芋出し画像

【䞊映時間3時間以䞊】超長尺映画100本を代わりに芳る《第4章戊争ず平和》


第章戊争ず平和

今回の䌁画を進めるにあたり、䞊映時間3時間以䞊の䜜品をリストアップしお行きたずめる䞭で戊争/玛争にた぀わる䜜品が非垞に倚かった。ロシアのりクラむナ䟵攻やむスラ゚ル軍が絶え間なくガザぞ攻撃を仕掛けおいる問題など凄惚なニュヌスが次々ず流れおいく䞭で、筆者の関心も自ずず囜際情勢ぞず向いおくるわけである。2024幎にはA24䜜品ずしお『関心領域』『占領郜垂』が公開され、日本でも話題ずなったこずもあり、今回の䌁画では「戊争ず平和」ず題した章で瀟䌚情勢や歎史にフォヌカスを眮いた䜜品をピックアップしおいく。

53.SHOAH ショア/SHOAH(クロヌド・ランズマン、1985幎、567分)

SHOAH ショア(1985幎)
※映画.comより画像匕甚

「死ぬたでに芳たい映画1001本」に掲茉され、映画史䞊最も重芁な映画遺産である『SHOAH ショア』。2023幎には本䜜の35mmネガ埩元版、そしお200時間に及ぶショアの歎史に関する目撃蚌蚀の音声アヌカむブがナネスコの「䞖界の蚘憶」に登録された。

毎幎のように日本でもホロコヌストに関する映画が公開されおいるが、それでも映像化されおいないような話が関係者の取材のみで語られる。たずえば、収容所行の列車を運転する者にはりォッカが配垃されおいたずかたる者がいる。列車内はナダダ人ですし詰めずなっおおり悪臭が酷く気を玛らわせるためにりォッカが配垃され、酒気垯び運転しおいたこずが明らかずなる。9時間以䞊に枡るホロコヌストの蚘憶のアヌカむブこそ映画遺産ずしお䟡倀があるが、ドキュメンタリヌずしお問題を抱えおいた点にも泚目しおほしい。

アルノヌ・デプレシャン『映画を愛する君ぞ』によれば、本䜜はむスラ゚ル倖務省からの芁請で補䜜された䜜品ずのこず。そのためか、取材察象に察する誘導質問や隠し撮りなどずいったドキュメンタリヌ䜜家ずしおのモラルを逞脱したアプロヌチが目立぀。たた、構成が敎理されおおらず、数時間ごずに類䌌の話に戻っおくるため、焊点が囚人たちの反乱に絞られた『゜ビブル、1943幎10月14日午埌4時』の方が䞁寧にたずたっおいるむメヌゞがある。

『SHOAH ショア』はこのような批刀も含めお、人類がホロコヌストの歎史に向き合う機䌚を䞎えおいるのだ。ちなみに、第75回ベルリン囜際映画祭では『SHOAH ショア』ず䜵せおランズマンの回顧録ず未公開フッテヌゞを䜿甚し再考したドキュメンタリヌ『Je n’avais que le néant – "Shoah" par Lanzmann』が䞊映されおおり、日本でもクロヌド・ランズマン レトロスペクティブが行われるこずが期埅される。

54.䞍正矩の果お/The Last of the Unjust(クロヌド・ランズマン、2013幎、220分)

䞍正矩の果お(2013幎)
※映画.comより画像匕甚

クロヌド・ランズマンは『SHOAH ショア』の制䜜のため、テレヌゞ゚ンシュタット匷制収容所から唯䞀生き残ったナダダ人評議䌚最埌の長老ベンダミン・ムルメルシュタむンにむンタビュヌを行った。その蚌蚀内容が『SHOAH ショア』のコンセプトずズレおいたため、別の䜜品ずしお『䞍正矩の果お』が䜜られるこずずなった。

本䜜はハンナ・アヌレントが提瀺した「悪の凡庞さ」に぀いお興味深い芳点を瀺しおくれる。「悪の凡庞さを問い盎す」にお、「悪の凡庞さ」の誀甚が指摘されおいる。䞀般的に、単に瀟䌚の歯車ずしお悪に加担しおしたう状況を「悪の凡庞さ」ずしお認識されがちである。確かに、ハンナ・アヌレントの「゚ルサレムのアむヒマン」を読むず具䜓的な定矩に぀いお語られおおらず、わかりにくいずころがあるのだが、アヌレントは「凡庞さ」を「ありふれおいるこず」ずしお䜿っおおらず、アむヒマンのような有胜で野心的な存圚ではない様を衚珟するためにこの蚀葉を甚いおいる。たた、組織の歯車ずしお虐殺を行ったから自分に責任はないずいった䞻匵は通甚しない立堎をアヌレントは取っおいるず本曞では語られおいる。

䞀方で、アむヒマンを近くで芋おいたムルメルシュタむンによればアむヒマンは「凡庞」ではなく「邪悪で残忍な反ナダダ的悪魔」ずのこず。暡範的収容所ず称しナダダ人を効率的に抌し蟌めるシステム化を導入。ナダダ人移䜏基金を蚭立し、ナダダ人から資産を巻き䞊げ、それを元手にするこずで芪衛隊本郚に䟝存するこずなく行動した狡猟さなどが語られおいく。

「悪の凡庞さ」を䞭心ずするハンナ・アヌレントに関する議論は今でも盛んに行われるのだが、圓事者の枩床感を知るためにこの䜜品は有効であろう。たた、先日Carlotta Filmsから『Pourquoi Israel』『Tsahal』のDVDが発売された。埌者はむスラ゚ル囜防軍党面協力のもずで制䜜されおいるため、譊戒は必芁ではあるものの、むスラ゚ルサむドから芋た䞖界、ホロコヌストの歎史を把握する重芁な資料ずなるであろう。

55.占領郜垂/Occupied City(スティヌノ・マックィヌン、2023幎、251分) 

占領郜垂(2023幎)
※映画.comより画像匕甚

4時間に枡りアムステルダムの光景をバックにホロコヌストの歎史が語られおいく。A24は2023幎のカンヌ囜際映画祭で『関心領域』ず䜵せおクロヌド・ランズマン『SHOAH ショア』のアップデヌトを図ろうずしたわけだ。

実際に『占領郜垂』では、アムステルダムのホロコヌスト関連遺産であるアンネ・フランクの家は映さず、語りのみで凄惚さを䌝える。街党䜓の歎史を捉えるための詊みずなっおいるのは明癜だ。

クロヌド・ランズマンのケヌスでは、被写䜓に察するむンタビュヌが䞻ずなっおおり、その語りの決定的瞬間を捉えおいるため歎史資料の挿入が極端に少なくずも飜きるこずなく芳るこずができた。䞀方で、本䜜は時系列が行ったり来たりしながら、断片的にアンネ・フランクのように隠れ家で暮らしおいた人の暮らしや゜ビブルで起きた事件などが語られおいく。それは映画ずいうフォヌマットを取る必芁があったのか?本だけで完結しおいおも良いのではず思わずにはいられない。たた、事前情報でコロナ犍の生掻ず重なるずのこずだったのだが、そこたでコロナ犍による厳戒態勢の空気感が䌝わっおこないため、ホロコヌスト䞋の抑圧された生掻ずの関連性が薄かったのも気になった。そのため、催眠的な4時間であったのだが、埌半に明らかな亀通事故、自転車が暪転する決定的瞬間が収められおおり驚かされた。なぜこの映画でこの決定的事故の瞬間を挿入する必芁があったのか理解に苊しむ。コロナ犍は様々な監督が䞖界的な異垞事態をどのように映画にするのか暡玢しおいたわけだが、スティヌノ・マックィヌンのホロコヌストずコロナ犍を絡めるアプロヌチは空䞭分解しおしたったように思えた。

56.レニ/The Wonderful, Horrible Life of Leni Riefenstahl(レむ・ミュラヌ、1993幎、188分)

レニ(1993幎)
※映画.comより画像匕甚

クリ゚むタヌずしおこれ以䞊にない恵たれた環境を手にし、䞀気に転萜した人物、レニ・リヌフェンシュタヌル。圌女は、ナチス・ドむツに協力した人物ずしお叩かれやすい。たた、題材が題材なだけに撮圱者は自分なりの解釈を぀い぀い入れたくなっおしたう。しかしながら、本䜜では䞀貫しおドラむに事象ず向き合っおいる。自らの調査ずレニの蚌蚀を照らし合わせ、安易に決断を䞋さない。真実ず曖昧さの䞭々、レニ個人の問題から人間心理の問題ぞず掘り䞋げおいく。この距離感の維持はドキュメンタリヌ映画の暡範ずいえる。レニは情熱的な人物だ。圌女の語る波乱䞇䞈な人生に぀い぀い同情したり、肩を持ちたくなるこずもあるだろう。人によっおは、圌女の饒舌さに䞍快感を抱くかもしれない。だが、撮圱者だけはレニに取り蟌たれるこずなく、たた様々な論に匕っ匵られたり、誘導しようずするこずはない。圌女から真実を語らせ、そのモザむクから人間を捉えようずしおいる。たさしく、『オリンピア』の高飛び蟌みで男性遞手の名前をフィルムに焌き付けず、普遍的人間の行動を捉えようずしようずしたように。

圌女は、最初はヒトラヌからの映画補䜜の申し入れを断っおいた。だが、映画補䜜ぞの、至高ぞの枇望が圌女をナチス・ドむツサむドぞ匕き蟌んでいく。400kmものフィルムを提䟛され、撮圱埌2幎間もの線集時間を䞎えられた。圌女が、『オリンピア』での撮圱を語る時、今たで溜め蟌んでいた氎がダムから決壊し流れ出るように情熱的に語る。

䞀方で、ナチスに最初から協力的だったのでは?ず蚊き始めるず途端に怒り始める。「こんなずころで話せない」ず語るのだ。圌女は、映画業界から姿を消しお半䞖玀ぐらい経ち、スヌダンのヌバ族に迫った『アフリカぞの想い』を撮り、亡くなる盎前にはグリヌンピヌスに入り海掋ドキュメンタリヌ『ワンダヌ・アンダヌ・りォヌタヌ 原色の海』を撮った。こうした点が繋がっおいくず、圌女は究極の矎を求めお、過去から逃れるように癜人のいないアフリカぞ枡り、したいには人間すらいない海ぞ逃避したずいえる。圌女の、蚀葉を遞んで逃げようずする姿は保身ではあるものの、自分が壊れないようにする自己防衛だったのかもしれない。

これは他人事だろうか。誰しもが人生でミスをする。たたたたその堎にいた、所属しおいたから「すたない」で枈たされない事態に巻き蟌たれたらどうだろうか。「すたない」ず謝眪しおも蚱されない。かずいっお無芖しおも、瀟䌚がそれを蚱さない。今やSNSの発展でいくらでも過去を掘り起こすこずができる。無論、戊争被害を無芖するこずは被害者にずっお暎力であろう。だが、SNSで問題に察しお声を挙げる際に気を぀けないずいけないのは、時ず堎所が異なれば自分が同じ状況に陥る可胜性がある。たずえ、無実な人生を送っおいおも、どこで誰を傷぀けおいるかわからない。そう考えるず、圌女のこの映画での態床を批刀するこずはできないなず思ったりもする。誰しもがオむディプス王になり埗るのだ。『オリンピア』が映像的に傑䜜であっおも、政治的に問題な䜜品であるように0か1かで分けるこずのできない人間ず瀟䌚のグレヌな関係性に察し冷静な県差しを向ける。それが『レニ』なのだ。

なお、2024幎にレニ・リヌフェンシュタヌルを扱った新䜜ドキュメンタリヌ『Riefenstahl』が『ペヌれフ・ボむスは挑発する』のアンドレス・ファむ゚ル監督によっお䜜られた。こちらは、圌女のナルシストな偎面や自己矛盟を掘り䞋げおいく内容ずなっおおり泚目である。

57.ハむれ家 癟幎/Heimat Is a Space in Time(トヌマス・ハむれ、2020幎、218分)

ハむれ家 癟幎(2020幎)
※映画.comより画像匕甚

『ハむれ家 癟幎』最倧の特城は30分以䞊におよぶ匷制移送されたオヌストリア系ナダダ人のリストが提瀺されるずころにある。クロヌド・ランズマン『゜ビブル、1943幎10月14日午埌4時』のラストで収容所に収監された人のリストを読み䞊げられる堎面があるが、本䜜は倉わった挔出ずなっおいる。映画の゚ンドロヌルさながらリストがスクロヌルされる『゜ビブル、1943幎10月14日午埌4時』に察しお、リストずは無関係に芋える手玙のやりずりが読たれるのだ。リストの日付も党く関係ない。これはどういうこずか。じっくりず芳おいくず段々ず玍埗しおくる。手玙では段々ず瀟䌚情勢が悪化し、石炭等の物資が手に入らなくなり、移送のため限られた荷物だけもっお家から远い出されおいく家族のやりずりが語られおいく。そうです。我々は未来の芖点から結末を「目」で远い、䞀方でその悲惚な未来に向かっお突き進む様子を「耳」で远っおいるのだ。

クロヌド・ランズマンの芳客の脳裏に激動の時代のノィゞョンを怍え付ける手法ずも、マルセル・オフュルスの線集によっお歎史アヌカむブをドラマティックに魅せる手法ずも、はたたたゞェむムズ・ベニングが『Deseret』で写真のスラむドショヌに物語を付加しおいく手法ずも異なる、新たなアヌカむブ映画の語り口を発芋しおいるように思える。

そしお、目の前で提瀺される景色は然皋語りずリンクしおいない。しかしながら、ゆっくりゆっくりずスクロヌルされるリストず、ゆっくりゆっくり党身する貚物列車の動䜜が、未来に向かっお牛歩で進む息苊しさを象城しおいたり、廃墟の片鱗から芋える歎史の局から語りず玐づいたりず発芋が倚い。我々は、街を歩けば芖芚/聎芚から自動的にむンプットされる情報を通じお、思玢する。思玢する䞭で過去の事象ず玐づいおいき、蜘蛛の巣のようにネットワヌクが圢成されるのである。

トヌマス・ハむれは極私的家族のクロニクルを「絡たった糞を解くのに意味はあるのか?」ず蚀わんばかりに埒然なるたた玡いでいく。だが、そのプロセスは決しお圌だけのものでもドむツ史だけのものでもなく、日本に䜏む我々にずっおも自然な行動であり普遍的な存圚だ。故に、『ハむれ家 癟幎』は他人の思玢のプロセスを芗き芋るこずでメタ的に自分の思玢ず向き合う癟幎の「豊饒な」孀独であった。

58.哀しみず憐れみ/The Sorrow and the Pity (マルセル・オフュルス、1969幎、251分)

哀しみず憐れみ(1969幎)
※IMDbより画像匕甚

2025幎5月24日、ドキュメンタリヌ䜜家であるマルセル・オフュルスが亡くなった。マックス・オフュルスの息子であり、ホロコヌストのフッテヌゞを䜿わずにリペンの屠殺人であるクラりス・バルビヌの裁刀を倚角的に捉えた『ホテル・テルミニュス 戊犯クラりス・バルビヌの生涯』など、『SHOAH ショア』の先駆けずもえいるホロコヌストドキュメンタリヌを攟ったマルセル・オフュルスだが、意倖なこずに日本ではほずんど知られおいない監督である。

クロヌド・ランズマン䜜品ず比べるず、線集の映画になっおおり、4時間の尺でありながら退屈するこずなくテヌマぞ惹き蟌たれる。『ホテル・テルミニュス 戊犯クラりス・バルビヌの生涯』の堎合、たるでスコセッシの映画のように軜劙にむンタビュヌを繋ぎ合わせ、芖芚的ドラマを生み出しおいる。むンタビュヌのプロセスでクラりス・バルビヌの数奇な運呜を芳客に远䜓隓させる。オフュルスの高い傟聎力がなくおは匕き出せない情報が次々ず飛び出し、それを巧みな情報敎理でたずめあげおいく様は芋事である。

もうひず぀の代衚䜜『哀しみず憐れみ』も重芁だ。1940幎5月にドむツに敗北し、察独協力を匷いられたノィシヌ政暩がどういったものなのかをむンタビュヌ映像、過去のアヌカむブを巧みに繋ぎ合わせお論考しおいる。フランスは最終的にドむツの敗戊により、囜の政治的立ち䜍眮が最䞊䜍ずなる。しかしながら、ドキュメンタリヌでは反ナダダの偎面であるフランス像が浮き圫りにされおいく。結局、単にドむツが敗戊したから歎史的にナチスは悪ずしお描かれるが、フランスだっお危なかったのでは。ファシストに成り果おる運呜だったのではずいったこずを鋭く考察しおいく。マルセル・オフュルスの激しい問いかけにより本音や嘘、歪曲された蚀葉が吐露される生々しさが特城ずなっおいる。

「Nuremberg and Vietnam: An American Tragedy」から着想を埗お、個人/集団の責任ず戊時䞭の残虐行為を掘り䞋げた『The Memory of Justice』も䜵せお日本で玹介されおほしい監督である。

59.ルヌト181/Route 181: Fragments of a Journey in Palestine-Israel(ミシェル・クレむフィ゚むアル・シノァン、2003幎、270分)

ルヌト181(2003幎)
※神戞映画資料通より画像匕甚

寊重圥「ショットずは䜕か 歎史線」巻末の幎間ベストたずめにも掲茉されおいる䜜品『ルヌト181』は、むスラ゚ル/パレスチナ問題を考えるうえで最も重芁な䜜品であり、本䜜から20幎以䞊経った䞖界で撮られた『ノヌ・アザヌ・ランド 故郷は他にない』ず比范するこずで、事態がより悪化しおいるこずを痛感させられる。

静止しおいるふたりをデゞタルな動きでクロヌズアップする。呚囲は動的であるのに、䞭心にいるふたりは静的である奇劙さに぀いお考えさせる間もなく、『ルヌト181』のテヌマを衚珟する特殊な画を構成しおいく。䞊䞋に分割した画を甚意し、䞊には本䜜の背景がテロップで説明される。䞋には旅のルヌトが衚瀺され䞡画面ずも動く。テロップの終わりに、玙を砎るようなアクションが入り、䞊䞋の境界が融和しおいく。

むスラ゚ル/パレスチナの分断を巡る4時間半の旅においお、明確な境界ず曖昧な偎面を意識させられる堎面が反埩される。車が走る際、フロントガラスに地図が映り蟌む。監督が匕いた1947幎にパレスティナを二分するために採択された囜連決議181条で描かれた境界線《ルヌト181》ず実際の境界、壁、自由に境界を越えおいく戊闘機、アラブ人ずナダダ人の䞭にある耇雑な心理、これらを意識させる導入から映画は始たる。

本䜜最倧の芋どころは第二郚における『SHOAH ショア』批刀のパヌトだろう。

『SHOAH ショア』ではホロコヌスト経隓者による凄惚さが語られ、ナダダ人に同情が集たる内容ずなっおいるが、その裏返しになっおいる。ホロコヌストを知りながらもアラブ人ぞの行為に察しおは「䜕も感じない」ず語る堎面や散髪屋の堎面にそれは珟れおいる。そしお䜕よりも、ナダダ人兵士ずの察話が重芁である。自分たちの状況をカフカの「審刀」や「掟の門」にたずえ、デカルトをはじめずする哲孊に興味があるず語っおいるが、「゚ルサレムのアむヒマン」に぀いおは知らないず語っおいる。

ここで監督は、「悪の凡庞さ」の俗説である「悪を犯す人は普通の人(哲孊曞を読んでいるような普通の人が戊争犯眪に手を染めおしたう)」理論でナダダ人兵士に語り掛ける。今ずなっおは、この説は批刀の察象であるのだが、この堎面においおは極めお重芁な圹割を果たす。

1.自分たちの話にもかかわらずハンナ・アヌレントを知らない
2.なんずなく自分の状況を理解しおおきながら加害に手を染めおしたう様

埌者は「悪の凡庞さ」が䜿いやすいバズワヌドか぀、それに該圓する別の衚珟がないずいう問題から誀甚されおいるのだが、『ルヌト181』党線通しおナダダ人が「じゃあ、どうしろず?瀟䌚がそうなのだがらそうならざる埗ない」ず開き盎っおしたう様ず圓事者であり知識欲がありながら重芁なこずに目を背けおしたう様を同時に捉えるために必芁なアクションだったずいえよう。

60.スりェヌデン・テレビ攟送に芋るむスラ゚ル・パレスチナ 1958-1989/Israel Palestine on Swedish TV 1958-1989(ペヌラン・ヒュヌゎ・オル゜ン、2024幎、202分)

スりェヌデン・テレビ攟送に芋るむスラ゚ル・パレスチナ 1958-1989(2024幎)
※映画.comより画像匕甚

近幎、アヌカむブフッテヌゞを甚いながら歎史を玐解くドキュメンタリヌが増えおいるように思える。デゞタルシネマの時代ずなり、デヌタが扱いやすくなったせいだろうか。この手のドキュメンタリヌの泚目監督にペヌラン・ヒュヌゎ・オル゜ンがいる。『ブラックパワヌ・ミックステヌプ アメリカの光ず圱』にお、テレビ局のフッテヌゞを甚いお歎史を語るドキュメンタリヌを制䜜した圌は『スりェヌデン・テレビ攟送に芋るむスラ゚ル・パレスチナ 1958-1989』でも同様の手法を甚いおいる。本䜜は2018幎にスりェヌデンテレビのアヌカむブに基づいたプロゞェクト「May 68」に取り組んでいた際に数千時間あるフッテヌゞを抜出しおスりェヌデンから芋るむスラ゚ル・パレスチナ問題を捉えようずしたず制䜜された。

「アヌカむブ玠材は必ずしも実際に䜕が起こったかを語っおいるわけではなく、どのように語られたかに぀いお倚くを語っおいる」ず監督が語っおいるように、本䜜はアヌカむブ映画の本質的なずころに迫る内容である。

ここ数十幎でアヌカむブ映像ぞのアクセス性が䞊がり、その時代の利から歎史を再考しようずする䜜品が出おくるようになった。ある意味、論文に近いようなもので、本䜜でも実際に図曞通で資料を芋぀けお敎理する感芚の疑䌌䜓隓ずしお、各映像にミニカヌドず文脈のナレヌションが぀いおいる仕組みずなっおいる。

しかし、メディアずは政治的瀟䌚的文脈によっお切り取られたものであり、所詮は事実を線集した真実に過ぎない。それを敎理しお䞊び替えたずころで、歎史のすべおが明かされる蚳ではないのだ。実際に、匕甚される映像にはプロパガンダじみたものもあるし、圓時のスりェヌデンずしおの立ち回りがあるから客芳的ずは呌べないものもあったりする。しかし、どのように語られたかは玛れもない事実ずしおそこにある。

3時間半芳たずころで、むスラ゚ル・パレスチナ問題が完党に分かる蚳でもないし、このドキュメンタリヌですべおが明かされる蚳ではないのだが、歎史ずの向き合い方。映像メディアずの接し方をメタ的に孊ぶこずができる䜜品ずいえる。

個人的にはゞャヌナリスト志望の青幎がアフリカで取材しようずしおいるこずに察しお「むスラ゚ルに留たろうずは思いたせんか?」ず質問する堎面が印象的である。ゞャヌナリストずしおむスラ゚ルには重芁な取材察象や調査項目があるのだが、自分がやりたいこずを実珟するには倖ぞ行くしかないず語られおおり、人材が流出する状況の生々しさが珟出した堎面だず感じた。たた、女性が遞挙に行く堎面もスりェヌデンのテレビ攟送だから撮られおいた点も興味深い。

61.ブルヌタリスト/The Brutalist(ブラディ・コヌベット、2024幎、215分)

ブルヌタリスト(2024幎)
※映画.comより画像匕甚

1919幎、ドむツ・ワむマヌル共和囜でノァルタヌ・グロピりスが「建築の家」を意味する矎術孊校バりハりスを蚭立した。「すべおの造圢掻動の最終目暙は完璧な建築にある」ず宣蚀したグロピりスは、パりル・クレヌやワシリヌ・カンディンスキヌを始めずする名だたる教授陣を集め新しい建築のありかたを暡玢した。その䞭でむンタヌナショナル・スタむルを確立させおいく。鉄、コンクリヌト、ガラスを甚いた、装食性を排した合理的建築のありかたが定匏化されおいったのだ。しかし、バりハりスは床重なる資金䞍足、政情䞍安に悩たされた。結局、ナチス・ドむツによる迫害で閉校するこずずなり、バりハりスの芞術家たちは離散した。

架空䌝蚘ものである『ブルヌタリスト』は、ドむツからアメリカぞ流れ぀いた男の建築にた぀わる䜜品ずなっおいるのだが、物質的な建築を通じおむスラ゚ル建囜ず芞術家における心理的聖域の確立を衚珟しおいる点が興味深い。ナチス・ドむツの迫害を受けお離散したナダダ人はむスラ゚ル建囜を目指す。その運動はアメリカぞ䌝わり、第二郚では嚘ず恋人が政治的意志でもっおむスラ゚ルぞ枡る。䞀方で、䞻人公であるラヌスロヌ・トヌトは実業家であるハリ゜ンに芋いだされ、プロテスタント教䌚、図曞通、そしお䜓育通が䞀䜓ずなった耇合斜蚭マヌガレット・ノァン・ビュヌレン・コミュニティセンタヌを建造するこずずなるのだが、段々ず斜蚭はラヌスロヌの心象䞖界ずなっおいき倧衆斜蚭からほど遠いものずなっおしたう。特定の矀のために建おられる点でむスラ゚ルずマヌガレット・ノァン・ビュヌレン・コミュニティセンタヌは繋がっおいる。しかし、ナダダ人のために建囜されたむスラ゚ルに察しお、マヌガレット・ノァン・ビュヌレン・コミュニティセンタヌは個人的なものぞず留たる。迫害された者が、迫害できない心理に聖域を䜜ろうずする様ず共鳎するこずで戊埌ナダダ人がどのように瀟䌚ず向き合おうずしおきたかを倚角的に瀺しおいるのだ。

62.唯䞀、ゲオルギア/Alone, Georgia(オタヌル・むオセリアヌニ、1994幎、246分)

唯䞀、ゲオルギア(1994幎)
※映画.comより画像匕甚

本䜜は『矀盗、第䞃章』や『月の寵児たち』などで知られるゞョヌゞアの巚匠オタヌル・むオセリアヌニが、内戊で荒れる本囜を前にどうしおそうなっおしたったかを語る歎史ドキュメンタリヌずなっおいる。圌の運動によるコミカルなアクション芞を期埅しお芳るず肩透かしをくらう䜜品ではあるが、ゞョヌゞア史を4時間で孊べる貎重な資料である。

序盀は、建築の偎面からゞョヌゞアの歎史が語られる。䞖界遺産であるゲラティ修道院をはじめずする、修道院文化、村の習慣、クノェノリワむン醞造の珟堎を語る。ゞョヌゞアの村は完党に個人䞻矩だったらしく、同じ村の䞭で干枉するこずは少なかったずいう話に驚かされる。たた、修道院は次々ず新しい様匏に建お替えられる文化があったずいう話からはバグラティ倧聖堂のこずを思い浮かべる。1994幎、叀代ゞョヌゞアの䞭で最も重芁な文化の䞭心地を䌝える堎ずしおバグラティ倧聖堂ずゲラティ修道院は䞖界遺産に登録された。しかし、バグラティ倧聖堂で行われた再建工事によっお顕著な普遍的䟡倀が損なわれたずしお2017幎に䞖界遺産から削陀されおしたった。このような再建が行われおしたった背景や村の䟡倀芳が芋えおくる。たた、バルコニヌ文化が「文化」ずしお保存されず、芳光地甚に消費されおしたっおいるずの指摘には、䞖界遺産の勉匷をしおいる者ずしお重芁な芳点だず改めお認識する。

䞭盀からは、゜連による䟵略の歎史が描かれおいるのだが、ロシアのりクラむナ䟵攻に通じるものがある。分断を生み出すべくゞョヌゞア政府にぬるっず入り蟌み、内戊に持っおいこうず゜連のいやらしさを培底的に突き぀けられる。そしお䜕よりも、゜連に所属するこずによっお「ゞョヌゞア」が䞖界から認識されず、文化が゜連の所有物になっおしたう状況ぞの憀りは、ボルシチがロシア料理ずしお扱われた際にりクラむナ人が感じるものに通じる。ゞョヌゞア史を知るための貎重な䞀本であるこずは間違いない。

63.ミスタヌ・ランズベルギス/Mr. Landsbergis(セルゲむ・ロズニツァ、2021幎、248分)

ミスタヌ・ランズベルギス(2021幎)
※映画.comより画像匕甚

ドキュメンタリヌ映画の配絊に匷いサニヌフィルムによっお、日本でも玹介される機䌚が増えおきたベラルヌシ生たれりクラむナ育ちのセルゲむ・ロズニツァ監督。圌はリトアニアを゜連から独立に導いた元リトアニア囜家元銖であるノィヌタりタス・ランズベルギスに取材をし、4時間にたずめた。

ピアニストからリトアニア囜家元銖になった男ランズベルギスはゆっくり腰を䞋ろし、物腰柔らかに語り始める。それはたるで歎史の授業のように、淡々ず事実が述べる。もちろん、圌は圓事者だから䞻芳的な語りが混ざる。激動のリトアニア史に客芳性を持たせるため、本䜜はフッテヌゞを甚いお裏を取る。そこにはロシア、リトアニアどちらかに肩入れするようなものではなく、圓時起きおいたこずを均䞀に提瀺しおいくものずなっおいる。これは『バビ・ダヌル』終盀における、矀衆がもたらす暎力性を明らかにする運動に近い。

人々は、混沌ずし明日も分からぬ、そしお自分の身に危険を感じおいる状況䞋で、䞀定の方向に歩もうずする。その流れの䞭で匷烈な暎力が生たれる。やぐらを倒したり、膚倧な人の波ずしお敵察勢力になだれ蟌んだりする。その過皋で、゜連偎は嚁嚇射撃をするもやがお、正面から撃ち蟌み、戊車も爆撃を始める。本䜜のフッテヌゞは䞀貫しお、人が矀れるこずによっお発生する暎力性に぀いお物語っおいるずいえる。フッテヌゞは時に、個に着目する。個々は自分の意志で、勲章を捚おたり、抗議の掻動をしおいる。だが、マクロな芖点での矀れを芋た時、その行動は矀集心理ずしお䜜られたもののようにも芋える。自分で行動しおいるようで矀れの流れにそっお生み出された行動ずも思えるのだ。

ランズベルギスは、政治家になりたかったかず尋ねられるず、「普通の人生を送りたかった」ず語る。音楜で生掻し、家族ず共に過ごしたかったず。それが叶わなかった今、ようやく手にした静謐の䞭、残り少ない人生を歩む圌を芋るず、圌もたた、激動の䞭に巻き蟌たれおしたった犠牲者なんだずいうこずに気付かされる。フラットに歎史を捉えるこずで明らかにされる矀集心理に぀いおの䜜品であった。

64.粟神の声/Spiritual Voices(アレクサンドル・゜クヌロフ、1995幎、328分)

粟神の声(1995幎)
※IMDbより画像匕甚

゜連の厩壊により1991幎にタゞキスタンは独立する。しかしながら、翌幎に共産党政暩ず反政府組織ずの間で内戊が勃発しおしたう。アレクサンドル・゜クヌロフはタゞキスタンに掟兵されたロシア軍を远った。このように聞くず、激しい戊闘の瞬間が捉えられるスペクタクル的なものを連想するが、゜クヌロフはスペクタクル性を排陀するこずで兵士たちのや぀れた心理ぞず接近する。

雪原を定点でカメラが捉え続ける䞭、モヌツァルトやベヌトヌノェンの音楜が流れ、圌らにた぀わる語りがボ゜ボ゜ず語られおいく。たずえば、モヌツァルトの死埌、家族に残されたものはなにかず考察する堎面がある。語り手は「䞍滅の名、寄る蟺ない二人の幌子ず劻、未払いの借金」であるず蚀う。内戊ずは関係のない、タゞキスタンからも離れた話が党く代わり映えのしないむメヌゞの䞭で語られおいくのだが、じっくり芳るず、遠くで狌煙があがる。そしおオヌバヌラップしお寝おいる人の姿が映し出される。戊地で兵士がみる倢ないし物理的堎所から隔絶された聖域ずしおの思玢が衚象される。戊争パヌトぞず移るず、党貌が芋えず狭い芖野の䞭虚無に向かっお銃を攟ち、圷埚う兵士たちの姿が映し出される。スペクタクル的な戊闘もなければ、砎滅はなかなか蚪れず間延びした時間がセピアに染たった䞖界に広がっおいる。兵士たちの虚ろな心が焌き付いた時間半におよぶむメヌゞなのだ。

65.祖囜 むラク零幎/Homeland(Iraq Year Zero)(アッバヌス・ファヌディル、2015幎、334分)

祖囜 むラク零幎(2015幎)
※映画.comより画像匕甚

戊争や玛争地垯を撮ったドキュメンタリヌはどうしおも監督の匷い意志によっお、激しい爆撃や厩壊する医療珟堎を撮りがちだ。無論、そういった䜜品は傑䜜であるこずが倚い。

しかし、この『祖囜 むラク零幎』を芳るず、戊争や玛争ず垂民の関係は、にじり寄るようにず悲劇が浞透しおいくものなのではず考えずにはいられない。アッバヌス・ファヌディル監督は15幎ぶりにむラクぞ垰っおくる。圌はカメラを回し、家族ずずもに団欒ずした日垞を捉えおいく。料理を䜜り、ベランダでは子どもたちが庭の実を投げ合っお遊んでいる。しかし、アメリカずの情勢が悪化し、テレビではサダム・フセむンのプロパガンダが攟送されおいる。町では有事に備えお準備が行われおいる。少幎たちは、孊校に行かず井戞掘りを手䌝っおいる。

映画の前半では、銖郜陥萜するたでの日垞が描かれおいる。そこに描かれおいるのは玛れもなく我々が『この䞖界の片隅に』で目撃したゆるく笑いに満ちた生掻ず、その延長に薄っすら浮かぶ戊争の足音だ。ギャラリヌでは戊死者のポスタヌなどが貌られおいるし、日倜テレビでは戊争のこずが話されおいるのだが、珟実味がない。垂民も、子どもだっお政治や倧人瀟䌚の䞍条理に぀いお語るのだが、でも心のどこかには虚構なのではずいった感情が揺らめく。商店街では、宝石商や職人、屋台のおっちゃんがせわしなく働いおおり、陜気な生掻が持続されおいる。カメラはそんな日々を捉え続ける。

しかし、銖郜陥萜埌を描いた埌線では䞀気に様子が倉わっおくる。車で移動するのだが、至る所に軍人がいお、「ここは軍が管理しおいるから通行できない」ず远い返されおしたう。むラク囜立博物通には戊車が鎮座し、少幎は「アメ公さんや、お茶はむランか?」「魚持っおねぇか?」ず煜っおいる。

銖郜が陥萜しおも日垞は続く。そこにもどこか生を感じない居心地の悪さがある。家はむンフラが途絶えたのか、電気が぀かず、ランプで灯りを䜜り出しおいるし、近所では簡易シェルタヌで暮らしおいる人がいる。ただ、垂民は怒っおいた。どこにもぶ぀けようのない怒りをカメラに向かっお語りかける。映画関係者は、映画通が朰れおしたったこず、むラク映画史における貎重なアヌカむブフィルムが砎壊されおしたったこずに怒りを露わにする。少幎は、孊校に2幎も行けおいないこずに怒りを露わにするのだ。

そしお、そんな静かなる怒りをよそに倜な倜などこからか銃撃戊の音がする。どこで銃撃が行われおいるのか分からない䞍安、い぀埩興するのか、い぀平和が蚪れるのか分からない地獄をただひたすら生きるしかない。圌らは笑っお冗談を蚀っおいるように芋えるが、そこには哀しみが芋える。

戊堎の恐怖を捉えるこずばかりに泚目されがちなこの手のドキュメンタリヌずしお、ここたで自由にありのたたのむラクの生掻を捉えたのは本圓に奇跡である。人類にずっお倧事な負の遺産ずしおこの映画を守っおいかないのである。

䜙談だが、本䜜は意倖な監督が賞賛しおいる。『みんなのノァカンス』や『7月の物語』で知られるギペヌム・ブラック監督がカむ゚・デュ・シネマの2010幎代ベスト映画に本䜜を挙げおいるのだ。以䞋、順䞍同であるが圌の挙げた2010幎代ベスト映画である。

祖囜 むラク零幎
(アッバヌス・ファヌディル、2015)

6才のボクが、倧人になるたで。
(リチャヌド・リンクレむタヌ、2014)

おおかみこどもの雚ず雪
(现田守、2012)

テむク・シェルタヌ
(ゞェフ・ニコルズ、2011)

アラビアンナむト
(ミゲル・ゎメス、2015)

L'Escale
(カヌノェ・バフティアリ、2013)

ラむフ・ゎヌズ・オン 圌女たちの遞択
(ケリヌ・ラむカヌト、2016)

湖の芋知らぬ男
(アラン・ギロディ、2013)

ありがずう、トニ・゚ルドマン
(マヌレン・アヌデ、2016)

ブラむズメむズ 史䞊最悪のりェディングプラン
(ポヌル・フェむグ、2011)

プティ・カンカン
(ブリュノ・デュモン、2014)

La Coupe à dix francs
(Philippe Condroyer、1974)

Cahiers du Cinema N 761 - les Annees 2010 - Decembre 2019より拙蚳匕甚

【目次】

《第0章たえがき》

《第1章超長尺映画入門》

《第2章超長尺映画䜜家たちPART1》

《第2章超長尺映画䜜家たちPART2》

《第3章果おしなく長い語り》

《第5章シリヌズを完走する》

《第6章執念の県差しずしおのドキュメンタリヌ》

《第7章深淵なる実隓映画》

《第8章List of longest films掲茉䜜品を芳る》

※サムネむルは映画.comよりクロヌド・ランズマン『SHOAH ショア』の画像を匕甚



いいなず思ったら応揎しよう

CHE BUNBUN 映画ブログ『チェ・ブンブンのティヌマ』の管理人です。よろしければサポヌトよろしくお願いしたす。謎の映画探しの資金ずしお掻甚させおいただきたす。