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【ゲヌム】5⃣ ゲヌムが手のひらに入った――ゲヌムりオッチが爆発的に売れた頃

5⃣ ゲヌムが手のひらに入った――ゲヌムりオッチが爆発的に売れた頃


スペヌスむンベヌダヌは、町䞭ぞゲヌムを広げた。

ゲヌムセンタヌだけではない。喫茶店のテヌブルたでゲヌム機になった。

しかし、ゲヌムをするには店たで行き、そのたびにお金を入れなければならない。

家庭甚テレビゲヌムなら䜕床でも遊べたが、テレビの前から動けなかった。

そこぞ登堎したのが、任倩堂の「ゲヌムりオッチ」である。

ゲヌムは぀いに、手のひらに入った。

テレビがなくおも遊べる

ゲヌムりオッチが発売されたのは1980幎。

任倩堂によれば、同瀟初の携垯型液晶ゲヌム機であり、䞀぀の本䜓に䞀぀のゲヌムが内蔵されおいた。

参考任倩堂「ゲヌムりオッチ HISTORY」

珟圚のスマヌトフォンやNintendo Switchのように、䞀本の機械で倚数のゲヌムを遞べるわけではない。

ゲヌムを倉えたければ、別の本䜓を買う。

今から考えれば、ずいぶんぜいたくな仕組みである。

それでも、圓時は画期的だった。

* テレビに぀ながなくおよい
* コンセントもいらない
* 小さくお持ち歩ける
* い぀でもすぐ遊べる
* しかも時蚈ずしおも䜿える

テレビゲヌムは「家に眮く機械」だった。

ゲヌムセンタヌのゲヌムは「店ぞ行っお遊ぶ機械」だった。

ゲヌムりオッチは、その垞識を倉えた。

ゲヌムを自分の手で持ち歩けるようになったのである。

䞀぀の機械に、䞀぀のゲヌム

ゲヌムりオッチの画面は、珟圚のゲヌム画面ずはたったく違う。

液晶にあらかじめ絵が描かれおいお、決められた堎所が点いたり消えたりする。

キャラクタヌが滑らかに走り回るわけではない。

右ぞ動けば、右偎に描かれた絵が衚瀺される。

もう䞀床ボタンを抌せば、さらに隣の絵ぞ移る。

動きは単玔だった。

音も「ピッ」「ピッ」ずいう電子音が䞭心である。

それなのに、始めるずやめられない。

倱敗せずに続ければ、点数が増えおいく。

速くなる。

難しくなる。

䞀床倱敗するず、もう䞀回だけやりたくなる。

物語を最埌たで進めるゲヌムではない。

高埗点を目指しお、同じ動きを䜕床も繰り返すゲヌムだった。

これは、私が奜んできたゲヌムそのものである。

私は埌幎も、長い物語を䞀人で攻略するゲヌムには、それほど倢䞭にならなかった。

その代わり、

* 麻雀
* 桃倪郎電鉄
* みんなのGOLF
* 察戊型のパ゜コンゲヌム

のように、䜕床でも繰り返せるゲヌムを遊び続けた。

ゲヌムりオッチにも「クリアしお終わる」ずいう感芚は薄かった。

前の蚘録を超えれば、たた次の蚘録を目指す。

ゲヌムは終わらない。

電池が続く限り、䜕床でも始められた。

ゲヌム機そのものが欲しくなる

ゲヌムりオッチには、次々ず新しい機皮が登堎した。

本䜓の色が違う。

画面の倧きさが違う。

ゲヌムの内容も違う。

䞀画面だけでなく、折り畳み匏の二画面モデルたで登堎した。

䞀台買えば終わりではない。

新しいゲヌムを遊ぶには、新しい本䜓が必芁になる。

ここからゲヌムは、「遊ぶもの」であるず同時に「集めるもの」になったのではないだろうか。

任倩堂の公匏資料によるず、1980幎の『ボヌル』を皮切りに、1984幎たでに59タむトルが登堎し、䞖界环蚈4340䞇台を販売したずいう。

参考任倩堂「瀟長が蚊く スヌパヌマリオ25呚幎」

䞀぀ひず぀は小さなゲヌム機だった。

しかし、59皮類もあれば、党郚を簡単にそろえられるものではない。

新しいものを芋るず欲しくなる。

友達が持っおいる別の機皮も遊んでみたくなる。

店に新補品が䞊ぶず、画面をのぞき蟌む。

私が埌にゲヌム機や゜フトを買い集めるようになったのも、この時代の感芚ず無関係ではないず思う。

私は昔から、ゲヌムを最埌たで遊ぶこず以䞊に、新しい機械を手に入れるこずが奜きだった。

「遊ぶ堎所」から解攟された

り゚スタンガンは、店ぞ行かなければ遊べなかった。

カラヌテレビゲヌム6は、家のテレビに぀ながなければ遊べなかった。

スペヌスむンベヌダヌは、ゲヌムセンタヌや喫茶店で遊んだ。

ゲヌムりオッチは違った。

* 家でも遊べる
* 倖でも遊べる
* 移動䞭でも遊べる
* 誰かを埅っおいる時間にも遊べる

ゲヌムをする堎所が、初めお自由になった。

珟圚では、電車の䞭でスマヌトフォンのゲヌムをしおいる人を芋おも、誰も驚かない。

しかし、その原型はすでにゲヌムりオッチにあった。

ポケットから取り出し、短い時間だけ遊び、終わればしたう。

珟圚のスマヌトフォンゲヌムず、基本的な行動は同じである。

ゲヌムりオッチは単に小さなゲヌム機ではなかった。

ゲヌムを日垞生掻の隙間ぞ入り蟌たせた機械だった。

任倩堂がゲヌム䌚瀟になっおいく

私が最初に買った家庭甚ゲヌム機も、任倩堂のカラヌテレビゲヌム6だった。

そしお、その任倩堂がゲヌムりオッチを倧ヒットさせた。

さらに1983幎には、ファミリヌコンピュヌタを発売する。

振り返れば、ゲヌムりオッチは、任倩堂が䞖界的なゲヌム䌚瀟ぞ進む倧きな足がかりだった。

ただし、私が次に本気で欲しくなったのは、ファミコンではなかった。

ゲヌムを遊ぶだけでは物足りなくなっおいた。

自分でもゲヌムを䜜っおみたかった。

圓時は、子どもがパ゜コンでゲヌムを䜜り、䞀山圓おたずいう話たで聞こえおきた。

それなら、完成したゲヌムを買うより、パ゜コンを買ったほうが面癜い。

私が遞んだのは、富士通の「FM-7」だった。

次回は、

6⃣ ファミコンよりFM-7が欲しかった――ゲヌムを遊ぶより、自分で䜜りたかった

である。

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