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元テレビプロデューサーが早期退職してたまプラーザに本屋を開いた理由――「顔の見えるひとりひとりを相手にしたい」

たとえば、大型書店でお目当ての本を手に入れるのは難しくありません。けれど、もっとふいに、面白い本に出会いたいと思ったことはないでしょうか。私が以前、そんな出会い方をした場所が、東急田園都市線たまプラーザ駅のほど近くにあります。

オレンジ色の看板が目印のブックスTangerina外観
オレンジ色の看板が目印のブックスTangerina外観

書店の名前は『ブックスTangerina(タンジェリーナ)』。東急百貨店たまプラーザ店とイトーヨーカドーの間のゆるい坂をのぼり、"うつくしがおかばし"を渡るとすぐに、オレンジ色の看板が出迎えてくれます。オープンは2025年5月29日。

「実はこの日、僕の誕生日でもあるんです。店と一緒に歳をとっていく感じですね」

そう笑う店主の𠮷沢朗さんは、NHKでテレビプロデューサーとして働いたのち、早期定年退職を選び、書店を開きました。映像メディアの最前線で、国際ニュースや『BS世界のドキュメンタリー』などの番組づくりをしてきた𠮷沢さんは、なぜ第二の人生に本屋を選んだのでしょうか。

「テレビって、顔の見えない大勢の人に向けたメディアですよね。それゆえ繊細さとか複雑さを極力削ぎ落として、こうだよってわかりやすく作る必要がありました。その代わり、伝わるとものすごく広く伝わるメディアなんですが。本では、そのとき削ぎ落さざるを得なかった複雑さや繊細さ、"わからないことをわからないと伝える"ことができると感じていました。それで今度は、顔の見えるひとりひとりを相手にしたいと思い、本屋に行き着いたんです」

広く届ける力と、わかりやすさへのもどかしさ。その2つを携えて仕事をしてきた𠮷沢さんが本に見たのは、本を読む人が持つ「行間に含まれる複雑さを読もうとする力」への可能性でした。

明るい木材と観葉植物が調和する、落ち着いた店内
明るい木材と観葉植物が調和する、落ち着いた店内

街の本屋の個性――「こんな本屋があってもいいんだ」

本屋をやろう、その思いが現実的なものとなったのは、NHK周辺のいわゆる奥渋エリアにある書店SPBS(Shibuya Publishing & Booksellers)との出会いでした。

「NHK時代、ちょっと時間があいたときによくSPBSに行っていました。とても好きなお店です。SPBSもあんまり本の数が多くないんですけど、選書がすごくいいんです。このくらいの規模なら、自分にもできるかもって思ったんです」

そう思ったら、もう本屋しか考えられなくなったと𠮷沢さんは笑います。

決断を後押ししたのは、もう一つの確信もありました。下北沢のB&B、荻窪の本屋Titleなど、セレクト型の小型書店が少しずつ存在感を増している事実を、本屋好きとして肌で知っていたのです。

「ひと昔前の街の本屋は大型書店のコンパクト版で、ヒット作から実用書まで幅広く置いているのが当たり前でしたよね。けれど近年ではSPBSやB&Bのように、選書の個性が光る小さな本屋さんが頑張っています。好きな本を置いていても、むしろそういう本屋のほうが生き残れる可能性があるのかなって、活路が見えたんです」

さらにさかのぼれば、大学時代に東京・京橋にあったイナックスブックギャラリー(後のリクシルブックギャラリー:2018年に閉店)でアルバイトをしていた経験も、礎になっているようです。

「大学時代にアルバイトをしていたイナックスブックギャラリーもちょっと変わった本屋で、建築・アート・美術の専門書をメインに扱っていました。こんな本屋もあっていいんだ、という若いころからの実感が、いまの店づくりにも活きています」


「たまプラーザがよかった」

出店先は、ほとんど初めからたまプラーザ駅周辺に決めていたそうです。

「自分の買い物はほとんどたまプラーザで揃えているくらい、もともとしょっちゅう来ていました。特にたまプラーザテラスは本当によくできたショッピングモールだと思っていて、なんでも揃うショップ、疲れすぎないサイズ感、洗練されたセンスのお客さんたち。店を出すならこの辺りがいいなあと思っていたんです」

たまプラーザテラス内の有隣堂の存在も、決め手のひとつになったそう。

「有隣堂さんが賑わっているということにこの街のお客さんの層がみえましたし、近くに大型書店があるということは、ベストセラー本や実用書はそちらで手に入るということ。さきほどお話したように、すべての本屋が大型書店のコンパクト版である必要はないわけですから、うちではうちならではの個性的な選書をしていても、面白いのではないかと」

顔の見える相手に、自分が面白い、面白そうと思ったものを伝えたい――そんな想いから誕生したブックスTangerina。次回は、Tangerinaの魅力である𠮷沢さんの棚づくりの哲学に迫ります。

うつくしがおかばしを渡るとすぐ、ビル3階に佇むブックスTangerina
うつくしがおかばしを渡るとすぐ、ビル3階に佇むブックスTangerina

▼次の記事に続く(全3回の2回目を読む)

▼店舗情報

ブックスTangerina

  • 所在地:〒225-0002 神奈川県横浜市青葉区美しが丘1丁目10-13 USビル3階

  • 営業時間:平日 11:30〜19:30/土・日・祝 10:30〜18:30

  • 定休日:水曜日

  • Web:https://books-tangerina.com/

  • 営業時間・定休日は変更となる場合があります

編集:福アニー 取材・執筆:斉藤由香