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ああ、全然可愛くない。よろしくない。夫婦と料理と反省と

30代主婦。料理が好きではない。

なので、毎日料理をするのではなく、数日に一回、やる時にやるシステムでメリハリをつけて何とかやっている。

多めに作って、作り置きをストックしておいて、それを数日かけて食べ進めて、あとは市販のものやお惣菜やら、たまに外食を差し込みながらしのいでる。

「しのいでる」って書いてる時点でちょっと、ね。



夫と2人で一緒に暮らしてる。結婚して8年ほど。

当初お互い実家から出たばかりだったので、恥ずかしながら家事全般は母任せだった。

母の偉大さが身に沁みながら、それでも料理も試行錯誤、工夫しながらやってきた。

8年ほど経った今、「今までどんな感じでやってきたんだっけ?」となるくらい食事に関しての分野が難しく感じる。



料理は好きじゃないけど、ずっとやらないわけにはいかない。夫のために。
私1人だったら適当に済ませてるけど、でもそれを極めていくと結局2人でも1人でも料理はやるものなのかな。

夫は料理が上手。手際がいい。ただ、仕事で多忙なので、料理に割ける時間が少ない。

貴重な休日に、ぱぱっと大量のご飯を作ってくれる。感謝している。

ただ料理が好きかと言われると、面倒は面倒。やらなくていいならやらない。休日くらいは何もせずゆっくりしたいというのが本音だろう。


しばらく料理を休んで夫に任せてた時期もあった。

でも、パート勤務で時間にゆとりがある私が、金銭的にも精神的にも甘えすぎかなという負い目みたいなものはあった。

こういう概念は好きじゃないけど、家事は女がするもの、みたいな古い固定概念みたいなのがこびりついていて、それを体現できない自分を苦しめた。 


でも家族の形はそれぞれ。
夫婦の形もそれぞれ。
仕事の有無や働き方、家事の分担のバランスもそれぞれ。

周りがとやかく言うことじゃなくて、正解はその2人にしか分からない。



私の場合、洗濯や基本的な掃除に関してはあまり苦に感じないのだが、料理、皿洗いに関わるところがどうも苦手で。

私が料理を頑張ることで、自分もご飯が食べられる、夫に食べてもらえて、夫も楽できる。自分の達成感も得られる。

だから、夫が休みの日に、ここぞ!と頑張るんだけど、何となく気持ちが追いつかなくて、うまく処理しきれなくて不機嫌になってしまう。全然可愛くない。

【理想】
よし⭐︎今日は料理作っちゃうぞ⭐︎うきうきクッキング⭐︎

【現実】
はー。結局料理は女の仕事なんだよね。女がやるしかないんだ。家事は休みなしだー。私も家事のこと気にせずゆっくりしたいなー。まあでも夫はいつもたくさん働いて頑張ってくれてるんだから、これくらいはしないと。楽して食っていけるなんて大間違いだよな。私は別の日にゆっくりできる時間とれるし、しょうがない。


こんな感じで心の中はやさぐれている。

純粋に、ゆで卵作ろう〜♪とか、ごま油のいい香り...⭐︎とかそんな風に料理をシンプルに楽しめたらいいのにね。

食べるのは好きなのに、勝手に感じる料理の義務感がしんどい。こうしなきゃ感。家事の業務感。



それを敏感に察知する夫が、私の顔色を伺っているのが申し訳なくて。

でもニコニコなんかしてられないのよ。いろんな工程や順番どうするかなどで頭も使ってるし、原動力はやらなきゃ感とちょっとの食欲。

「俺がやるからやらなくていいよ、ゆっくりしてて」
そう言わせてしまうくらいに私の態度が悪い。空気がピリつくらしい。

不機嫌な親の顔色を伺って気を遣う子供みたいなシーンが思い浮かぶ。本当にこれ良くないやつだと反省する。
だから私は親にはなれない。子供心に傷をつけてしまうのが目に見えてる。

「助かる〜!ありがとう〜!じゃあお願い、よろしく〜⭐︎」
と軽やかに任せたらいいのだろう。

ここまで面倒な野菜の洗いやカットをやったのに、手柄を取られるみたいで、「今日は自分でやるって決めてたから、やらなくていいよ。余裕なくて感じ悪くてごめんだけど、気にせず、ゆっくりしてて」と言った。

夫としては、不機嫌撒き散らしている人間が近くにいると、いくら料理をしてくれていたとしても不快。休まらない。なんなら料理しなくてもニコニコしてくれてた方がいいのだ。ぱぱっと自分でやってしまった方が手っ取り早いのだ。

逆に置き換えたら、生きるために実際問題食事は必要だから助かりはするけど、確かにそうかもしれない。

直接自分に対してのイラつきじゃなかったとしても、人の不機嫌ってくらうものがある。

分かってるのに、何度同じことやってるんだろう。



大体いつもここで言い合いというか、話し合いになる。
巷で言うところのケンカなのか?というよりは、私が諭される。私が悪いから。根気強く真剣に向き合ってくれてありがたい、ではある。


今回はそのまま夫はヘッドホンをして自分の世界に入った。
こういう時本人は相当ストレスを感じていて、シャットアウトモードなので口を聞かない。

前にもこのようなことが何度もあった。
またやってしまったなと反省しつつ、いつぶりかにレシピを検索したりして、何とか最後まで作り終えた。


途中で夫のヘッドホンが解除され、普通の事務的な会話を少しして、「私はまだ風邪で体調悪いから、その用事済ませたら行きたいところ1人で行っておいで」と送り出した。

作り置き仕様に盛り付け、米がカピカピにならないようにふたを少しのせつつ、粗熱を取る。

こびりついた鍋の底の焦付きをこすり取り、皿洗いを一通り終えて、ふと時計を見る。

一体何時間経ってるよ....料理してると頭使うしあっという間だ...それにしても暑い...エアコンよ、ちゃんと働いてる?サーキュレーターの風を直で受けながらエアコンの設定温度を下げた。



何回やってるんだろう。このくだり。

楽しく2人で笑って過ごせたらそれが一番いいのにね。

何に縛られてるんだろ。
ありもしない世の理想の妻像を勝手に作り出して、そこに自分を当てはめようともがくけど無理があって、みたいな。

見るべきはそんなんじゃなくて目の前にいる大事な家族だよな。
相手をちゃんと見られているのだろうか。



最近は自分が機嫌良くいられるように、まず自分を優先して、家事には休みを作って、料理に完璧を求めないって感じで上手くやれるようになってきたと思ったんだけどな〜。

いかんな。夫婦の関係だって、難しいところがある。繊細で実は絶妙なバランスで成り立ってる。

家族のために無償の愛を捧げられますタイプの女性にしか、妻とか母って務まらないのかな、なんて思う。

私は今も昔もお子ちゃまで娘気分が抜けなくて、全般において養われてる側でいたいのかもしれない。甘えだ。


夫が休みの時は、私も家事を休めばいい気もする。2人でオフになればいいのに。

夫が休みの日、家事しなきゃ、料理しなきゃ。
夫には休みの日くらいはゆっくりしてほしい。
だからその分私が頑張らなきゃ。みたいに気負ってしまう。

オカンみたいというか、母親を語れる経験をしてないけど、夫のために家族のために尽くす妻でいなきゃみたいな思想にとらわれてしまう。

自分の気分や体調は二の次、家族のために無理してでもやる。自己犠牲ではないけど、そんなニュアンスに近い。

そんなの私の夫は望んでない。


身の回りの世話、主にご飯関係、皿洗い、洗濯、掃除、ゴミ捨て、家事全般を自分がやらずに済んでいたら、ぶっちゃけ楽だろう。

今まで母親が、苦労も絶対あっただろうに当たり前のようにこれらを引き受け、無償の愛で育ててくれたように。

でも私は同じようにはできない。

別に同じようにできなくていいか。


なーーーーーーー。
つらつらこうやって書くのも、自分がうるさくて面倒で嫌。

でも心の中を整理したくて、今回は書いてみた。
すんごいとっ散らかってる。まとまらない。長い。

普通に、
今日は苦手な料理に果敢に挑戦して、たくさんご飯を作れた⭐︎頑張った⭐︎えらい⭐︎
でいいじゃんね。

考え方よな。捉え方。

やっちゃお!料理!やっちゃお♪頑張った♪
でいいじゃんね。

なーーーーーーー。

生きてく上で、もっと自分が機嫌良くいられる術を身につけるしかないな。自分は何を望むのか。本当は何がしたいのか。

自分を大事にしないと、大事な人を守れない。

なーーーーーー。

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