人の思いはそれぞれだから
私はつかみどころのない問題に出くわすと、よく「正解のないテーマ」という言い方をする。世の中にはきっちりと白黒をつけられない問題がたくさんある。この「白黒」にも逆順の「黒白」という言い方があり、読みも「くろしろ」と「こくびゃく」の二通りある。どちらも正しいがなんとなくもやもやする。
本シリーズ第一作の「お若く見えますねと言われたら」のなかで、「ヘッダー画像の『物事は捉え方次第、捉え方はその人次第』は凡筆堂の名言になるだろうか」と述べたところ、Aさんという方からありがたいコメントをいただいた。
それをこの記事に転載しようと思ったのだが、厚かましいと思って差し控えた。興味がおありの方は、お手数ですがコメント欄を参照いただけたら幸いです(外国のかたのお名前です)。
Aさんは名言の定義を示してくださったり、ネットで検索して既出かどうかを調べてくださったりした。その結果、「凡筆堂の名言になっていると言えるのではないでしょうか」と言ってくださった。
ほかにも、コメント蘭で褒めてくださったり賛意を示してくださったりした方もおられたことから、おこがましいとは思いつつ、名言として例外的に取りあげることにした。
「物事は捉え方次第、捉え方はその人次第」——凡筆堂
シリーズ化に先がけて掲げた条件のひとつである「あまり知られていないこと」については十分すぎるほど満たしている。いや、それどころか全然知られていない。
ところで、参考までに「名言」を国語辞典で引いてみた。各辞典の〝捉え方の違い〟がおもしろい。
「ことの道理をうまく表現した言葉」(大辞林)
「なるほどと感心させられるような、すぐれたことば」(三省堂国語辞典)
「確かにそうだと感じさせるような、すぐれた言葉」(岩波国語辞典)
「物事の本質や人生の事実を言い当てたすぐれた言葉」(旺文社国語辞典)
「事の道理をよく言い当てたすぐれた言葉」(日本語新辞典)
「①事柄の本質をよくとらえて表現した、短い言葉 ②人生の機微を表現し得た、短い言葉」(新明解国語辞典)
物事の捉え方が白になったり黒になったり、あるいはそれらの中間である無段階グレーになったりする場合、明確な判断基準がない限り、答えは人それぞれとなる。三者三様、十人十色であり、個人の思考は千差万別ということだ。
身内である夫婦や親子、兄弟姉妹でさえ意見がわかれることがあるのだから、他人である友人や恋人、先輩後輩や同僚だって同様だ。会社の会議や町内会で議論百出となっても不思議ではない。
それどころか、厳格な法律に基づいて行なわれる裁判でさえ二転三転することが珍しくないのだ。
A江「凡筆堂くんって、まじめで頭いいわよね」
B代「うっそー、だんまりすけべじゃない? なんかいやらしいわ」
C美「でも、そういうところがいいわ。めっちゃ優しいから好き」
D子「私にはすごく冷たいわよ。なんでかなー。鏡見てみよっと」
物事もいろいろなら人間もいろいろ。だから捉え方だっていろいろ。いったい何が正しいやら。いや、正解はないのかもしれない。それとも、どれも正解か。
「正解のないテーマ」の好例のような内容です。
