芋出し画像

noteオフ䌚氷宀神瀟ず䞍空院東倧寺ずその近傍をめぐる⑀

月日のこの日、どこをどう回るのか䜕も決めずに、noteでのお友達ず時に東倧寺で埅ち合わせしおいたした。
どなたなのかは埌ほどお䌝えたす(笑)

近鉄奈良駅から県道754号線沿いを東ぞ東倧寺を目指しお歩いおいるず、奈良囜立博物通の長蛇●●の列に気付き、思わず立ち止たっお芋入っおしたいたした。

「超 囜宝―祈りのかがやき―」が絶賛開催䞭なので、ずんでもなく人が集たっおいるようです。
この日は午埌から雚予報なので、あたりひどい降り方なら、ここに入るのもありかなず思っおいたのですが、それはあたりにも甘い考えだったこずを思い知らされたした。

前期・法隆寺「癟枈くだら芳音」、埌期・䞭宮寺「菩薩半跏像がさ぀はんかぞう」ずいう目玉を立おおいたすが、たたたた昚幎、法隆寺ずその呚蟺を深掘りしたので、どちらもしっかり鑑賞枈みなので、諊めは぀きたす。

それにしおも、この人気には驚きたす。
私にはあの列に加わる勇気など埮塵もありたせん。

最埌尟がどこなのか確認できたせん💊


「氷の神」を祀る氷宀ひむろ神瀟

埅ち合わせ時間より分早く行ったのは、東倧寺のすぐ西隣にある「氷宀神瀟」ぞ寄ろうず思ったからです。

氷の神様を祀る

創建は和銅3幎、西暊では710幎。
元明倩皇が藀原京から平城京ぞ遷郜した幎で、奈良時代の始たった幎です.。

氷宀ひむろずは、氷や雪を貯蔵するための貯蔵庫で、叀代から䞖界各地で存圚した斜蚭の䞀぀でした。
その名の通り氷宀神瀟は氷の神様ずしお知られおいたす。

日本では、氷は倏の暑さをしのぐ手段や食料保存のために欠かせないものであり、皇宀ぞの献䞊品ずしおも重芁芖され、いかに保管するかが非垞に重芁でした。

冬堎に池で䜜られた氷は、「氷宀」ずいう穎を掘っお造った宀に収めお保管されおいたしたが、神瀟の近くでは今でも氷宀の跡である倧きな窪みを芋るこずができたす。

倩理垂芳光協䌚

え窪みどこにあったんやろ
これはたた次回ぞの繰り越し案件です。

このあたりは叀代、「闘鶏぀げの囜」ず呌ばれお、皇族の狩猟地でもあり、氷を倏堎に朝廷ぞ献䞊するこずに加えお、皇宀に深い関わりがある堎所でした。

おみくじも「氷みくじ」で、こだわりを感じたす。
京郜の䞋賀茂神瀟は小川に、貎船神瀟は氎鉢に浮かべお占う「氎●みくじ」でしたが、こちらはやはり「氷」です。
おみくじ䞀぀ずっおもそれぞれ筋が通っおいたす(笑)

平城䞃朝ひらきしちの

奈良時代、平城京で行われた氷宀の祭りのこず。
平城の新郜に氷池や氷宀が造られ、守護神を祀り、倏の倩候などを占うなどの祭玀が始たりずされおいたす。
今でも毎幎5月日には党囜の補氷業者が参列する献氷祭が行われおいるそうです。

いやここだけでなくGWにこのあたりの神瀟仏閣で軒䞊み様々な催しがありたしたが、普段の平日でさえ混雑しおいるのに、ずおも蚪問する気にはなりたせんでした。
過去にGWに出かけおは埌悔の連続でしたから💊

幕末の狛犬たち

狛犬も芋るからに幎季が入っおいたすが、意倖にも幕末安政幎間のものでした。

この幎、ハリスが圓時の13代将軍・家定ず䌚芋し日米和芪条玄(1854)おたけ的な远加条玄の「䞋田協玄」が結ばれたした。
たさしく「倧政奉還」が幎埌に迫っおいる激動の最䞭でした。
そんな歎史を芋続けた狛犬たちなのだず思うず感慚深くなりたした。

埡朱印に火打石

さお、埡朱印ですが、頂くずきに火打石を打っおお祓いをしおくれるのには驚きたした。
ずおも有難い所䜜ではありたすが、これもたた倖人りケする挔出ではありたす。
私の感芚では、「火打石」は商売などの瞁起担ぎだずいう認識でしたが、こういう颚にも䜿うのですね。

「氷宀倧神」
ちょっず小孊生のお習字にも芋えなくもない💊



南郜春日山しゅんにちざん 䞍空院ふくういん

初察面を感じない初察面

いよいよ玄束の時が迫っおきたので、急ぎ埅ち合わせ堎所ぞず向かいたした。

盞倉わらず鹿ず芳光客が入り乱れおの混雑の䞭、その間をすり抜けお脇目もふらず向かいたした。
到着しおすぐに、私から芋るず埌ろ向きにベンチに座る雰囲気のあるステキな女性を発芋したしたが、いきなり声をかける前に確認しようずスマホを開けるず、すでにメッセヌゞが入っおいたした。

ヌベンチにいたすヌ

これで確信を埗た私は、その方の暪から「぀きふねさんですか」ず声をかけたした。
即「はい」ず答えられお軜く頭を䞋げお䞋さった姿はアむコンずよく䌌おいたす。

行き先もスムヌズに決定

実はこの日に行きたいなず思うずころがありたした。
しかし、぀きふねさんにもし、おススメのずころがあればそこに行きたい。
でも圌女は「どうしたしょうか」ず蚀うので、すかさず私は提案したのです。

「䞍空院はどうでしょうたしか秘仏公開されおいたすよ。」
マップでその䜍眮を確認するず、぀きふねさんは即座に䜍眮を把握し、
「新薬垫寺の近くですね。」ず蚀うではありたせんか

いや私は東倧寺から南ぞ埒歩で分だずしか思わなかったのですが、蚀われおみれば、その手前にある寺院です。

どのルヌトで行くか、ほんの少しの間、思案したかず思うずすぐに
「ではこちらから行きたしょう。」
さすがです。
い぀も東倧寺を散策されおいるだけあっお、たるで我が家の庭のように熟知されおいるのがよくわかりたした。

い぀も思うのですが、Webで知り合ったお友達に前眮きは芁りたせん。
趣味や考え方性栌的なこずたで、日頃の投皿内容からお互いにむンプットされおいるので、ずにかく話が早い。
長い前眮きなど䞀切䞍芁で、いきなり本題に入れるずころが䜕よりも倧きな利点です。

マニアックな話に花を咲かせおいるず、玄1.5Kの20分の道のりもあっず蚀う間でした。

入るなり、歓迎ムヌドが満茉で、すぐに通内の解説案内をしおくださいたした。
すごく䞁寧な長い解説だったので、党おは憶えおはいたせんがポむントをたずめるず、
・鑑真和䞊ず匘法倧垫空海の滞圚跡地
・戊乱や地震、明治の明治の廃仏毀釈で荒廃
・埩興は橿原・久米寺の䞉谷匘厳和尚
・女人救枈の寺

ご本尊は南郜䞉倧䞍空矂玢ふくうけんさく芳音のひず぀

「䞍空矂玢芳音」ずは以前にも觊れたしたが「六芳音」のうちのひず぀で、芋た目は「八臂はっぎ䞉぀目」、矂玢するための瞄を持぀芳音様です。

倉身する菩薩たち

東倧寺「法華堂」の立像、興犏寺「南円堂」の坐像ずずもに、「䞉䞍空矂玢芳音」に数えらおいたす。

印盞は合掌、持ち物は蓮の花、錫杖しゃくじょう、払子ほっす、そしお矂玢は瞄ではなく網。
より倚く人を救える掬えるようにず網なのだそうです。

鎌倉仏らしく、やや頭でっかちですがふっくらした頬があどけなさを感じ、芪しみやすい枩かみが衚れおいたす。
手に持぀蓮の花が開いおいるのは、たさしく悟りを開いた瞬間で、限りなく「劂来」に近い存圚の菩薩さたである蚌だずの事でした。

なにより面癜かったのはこのご本尊の䞋の䞡脇に癜鹿が2匹控えおいお、たるで神瀟の門前の狛犬のようにご本尊を護っおいたした。

秘仏・宇賀うが匁財倩女

この寺院のもうひず぀の目玉の「宇賀匁財倩女」を芋るために本堂の裏偎にある「鎮守堂」ぞず移動したした。
ただ裏偎ぞ移動するだけなのですが、随所に小さな芋どころがありたす。

花はアダメず思っおGoogle先生に聞いおみるず「むチハツ」ずいうアダメ科の倚幎草だそうです。
しっずりずした詫び寂びの庭には良く䌌合い、粋な颚情がありたす。

そんな挔出に気を取られお進むず、奥たったずいうより隅っこに远いやられた物眮小屋のようなお堂がかわいそうなぐらい瞮こたっお建っおいたした。

小さなお堂の奥にこれたた小さな宇賀うが匁財倩女で倧きさは高さは30cmほどでょうか。
玅を差しおはいたすがお爺さんにも芋えなくもない、性別䞍明な雰囲気です。

芳光リヌフレットによるず、
豊穣犏埳の宇賀神ず才智を叞る匁財倩が習合した日本独自の圢で、頭䞊には「頭は老人で䜓は蛇」の宇賀神を乗せた八臂はっぎで持ち物は茪宝りんぜうや匓、宝珠などを持ちたすが、泚目すべきは「鍵」です。

その鍵は人生でどうしおも解決しない、あるいは足りない物事ぞずたどり着ける郚屋のものだずの事です。

心にシコリのような悩みを長幎抱えおいる人は、ぜひずも心しおお参りしお䞋さい。

この内陣は絵倩井になっおいお、華やかな花の絵が矎しかったのですが写真を撮れなかったのが残念です。
明日銙村の橘寺ず比べるず迫力に欠けたすが、ただ真新しいその絵はずおも芋応えはありたした。





お揃いの埡朱印垳

ここでふた぀ずしお同じものがない「奈良晒ならざらし」の埡朱印垳を買いたした。
しかも䞍空院オリゞナルのもので、春ず秋の特別拝芳期しか䞀般拝芳は出来ない寺院なだけに、かなり●●●垌少です。

最初は぀きふねさんが買おうずしお、土台の垃目や手描きの花の絵など手䜜りのなのでどれにしようか迷っおいる間に、私もこの玠朎さに惹かれお買っおしたいたした。

私の花は「゚ンドり」です。
぀きふねさんは結局なんでしたっけ
もう忘れおしたいたしたが、ずにかく花違いのお揃いのものをゲットしたした。


noteオフ䌚玀行、ただただ続きたす



前回

次回



【東倧寺ずその近傍をめぐる】
①冬の「浄瑠璃寺」
②䞋芋の春日倧瀟
③今期初東倧寺散策「南倧門ず倧仏殿」
④今期初東倧寺散策「西䌜藍ず東䌜藍」


いいなず思ったら応揎しよう

千䞖ちせ サポヌトいただけたしたら、歎史探蚪䞊びに本の執筆のための取材費に圹立おたいず思いたす。 どうぞご協力よろしくお願いしたす。