女性で凍るアイスランド
まず最初に皆様には謝らなければいけない事がある。以前に私は女性教師が男子生徒の意欲を下げたり、得点や成績操作することに関してnoteに書き「女性教師は男児を2つの意味で馬鹿にする」と称したnoteを公開した。
しかしどうやら現実は違うようであり、ある分野における女性の多数化は学力というか知的水準というか、とにかくそういったものを全体的に引き下げる事が示唆されているのだ。それを顕著に裏付けるのがアイスランドである。
アイスランドは世界で最も男女平等な社会として称賛されている。例のジェンダーギャップ指数は2025年には0.926を記録し(我が国は0.666)、なんと16年間連続で1位の座に輝いている。2026年3月現在、首相もクリストルン・フロスタドッティルという女性であり、2023年に議員女性比率も47%に達した。更に言えばアイスランドの検察庁長官はシグリズル・A・アンデルセンという女性であり、主要な大学の学長も大体女性だ。端的に言えば、アイスランドはほぼ全ての分野において女性がトップとして国を牛耳っており、日本の未来のあるべき姿ともされている。実際「アイスランド ジェンダー」とgoogleで検索すれば、その1ページ目の検索結果は全て「アイスランドは素晴らしい。日本は見習うべきだ」という内容で埋め尽くされる。
https://www.gender.go.jp/policy/positive_act/pdf/sankou2_23_09.pdf
そんなアイスランドであるが当然男性の自殺率は高い。しかし意外なのは女性の自殺率もまぁまぁ高いことだ。主要先進国の中において女性自殺率は1位の韓国が14.9、2位の日本が9.8を記録するなか、アイスランドは6.5であり、これは厚労省作成のグラフを見て貰えば分かるが「中の上〜上の下」といったところだ。

更に女性が主要な権力者のトップにおり、事実上アイスランドほど男女平等が達成された国はないのにも関わらず、2024年10月にアイスランドのGallupが1688人を対象に実施した調査では「アイスランドにおいて完全なジェンダー平等が達成されたか」の調査において男性の60%がYESと答えた1方で、女性は僅か30%がYESと答えている。
極めつけは抗うつ剤の使用率が世界1位なことだ。OECD平均のほぼ2倍であり、しかも増加傾向にある。調査によれば国民の15%から25%が人生 のある時点でうつ病を経験すると推定されるそうだ。
https://qz.com/149733/iceland-has-the-highest-rate-of-antidepressant-use-in-the-world-by-a-long-shot
端的にまとめれば、アイスランドは権力者の大部分が女性で占められているにも関わらず、女性達は男女平等に関して不満を抱き、自殺率も中の上でメンタルは最悪で、抗うつ剤漬けになっているということだ。そしてアイスランドにおいて、こうした「冷凍」が最も顕著に表れてる分野が教育だ。
アイスランドの学力ジョセイは世界1
アイスランドの教職員は女性で占められている。就学前教育(プレプライマリー)における女性教員の割合は93.89%に達し、全教員を見渡しても約80%が女性だ。また、イスランド大学の教員養成課程に在籍する学生の90%以上が女性であることから、この傾向は将来にわたって固定化されることが予想される。
そのアイスランドは教育にとても金をかけている。まずアイスランドでは、教育の大部分が公共セクターによって提供されており経済的な壁を取り払う仕組みが出来ている。アイスランドにおける義務教育は6~16歳であるが、学費は勿論として教科書や学校で使う教材費に至るまで完全に無料なのだ。更に義務教育を終えて高等教育に進んでも公立校なら学費は無料だ。
更に最近、2020年には法律が改正されて、学生ローン基金という制度が誕生した。この学生ローン基金は、単なる「金の貸付」ではなく、強力な生活支援の側面を持っている。なんと学生の居住状況(賃貸か実家か)、婚姻状況、子供の有無に応じて、生活費の追加貸付や助成金が支給されるのだ。それだけではなく、定められた標準修業年限内(予定された期間内)に学位を取得して卒業した場合、なんとローン元本の30%が「助成金(返済免除)」に切り替わる。
そんなアイスランドは2020年時点において大学教育を受けた女性は47.6%で、男性は34.3%だ。国がこんなに教育に金をかけ、女性の高等教育進学は男性を遥かに上回り、また「インクルーシブ教育」として様々な先進的取り組みを行ってすらいる。これだけ手間暇金をかけ、また男女平等な国において学力はさざ素晴らしいに違いない!
OECDのF欄
結論から言えば、アイスランドは現在深刻な学力低下危機にある。OECDが実施する2022年の学習到達度調査(PISA)のスコアはこんな感じだ。
・数学的リテラシー
-OECD平均472点
-アイスランド459点
-2009年比で48点の低下
・読解力
-OECD平均476点
-アイスランド436点
-2009年比で64点の低下
・科学的リテラシー
-OECD平均485点
-アイスランド447点
-2009年比で49点の低下
(因みにコレに関して移民の影響を指摘する方もいるかもしれないが、アイスランドにおける移民背景を持つ15歳の生徒の割合は2012~2022年で4→7%の増加に過ぎず、統計に大きく影響を与える程ではない)
当然コスパは最悪だ。教育投資収益率(ROI)は教育への投資(学費、時間など)から得られる生涯賃金などの増分を測定する指標であるが、アイスランドのROIはOECD平均の半分だ。アイスランドでは高等教育への投資収益率は男性で8%、女性で9%と測定されているが、OECD諸国の平均では、その2倍程度、つまり男性で約15%、女性で約18%となっている。
そして私が上記であげたnoteの通り、学力におけるジェンダーギャップも拡大傾向だ。PISA2022のデータによれば、数学においては男女間に有意なスコア差は見られないものの、読解力においては女子が男子を35点も上回っている。読解力で最低限の習熟度(レベル2)に達していない生徒の割合は、女子が32%であるのに対し、男子は47%に達している。
アイスランドにおける教育は豊富な金と手間暇と男女平等にも関わらずボロボロで、更に今現在進行形で壊滅しているのだ。
女性教師の過剰代表
これに対する皆様の疑問は「アイスランドがヤバイのは分かったが、それは1般論として適用出来る現象なのか?」だろう。そして、まさに最近この疑問を調査した研究が登場した。
中等教育における女性教師の比率の差異は、PISAで観察されるジェンダー間の成績格差とどのような相関関係を持っているのだろうか?従来の教育学研究においては、個別の教室内において「教師の性別と生徒の性別が1致しているか」が、生徒の成績に与える影響を測定するミクロな研究が主流であった。そして教室内・学校レベルの研究では、教師のジェンダーが生徒の成果に与える体系的な影響について1貫した結果や有意な効果はほとんど見出されてこなかった。
しかし最近これにブレイクスルーが訪れた。それが「Overrepresentation of female teachers in secondary education and gender achievement gaps in PISA 2022」だ。この研究はミクロな教室環境ではなく、教育システム全体のジェンダー構成、すなわち「教師陣のジェンダー・プロファイル」と「システムレベルでの成績ジェンダー格差」の関係性を国際比較を通じて明らかにしたのだ。
研究では単なる「女性教師の絶対的な割合」ではなく、より精緻な指標として「女性教師の過剰代表性(Overrepresentation of female teachers)」という概念を導入した。これは「各国の中等教育教師に占める女性の割合」から、「その国の広範な労働力(労働市場全体)に占める女性の割合」を差し引いたものである。この指標を用いることで、単なる社会全体の女性の労働参加率の影響を排除し、「教職という特定の領域に、いかに女性が偏重して集中しているか」を純粋に測定することが可能となったのだ。
そしてPISA 2022のデータ(15歳の読解力、数学、科学の成績)と各国の労働市場統計を統合して分析した結果、以下の3つの主要かつ極めて重要なメカニズムが実証された。
1.過剰代表性と「女子の優位性」の相関:中等教育の教師陣において、女性が労働市場全体と比較してより強く過剰代表されている(不釣り合いなほど多数を占めている)国ほど、生徒のジェンダー・アチーブメント・ギャップ(要は達成度)が「女子に有利な方向」に拡大する(あるいは男子の優位性が縮小する)という明確な傾向が確認された。
2.全ドメインにおける普遍性:この相関関係は、読解力、数学、科学という3つのドメインすべてにわたって普遍的に保持されていた。科目によってジェンダー格差の絶対的な規模や方向性(数学は男子有利、読解力は女子有利など)は異なるものの、女性教師の過剰代表性が増すというベクトルは全科目において1貫して「相対的に女子の成績が男子に対して上乗せされる」という結果を引き起こしていた。
3.用量反応関係(程度の問題):この関係性は、女性教師の過剰代表性の度合いが高まるにつれて、より顕著になった 。過剰代表性が控えめな国(教職の男女比が労働市場全体の男女比に近い国)ではジェンダー格差が小さい傾向があり、過剰代表性が著しく大きい国(教職が極端に女性化している国)ではジェンダー格差が大きく開く傾向が見られた。
これらの発見が意味するものは甚大である。教室というミクロな環境に焦点を当てた研究では捉えきれなかった社会的ダイナミクスが、マクロな「教育システムのジェンダー・バランス」というレンズを通すことで明確に立ち現れたのである 。教師の人口動態(デモグラフィックス)は、単なる人員配置の問題ではなく、生徒の学習成果が育まれる広範なコンテキストを形成しており、システムレベルでのジェンダーの不均衡が女子と男子のパフォーマンス差異を構造的に形作っている強力な要因であることが証明された。
そして問題は「女性教師が増えるほど学力が女子>男子になっていくのは分かった。で、全体としてはどうなの?」だ。研究では特に女性過剰代表にある国として、アイスランドは勿論として他にフィンランド、ポーランド、スロベニアの名前が挙がった。これらの国の学力推移はpisa公式サイトで見れる。





(※どの国も年々女性教師割合は増えている)
法治の崩壊
アイスランドにおいて特筆すべき現象は事実上法治が崩壊してることである。例えば2023年6月、当時のスヴァンダース・スヴァヴァルスドッティル(女性)食料・農業・水産相は、「捕鯨の際にクジラが苦しむ時間が長すぎること」がアイスランドの動物福祉法に反しているという報告を受け、規定されていた捕鯨シーズン中に突如、捕鯨の一時停止を決定した。世論はこれを支持したが、捕鯨会社にはすでに法的に認められたライセンスが存在しており、これは明確な違法・越権行為である。そして彼女は特に罰則を受けていない。
また元検察局次長ヘルギ・マグヌス・グンナルソン(男性)が「移民の多くが性的志向を理由に母国で迫害されたと主張するのはおかしくね?」と発言し、上司である検察局長シグリズル・フリズヨンスドッティル(女性)から全ての仕事を取り上げられた。しかしこれはパワハラであるだけでなく、同時に検察局次長の雇用状況に介入できるのは法務大臣のみであると明確に規定している法律に反する行為でもある。そして例によって彼女は特に罰則を受けていない。
極めつけは2017年の控訴院判事の違法任命事件だ。控訴院の判事を15名選出する際、当時のシグリズル・アンデルセン法相(女性)が、独立した評価委員会の順位付けリストを無視し、自らの独断で別の4名を判事に任命した。これは明確な手続き違反であり、アイスランド最高裁だけでなく、最終的に欧州人権裁判所(ECHR)からも「適法に設立された裁判所による公正な裁判を受ける権利の侵害(違法)」という歴史的な判決を下された。しかし彼女は特に罰則を受けることなく、また任命された判事もとどまった。ヤバイってレベルじゃない。
https://www.courthousenews.com/human-rights-court-icelandic-judicial-appointments-were-illegal/
多分良い悪いは別に、これは日本の未来の姿でもあるだろう。とりあえず証拠や客観を重視する裁判は男性的であり、女性に不利なので感情や主観重視に変えるべきだ…とはフェミニスト自身が主張している。というより「客観はミソジニー」は彼女達のドグマである。それ自体は議論にならず、議論になるのはその良し悪しだ。
主観主義がもたらす副作用
フェミニスト法学などの分野において、「従来の法や客観的基準は男性中心主義的に作られており、女性の経験や感情(主観)を正当に評価していない」という批判は長年存在してきた。彼女たちが1貫して目指しているのは冷酷なエビデンス至上主義から、より「共感」や「ケア」、そして個人の「傷つき(主観的な被害感情)」に寄り添う社会システムへの移行だ。それ自体はフェミニストの方々も特に異論はないだろう。
先述のアイスランドにおける越権行為の事例も、この文脈に置くと見え方が変わってくる。捕鯨の即時停止も、部下からの仕事の剥奪も、為政者側からすれば「動物の苦痛への共感」や「マイノリティの傷つきへの配慮」という「主観的な正義」を、法という「客観的な手続き」よりも優先させた結果と言えるだろう。
議論すべきは、まさにこの「主観と感情を重視する社会」が、全体としてどのような結果をもたらしているかという良し悪しの部分である。そして、その答えの1端が先ほどから挙げている「学力の崩壊」と「抗うつ剤漬け」という現実に表れているのだろう。
「ケア」と「共感」の教育が学力を破壊する
教育現場における女性教師の過剰代表(極端な偏り)が、なぜ全体の学力低下や男子生徒の落ちこぼれを引き起こすのか。これは単に「女性が教えるから学力が下がる」という単純な話ではない(いや、その要素もあるだろうが話がややこしくなるので、とりあえずないとしておく)。女性教員が圧倒的多数を占めることで、教育システム全体の方針が「規律と競争」から「共感とインクルージョン」へと極端に振り切れてしまったことに根本的な原因がある。
アイスランドやフィンランドでPISAスコアが急落している背景には彼女達が推し進めた「急進的なインクルーシブ教育」や「生徒の自主性を重んじる学習」の失敗が教育学者からも指摘されている。
特別な支援が必要な生徒も、言語的背景が違う生徒も、すべて同じ教室に詰め込み、「誰も排除しない」という美しい理想を掲げた。また教師が1方的に教えるのではなく、生徒自身に学習計画を立てさせる「自己主導型学習」を推進した。
これらは非常に「ケア」に満ちた、1見すると素晴らしい方針である。しかし現実には明確な構造や規律、直接的な指導(いわゆる昔ながらの授業)を必要とする層…とりわけ男子生徒や、家庭環境に恵まれない生徒…から順に学習のペースを掴めずに脱落していくことになった。ここら辺はpisaにも指摘されている。
女性教員が大多数を占め、男性的な「規律・競争・客観的評価」をシステムから排除し、過剰なまでに「共感と自主性」を重んじた結果、皮肉なことに「自分で自分を律することができる1部の優秀な女子生徒」だけが恩恵を受け、それ以外の生徒(特に男子)が見捨てられるという、最悪の格差社会を生み出してしまったのだ。
「冷凍」された社会のメンタルヘルス
そして、この「主観と感情の重視」は、アイスランド国民のメンタルヘルスをも蝕んでいるように見える。
男女平等ランキング1位であり、生活支援も手厚いこの国で、なぜこれほどまでに自殺率が低くなく、不満に溢れ、抗うつ剤の使用率が世界1なのか。それは社会全体が「個人の感情」や「主観的な生きづらさ」に対して過敏になりすぎた結果、医療化の罠に陥っているからだという見方ができる。
かつてなら「人生のちょっとした困難」や「人間関係の摩擦」として処理されていたものまでが、主観的な苦痛を最大限に尊重する社会においては「トラウマ」や「治療が必要な抑うつ状態」として認定されやすくなる。社会が「貴方は傷ついている、ケアが必要だ」とメッセージを送り続けることで、結果として多くの人々、特に女性たちが薬に依存せざるを得ない脆弱な状態に置かれているのではないか(尚これは世界的傾向である。詳しくはコチラ)。
日本が迎える未来
「アイスランドは素晴らしい。日本は見習うべきだ」
日本のメディアや有識者は、ジェンダーギャップ指数の表面的なスコアだけを見て、手放しでそう礼賛する。しかし、その理想郷のベールを1枚剥がせば、そこにあるのは以下のような現実だ。
・特定の性別への権力集中と、それに伴う客観的手続き(法治)の軽視
・「共感と包摂」を重んじるあまり、規律が失われ崩壊する公教育
・システムの女性化によって拡大する、男子生徒の深刻な学力低下
・主観的な苦痛を過度に保護した結果としての抗うつ剤への依存
権力者の多くを女性が占め、客観性よりも主観や感情を重視するシステムへと移行していくこと。それは1部のフェミニストが望む通り、日本の未来のあるべき姿として推進されていくだろう。
しかし我々は、その「美しい理想」を輸入する前に、アイスランドという壮大な社会実験の国で何が起きているのか、その「代償」から目を背けてはならない。客観的なエビデンスを捨て、主観と感情で社会を回すことを選んだ時、行き着く先は「誰もが平等に学力を落とし、平等に抗うつ剤を飲む」という、文字通り凍りついたディストピアなのかもしれない。
