「いつまで続くんだろう」終わりの見えない在宅介護
在宅介護、終わりの見えない一日
前回の記事はこちら👇
義母が退院し、在宅介護が始まりました。
ケアマネージャーさんと相談し、
デイケアの利用日も増やしました。
それでも家で過ごす時間の方が長く、
介護中心の生活が始まりました。
朝は、オムツ交換と体位変換から
朝起きると、
まず義母のオムツ交換と体位変換をします。
そのあと、子どもたちの朝食を作り、
朝ごはんを食べさせて、学校へ送り出します。
次は義母の朝食です。
デイケアへ行く日は、まず車椅子へ移動させ、
義歯を入れてリビングへ。

テレビを見せながら(私が見ながら😁)
義母に朝ごはんを食べさせます。
義母はもう自分では食べられません。
一口ずつ口へ運ぶと、
ゆっくり噛んで飲み込みます。
だんだんと食事中にむせることも増えてきました。
そういえば、自分で食べられていた頃は、
目の前にあるものを何でも口へ入れてしまっていました。
お刺身についているワサビを、そのまま食べてしまったこともありました。
ある日は、ずっと口を動かしているので不思議に思い、口の中を見てみると、子どものおもちゃを噛んでいたこともありました。
毎朝夕の大仕事、玄関での移動
デイケアの日は、
お迎えが来る前に、玄関で準備して待機します。
家では室内用と外出用、
2台の車椅子を使っていました。
そのため、
玄関で車椅子を乗り換えなければなりません。

これが毎回、本当に大変でした。
狭い玄関で位置を調整し、
義母の腕を私の首へ回してもらい、
「よし、今だ!」
と持ち上げようとすると……
ズッシリと重みが、実際の体重以上に重く感じました。
義母は必死に車椅子を握りしめ、離しません。
凄い力です。
身体が浮くことへの不安からだったのでしょう。
私は義母の手を車椅子から外しながら、
一瞬で移動させます。
その瞬間、義母は慌てて私にしがみつきます。
お互い必死です😅
もちろん、腰も悲鳴を上げていました🥲
夫は、
「デイケアの人に手伝ってもらえばいい」
と言っていました。
でも、お迎えに来てくださる職員さんは、
わが家だけを回っているわけではありません。
少しでもスムーズに送り出せるよう、
お迎えが来る前には準備を終えて待つようにしていました。
デイケアがない日の過ごし方
デイケアがない日は、ベッドの背を起こし、
ベッドの上で朝食を食べてもらいます。
そのときは、ラジオを流していました。
……と言っても、これも私が聴きながらですが😅
ある日流れてきた一曲が、
とても耳に残りました。
あとから曲名を調べたほどです。
その曲は、back numberの「ヒロイン」
切ないラブソングですが、
今でもこの曲を聴くと、
義母の食事介助をしていた光景がよみがえります。
思い出したくないけど、曲は大好きです。
朝食が終わると、
義母はそのままベッドで休みます。
ラジオは、少しでも刺激になればと思い、
ずっと流していました。
昼になると車椅子へ移動し、リビングで昼食。
もちろん、この移動も毎回ひと苦労です。
食後はしばらく車椅子で過ごしてもらいますが、すぐ眠ってしまうので、ときどき声をかけながら家事をしていました。
その間にも、排泄すればオムツ交換があります。
気づけば子どもたちが学校から帰宅。
デイケアの日なら、
その頃には義母も戻ってきます。
買い物は、その短い時間を見計らって済ませます。
夕方からは、夕食作り、食事介助、オムツ交換、体位変換、義歯の洗浄、子どもたちの世話。
毎日、同じことの繰り返しでした。
終わりが見えない毎日
そんな毎日が、数年続きました。
「いつまで続くんだろう。」
でも、
当時は目の前のことをこなすだけで精一杯。
先のことを考える余裕などありませんでした。
夫の「親孝行」と、私の複雑な気持ち
夫はこのまま家で看取るつもりのようでした。
それに関して、私に相談はありませんでした。
同居が始まった時のように、
自然とその流れになっていました。
この頃の私は、まだ自分の身に大きな出来事が起こるとは思ってもいませんでした。
その話は、次の記事で書きたいと思います。
