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【note創作大賞2026】 55℃の瞳 1話-1

*あらすじ*
2075年7月、東京。温暖化で夏の気温は55℃となり、人々はドーム都市で暮らしていた。AIやロボット、ARゴーグル、虹彩認証、人工子宮、人工皮膚が普及した未来社会。警察官3年目・21歳の松宮葵(アオイ)は、相棒のゴールデンレトリバー型警察犬AIロボット・ハチと共に、渋谷区A1ドーム警察署で勤務していた。ある日、日本を代表する有名政治家が遺体で発見される。その両眼は失われていた。


「アオイ、アオイ、深呼吸。リラックスして。情報の変更はないし、メタデモの通りに動けば大丈夫だよ」

左耳からハチの声がする。

「別に緊張なんかしてない。突入は初めてってわけじゃないし」
と返したものの、自分でも心臓の音が聞こえる位ドキドキしている。
バイタルを共有しているハチが気づかないわけがない。

スーツ内部はアオイの発汗に対応してさらに設定温度を下げ、イクシード・フレイムを握り締める両手は少し震えている。

何かが左腕に触れて、ピクっと体が動いた。 
ぷにぷにして柔らかく少し暖かい。
ハチの肉球だ。
光学迷彩で姿が見えないが、すぐ横にいるハチが、アオイを安心させようと前足を置いたのだ。

「ん……」
アオイも手を伸ばしてハチのふわふわした人工毛をなでた。
前足から肩、そして耳、頭と、わしわしと触っていくと、ハチはアオイの手に鼻を擦り付けてきた。

柔らかさに気持ちがほぐれていく。

《60秒前。カウント開始。安全装置解除》

右耳にリスモスからの指令が飛ぶ。

ゴーグル中央に
《60》
の数字が表示され、
59、58、57……
と減りながら右上へ移動した。

ゴーグル正面には、建物の見取り図が再び表示される。

天照メンバー17人が赤い点。
千葉県警捜査課11人とその相棒11体が青い点。
千葉県警所属クラスト31体が緑の点。
そして、アオイとハチが黄色い点。
どの点も、1分前に見た時と動いていない。

アオイはハチから手を離し、イクシード・フレイムのショックモードを確認して、ロックを外し、目の前に構えた。

50.49.48.47...

ゆっくりと息を吸ってはきだす。

大丈夫。
この時間なら天照メンバーは寝てる。
起きてすぐには反撃できない。
ショックモードで無力化するだけだ。

7.6.5.4.3.2.1...

《0》の後、

《投降猶予終了》

《GO》

表示が切り替わった。

アオイは立ち上がり、裏口の扉へ銃口を向けて待機した。

建物内部から騒がしい音が聞こえ始める。
人や機械の動く音。
内容まではわからない人間の怒鳴り声。
そして、パン、ポン、ボン、と破裂音。

ゴーグルに表示された見取り図の点は、一気に世話しなく動き始めた。
2階、3階で、赤、青、緑が、集まってぐるぐるまわり、目で動きを追うのはもう無理だ。
止まっている点は、1階の入り口付近の7つに、裏口の5つだけになった。

赤い点の1つが集まった点から離れ、階段を降り、裏口に向かってきた。

(こっちにくる!)

アオイのゴーグルに、到達予想時までのカウントダウン表示が光り、小数点以下3桁がみるみるうちに減っていく。  

白いレティクルがドアの手前に点滅する。
黄色のドリフトポイントを合わせるように、銃を構える。
左右に震えて、なかなか一致しない。

バン!

ドアが開き、勢いよく飛び出してきた。
人だ。男だ。
右手に持っていた銃を、アオイと逆方向に構える。

ピピピピピピピピピ……

レティクルとドリフトポイントが一致し、引き金を引く。

ビ────

イクシード・フレイムの銃口から黄色い閃光が一直線に伸び、当たった男は、声も上げずに倒れ込んだ。

直後に左右から発射されたアレスターリムが男に巻き付いて拘束する。
スーという微かな駆動音の後、拘束された体は宙に浮き移動を開始した。

ゴーグルでは、赤から薄いピンクに変わった点が、2つの緑の点とともに、黄色から遠ざかっていく。

(当たった……)

息を止めていたことに気づき、吐き出した。
  

「まだだよ!アオイ!」

ハチの声にゴーグルに意識を戻す。
再び赤い点が、階段を降り始めていた。カウントダウンが始まり、レティクルがドアの手前に点滅する。

(ッ! 早く……)

銃を構えドリフトポイントを合わせようとすると、カウントダウンが停止した。
裏口手前で3つの緑にかこまれた赤い点が薄いピンクに変わった。


ガーディアン2機が浮かび、北へ飛び立つ。

見届けたアオイのゴーグルに

《武装解除OK》

の表示が浮かんだ。

他のスーツ姿の面々が、伸びをしたり、しゃがんだりおもむろにくつろぎ始めた。

C-lineで呼びよせたパトフラが、スーとアオイの横に到着する。
バックハッチを開けて、ロックを確認し、イクシード・フレイムをしまった。

背後からの通知が届き、振り向くとスーツ姿が1人片手を上げて近づいてくる。
敬礼マークが点灯した。

スーツのヘルメット部分に険しい表情の壮年男性の顔が写る。

顔の横に
《黒崎隆一警部
千葉県警千葉市C1ドーム警察署捜査課課長
天照制圧作戦 現場指揮官》
の解説が表示され、アオイは慌てて背筋伸ばし敬礼した。

スーツ・黒崎警部もアオイの前で立ち止まって敬礼する。

《警視庁渋谷区A1ドーム警察署捜査課
松宮葵巡査
貴君の協力により天照制圧作戦終了した。
感謝する》

表示に、はい、と答えると、黒崎警部は敬礼をなおり、敬礼マークが消えて、アオイも敬礼をやめる。

すると黒崎の険しい表情が緩んだ。

「これで作戦終了だ、松宮くん。
ほんと助かったよ。」
と右耳から軽やかな音声が聞こえた。

「こちらこそご指導いただきありがとうございました」
アオイが頭を下げる。
黒崎はいやいや、と手をふった。

「安藤課長に報告は送っておくから。
それじゃ、また何かの時に」
くるりと背をむける黒崎に、アオイはまたかるく頭を下げた。

黒崎はすたすたと遠ざかり、今度は右手で指さしながら、集まっているスーツたちに近づいていく。
自分の部下たちに、まだ気を抜くな、とでも言っているのだろう。

アオイは、横で一緒に気をつけをしていたハチを見て、
「帰るか、ハチ」
と、声をかけた。

ハチはアオイを見上げると、緑の目を光らせて舌を出し、ふさふさのシッポをブンブン振った。

はあ、とため息が漏れた。
今になって体から力が抜けていく。
背中は汗でじっとり濡れ、冷たかった。



次の話


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