社会科学系博士留学生が解説する、「真面目」が時代遅れとなった理由
今回の博士課程をやってなくても思っていたことなのだろうが、時代が変わった故に、「努力」「頑張る」はすでに時代遅れとなっている。そのことは以下の記事でも示唆していた。
<以前の記事>
それと合わせて、日本人が長年、美徳としてきた「真面目」も時代遅れになったと筆者は考えている。しかも、「真面目」でいると、かえって社会全体から搾取されもすると感じている。実際、筆者が日本でブラック企業を渡り歩いてきた経験からすると、ブラック企業経営者のような「悪い奴」ほど、鋭い嗅覚で「真面目」な奴を見つけ出して採用し、極限まで酷使してポイ捨てするからな(笑)。
そんなブラック企業での筆者の歴戦の勇姿(?)は以下の記事で読むことができる。
<以前の記事>
そこで今回は、筆者の過去の経験、そして博士課程までたどり着いた知識を用いて、この「真面目」が時代遅れとなり、いつまでもやっていると損ばかりすることを解説する。この記事を読んでいい加減に「真面目」は止めることだな!
有料部分について
有料部分では、日本では伝統的に良いとされていた「真面目」さが本当は何々か、そして、そんな真面目を今の時代にいつまでも続けていると人生が詰むことを解説している。
また、何故、そのように真面目に生きている人間がバカを見るどころか追い込まれて詰むような社会になった理由についても筆者の見解を示している。
日本で毒親に「バカみたいに真面目」に生きることを強要され、引きこもりニート弟に右目を殴られて手術する羽目になった上に後遺症が残り、さらに日本で四半世紀にわたって社畜として数々のブラック企業を渡り歩き、さらに海外の大学、大学院にて芸術、経営学、社会科学を学んだ筆者が、その無駄に溜め込んだ知識、経験を活用して「真面目」は全く良くなく、むしろすぐにでも辞めないと詰むことを力説している。
【注意事項】
この記事の内容は筆者の経験並びに知識に基づく個人の見解です。記事の内容が全て正しいとは限りません。個人の意見として参考に留めてお読みください。
有料部分の文字数は約6,700文字です。目次もつけています。
ここから先は
¥ 300
よろしければ応援お願いします!いただいたチップは博士課程の費用の一部として使わせていただきます!
