着物を裂いて、また布になる。
祖母が亡くなったとき、着物を形見分けしました。
私も何枚か譲り受けましたが、
祖母と私は身長が20cmほど違います。
気に入っている柄のものは工夫しながら着ていますが、それ以外の着物は実家にしまわれたままでした。
捨てるものではない。
でも、着るわけでもない。
そんな着物が、まだ何枚も残っています。
あるとき、同じ地域おこし協力隊で
福祉分野を担当している吉田さんから、
着物や浴衣を細く裂いて、さをり織りの材料にできると教えてもらいました。
だったら、実家に眠っている着物が使えるかもしれない。
次に帰省したとき、祖母の紫色の着物を一着、三原へ持ち帰りました。
白竜湖のほとりで開かれた「キッズあきんどカフェ」でお渡しして、後日、福祉事業所を訪ねてみると、
祖母の着物は、もう着物の形をしていませんでした。

細く裂かれ、織るための材料になり、
少しずつ新しい布へと変わっている途中でした。
ガタン、ガタン。

織り機が動くたびに、
紫色の布が少しずつ出来上がっていきます。
その音も、手を動かす様子も、
ずっと見ていたくなる時間でした。
私はこういう手仕事をきれいに仕上げるのが、
どうも得意ではありません。
だからなのか、黙々と手を動かしながら、少しずつ形にしていく姿は、私にはちょっとした神業のように見えます。
もともとは、祖母が着ていた一枚の着物。
それを誰かが裂き、
別の誰かの手で、少しずつ織られていく。
そうして、まったく違う布になっていきます。

施設でお話を聞くと、さをり織りをしたくても
材料となる糸には費用がかかることや、
ただ織るだけでは、その先の楽しみや目標を持ち続けることが難しい場合もあると聞きました。

一方で、私の実家には、
着る人のいない着物が眠っています。
たぶん、同じような家はほかにもあるのだと思います。
誰かにとっては、捨てられずにしまってあるもの。
誰かにとっては、必要としている材料。
それがうまくつながったら、
少し面白いかもしれません。
祖母の紫色の着物が、
この布が次にどんな形になっていくのか、
また今度ここに書こうと思います。
もしご自宅で、「もう着ることはないけれど、捨てるのもちょっと……」
と、しまったままになっている着物や浴衣があれば、こんな使い方もあることを、少しだけ覚えておいてもらえたら嬉しいです。
※調べる中で見つけた、さをり織りについて書かれた記事はこちらです。
