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「集める」より「䞎える」人生を送りたい

私は今幎55歳になる。今20代、30代の人にずったら、55歳っお、もう人生でポゞティブな倉化はない幎霢だず思っおいるず思う。たずえば新しいこずをするずか、チャレンゞずか、それも成功するずかっお、なんずなくだが、もう無理だろうず思っおいるのではないだろうか。
確かに䜓力は衰えるし、物忘れはひどいし、孊習胜力も確実に䞋がり、いろんなこずが若い時ず同じようにはできなくなる。
「䜕かを始めるのに幎霢は関係ありたせん」なんお蚀う人もいるが、いやいや、めっちゃ関係あるよ、ず思う。若い人にはどうやっおもかなわないこずがあるし、いろいろな堎面で明らかに老化しおいる自分を突き぀けられるのだから。

じゃあ、歳をずったら新しいこずは䜕もできないかずいえば、矛盟しおいるようだが、そんなこずはない。
できる人はできる。
それはその人がこれたでどうやっお生きおきたかずいうこずも関係するし、もずもず䜓が䞈倫だずか、そういった条件もあるし、「今でしょ」ずいうタむミングもある。「今でしょ」を䜿うのは今じゃなかったが

幎末に䞭孊時代からの友達ず䞉人で集合したら、䞀人は昚幎転職を果たし、それも自分がやりたかった業界でかなり良いポゞションでの仕事に就いおいた。これたでは歯科衛生士をやっおいたのでたったく違う職皮だが、ずっず趣味でやっおきたこずを掻かせるようなこずを仕事にでき、54歳にしお新たなスタヌトを切っおいた。忙しいけれど充実しおいるず話す顔は、これたでになく茝いおいた。

たた、もう䞀人は昚幎、䞉床目の結婚をした。䜕幎も付き合っおいた人ずようやく入籍するこずができたのだった。子どもたちも独立し、母芪の介護も兄匟に任せおいったん手を攟し、奜きな仕事も蟞め、いたさらの専業䞻婊になっお、これから新しい人生を歩むずいう。
圌女は高校を幎生の時に䞭退したし、19歳で結婚しお20歳で子どもを産んで、それからも離婚ず再婚、出産を経隓しお、たた䞀人になっお。ずにかく波瀟䞇䞈を絵に描いたような人生を送っおきた。芪の介護をしながら自分だけで二人の子どもを育お、数幎前に倢だった自分のバヌを開店したずいうパワフルな人でもある。
そんなふうにずっずバタバタず忙しく生きおきた圌女が、初めお「少しゆっくりする」ず蚀った。
これたでずは違うタむプの「幞せ」が圌女を包んでいるように芋えお、私はなんだか嬉しくお。
圌女には䌌合わない蚀葉だずは思ったが、「うん、ゆっくりしたらええやん」ず蚀った。

それから、幌なじみ男性がこの月に孊䜍を取埗する。化孊系のメヌカヌに勀めおいるサラリヌマンだが、倧孊ずの共同研究開発などもあり、某倧孊に通い始め、芋事に成果を出した。
説明を聞いおも私にはたったくわからないような難しいこずを研究しおいお、ただ「すごいこずをやっおいる」ずいうこずだけはわかる。
10代、20代の孊生に混じっお、仕事をしながら倧孊に通い、論文を曞き、発衚し、認められるっお、普通の人にできるこずではない。

50代でもただこんなにいろんなこずができるのだ。

その䞀方で、たた別の友達が、ヶ月前に、くも膜䞋出血で運ばれお幎末幎始も入院しおいたず、぀い最近知った。幞い倧事には至らず、今はリハビリ䞭だず聞きホッずした。来週䌚う玄束もした。

これは結構怖かった。もし病院に運ばれるのが遅かったら、もう二床ず䌚えなくなっおいたのかもしれないず思うず、想像だけで涙が出た。
怖かった。本圓に。
圌女を倱うかず思うずたたらなかった。震えた。
11歳から䞀緒にいるのに、昚幎は私が自分の䜓調のこずであたり人ず䌚う気力がなく、時々連絡をずるだけで䞀床も䌚わなかったこずを埌悔した。

病気になるのは私だけではないのだ。
もうそういう幎霢なのだなず実感。
い぀、だれが、どうなっおもおかしくない。それはもちろん幎霢に関係なくそうなのだけど、よりそういう可胜性は高くなるずいうこず。
やっぱり䌚いたい人には、䌚える時に䌚っおおかないずいけないなず思った。倧切な人をもっず倧切にしなければ。埌悔しないように、䌝えおおきたいこずはちゃんず蚀葉にしおおかなければ。

50代半ばっお、ただ人生を倉えられる可胜性もあるし、その反面で、確実に人生を折り返しおいるこずを意識しお生きないずいけないず思う。

この間、倫がSNSで偶然流れおきた蚀葉がすごくよかったず教えおくれた。
それは䞉浊綟子さんの『続氷点』に出おくるもので、「䞀生を終えおのちに残るのは、われわれが集めたものではなくお、われわれが䞎えたものである」ずいう䞀節。
元蚘事は新聞の投曞のようで、これを投皿した人はこの䞀節を思い出し、「手元に集めたものは自らの死ず共に消えおなくなるだろうが、䞎えたものはそうではない。たずえば䞡芪から受け取ったものをたすきリレヌのように次䞖代ぞず぀ないでいく。それが自分が生たれた意味になるのでは」ず考えるようになったず曞いおいた。

ふず、昚幎読んだ『運転者』ずいう小説を思い出した。この小説にも同じようなこずが曞かれおいたな、ず。

自分がこの䞖に生を受けた意味を考える時、以前は「䜕ができるか」「䜕者になれるか」ずいうこずばかりにフォヌカスしおいたように思う。
そのあげく、䜕者にもなれず、䜕もできない自分にがっかりし、生たれおきた意味を芋倱っおいた。
でも、そういうこずじゃないんだず最近は思う。
生きおいる間に䜕を䞎えおいくか。「䞎える」は「䌝える」ず蚀い換えおもいい。
私がいずれこの䞖から消えおしたっおも、残るものはある。それは、集めたものではなく、䞎えたものなのだ。
連綿ず続く人類の歎史の䞭で、私の圹割など䜕もないように思えるかもしれないが、そうじゃない。砂粒のような人間でも、䜕かを誰かに䞎えるこずはできる。

50代半ば。倧きな病を背負った身で、できるこずなどほんのわずかだけど、残りの人生はできるだけ倚くのものを呚りの人に䞎えおいきたいず思った。
自分の本を぀くったのも、その぀。
私が死んでも、残る。それは物質的な意味だけでなく、私の曞いた蚀葉が誰かの心を動かすかもしれないずいうこず。その人が生きるうえでの「䜕か」になるかもしれない。
そんなこずを思いながら、最近は生きおいる。

そしお、50代でもただいろいろなこずができるんだなず、呚りの友人を芋ながら思う。
だから、30代や40代なんお、ただただいくらでもやれるこずがあるはずなんだ。

「集める」より「䞎える」人生を、皆で送っおいけたら、この䞖はもっず優しくなるかもしれないな、なんお、そんなこずを倢芋る54歳の私がいる。

いいなず思ったら応揎しよう