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四十九日法要・気持ちを吐露して区切りをつける(日記エッセイ 6/27)

6月27日(土)
今朝は息子は4時起きしてサッカーを観ていたようだ。私は5時半ごろまで8時間近くぐっすりと眠った。新幹線はダイヤ通り動いているみたいなので、夫も来ることができる。もし今日中に帰れなくなると、夫の姉に泊まってもらわないといけないなと思っていたがその必要もなさそうだ。いろいろ気を揉んだが今のところほぼ予定通りに進んでいる。

兄の子の三姉妹(私の姪たち)も昨日の日記で書いたように、長女のところは子どもが事故に遭って入院中だったり、次女のところは3歳と2歳の年子を連れて一人で遠方から戻れない(旦那さんがあいにく仕事)などで、三女のみやってきた。あとは数名来てくださって全部で11名での法事。お参りのあとは料亭へ移動してお食事。その料亭では友人の妹さんが女将さんをしているのだが、久しぶりに会えて立派な女将姿に感激した。

兄が挨拶で、昨日の日記で書いた孫の不思議な体験の話をして「ここにいる皆さんのこともきっと父が守ってくれていると思います」と言い、献杯をした。過度にスピリチュアルに寄るつもりはさらさらないけれど、父に限らずご先祖様は本当に守ってくれているんだろうなと思う。それは私は昔からそういう考え方だ。だから仏壇やお墓で手を合わせるときはあれこれ言わず、ただひと言「いつも守っていただいてありがとうございます」、この一択である。

和やかに食事をしてお開きとなった。家へ戻り、着替えをして荷造りをしなおした。お供えのお下がりのお菓子などもたんまりある。当分、毎日のおやつに困ることはない(笑)。息子はこのあと大学時代の友人のところへ泊まりに行き、東京へは明日戻るらしい。息子は在来線で行こうと思っていたらしいが、親子3人で久しぶりに並んで乗るのも良かろうと思ったらしく(笑)、新大阪まで一緒に新幹線に乗って行った。私たちは山陽新幹線に乗り換え、息子はJRに乗り換えお別れした。大阪の友達の家にもう一人来て3人でW杯の試合をいくつも一緒に観るらしい。若者って元気だね…。

夫が「お昼がご馳走だったので夜はラーメンを食べて帰りたい」と言い、ラーメン屋さんへ寄った。食べながら、私は父の死後、自分の心の中に渦巻いていた気持ちを夫に吐露した。「いい大人がなに言ってんだ」と呆れられてしまうような内容だけれど、まあいいや。書く。

母に認知症の症状が出始めてから、そのことを自分の中に受け入れることがなかなかできずにいた。やっと受け入れることが少しずつでき始めた頃、父の癌がわかった。相談したいこと、自分の暮らしの中の面白いエピソード、私の子どもの頃からの友達のこと、仕事のこと、などなど、昔から両親に話してきたようなことを、今は母に聞いてもらえない分、この数年は昔以上に父にたくさん話してきた。父が亡くなってもうそれができないこと、そして私のことを庇護してくれる人はもう誰もいなくなってしまったのだという喪失感、よるべなさ、そういったものが私をふと襲ってきて涙が出てしまう。

あと、父が91歳で亡くなったことに対して「でも長生きできてよかったね」と言う人がいたことにも酷く傷ついていた。言いたいことはわかるし、慰めてくれているのだということもわかる。でも、勝手にあなたの物差しで私の悲しみを測らないでほしい、と思ってしまったのだ。私がひねくれているのでしょうか。だとしてもそれが私の正直な気持ちなのだからしょうがない。

などということをとりとめなく夫に話しながら、良くも悪くも、自分の人生のひとつの区切りがついていくのを感じた。夫は肯定も否定もせず、うんうんと聞いてくれていた。思い切って吐露してよかった。庇護してもらうもなにも、50代も終わりに差し掛かった大人がなにを言ってるんだって話なのは重々承知だけれど、ここは私の気持ちを記録していく場所でもあり、誰に対しても遠慮する必要はないので思い切って書いた。

母はもう私の知っていた母とは随分違う人になってしまったけれど、ふとした時に「あっ、こういうところ、お母さんだな」と思う。愛おしい。これからは母の残りの人生が少しでも彩りがあり、豊かであるよう、兄夫婦をできるだけサポートできる自分でありたい。そうすることが父への供養にもなると思う。

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