勝ち負けは重要ではない?
「近代オリンピックの父」と言われるクーベルタン男爵は「オリンピックで最も重要なことは勝つことではなく参加することである」と言った。
しかし、「それはわかるけど」という思いに駆られる部分もある。なにしろ、競技者がめざすところは「勝利」なのだ。
さて、オリンピックの精神はともかく、一般のスポーツ競技に目を向けてみよう。
「『勝ち負けは重要ではない』といった人は、おそらく皆負けている」――マルチナ・ナブラチロワ(プラハ出身の元プロテニス選手)
『賢者の名言』(池田書店)
名言とされる言葉のなかにはきれいごとに思えるものが多いと感じている私は、この言葉には溜飲が下がる思いだ。真理をストレートに表していると思うし、きれいごとではない、まさに〝歯に衣(きぬ)着せぬ〟辛辣なスマッシュだ。ユーモアで包んだ皮肉でもあるが、現実を見据えたドライな考え方だと思う。
彼女が全盛を誇った時代から少々時が経過しているから、よく知らない人も多いかもしれない。この名言を理解しやすくするためにも、先に人物を紹介しておいたほうがいいだろう。
彼女は女子テニス史上で異彩を放つ偉大な選手であり、長年にわたって世界ランキング1位に君臨した。40代後半まで現役で活躍し、2000年には国際テニスの殿堂入りを果たしてもいる。
意志が強く、妥協することを嫌った。現実主義的な勝負哲学や率直な語り口でも知られる。そんな人格がこの名言を生んだのだろう。
実績をざっとあげてみよう。
四大大会(グランドスラム)で優勝通算59勝(シングルス18勝、ダブルス31勝、混合ダブルス10勝)。
ウィンブルドンのシングルスで9回の優勝(同大会の最多記録)。
通算タイトルは、シングルス167勝、ダブルス177勝(いずれもオープン化以降の最多記録)という驚異的な記録を樹立した。
スポーツ競技では勝敗がすべてと言ってもいい。そんな厳しい世界で、彼女は女子テニスでは珍しかったアグレッシブなサーブアンドボレーを得意とし、さらに、ネットへ突進する攻撃的なスタイルや多彩なプレーで女子テニスのレベルを引き上げたと言われる。
私の想像にすぎないが、彼女は『勝ち負けは重要ではない』という言葉に対し、決して単純に突っぱねたのではないと思う。まあ、少しは「逃げ口上だ」「敗者の負け惜しみだ」「負け犬の遠吠えだ」などと思ったかもしれないが。
激しい気性ではあるが傲慢ではないと思う。敗者をばかにしたりさげすんだりしているわけではないはずだ。
ストレートな物言いは勝者の傲りのようにも取れるが、彼女の言葉は物事の真実であるとともに本質であると思う。それを少しのユーモアで包み、皮肉をまぶしたと私は受け止めた。彼女の、競技に臨む冷徹で厳しい姿勢を考えるとそう思える。
競技に厳しい姿勢で挑む裏には、対戦相手を敬う気持ちがあるはずだ。テニスに限ったことではないが、命運をかけて勝ちを奪い合う立場であれば、それが激しければ激しいほどその思いは強くなるだろう。
彼女の言葉は、敗者への叱咤激励であると捉えたい。
