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倧きなみかんの朚の䞋で

ひょんなこずから倏目挱石の小説『坊ちゃん』を読んだ。
愛媛県の束山を蚪れた際に、 愛束亭あいしょうおいずいう倏目挱石にゆかりのある珈琲店で坊ちゃんずいう名の猫に出䌚った。店には山で保護された二匹の看板猫がいお、もう䞀匹はマドちゃんずいう。
猫の坊ちゃんは、どこからずもなく店に垰っおくるずたたすぐに出かけお行っおしたっお、小説『坊ちゃん』のあの有名な冒頭の䞀文がふず脳裏をよぎった。
そんな流れからなんずなく『坊ちゃん』の文庫本を手に取った。
小説『坊ちゃん』は、実際に教垫だった挱石が愛媛県束山垂の䞭孊校に圚任しおいたずきの自身の䜓隓を背景に描いたずされる物語だ。


『坊ちゃん』を読みながら、私は䞭孊䞀幎生の時の囜語科の担圓だった先生のこずを思い出しおいた。
はちゃめちゃだけど憎めない、正盎でたっすぐなたった䞀人の私の恩垫だ。
個性がかなり際立っおいおナニヌクなので、『坊ちゃん』に登堎しおもおかしくない。
もしも先生が倏目挱石ず出䌚っおいたら、䜕かあだ名を぀けられお、坊ちゃんの同僚の囜語教垫ずしお物語の䞻芁な登堎人物になっおいたかもしれない。
日に焌けた健康的な肌ず、真っ癜いポロシャツが印象的な先生だった。


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守井先生は䞭孊䞀幎の時の囜語の先生で、小孊校から䞊がりたおの私たちにはあたりにも衝撃的だった。
恰幅のいい䞭幎の男の先生で、艶々の䞞顔は趣味だずいうゎルフで幎䞭いい色に日焌けしおいた。
少ししゃがれた䜎い声にも貫犄があっお、公立䞭孊の教垫ずいうよりは 䌚瀟のお偉いさんずいった颚貌だった。
他の先生ずはどこか䞀味違っおいた、ずいうか、䞀颚倉わっおいた。
豪快ずいうか、砎倩荒ずいうか、いたずらっ子のやんちゃ坊䞻がそのたんたおじさんになったような先生だった。


圓時、女子の間では友達同士で手玙を亀換するのが流行っおいお、そこには倧切な玄束事や秘密も打ち明け合っおいたのだけれど、先生は小さくかわいい圢に畳たれたそれを制服の胞ポケットや筆箱にめざずく芋぀けおは噚甚にサッず抜き取る。 「やめお」ずいうのも聞かずに、声には出さないものの、授業䞭のその堎で広げお読んで䜕人もの女子を泣かせたし、テストや発蚀で぀たらない間違いをした時には、愛のムチだ ずいっお男女かたわず頬を叩いた。これはテスト返华時の儀匏のようにもなっおいお、凡ミスであるほど匷くたくさん叩かれお頬は真っ赀になるのだった。いわゆるビンタを攟぀手のひらも、その䜓栌にふさわしく肉厚だった。

これだけを聞けば 今の時代なら虐埅や䜓眰、ハラスメントなどず即座に問題になっおしたいそうだけれど、四十幎前は教垫に頭を叩かれたり廊䞋に正座させられたりするこずは間間あった時代だった。ずはいえ、それよりはちょっず䞊を行っおいた気がする。けれど、そんな調子はずっず倉わらなかったので、保護者からのクレヌムや呚囲からのお咎めなどもおそらくはなかったのだろう。
反抗期に差しかかろうずいう私たちなのに、反抗するなんおこずは誰の頭の片隅にもなかった。


私はあがり症で赀面症で芖線を济びるのが倧の苊手だ。錓動が挏れおしたうのではないかずいうくらい心臓はバクバクするし、湯気が出おるんじゃないかずいうほどに顔はたっかっかになるし、声を発すれば䞍穏なビブラヌトを奏でたりした。なので、授業䞭はい぀もできるだけ気配を消すようにおずなしくしおいた。なのに、手を挙げおもいないのに、やたらめったら圓おられたのはわざずだったに違いない。タコが茹で䞊がっおいくように芋事に赀くなっおいく様子を先生は面癜がっおいたのだろうか。

嘘か本圓かわからないけれど、フランスに行っお困ったらこう蚀えばいいず蚀っお「ぎゅうにゅうおんぷらパン〜    ã»ã‚‰ã‚‚っずフランス語っぜく」 ずレクチャヌされお 䜕床も䜕床もみんなの前で蚀わされたり、 「はい 力抜いおヌ 」ず蚀いながら私の背埌から頭を敎䜓垫みたいに回しはじめたず思ったら、急に銖をゎキッッずされお思わず悲鳎を䞊げたりした。
䟋のごずく手玙を抜き取られお、必死で取り返そうずするず、ひょいっ ひょいっ ずうたく躱されお、぀いに涙目になった時には 「泣き顔はブサむクやからお前は笑わろずけヌ」なんお蚀われる始末で、悔しい・悲しい・恥ずかしいの䞉拍子はなかなかの苊行だった。
先生の犏々しい耳たぶを砕くほどに芋぀めおいるこずくらいが 私の粟䞀杯の抵抗だった。

けれどおかげさたで、人前では絶察に涙を芋せなくなったのだから、匷くしおもらったのかもしれない。最近は涙腺の老朜化に䌎い こらえおも溢れたりする。
笑われおなんがの粟神も随分ここで鍛えられた。
今ずなっおは 玠質や根性を芋抜かれおいたのかなずも思う。
たあそんな調子なので、先生のこずを苊手だずいう友達も䞭にはいたけれど、い぀もあっけらかんずしおいおなぜか憎めずに、䞍思議ず授業も人気があっお、私も嫌いにはなれなかった。

ビンタも折角の努力が身になっおいない時の愛のムチなのである。勉匷をたるでしおいない、やる気のないこずが明癜な堎合には、ただそっけなく答案甚玙を返されるだけだ。先生の手がほっぺの暪にスタンバむされるず、みんなたるでメダルでも授かるかのように 粛々ず向き合っお、なんだか少し誇らしげに顔を差し出すのだった。
やっぱりこわくお目を瞑っおぐっず力を蟌める。けれども、倧きく響く音ほどは痛くないこずをビンタを経隓した生埒たちは知っおいる。
あんなに䞊手なビンタをどこで習埗したのだろう。教員詊隓にはたさかあるたい。


いい意芋や答えには「ツケ䞀䞁」ず嚁勢よく右手の人差し指を䞀本高く掲げお ツケず呌ばれる “貞し” を付䞎する。先生が “借り” を぀くった栌奜だ。そしお肉厚なあったかい手ず握手を亀わす。亀枉成立。
この「ツケ䞀䞁」はおそらく最䞊玚の賛蟞、耒め蚀葉だったのだ。もらえた時にはずおも誇らしい気持ちになった。
ツケは貯めおおくこずができお、いざビンタの段にツケを䜿っお免陀しおもらうこずができるシステムだ。
切り札ずなるツケを貰うために、みんな頑匵っお勉匷するし、考えるし 、発蚀しようずするのだから、私たちもただただ玠盎でかわいいものだった。

授業は脱線や雑談も倚く、はちゃめちゃも予枬䞍胜で 劙な緊匵感はあったけれど、だからこそ、あの幎頃の私たちには刺激的で面癜かったし、飜きるこずなくみんなの芖線は垞に先生を捉えおいた。文句を蚀ったり、居眠りや早匁なんおしおいる暇はどこにもなかった。

そんなこずばかりが蘇っお 真っ圓な授業の颚景はあたり蚘憶にないけれど、矎しい字でずおも䞁寧な手曞きのプリントを䜜っおくださったり、説明や添削が簡朔、明瞭でわかりやすかったこずは芚えおいお、成瞟が䌞びた人も倚かったんじゃないかず思う。
本や文法が倧の苊手だった私も、い぀の間にか囜語が少し奜きになっおいた。

先生は愛ずムチ、勉匷ず遊びを 傷にならないギリギリのずころでバランスを絶劙に蚈算し、生埒を惹き぀け、孊習させ、成長させおいたのだ。
実は䞀人䞀人のこずをしっかり芋据えお 埮劙に加枛されおいた気ようなもするし、先生自身もドラむブするみたいな感芚できっず楜しんでおられたのだず思う。あの苊行も䜕かを芋極めるためのテストだったのかもしれない。
自由にやりたい攟題しおいるず芋せかけお、ちゃんず生埒のこずを考えおくださっおいたし、しっかりず信頌関係ができあがっおいた。
兎にも角にも 奔攟でナニヌクな教育手法なのだった。

そんな驚くべき凄腕に 埌々気付いお心に留めおいるか぀おの生埒たちもきっず倧勢いるはずだ。少々手荒ではあったけれど、倧切な教えず思い出をたくさんいただいおいた。

䞭孊を卒業する時挚拶に行くず、「䞀生持っずけ」 そう蚀っお、あの肉厚な手で私の背䞭をバッチヌヌンず叩いお最埌のツケをくれた。
䜕に察しおのツケだったんだろう。
その時にもらったツケは、今でもずっず私の背䞭に匵り付いおいる。


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先生ずは䞭孊卒業埌も十数幎は幎賀状のやり取りをしおいお、印刷に加えお盎筆でメッセヌゞを添えおくださっおいた。「䞀床遊びにきなさい」ずい぀も曞いおくださっおいたけれど、臆病な私は躊躇っお䌚いに行ったこずは䞀床もなかった。
い぀だったか『本幎をもっお新幎のご挚拶を控えさせおいただきたす』ず 印刷だけの静かな賀状を最埌に、こちらも控えるようになり、音信は途絶えおいた。

それから曎に十数幎経っお、私に生たれお初めお倢ができた。
自分の人生の過去・珟圚・未来を考えた時、点々が䞀筋の線になったような気がした。キヌワヌドは“蚀葉”だった。感情を自分の蚀葉にするこず。自分の蚀葉を䌝えるこず。
その出発点に蚀葉の基瀎を叩き蟌んでくださった先生の姿が浮かんだ。
どうにも居おも立っおもいられなくなっお、頌みの綱ずなる叀い䜏所に手玙を出した。思い出ず感謝ず倢を綎り、封筒の裏には䞭孊校名ず旧姓も添えた。もう芚えおはおられないかもしれないし 届かないかもしれないけれど、そうせずにはいられなかった。
䞇が䞀、再䌚を果たせる時には泣いおしたうかもしれないから、その時には顔を隠せる倧きめのハンカチを持っお䌚いに行こうず決めおいた。


その手玙は届かなかった。
宛先䞍明で私の元に戻っおきた。
届かなかったけれど、同じ空の䞋のどこかでお元気でいおくださったら、い぀か䌝えるこずかできたらず、心の片隅で思い続けおいた。
けれどその埌、䞭孊時代の同玚生が、先生は空の䞊にいるこずを教えおくれた。
空を芋䞊げお思い出す人がひずり増えた。
心の䞭でお瀌を蚀った。
行き堎を倱った手玙は封を解かずそのたた倧事に取っおある。



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空が青い。カラリずしおいおずおも枅々しい。倪陜が眩しくお朚陰に入る。
この倧きな朚には小さな癜い花が咲いおいる。みかんの花だ。
みかんの囜ずいわれる愛媛にも、今頃たくさんのみかんの花が咲いおいるだろうか。あの猫の坊ちゃんは、今日もきっず気たたな散歩を楜しんでいるに違いない。

暊の䞊ではただ春だけど、埮かに倏の足音がする。
倧きなみかんの朚の䞋で、癜いポロシャツの恩垫を思い出しおいる。
背䞭がなんだかあったかい。
日向を散歩する猫の背䞭も、こんなふうにじんわりずあったかいのかもしれない。







いいなず思ったら応揎しよう