人の生き方が気になりませんか
犯罪の報道に接すると、なんであんな悪いことをするんだろうとか、一度きりの人生、まともな生き方をすればいいのに、などと思う。
犯罪とまではいかなくても、他人に迷惑をかける人がいる。そういう人には「自分の生き方を見直したらどうかね」などと言いたくなるが、現実にはなかなか言えない。そんなことを言ったらトラブルになるだろうし、言ったからといってその生き方を変えてくれるという保証もない。
「人の生き方に反対でも、変えさせるのはよくないわ。それに大抵手遅れだし」――フランソワーズ・サガン(フランスの小説家)
『名言・座右の銘1500』(ナガオカ文庫)
真理を突いているし、しゃれた皮肉も込められたおもしろい名言だ。
サガン(1935—2004)は20世紀のフランス文学における代表的作家の一人だ。孤独を愛し、自由を貫いた享楽主義者と評される。
世界的ベストセラーとなった『悲しみよこんにちは』は、18歳のときに著された処女作だ。世間の道徳や人間の欺瞞を冷ややかに見つめる作風が、当時の若者のハートをつかんだと言われている。
世の善人たちの多くは、社会に迷惑をかけるような人には生き方を改めてもらいたいと思うのではないか。
また、迷惑ではないとしても、自分と相反する考え方には反発するかもしれない。そして、場合によってはちょっかいを出したくなることもあろう。しかし、人の生き方を変えさせるのはよくないとサガンは言う。
逆に、とやかく言われた側は、「これが俺の生き方だ」とか、「あたしの生き方に口出ししないでよ」などと反発するかもしれない。しかし、サガンはそれを「それなりの正論」と捉えているようだ。
要するに、「どうであろうと、その人なりの生き方なのだから尊重すべきであって、こちらの言い分が正しくても、安易に変えさせようとしてはならない」ということだ。
その一方で、「それに大抵手遅れだし」と、皮肉を込めた一言で突き放している。これは、「変えさせるのはよくないわ」を遠回しに、逆説的に言い換えているともとれる。
それだけでなく、言ってもむだという意味もある。「手遅れ」という言い方はそのものずばりだ。
私の周りにも、生き方を変えてもらいたい人がいる。以前拙作に登場したM子はその一人だ。決してバカではないのだが、考え方が独特かつ偏向気味で、しばしば顰蹙を買っている。
世間には〝難攻不落のマイワールド〟に生きている人が少なくない。あなたの近くにもいるのではありませんか。
サガンはたくさんの人たちに慕われていた。人の弱さを軽蔑せず、人間とはそういうものなのだと、あたたかい目で見ていたことがその理由のひとつとも言われている。
その一方、枠にはまった社会の規範を嫌っていた。社会の常識に反抗する異端児とも言える。そして、私生活は破天荒だった。「カネは使うためにある」が持論で、莫大な印税はカジノや豪遊に消えていった。
「人の生き方に反対でも、変えさせるのはよくないわ」という一言は、自分は他人にとやかく言いたくないし、逆に、自分も他人から言われたくないという意思の表れだったのかもしれない。
