5回目の全話無料で、過去最高の売上を出した理由


43年前の曲が、いま1位にいる

2026年5月14日、スポティファイのグローバルチャートで1位になったのは、マイケル・ジャクソンの「ビリー・ジーン」でした。1983年の曲です。伝記映画の公開がきっかけでしたが、それだけで片づけると、裏側の変化を見落とします。

ウォール・ストリート・ジャーナルによれば、2026年1月から4月にスポティファイで再生された楽曲のうち、およそ3曲に1曲が10年以上前の曲でした。グローバル・トップ50に入った曲のうち「過去2年以内にリリースされたもの」の比率は、2019年から2020年の90%超から、68.8%まで下がっています。

さらに驚くのは、若い世代ほど古い曲に向かっていることです。13歳から24歳で「主に2020年代の曲を聴く」と答えた割合は、2021年の55%から2025年には44%へ。逆に1990年代以前の曲を最も好む層は、18%から25%へ増えています

出典:スポティファイのチャートに異変、過去のヒット曲が席巻|ウォール・ストリート・ジャーナル日本版(2026年6月4日)

私たちコミチは、出版社さんと32のマンガメディアを運営し、累計会員は300万人を超えました。読者が何を、いつ、どれだけ読むかを毎日見ています。だからこそ、この変化が他人事に思えません。

「新作である」ことが、価値の根拠でなくなった

エンタメの棚は、長いあいだ「新作」を中心に組まれてきました。新刊は平積み、新譜は一等地。新作は定価で、昔の作品は割引。新しいということが、それ自体で価値だったのです。

その前提が、崩れかけています。

ケイティ・ペリーのアルバム制作に携わった音楽エグゼクティブの言葉が、紹介されていました(太字は筆者)。

「このアルバムの収録曲はヒット作になると考えていたが、リスナーには届かなかった」⋯⋯「今は新たなヒット作を生み出すのは非常に難しい」

スポティファイのチャートに異変、過去のヒット曲が席巻|ウォール・ストリート・ジャーナル日本版

これは「新作が売れなくなった」という話ではないと、私は思っています。「新作である」ということ自体が、もはや価値の根拠にならなくなったという話です。

理由は2つあります。1つは、障壁が消えたこと。かつて聴けるのは、ラジオで流れる曲と、レコード店にある古いアルバムだけでした。いまは記録に刻まれたすべての音楽が、最新曲と同じ1タップの距離にあります。新しい曲と昔の曲が、同じ棚に並んだのです。もう1つは、供給が多すぎること。新しいものが供給され続け、AIがそれを加速させています。量が増えるほど、見つけてもらうことは難しくなります。

もちろん、新作の時代が終わったわけではありません。2025年もストリーミングの約48%は2020年代の作品です。終わったのは、新作というだけで棚の一等地をもらえる時代のほうです。

昔の曲は、すでに資産として売買されている

音楽業界は、この変化にもう手を打っています。過去の楽曲を、値段のつく財産として扱いはじめたのです。

2026年5月、ソニーグループはレディー・ガガらの楽曲版権およそ4万5000曲を、投資ファンドから取得すると発表しました。同社が管理する楽曲版権は757万曲。10年前の1.8倍です。

日本経済新聞の記事に、こんな一文がありました(太字は筆者)。

楽曲版権は不動産のように所有者に安定収益をもたらし続ける資産といえる。

収益生み続ける楽曲版権 ソニーGは4.5万曲取得、名曲買い集め|日本経済新聞

同じ記事は、ソニー銀行が2026年夏にも、楽曲版権を裏づけにしたデジタル証券を個人向けに売り出すと伝えています。昔の曲の権利が、株や債券のように、一般の人が買えるものになる。過去の作品が、資産として売り買いされはじめているのです。

では、なぜ買えるのでしょうか。その曲がいくら稼ぐか、測れるからです。再生数に応じて使用料が支払われる。だから「不動産のように」評価できる。

過去の作品は、割引の対象ではありません。運用の対象なのです。

16年前に完結した作品に、ものすごい人が集まった

同じことが、マンガでも起きています。

『チャンピオンクロス』では、秋田書店さんと『シグルイ』の全話無料キャンペーンを5回実施してきました。原作・南條範夫さん、作画・山口貴由さん。2010年に完結した、16年前の作品です。

会員登録数を、1回目(2024年4月)を100として並べます。

5回目は、1回目のちょうど2倍を超えました。売上も、過去最高です。同じ作品の、同じ「全話無料」という施策なのに、いちばん新しい5回目がいちばん伸びました。

火をつけたのは、編集部の告知でした。「シグルイ識者の方々、どうかシグルイのヤバさ素晴らしさを語ってくれ」。公式Xのこの投稿は、1131万件を超える表示に達しました。

一方で、3回目は、1回目の20分の1にも届いていません。

完結作は、時間がたてば価値が減るものではありません。語られるたびに、価値は増えます。ただし、誰にも語られなければ、眠ったままです。

「無料にすれば売れる」のではありません。積み重ねた作品があり、届ける道があり、受け止める会員がいる。この3つが揃ったときにだけ、完結作は目を覚まします。

測る言葉のない資産に、資本は流れない

ソニーが版権を数千億円で買えるのは、測れるからです。マンガはどうでしょうか。

『シグルイ』が5回目でいちばん多くの読者を集めると、事前に誰が予測できたでしょうか。多くの出版社さんは、自社に眠る作品の価値を正確な数字で語ることが難しい。

私たちが分析基盤「マンガメトリクス」をつくっている理由は、ここにあります。2017年春から2026年春までのテレビアニメを分類すると、原作が漫画である比率は67.8%にのぼります。単行本のアニメ化前後の売上の伸びは、少年誌よりもWeb連載作品のほうが高いこともわかってきました。読者との接触の頻度が、作品の伸びしろを左右しているのです。

電子コミックを、作品を「売る場所」ではなく「データが集まる場所」として捉え直すこと。作品がどこで読まれ、どこで読むのをやめられ、いつ読み返され、どこで語られるのか。出版社の枠を越えて見えなければ、次のIP投資は判断できません。

どんな新作も、いつか完結します。すべての作品が、例外なく。完結の日を「値引きが始まる日」と考えるのか、「資産としての運用が始まる日」と考えるのか。その違いだけで、マンガ作品の見え方は変わります。

いつかマンガの完結作も、正当に評価され、資金を呼び込む対象になるかもしれません。ただ、その前に測る言葉が要ります。評価の共通言語を持たない資産に、資本は流れないからです。

私たちコミチは、マンガ産業の共通OSづくりに取り組むスタートアップです。今回いちばん伝えたかったのは、シンプルな一言です。

完結作は、これからも価値を生み続ける「資産」である

新作を売り切ることだけに目を向けるのではなく、積み重ねてきた作品の価値を測り、育て、届け直せるようになったとき、マンガはもう一段強くなれると、私は考えています。


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