【note創作大賞2026】 55℃の瞳 2話-4
アオイは制服に身を包み髪を整えた。
いつもの茶色い首輪に戻ったハチに、警察ハーネスを着させる。
パジャマ姿の剛が「もう、いくのか?」と声をかけ、うん、とうなづく。
そこへ、
《まって、まって、ちょっとまって》
と通知が送られた。
パタパタと妙子がやってきて、手にもった荷物をアオイに渡した。
「はい、これ、皆さんに」
「ああ、ありがとう」
「気をつけてな」
「体大事にね、みなさんによろしく」
「またのお帰りをお待ちしています」
気がつくと横にいた円覚が丁寧にお辞儀をした。
「じゃ、行ってくるよ」
とアオイは軽く手を振って門の扉へ向かう。
横でハチが
「ばあちゃーん、じいちゃーん、円覚さーん、またねー」
と振り返って、笑った。
*
渋谷区A1ドーム警察署についたアオイとハチは、課長室に向かった。
ドアがスーっと開き「失礼しま……」と入ろうとすると、
「危機管理室の奴ら──ああああ────ボス──」
とくもったうめき声が聞こえた。
視線を下に向けると、床に伏せたセントバーナード。
その上に覆い被さった安藤が、人工毛に埋めた顔を左右に動かしている。
(またか……)
事件発覚から50時間。
課長の胃の穴は増え続け、早くも限界近いらしい。
ボスと目が合うとゴーグルに通知が届いた。
《すまないね、アオイにハチ。あと30秒ほどで終わると思うから》
《いいよ、急ぎじゃないし》
アオイが、不在の間の事件進捗資料に目を通していると、安藤がハッとしたように振り返った。
一瞬凍った後に、慌てて立ち上がってアオイとハチに向き直る。
いつものように左手の人差し指で眉間を擦るが、
そこにあるはずのゴーグルは額にずり上げられている。
「ああ、松宮君にハチ。入室前はノックじゃなかった、通知を……ああ……私がゴーグルを外して……すまない」
安藤がゴーグルをはめ直すのを待ち、フローズパックを差し出しながら、自動挨拶を送る。
《お忙しいところお休みをいただきありがとうございました。
大伯母から、新潟県産コシヒカリと梅干しです》
安藤の喉がゴクリとなった。
フローズパックを両手で受け取る。
「ありがとう、松宮君」
安藤の目がわずかに輝いた。
「米のご飯なんていつぶりだろう。これにはやはりマグロの刺身と日本酒を──いや待て、アジの開きとビールも捨て難いな……」
すると、横から伸びてきた大きな鼻先が、ぱくりとフローズパックを咥えた。
「悪くなってしまうから食堂のフリーザーに入れてくるよ、レン」
安藤からコシヒカリと梅干しを取り上げたボスは、アオイを見て、
「貴重なものをどうもありがとう、アオイ。美味しく頂かせてもらうよ。大伯母様によろしく伝えておくれ」
と言い、ゆっくりドアから出ていった。
連れて行かれるコシヒカリと梅干し。
未練がましくじっと見ていた安藤だったが、
頭を振って課長席に戻ると、机に両肘を置き顔の前で手を組み、
「それで松宮君、事件の話だが……」
と始めた。
次の話
