第14回 グルテンはあった。それでも、パンにならなかった。
小麦粉には、必ずタンパク質量が書いてあります。今回使ったのは「もち姫」というもち性の小麦。タンパク質10.0%。数字だけ見れば、リスドォル(10.7%)やハルユタカ100(11.5%)と大差ありません。強力粉として、十分成立する数字です。(13回目に言ったレシピ本の話はまたにします)
実際、生地はちゃんと伸びました。発酵もパンパンに膨らみました。グルテンは、間違いなくありました。


それなのに、焼き上がって1分もしないうちに、目の前でパンが萎んでいきました。

何が起きたのか、数字で見る
64%から100%まで、加水率を上げながら焼いていきました。
64%:Y=2.16 67%:Y=2.26 75%:Y=2.44 82%:Y=2.52(この中での最高値) 90%:Y=1.10 100%:Y=0.80
ひどい結果となりました。同じ強力粉のハルユタカ100やリスドォルと比べると、終始低い水準での推移でした。

崩れ方が、いつもと違う
加水率を上げすぎて骨格が落ちる、という現象自体は、このプロジェクトで何度も見てきました。でも今回は、その「いつもの崩れ方」とは違いました。
焼き上がり直後の写真を見ると、天板とパン型に接していた底面・上面(火が通って先に焼き固まる部分)は形を保っています。焼き固まっていない側面だけが、内側に向かって潰れていく——横から見ると、くびれるように形が変わっていきました。
実際、90%・100%の断面写真を分析すると、縦横比(高さ÷幅)が82%までの1.05前後から、90%で0.79、100%で0.66まで下がっています。数字の上でも、縦長の食パンの形から、横に潰れた形へと変わったことが確認できます。
グルテンはあるのに、なぜ崩れたのか
ここが今回の核心です。もち姫はグルテンを形成する小麦です。実際、生地はちゃんと伸びて、パンパンに膨らみました。
もち姫の正体は「もち性」の小麦——デンプンがほぼアミロペクチンだけでできていて、アミロースをほとんど含まない品種です。日本国内で開発されているもち性小麦は、2016年時点でわずか6品種という、非常に珍しい存在です。
そもそもデンプンは、アミロースとアミロペクチンという2種類の分子でできています。一般的な小麦のデンプンは、アミロース約25%・アミロペクチン約75%という比率です。もち米や、もち姫のような「もち性」の品種は、このアミロースがほぼ0%——ほとんどアミロペクチンだけでできています。
アミロースには、ある特有の性質があります。冷める過程で、素早く結晶化する性質です。アミロペクチンの結晶化はゆっくり時間をかけて進みますが、アミロースは冷え始めたその瞬間から固まり始めます。
つまりアミロースは、焼き上がった生地が自重で潰れる前に、骨格を素早く固める「柱」の役割を果たしています。
もち姫にはこの柱がほとんどありません。グルテンは働いていても、支える相方であるはずのデンプン側が、固まるべきタイミングで固まってくれない。だから、焼き上がった瞬間の1分足らずで、目の前で萎んでいったのだと考えられます。
米粉パンで、みずほのちからのような品種がよく選ばれる理由も、同じ話で説明がつきます。米は品種によってアミロース量に幅があり、一般的な食用米(コシヒカリ等)で約18%程度ですが、みずほのちからはそれより高い19〜24%程度とされています。「美味しく食べるための米」はアミロースが低めでもちもちした方が好まれますが、「パン用の米粉」はあえてそれより高いアミロースを持つ品種が選ばれている、ということです。実際に米粉の研究でも、アミロース含量が低いと「膨らみを保てず腰折れを起こす」という、今回とそっくりの現象が報告されていました。
これは失敗作ではなく、貴重な検証
正直に言うと、これはパンとして成立していません。ただ、成立しなかったからこそ、骨格を作っているのが何なのか、逆側からはっきり見えるデータになりました。
グルテンだけでは、パンは立たない。デンプンだけでも、パンは立たない。両方が、それぞれのタイミングで働いて、はじめて立つ——これまでの連載で見てきた「湯種はデンプンが主役」「アミロースが骨格を決める」という話を、今回は失敗という形で裏側から証明したことになります。
だから、10〜30%のブレンドがちょうどいい
もち姫の販売元も、単体での使用は想定していません。パン用粉に対して10〜30%程度の置き換えでの使用が案内されています。
土台になる強力粉が、グルテンの量と、骨格を素早く固めるアミロースの両方を用意してくれる。そこにもち姫を1〜3割だけ混ぜ込むことで、土台の強度を保ったまま、もち姫が持つもちもち感だけを生地に足すことができる——単体では崩れてしまう個性を、割合を絞ることで長所だけ引き出す、という組み立てです。
100%では崩れる粉が、10〜30%なら、驚くほどのもちもち感をもたらしてくれる。
これは、タンパク質量の数字だけを見ていては分からないことです。パッケージのタンパク質10%という数字は、リスドォルやハルユタカ100と並んでも遜色ありません。でもその中身——デンプンがどんな性質を持っているか——までは、数字は教えてくれません。
次回予告
次回もお楽しみに。
