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【夫の親孝行と、私の複雑な気持ち】

「親孝行だから」その一言で続いた在宅介護

在宅介護が始まってから、
生活の中心は義母の介護になりました。

前回の記事はこちら👇

夫は言いました。
「今まで親孝行をしてこなかった。」
だから最後くらいは、自宅で面倒を見たい、
そんな思いがあったようです。

でも、そのことについて私に相談されたことは、一度もありませんでした。

同居が始まった時もそうでした。
介護を続けることも、
自宅で看取ることも、
気がつけば当たり前のように決まっていました。

私の本音

もちろん、夫の気持ちは分かります。
親孝行をしたい。
最後まで自分の親を大切にしたい。

その思いを否定するつもりはありません。

でも、私は
「それで?なぜ私が介護をするの?」
私にも親はいます。

結婚前も、結婚してからも、
義母とは数えるほどしか会ったことがありません。

でも、
その思いを口にすることはできませんでした。
それを言って何かが変わったとしても、
何も変わらなかったとしても、
何となく後味が悪くなる気がしました。

「そんなに嫌だったのか」と夫に思われるのではないか。
「本当は嫌々介護をしていたんだ」と思われるのではないか。

そんな風に思われると、
今後の夫婦間でも気まずくなりそうです。

夫から一言でも、同居や介護、看取りについて
相談があれば違っていたかもしれません。

夫からすれば、
親の面倒を見るのは当然の事でしょう。
自分は仕事をしているのだから、
専業主婦の私が介護をするしかないと思っていたのでしょう。

それでも、一言あれば…

夫も頑張っていました

誤解してほしくないのですが、
夫は何もしなかったわけではありません。

家にいる時間は、
一緒に介護を手伝ってくれました。

オムツ交換の時に体を支えたり。
車椅子への移動など。
できることは、一緒にやってくれていました。
それも、夫なりの親孝行だったのだと思います。

夫に対して、一つだけ苦手なことがありました。
義母を叱ってしまうことです。

認知症の人は、叱られても理解できません。

夫も、頭では分かっていても、
イライラしてしまうようです。
その気持ちも、分かります。

ある日、突然

そんな毎日が続いていたある日のことです。
私は交通事故に遭いました。
気づいたときには病院のベッドの上でした。

あとから聞いた話では、
人工呼吸器に繋がれ、
3日間意識が戻らなかったそうです。

腕や脚、肋骨5本を骨折しました。
さらに脾臓と腎臓を一つ摘出。
約2か月入院し、
退院後もリハビリが続きました。
その後も、
イレウス(腸閉塞)で何度か入院しています。

介護どころか、
自分の生活を送ることさえ精一杯でした。

「どうしてこんなことが起きるんだろう。」
「ここまで頑張ってきたのに…。」

そう思いました。

でも、それ以上に思ったことがあります。
命が助かって、本当に良かった。

まだ子どもたちは小学生。
もし私がいなくなっていたら…。
そう思うと、怖くなりました。

入院した時には、医療関係者の方々には本当にお世話になりました。
自分がお世話をされる側になるとは思ってもいませんでしたが、
改めて感謝の気持ちでいっぱいです。

そして、私の入院中、夫はとても大変だったようです。

運よく義母は、一時的に病院へ入院できました。
でも、3人の子どもたちの世話をしながら、
家事、仕事、私と義母、
それぞれ別の病院への面会。
さらに子どもたちの学校行事もあり、
本当に大変だったと思います。

申し訳ない気持ちになりましたが、
でも、少しは私の大変な気持ちも分かってくれたかなと思いました。

初めて「施設」という選択肢が現実になりました

私が介護できなくなったことで、
夫も現実を受け入れざるを得なくなりました。

このまま自宅で介護を続けることは難しい。

そうして初めて、
施設への入所を考えることになります。
今まで考えもしなかった選択でした。

施設を探し始めた時のこと。

その話は、次の記事で書きたいと思います。

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