「入院したら楽になる」と思った私が 間違っていました
義母の骨折、そして始まった新しい介護
認知症の義母との同居生活が始まって
10年ほど経った頃のことです。
ある日、義母が転倒し、脚を骨折しました。
手術を受けることになり、
しばらく入院することになりました。
正直な気持ち、
義母には申し訳ないと思いながらも、
「しばらくは介護をしなくて済む。」
そう思いました。
毎日24時間、
気の休まる時間がほとんどありませんでした。
だから、ほんの少しだけ休めると思ったのです。
入院していても、やることは終わらない
もちろん、
義母が入院したからといって何もしなくていいわけではありません。
子どもは3人。
毎日の家事や育児もあります。
面会へ行けば、着替えや洗濯物を持ち帰り、
家で洗ってまた病院へ持って行きます。

子どもたちが帰宅するまでの限られた時間の中で、病院との往復を繰り返しました。
それでも、24時間付きっきりの介護がないだけで、気持ちはずいぶん楽でした。
義母はリハビリが理解できませんでした
手術は無事に終わりました。
でも、その後に待っていたのは、
別の問題でした。
認知症の義母には、「リハビリを頑張る」
ということが理解できなかったのです。
私たちが面会へ行くたびに、
「少し歩いてみよう。」
「足を動かそう。」
そう声をかけても、その時だけ。
少しずつ体を動かさなくなり、
やがて歩くことができなくなりました。
義母の生活は、
ベッドと車椅子が中心になっていきました。
病院も、いつまでも入院させてくれるわけではありません。
退院に向けて、自宅で生活できるよう
準備を始めました。
介護ベッド。
車椅子。
スロープ。
必要な介護用品をレンタルし、
家の中も少しずつ介護仕様へ変わっていきました。
徘徊はなくなりました。でも…
義母が自力で歩けなくなったことで、
一つだけ安心したことがありました。
もう一人で外へ出てしまう心配は
なくなったことです。
近所へ買い物に行くときも、以前のように義母を連れて行かなくても済むようになりました。
でも、その代わりに新しい介護が始まりました。
自分では寝返りを打つこともできません。
約2時間おきに体の向きを変えます。
排泄はすべてオムツ。
オムツ交換も、体位交換も、
日中は一人でやりました。

最初は何とかできていた介護も、
少しずつ大変になっていきます。
義母の体はだんだん固くなり、
触れるだけで反射的に力が入ります。
体の向きを変えるだけでも、一苦労でした。
食事の時間には車椅子へ移します。
でも、義母はベッド柵をぎゅっと握りしめ、
なかなか手を離してくれません。
本人も、何をされるのか分からず
不安だったのでしょう。
介護の形が変わりました
徘徊がなくなれば楽になる。
そう思っていました。
でも、実際には違いました。
生活の中心は、完全に義母の介護になりました。
その合間に家事をし、
子どもたちの世話をする毎日。
当時は必死で、「頑張っている」という感覚すらありませんでした。
目の前のやるべき事をやる、
次々にこなしていくだけでした。
でも今振り返ると、
「よくあの毎日を乗り越えたな。」
そう思います。
そんな生活が続く中、
今度は実母にも認知症の気配が見え始めます。
その話は、別の記事で書きたいと思います。
前回の記事も読んでいただけたら幸いです。
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