実家へ・臨死体験なのか?(日記エッセイ 6/26)
6月26日(金)
明日の四十九日法要に出席するため、今日から実家へ。台風が心配されるがひとまずは新幹線も動いており、午前中に移動しておく。夫は明日移動なので台風次第では来ることができない可能性もあるが、まあそこは予報と運行状況をよく確認していくしかない。
雨なので片手が傘で塞がるが、駐車場から駅まで数分頑張れば済む。お供えはもう買っておいたので、あとはいくつかお土産を買ったり、向こうに着いてみんなで食べられるようパンなどを買っていくことにする。台風の影響でローカル線がいくつか止まっているせいか、駅は人も少なめで静かであった。高校生や私立の学校などは休校になっているのだろう。今日は8時からW杯サッカーのスウェーデン戦があるので「休校!!ラッキー!!」となった学生は多いのでは。
新幹線が米原に着き、いつもなら電車を乗り換えて長浜駅まで行くのだが台風の影響で北陸線が止まっており、義姉が米原まで車で迎えに来てくれた。仕事を増やしてしまって申し訳ないことこの上ない。車中から見える琵琶湖は大雨の影響で水面がどんよりとうねっていた。
今日は母はデイサービスに行っているので、義姉と二人で買ってきたパンなどを食べながら近頃の母の様子などを聞く。父が亡くなったことはさすがにもう定着したかと思いきや、ふとした瞬間に「お父さんは出張かな」と言うこともあるようだ。遺影を見て毎朝何かを語りかけているので理解しているようでも、またそれとこれとは別なのだろうか。つくづく認知症の不思議さを感じる。
午後は兄も仕事を切り上げて戻ってきて法事の準備。テーブルを片付けたり掃除機をかけたり、お供物のお下がりを分ける袋などをあらかじめ準備しておいたり、そういったこまごまとしたことなどがある。私は銀行への使いを頼まれたのでそちらの方をする。息子は今日は仕事を休みにしており、朝のサッカー中継を見て準備ができたらすぐ東京を出てこちらへ向かうと言っていた。15時前に新幹線が着くというので米原駅へ迎えに行く。息子、東京駅でスウェーデンチームのサッカーユニフォーム着たスウェーデン人のすぐ後ろに並んだらしく、話しかけて「今日はお互い良いゲームだったね!楽しめたよ!スウェーデン、いいチームだね!」と盛り上がったらしい(笑)。コミュ力お化けか(笑)。しかも息子、英会話ができるというわけでもないのに(笑)。出川イングリッシュ的にどんどん会話してしまう力を持っている。以前にここで書いたことがあるかもしれないのだが、息子が小4のとき兄一家と温泉に行って、兄が「あれっ、あいつ(※うちの息子)どこ行ったんやろ」と慌てて探したら、知らんおっさんと高校野球の話で盛り上がっていたらしい笑。この、誰とでも話ができるのはうちの義母譲りだと思う笑。
夕方、母がデイサービスから帰ってきた。私への認識はできるだろうかと思ったが、今回はあっさりと私とわかってくれた。よかった。手を洗ってうがいをしたあとは、母は父の遺影にしばらく話しかけていた。父がもういないことをわかっているターン、ということか。そしてまた父は出張に行っていて居ない、と思い込むターンが来るのだろう。
ところで、以前にぼかして書いたのだが、親戚で交通事故に遭った人がいるという件について。実は事故に遭ったのは、兄の小学生の孫のことなのだ。詳細は避けるが不幸中の幸いがいくつか重なり、無事に退院の運びとなった。事故に遭って意識を失った状態で救急車で運ばれて病院で目を覚ました時にその子が言ったことがすごかった。「じいちゃん(※私の父のこと。兄のことは「じいじ」と呼んでいる)がワーッと眩しい光の中から出てきて、何だったかは覚えてないけど僕と話して、僕が『うん、うん』って言うたら目が覚めた」と。これって、父が「〇〇くん、まだこっちに来たらアカンで」と言ってくれたのではないだろうか。兄は、事故の一報を聞いてすぐの時には父の位牌に「お父さん、なんで事故に遭わんように守ってくれんかったんや」と恨み言を言ってしまったらしいのだが、その話を聞いて「ああ、申し訳なかった守ってくれなかったどころか、大難を小難にしてくれたんや、お父さんごめんな、ありがとう」と謝ったらしい。いわゆる臨死体験みたいなことなのかしら。その子は以前の日記でも書いたが「死への畏れ」を感じ始めていてそういったことに対する感受性が強いのかもしれない。それにしてもこのエピソードは私もなんだか励まされた。みんなが守られていると思うと生きる勇気が湧いてくるね。
息子は明日の早朝のサッカーW杯(えーとノルウェーVSフランスかな?)を観るから早く寝ると言っていたが、私は疲れていたのかそれよりも早く気を失うように寝てしまった。
