あの頃、私は疲れていた
夫の母との思い出を、これまでいろいろ綴ってきた。
笑える話や、あたたかい話。
でも今日は、もう少し深い部分も書いてみたいと思う。
夫の父が亡くなり、夫の母と暮らし始めた。
それから数か月後には、お母さんが入退院を繰り返すようになった。
そんな生活だった。
お母さんは、一人で外出することは難しかったけれど、家の中を歩くことも、おトイレに行くことも、自分でできた。
お風呂は、週3回デイケアで入ってきていた。
ただ、後半になると、おトイレで失敗することも増えて、紙パンツを履いてもらうこともあった。
そんな時、お母さんの体を拭かせてもらうのだけれど、私はなぜか、いつも申し訳ない気持ちになった。
「お母さん、ごめんね……ちょっと、拭かせてね」
すると、お母さんは言った。
「何言ってんだよ。こっちがごめんだよ」
そんな感じだった。
住まいは、3DKのアパート。
最初は、うまくいっていたと思う。
でも私はだんだん、どこにいてもお母さんの気配がある生活に、疲れていった。
お母さんが寝ているベッドからは、キッチンが見渡せた。
朝起きて食事の支度をする時、お母さんを起こしてしまうから、私は扉を閉める。
すると、
「閉めなくていいよ!」
と、お母さんの声がする。
私は聞こえないふりをして、そのまま扉を閉めた。
……本当は、お母さんを起こしてしまうからではなかった。
お願いだから、ちょっと解放して。
夫と二人にして。
そう思っていた。
もちろん夫婦の寝室はちゃんとあったし、二人きりになることはできた。
でも、そういうことではなかったのだ。
その頃の私は、往復3時間かけて仕事に通っていた。
仲の良い人に、自分の気持ちを少しだけ話すことはあっても、多くを語ることはなかった。
ある時、職場で席が隣だった人に、いろいろ聞かれた。
特別仲が良かったわけではない。
家族構成や、家での生活のことを話していると、その人が言った。
「どこか施設に入れちゃいなさいよ。大変じゃない!」
その言葉を聞いた瞬間、私は腹が立った。
普段は自分だって、
お母さんから解放されたい。
そんなことを思っていたのに。
それなのに、人からそう言われたら、
「なんて失礼なことを言うの!」
と思った。
勝手だなぁと思う。
それでも……
少し考えてしまう自分もいた。
一度、お母さんにショートステイのようなサービスを利用してもらうことを、夫に提案したことがある。
たった一晩でもいい。
誰かの気配を気にすることなく、家でゆっくり過ごしてみたかった。
でも、その頃は夫にも、私の気持ちがあまり伝わっていなかった。
夫には、私がお母さんを邪魔に思っているように、聞こえてしまったのかもしれない。
でも……
そういうことじゃなかった。
何度も言うけれど、
そういうことじゃ、なかったのだ。
今、改めてあの頃のことを思い出してみると、
私は生活に疲れながらも、やっぱりお母さんが好きだったんだなぁと思う。
あの時は嫌だったな。
疲れていたな。
もう勘弁してよ、と思ったこともあった。
どんなにそんなことを思い出しても、
最後にはやっぱり、
「お母さんが好きだった」
で終わる。
きっとお母さんの方だって、
「なんだ、この憎たらしい小娘は」
と思った時があっただろう。
お互い様だったのかもしれない。
それでも。
亡くなる数日前。
お母さんはもう、ベッドから起きることができなくなっていた。
私は、お母さんに聞いた。
「お母さん、私のこと、わかる??」
お母さんは、
「ひなちゃん……」
と言った。
声を振り絞るようにして、
私の名前を呼んでくれた。
あの時の声を思い出すと、
私は今でも、泣いてしまう。
お母さんに、とっても会いたくなってしまう。
***
少し前に書いた、義母の淡い恋の話。
ご興味のある方は、こちらも読んでいただけたら嬉しいです☺️
